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プロローグ 幸運のきっかけ

 ––ぎゅーっ!


 「絢斗のケント、きゃっ! 違うの! そんなつもりじゃ」

 「ブクブクブクゥ……」


 神聖なる道場で二人の男女が密着している。


 床に背をつけ興奮が止まず泡を吹き出した男は4月から入部した幸精院 絢斗(こうしょういんけんと)

 横たわる体の側カサカサ動くゴキブリに驚き彼の胸にダイブした薄村 彩智(はくむら さち)


 悲鳴とともに転倒の大きな音、周囲の驚愕と心配の声。


 身につけているものはお互い道着と中は簡素な下着とほぼ無防備なままダメージを負った絢斗と元々別の事情で恐怖した彩智。

 今ではお互い別の物を掴み掴まれの事実にパニックになった様子だが、その事実だけは他の部員には気づかれず、そのまま手当を受けることができた。


 「今日は次の大会のレギュラー決めも含めた練習試合なのに、一年二人は遊びじゃないんだから、ふざけるなら帰っていいよ」


 三年生の先輩からかかる厳しい声。

 青春をかけた人間から見たらただのふざけた光景に見えた。


 伸びきった絢斗は同期に不満を言われながら保健室へと運ばれていく。

 彩智はゴキブリに驚いたことも話つつ言われたことには素直に謝る。


 「すみません、虫が苦手で」

 「虫一匹でびびってるのによくウチの部入ろうと思ったわね」


 三年生の女子部員、仲川 喜々(なかがわ きき)

 レギュラーになれるかどうかのレベルで、是が非でも勝ち残りたい彼女には二人のイチャイチャ疑惑のような行動は斬り捨てたいほど鬱陶しい。


 彩智も入部から間もないとはいえ、結果さえ出せば一年生で大会出場も夢ではない。だからこそ、


 「遊んでるなら帰りなよ」

 

 喜々から冷たく言われる。

 特に上の女子部員から冷たく、優しい男子部員や同期はどうなるかとじっと見ている。


 「私は……」


 先輩には何も言えない。

 急に冷えきった雰囲気の道場。

 帰りたくないです、も言い難い。

 絶体絶命のピンチを救ったのは、顧問からの一言。


 「薄村、今日の練習試合は初戦に出なさい。仲川、相手しなさい」


 恰幅の良い女教師の声に騒然とする。

 顧問から言われ喜々は二つ返事で試合の支度をする。


 「よかったね薄村。トドメにしてあげるから」


 喜々の表情は真剣そのもの。

 そして開戦の時は刻一刻と迫る。


 言い返す返さないとはまた違って、状況は悪いが彩智はどこか過緊張にならなかった。


 左手に残る柔らかな感触。

 竹や布で出来た普段握らない、脈々と波打つような生き物が確かにいた。


 「はぁ……はぁ……絢斗」


 防具を纏い面を被って、誰にも聞こえないボリューム。

 全員に見られる注目は感じず脳内では転倒直後のことがいっぱいに広がる。


 決戦の時。

 礼をし、歩み、自分の竹刀を構えて蹲踞する。


 鬼のような表情の喜々は、


 「なんなんだこいつ……」


 まるで麻薬でも吸ったのか、アヘ顔になる彩智を見て気色悪いと感じた。


 「はじめっ!」


 開戦。

 喜々はさっさと倒してしまおうと積極的に技を仕掛けた。

 フェイントから相手を崩し空いたスペースに技を打ち込もうとして、竹刀を払い除けようと……


 刹那。

 神速と言わんばかりの一太刀が、喜々の頭を振り切った。


 「なにっ!?」


 気がついた時には三人の審判は全て旗を上げて技が決まったことを示す。

 見学の部員も、普段とは違うその強さ雰囲気に飲み込まれた。


 「面あり!」

 「嘘だろ」

 「あれ薄村さんなの?」


 喜々は急ぎ次に向けて準備した。

 一本取られたのだ、劣勢を覆すためには慎重かつ確実な一本が欲しい。

 

 その相手はというと……。


 「け、絢斗……」


 周りにはバレていないが、興奮冷めやまぬ様子だった。

 ゴキブリ怖さにしがみつくように絢斗に倒れ、上から乗っかったように。


 頭と心、体が全く一致しない状況で奇跡の剣道を見せつける。

 次はどうなりたいか、彩智は妄想が膨らみながら竹刀を構えた。


 「二本目っ!」


 じわりと恐怖心に襲われる喜々を襲うのは、またも神速のような突きだった。

 かわしたりいなしたり出来ない、片手突きが喜々の喉元を抉り取るような一撃をぶつける。


 何も出来なかった。

 無常にも技が決まり、場内は三度盛り上がった。


 そして勝利した彩智はというと。

 試合を終えて面を外すと両方の鼻から大量の鼻血を出し、ふらふらだった。


 「薄村さん!?」


 「へへへ。あへへへへ」


 何かについて欲しいと言う妄想が、彼女の武を底上げし脳内がバグったのだ。

 その後、しばらくして部活動も無事に終わり片付けとなるが、それまで手当を受けて休んでいた彩智は残っていた絢斗の(剣道用の)竹刀を手に取った。


 他の部員からは興味津々な様子で端から見られ、それを気にせず彩智は竹刀を握る。


 「違う。これじゃない。私には絢斗の竹刀(ケント)が必要なの!」


 この日のことがきっかけとなり、薄村 彩智は幸精印 絢斗の竹刀を握り振ることで運気が上がり試合に勝てたと噂が学校中に広がる。

 そして絢斗自身の学校生活にも、この日のことが卒業するまで影響するとはこの時はまだ知らない。


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