第1話 やってらんない
結婚式。
多くの女性の憧れであり、基本的には、人生で一度しか経験出来ない大切な式だ。
そんな結婚式の会場に私はいた。
真っ白で、フリルやリボン等でこれでもかと飾られたドレスを身に纏って。
そして、チラリと視線を向けた先――私の隣には、これまた真っ白なタキシードを身に纏った男性が、緊張した面持ちで立っていた。
視線を正面に戻した私は、教会を模したフロアに響く、パイプオルガンの音色に包まれながら、目の前に立つ神父様の言葉に「誓います」と短く返事を返す。
「田中 一郎さん。 あなたは今 遠山 澪さんを妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。 汝、健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?」
「………………」
神父様の言葉を噛み締めるかのように、軽く目を閉じて俯く一郎さん。
怪訝そうにする神父様をよそに、何かを決意したような表情で顔を上げた彼は、クルリと参列者が座っている席の方へと向き直り――
「誓えません! ぼ……僕は! 澪さんとの婚約を破棄して……そこの席にいる、ナナちゃんと、結婚します!!」
――高らかに宣言した。
「もぉ~! 毎回毎回……仕事だからって、やってらんないわよ!」
大ジョッキに入ったビールを、一気に半分くらい飲み干した私は、“ダンッ“とテーブルにジョッキを叩き付けながら、目の前にいる同僚に愚痴をこぼす。
「相変わらず、仕事の直後は荒れてるねぇ……」
「そりゃ荒れもするでしょ!? 毎回毎回、下手すりゃ数ヵ月に一回のペースで“婚約破棄”される私の気持ち分かる!? 一応これでも乙女なの! 私だってぇき~ず~つ~く~の!」
呆れたように苦笑するのは、同僚こと近江 和弘。
同期で入社して、何だかんだコンビで動く事が多いため、こうやって2人で呑みに来る事も多い。
「そんなに嫌なら、別の部署に異動願い出したら?」
「……ぅ、まぁ、そうなんだけどさ」
一応、仕事自体には遣り甲斐も感じてるわけで。
私が“婚約破棄”された後に、本来の新婦と幸せそうに笑う新郎や、二人の親族の様子を見ていると、私まで幸せな気持ちになるのだ。
――そう。
私の仕事は、結婚式で“婚約破棄”される事なのだ。
え? 意味が分からない?
大丈夫、私も最初は意味が分からなかった。
うちの会社は、結婚式の企画・運営していて、私も所謂“ブライダルプランナー”ってやつになる。
うん、そのはずだ。
それが何故、こんな事をしてるのかと言うと、事の発端は、2年ほど前に結婚式を挙げたいカップルが言った、“式でやりたいこと”だった。
『僕達、2人とも小説を読むのが好きで……もし可能なら、物語みたいに式を挙げたいんです』――と。
どうやらお2人さん、とある小説投稿サイトで知り合ったらしく、自分が好きなジャンルの小説の感想欄でよく見かけるから、と声をかけたのが馴初めなんだとか。
披露宴のちょっとした催しとして、寸劇などを行うのはよくある事なので、その時の担当者も『新郎が王子様っぽく迎えに――』みたいな物をイメージしていたらしいのだが、具体的に話を聞いていくと、どんどん雲行きが怪しくなっていく。
なんせ、その、2人がよく読んでいたジャンルと言うのが――
『異世界転生 婚約破棄 ざまぁ』モノだったらしいのだ。
当時、小説なんてあまり読まなかった私は、その話を聞いて「何てモンを流行らせてくれたんだ」と思った物だが、仕事に必要だからと、紹介されたものをいくつか読んでみた結果――
――ハマった。
それはもう、どっぷり。
だって、最後には嫌なヤツが断罪されてスカッとして、その上主人公はしっかり幸せになったりするんデスヨ?
ずーっと彼氏もいない私的には、ちょっと憧れも湧いちゃったりしたんだよ!
