第4話 サプライズ
カズと栂咲主任の結婚式までは、怒涛の毎日だった。
何せ、他の依頼がない隙間日程を狙っての強行スケジュール。
今回は“普通”の結婚式のため、“悪役令嬢”としての私の出番はなく、ひたすら裏方として動き回っていた。
備品の発注に、式場の手配、設営等の準備。
短い準備期間でやらなければならない事が多すぎるが、それでも何とかなったのは、新郎新婦を含め全員が、運営側とは言え、結婚式を何度も経験している、と言うのが大きいと思う。
本来なら時間を取って行うはずの、新郎新婦への手順の説明や、リハーサルなんかも全て無しで、むしろ新郎新婦までもが準備に駆り出されていた。
それくらい、とんでもない忙しさだったけど、正直、個人的には良かったと思っている。
――だって、余計な事を考えてる暇もなかったから。
それでも、こうして準備が進んで、いざとなると、嫌でも実感が湧いてきてしまう。
仕事中も、一息つく度にあの日の事を思い出して……でもすぐに、主任と楽しそうに準備をするカズが目に映って……結局、二人に「おめでとう」を言えないまま、式当日を迎えることになった。
挙式自体が急な決定だった事と、そもそも新婦である栂咲主任の意向もあって、参列者は部の社員と、新郎新婦のご家族のみで、こじんまりと行われる事になっていた。
今頃、部長が代表して、両家のご両親を案内している頃だろう。
一方で、やる事がなくなった私は、少し早いのも気にせず、教会を模した会場のイスに腰掛け、ぼんやりと目の前の十字架を眺めていた。
もうちょっとしたら、カズは正式に主任の旦那さんになってしまう。
そうなると、今までみたいに、バカやったりは出来なくなっちゃうだろうし、私が“悪役令嬢”をする時の相棒も、きっと、代わってしまう、よね?
今まで、当たり前に過ごしていた関係が、崩れて行くような感覚になって、涙が浮かびそうになるのを必死に堪えていた。
せめて笑顔で、おめでとうを伝えたいから。
そんな私の想いなど関係なく、式はつつがなく進行していた。
目の前の壇上には、真っ白なタキシードを身に纏ったカズが、緊張した面持ちで立っている。
そして、進行役スタッフの宣言によって、パイプオルガンから荘厳なメロディが流れ始め、式場後方の扉がゆっくりと開かれた。
そこに立っていたのは、純白のウェディングドレスを身に纏った栂咲主任。
彼女は、隣に立つお父様に手を引かれながら、ゆっくりと壇上に向かい、カズの隣に立つと、一瞬だけ、そっとカズの腰に手を添えるのが見えた。
そして、二人が揃ったのを確認した神父様が、良く通る声で二人に問い掛ける。
「近江 和弘さん。 そして、栂咲 耀子さん。 あなた方は今、互いを伴侶とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。 汝、健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?」
「「………………」」
神父様の言葉を噛み締めるかのように、俯いていたカズが、緊張した表情で主任の方に向き直り、それに応じるように主任もカズの方へと体を向けた。
「(え? 主任、今――)」
――その時に見えた主任の顔に、何故か違和感を感じる。
――ヴェール越しにもハッキリ見えた、見慣れた顔。
――さっきまでの幸せそうな表情じゃない。
――そこにあったのは、仕事の時の“悪女”の顔だった。
怪訝そうにする神父様をよそに、2人は数秒見つめ合った後、どちらからともなく頷くと、クルリと私達が座っている席の方へと向き直り――
「「誓いません! 私には、他に愛する人がいるから!」」
――高らかに宣言した。
にわかに騒がしくなる場内。
ご家族も「なに言ってる!」「どう言うことなの!?」とパニック状態だ。
