小説家探偵
初めまして、自分は田所 由紀夫と申します。
まず、初めに断っておきますが、この話は謎解きミステリーではありません。言うなればミステリーの冒頭部分の話であるので、そこはご了承頂きたいです。
さて、それでは本編です。
俺は一応、新米ながら刑事をやらせてもらってるんですが、実は今、難事件を抱えてまして。それで悩んでいたんですけど、そんな俺を見かねた先輩刑事の三上さんが、事件に適した探偵さんを紹介してくれました。
刑事が探偵に協力を得るなんて漫画やアニメみたいな展開ですが、俺は藁にもすがる気持ちで、先輩から紹介された探偵さんの居る場所に向かいました。
「この辺だな。」
先輩の教えてくれた住所付近に行くと、そこは平凡な住宅街であり、とても探偵事務所がありそうな雰囲気はありません。
一抹の不安を抱きながら、住所ピッタリな場所に着くと、そこは『轟荘』という名前には似つかわぬボロアパートであり、俺は呆然とそのボロアパートを眺めました。
壁は欠けている所があるし、階段の手すりは錆びて朽ちかけていて、これではいつ倒壊してもおかしくないでしょう。
「やぁ、田所君だね。三上くんから話は聞いてるよ。約束の時間5分前に来るとは真面目な子だね。」
ふと、そんな風に声を掛けられ、俺が振り返ると、そこにはモジャモジャ頭の丸眼鏡を掛けた無精髭の男が立っていました。ツギハギだらけの青色の半纏を着ていて、下は草履を履いおり如何にも貧乏そうな男です。
「も、もしかして、アナタが小説家探偵ですか?」
「フフッ、その名前で呼ばれるのは恥ずかしいな。小説の方は全然売れなくてね。私は、たまにこんな風に探偵の真似事をして身銭を稼いでいる身分の男さ。」
「そ、そうなんですね。」
明らかに胡散臭い。確かに売れない小説家には見えますが、この人は推理とか謎解きとは無縁のように見えます。本当に大丈夫かな?
「まぁ、立ち話もなんだ。我が家に招待するよ。私の部屋は二階の奥の部屋だから着いてきてくれたまえ。」
「分かりました。」
胡散臭いが三上先輩の紹介ですし、ここは先輩の顔を立てる為にも付いていくとしましょう。
「あっ、階段の手すりは触れないほうがいい。下手すると手すりが崩れて下に真っ逆さまだ。」
・・・不安だなぁ。
「さぁ、狭いがなんとかして座ってくれ。」
家主である小説家探偵さんからそう言われましたが、部屋の中は本当に汚いです。色んな所に脱ぎ散らかした下着が散乱しているし、夥しい数の本も至るところで平積みタワーになっています。
俺は本をどかして何とか自分の座るスペースを確保し、小説家探偵さんの対面に座りました。
「さて改めまして、私の名前は宮本 正。小説家兼探偵をしている男だ。どうぞよろしく。」
「あっ、田所 由紀夫って言います。よろしく。」
「早速だが事件について教えてくれるかい?三上くんは何も教えてくれなかったものでね。」
「分かりました。」
今回の事件は、大手の不動産会社を経営する大神 武さん68歳が、大豪邸の自室にて何者かによって心臓を一突きにされて殺されたというものです。
現場は完全な密室で、容疑者に上がった三人には完璧なアリバイがあるという難解さに、俺は頭を抱えていたわけです。
「ふむふむ、なるほど。して、その三人の容疑者について詳しく教えてもらえますか?」
宮本さんは探偵らしいことを言っていますが、正直、胡散臭さは拭えませんね。
「まず一人目ですが、大神 武さんの歳の離れた弟の大神 聡さん48歳ですね。聡さんはIT企業の社長をしていたんですが、最近は経営が芳しく無く、武さんから多額の借金をしていました。」
「ふむふむ、金が返せないから兄を殺す。ありそうなシチュエーションですな。」
「はい、ですが。犯行時刻の14時頃は、聡さんは会社に居たと社員達が証言しており、鉄壁のアリバイがあるんです。」
「そうですか、鉄壁というのが怪しいですね。」
宮本さんはウンウンと何か考えているようですが、やはりあまり期待できそうにありません。見た目が駄目そうです。
「二人目は大神さんの息子さんの大神 誠さん29歳です。彼は小説家志望のフリーターで、18歳の時に勘当同然に家を飛び出していたんですが、最近になって11年ぶりに大神邸を訪れ、出来上がった小説を武さんに見せたところ、その場でビリビリに破かれて、貶されたり、怒鳴りつけられていたと使用人のお婆さんが証言しています。」
と、ここまで言うと宮本さんは顔を紅潮させて、なんとボロボロと泣き始めました。
「うぅ・・・。」
「ど、どうしたんですか?宮本さん。」
私がこう尋ねても宮本さんは暫く泣いていましたが、その内に涙を拭って、とんでもないことを言い始めました。
「犯人は息子さんです。間違えありません。」
「えっ!?」
どうしてそんなことが言えるのか、俺には分かりませんでした。だってまだ三人目の情報も出していないし、それどころか誠さんのアリバイの話もしていないのに、ワケが分かりません。
「宮本さん、説明して下さい。」
「分からないかい?」
「・・・分かりません。」
「なら話すがね。小説家が自分の書いた小説を破かれる。そんな悲劇が起きたんだ。なら破いた男は殺されて然るべきだ。」
「はい?」
一体目の前の男は何を言っているんだろう?新手の冗談か?だが目の前の男は至って真面目でした。
「君は小説を書いたことが無いだろう。」
「は、はい、ありませんが。それがどうかしましたか?」
「なら分からない。君には分からない。小説を書く喜びも葛藤も。小説家にとって小説は自分の生きた証なんだ。それを目の前で破くだって?そんな男は殺されて当然だ。万死に値する。」
まるで加害者を養護するようなことを言う宮本さん。それは流石に反論しなければならない。命より創作物の方が大事だなんて、そんなのは認められない。
「それは流石に言い過ぎでは?命より大切なものなんて・・・」
「あるさ。」
俺が言い終わる前に、ハッキリとそう言い放った宮本さん。先程まで頼りなかったヘラヘラ顔が、今は般若のように怒りに満ちていた。
「小説家にとって小説は命より重い。それを素人のジジイに貶されたんだ。きっと聡君は心の底から殺意が湧いてきた筈だ。彼の気持ちは痛いほど分かる。私が同じ立場でもそうするはずだ。たとえ身内であろうとも、ぶっ殺すね。」
狂気に染まる宮本さんの目。それを見ていた俺は、段々と恐ろしくなってきて、体が震えてきました。
「聡君は11年も小説を書いてきたんだ。その間、苦しみも悲しみも不安もあった筈だ・・・それを思うと今回の殺人は非常に可哀想だ。彼を一刻も早く救わなくてはならない。現場に行こうか田所君。早々に私が謎を解こう。」
まさか加害者に肩入れする探偵が居るとは・・・でもこの迫力は本物だ。今の彼には謎なんて簡単に解いてしまいそうな凄みがある。
「あぁ、それと君は聡君のことを小説家希望と言ったが、訂正したまえ、小説を書いたなら、その時からその人は一廉の小説家だ。侮辱は私が許さん。」
「わ、分かりました。」
返答を間違えたら、俺は殺されていたかもしれない。そう思えるほど、小説家探偵の顔は怒りに満ちていました。