会社の方としても最初は渋っていたものの、結局クライアントの熱い要望もあって、急遽、私が今所属している『婚約破棄企画部』が仮設立された。
そして、私が“婚約破棄”される“悪役令嬢”の役割に抜擢されたのだ。
「だいたい! 他にも女性社員はいっぱいいるのに、なんで私なのよ!」
「……そりゃ、まぁ……レイちゃんが一番、見た目キツそうな美人だからなんじゃないかな?」
――それは、部長にも言われた。
『つり目なお前が、一番性格キツそうに見えるし、美人だからクライアントも満足するだろう』と。
しかも、挙げ句の果てには、クライアントからも――
『あなたが悪役令嬢役をやってくれるんですね! イメージがぴったりです! これなら、思いっきり婚約破棄できます』
――等と言うありがたいお言葉までいただいて、やらざるを得なくなったのだ。
それで、会社としても初めて尽くしの結婚式は無事に終了。
しかも、大盛り上がり、大盛況で。
そして、その時の夫婦が、ネット上に『こんな素敵な結婚式を挙げさせて貰えました! 僕達は真実の愛を大切にします。 プランナーさん達には感謝しかない』と言って、情報と動画をアップしたものだから、さぁ大変。
私もやりたい! と言う人が殺到し、今やわが社一番の人気部署となっているワケだ。
結果として――
「まぁ、それに、ご指名が沢山来るから、給料増えたんでしょ?」
――私の給料は2倍近くに膨れ上がった……のだが――
「そもそも仕事ばっかしてる、彼氏もいない独り身の女が、何に金使うってのよ~」
あ~! もう! 自分で言ってて悲しくなってきた!
「私だって、自分を大切にしてくれる人と、素敵な結婚式挙げたいんだもん!……ぅぅ……うわぁぁぁぁん!」
「ちょっ!レイちゃん!お店でそんな大声で泣いたら――」
机に突っ伏して大泣きしてしまった私を見て、慌てながら、肩に置いた手でユサユサと揺すられる。
その感覚が、何故か心地よくて、私の意識は白いもやにゆっくりと溶けていったのだった。
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「ちょっ!レイちゃん!お店でそんな大声で泣いたら不味いって! ね? ほら、落ち着いて」
「うぇぇぇ……ひっく……ぐすっ」
急に泣き始めたレイちゃんを宥める様にユサユサゆすっていると、少しだけ泣き止んでくる。
もしかして、今なら、言えるか?
そう思って、普段中々口に出して伝えられない事を伝える事にした俺だったが――
「大丈夫、レイちゃんが素敵な女の子だって言うのは、俺がちゃんと知ってるし、俺はいつだってレイちゃんの事支えてあげたいって思って――って」
「すぴ~~……すぴ~~」
「寝てんのかよ!?」
――空振りに終わったらしい。
「……仕方ない」
まぁ、酒の勢いで言ってしまうより、ちゃんと伝えたいし。
とりあえずは……と、我らが部署のトップであり、仕事の際には、レイちゃんの父親役も務める部長に電話をかける。
「……あ、部長、お疲れさまです。 遅くにすみません。 あのですね、レイちゃ――遠山さんが居酒屋で酔い潰れて寝ちゃったんですが――『ならお前の家で寝かせてやれば?』――え? 俺ん家ですか?」
『お前、遠山の家知らんだろ? それに、酔い潰れた女の家に勝手に上がり込む気か?』
「……いや、確かに家は知りませんけど、酔い潰れた女性を自分の家に連れ込むのもダメでしょ!」
『…………襲うなよ?』
「襲うか!!」
『何だ!家の娘に魅力がないとでも――』
「だぁぁあ!酔っ払いめんどくせー!おつかれさまっしたぁぁあー!」
携帯から聞こえる“ツー、ツー”と言う音を聞きながら、肩を上下させながら息を整える。
くそっ、こんな疲れるんだったらかけるんじゃなかった。
――と、ふと視線を上げると、こちらをチラチラと窺う顔、顔、顔! そしてちょっと迷惑そうな店長さん。
すみません、すみませんと言いながら、会計を済ませ、荷物を纏めたあと、よいしょ、とレイちゃんを背負うと、店を後にする。
半ば逃げるように店を出て、しばらく歩いていると、ふと冷静になってきて――
――レイちゃん……思ったより軽い……それに、なんかいい匂いと、や、柔らかっ……いやいやいやっ!―――
そこまで考えて、顔をブンブンと横に振りながら、一目散に家を目指す。
「(煩悩退散、煩悩退散っ、煩悩退散っっ、煩悩退散っっっ!!)」
家までの十数分が、やけに長く感じたのは、きっと気のせいだと思う。