そんな中、ヴェールを乱雑にめくり上げた主任は、ドレスの裾を少し持ち上げながら、ツカツカと壇上から降りてきて、とある人の前で立ち止まる。
そして――
「アタシはさ、自分でも結構ワガママで、扱いづらいやつだって自覚してる。 それでも、ずっと支えてくれたあんたの事、大切に思ってるし、これからは、アタシも支えて行きたい。 だから――改めて、こんなアタシで良かったら、結婚してくんない?」
――そう言いながら、ほんのり赤くなった顔で両手を差し出した。
「……よろこんで」
差し出された両手を、自分の両手で包み込みながら、静かにそう答えた“部長”は、そのまま主任に手を引かれ、壇上へと上っていき、そんな2人を、参列者は拍手で祝福する。
私も同じように拍手をするも、頭の中は、他の事で一杯だった。
カズが、結婚するんじゃなかった事への安堵。
そして、カズが言った「愛してる人がいる」と言う言葉への不安や恐怖。
色んな気持ちがない交ぜになった私は、ぎこちない笑顔で部長達に視線を向け――
――気付いた。
カズが、壇上から居なくなっている事に。
「あれ? カズは――」
「呼んだ?」
「――っ!!?」
姿が見えなくなったカズを探して、視線を巡らそうとした、瞬間。
すぐ後ろから声が聞こえて、悲鳴を上げそうなくらい飛び上がってしまった。
「……ゴ、ゴメンっ!ビックリさせちゃって……でも、ちょっとそのまま聞いて」
慌てて振り返ろうとした私の肩に両手を置いて、カズは、ゆっくりと語り始める。
「レイちゃんとはさ……同期で入ったから、最初の頃から一緒に仕事する事が多くて、今の部署に来てからは、ペアで仕事する事も増えて――」
カズが話し始めた途端に、あれだけ騒がしかった周囲がとても静かになったかのように、カズの声だけが、やけにハッキリと私の耳に届いて来た。
「そうやって一緒に仕事して行く内に、何事にも真剣で、自分が辛い思いをしても、お客様の幸せな顔を見るのが好きだって言ってたレイちゃんを、尊敬もしてて――」
それが、まるで、世界に二人きりになってしまったようで……。
「そんな、誰かの幸せのために一生懸命になれるレイちゃんを、ずっと隣で支えてあげたいって思うし、何があっても味方で居てあげたい――」
本当なら、そんなの怖いはずなのに、何故か心が暖かく感じて……。
「レイちゃんの強さも、弱さも、全部…………大好きで」
聴こえてくる言葉が、とても嬉しくて。
気が付いたら――頬に涙が流れていた。
「もし、叶うなら……同僚としてじゃなくて、本当の相棒として、ずっとレイちゃんの隣にいたい。 だから――」
そこで、言葉を切ったカズは、私の肩から手をどけると、イスを回り込んで私の目の前に立つ。
そして――
「――結婚、してください!」
真っ赤になった顔で、そっと両手を差し出してきた。
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部長と主任の結婚式は、短い準備期間ながら、何とか準備を終える事が出来ていた。
主役である2人が、式の手順を完璧に頭に入れてたと言うのもあるし、レイちゃんが一人で3~4人分の仕事量をこなしていたのも要因だと思う。
俺の計画は知らないはずだから、部長達の結婚をそんなに楽しみにしてるんだなって、ホッコリしてたら、主任から、どうやら俺と主任の結婚式だと思っているらしい事が知らされ、そんなに楽しみにしてるのかって、泣きたくなったりもした。
まぁ、やると決めたからには、告白はして、玉砕するつもりではいるが……それを主任達に言ったら、ため息混じりに――
「「ほぼ間違いなく、フラれる心配は無いから、安心して告白れ」」
――と異口同音に言われてしまった。
俺と主任が結婚すると思ってるのに?
だったら、あんな鬼気迫る感じより、悲しげに準備してくれてたら、もう少し自信が持てるんだけど。
そうこうしてる間に、式当日がやって来た。
俺と部長の2人は、式場に来た主任と部長のご両親に、別室で今日の式の“流れ”を説明する。
ご両親は、少し驚きながらも、「楽しそうだ」「演技力が試されるな」等と口々に言ってくれた。
その後、問題なく式は進み、運命の時が刻一刻と迫ってくる。
今までも、新郎役は何度かしているが、こんなに緊張しているのは始めてかもしれない。
壇上に立つ俺の元に主任がやって来て、神父様の方に向き直る際、腰の辺りに軽くラリアットをかましてきたりもした。
ビックリして、チラッと主任の方を窺うと、ヴェール越しに、いつものニヤリとした笑みを浮かべたあと、無音のまま口元が言葉を紡ぐ。
――だいじょうぶ。
たぶん、そう言ってくれたんだと思うが、そのあまりにもいつも通りな主任のお陰で、緊張でガチガチだった身体から、少しだけ力が抜けたような気がした。
そしてついに、運命の時。
主任が、部長の元へと歩み寄り、告白をするのを聞きながら、俺はこっそりとレイちゃんの後ろに回り込む。
え?
何で正面じゃないのかって?
顔見ながらだと、照れすぎて何も言えなくなっちゃいそうだからだよ!
ヘタレなんだよ! ほっとけよ!
だから、声かけた瞬間に、振り返ろうとしたレイちゃんを、肩に手を置いて制し、そのまま想いを伝える。
俺が話し始めた途端、視界の端で、主任達が人差し指を口元に当て「シー!」とすると、まるで会場が水を打ったように静かになった。
おかげで、そんなに声を張って無いのに、そう広くは無い会場内に、俺の声だけが静かに響く。
ずっと伝えられなかった想いを――
どんどんと強く、大きくなって、溢れて来た気持ちを――
その全部は伝えきれないけど――
「もし、叶うなら……同僚としてじゃなくて、本当の相棒として、ずっとレイちゃんの隣にいたい。 だから――」
正直、拙い言葉だったと思う。
予行演習してた時の様には、全然言えなかった。
それでも、心から気持ち込めて、想いを伝えていく内に、最後の言葉だけはどうしても、ちゃんと顔を見て伝えたくなった俺は、その言葉を言う前に、イスを回り込んでレイちゃんの正面に立つ。
すると、シニヨンに纏めた髪の下で、うなじまで真っ赤にして俯いていたレイちゃんも、俺が正面に来た事に気付いて、そっと顔を上げた。
咄嗟に、視線を逸らしそうになったけど、不安そうな顔で涙を流すレイちゃんがあまりにも儚げで、綺麗で、目が離せなくなってしまう。
そして、そんな彼女を見つめたままだったせいか――
「――付き合ってください!」
――頭の中で思っていたものとは、全然違う言葉を発してしまっていた。
目の前で、目を真ん丸にしてポカーンするレイちゃんを見て『やべぇ間違った!』と気付いた俺は、バッと音が出そうなスピードで周囲に視線を巡らせる。
そして、見つけた……
目を見開いて、半笑いの口元が微妙にひきつっている、主任と部長を――
その顔は、『お前、告白って、そっち?』と、雄弁に語っていた。
「……あ、の、その――」
恋人をすっ飛ばして、公開プロポーズをかます事になってしまい、『この状況、どうしたらいい!?』とパニックになりかけていた俺は、未だに静まりかえったままの式場で、微かに聞こえた声に、ハッと我に返る。
声のした方に向き直ると、さっきまでよりさらに顔を真っ赤にしたレイちゃんが、潤んだ上目使いで、恥ずかしそうに口をモゴモゴさせながら――
「――よろしく……お願いします」
――おずおずと両手を差し出してきた。
――え?
――いや、ちょっと、可愛すぎません?
こ、こんなの、他の男共に見せられるか!!
「レ、レイちゃん! 行くよっ!」
「え? あ、あの……」
戸惑うレイちゃんを引き寄せ、そのまま手を引いて会場から逃走を図る。
「――ねぇ、レイちゃん……大好きだよ」
途中、チラッと彼女の方に視線を向けて、今まではなかなか言えなかった言葉を口にしたが――
「……?」
走りながら首を傾げる彼女を見て、どうやら今かけた言葉は、背後で響いている、爆発と間違う程の大歓声にかき消されてしまったらしい事に気付いた。
――でも、まぁいいや。
何度でも伝えればいいのだ。
きっともう、これからは、素直に言えると思うから。