7.表裏
ー16日目ー
精霊との邂逅の後、また症状がぶり返してきたが、今度は半分程の期間で快方に向かっていた。
といっても落ち着くまでほとんどの時間を朦朧としていたか意識がない状態で過ごしていた青年は、
自分がどれくらい寝ているのか正確には分かっていなかった。
この日、目が覚めると早朝のようだった。
多少の薄暗さと鳥の鳴き声、部屋に漂う冷たい空気を肺に取り入れ起き上がる。
(多少の倦怠感はあるけど、なんとか自分で動けるまで快復したな)
問題の頭痛は残っていたが我慢出来ない程ではない。
(快復したならば行動しないと…)
普通なら動こうとは思えないレベルの体調だったが、多少の無理はしてでもこの集落を出る必要があった。
ここに居るだけで少女の迷惑になりそうだし、殺されるのも御免だったからだ。
少女に対しては大恩を感じているが何も持たない自分が返せる物はない。
ここで何かしろと言われるなら考えるが、出るにせよ出ないにせよ、まずは相談してみようと思っている。
寝台から足を出し、ふら付きながら立ち上がる。
両腕を上げ伸びをしてから机に置いてあった水差しから木のコップに水を注ぎ飲み干した。
次に枕元に落ちていた濡れタオルを開き、使用してない面で顔を拭く。
久しぶりに部屋から出ようと扉の前に立つが、動きが止まる。
前回はこの扉を開けたら殺されかけたのだ、2度3度と深呼吸をしてノブを回す。
ゆっくりと扉の先を見回すと、落ち着いた内装が見えた。
こちらに背を向けたソファに絨毯、円形のテーブルとセットの椅子が2つ。
右手には作業台のような物と、瓶に詰められた物が収納されている棚が見えた。
(本人がいないのに部屋を探るのは感じ悪いよな…)
そう思って寝ていた部屋に戻ろうとした所で声が聞こえた。
「むぅ…ぅん、すぅ……すぅ……」
(え?嘘だろ、まさか…)
こちらに背を向けてるソファからだった。
恐る恐る近寄ってみると、見間違えようもないエルフの美少女が毛布にくるまって寝ていた。
(まじか寝顔めっちゃ美人やめろよ心臓破れるわ。…ってそうじゃないだろ俺)
(寝台を俺に譲ってソファで寝てたのか?もしくは体調が悪化した時の為に待機してた…?)
相変わらずイケメンかと、そこまで考えて今の絵面の危険さに気付いた。
寝ている女の子をじっと見つめている図はまずい、人に見られてもまずいし本人が目を覚ましても言い訳出来ない。
なんの言い訳なのか自分でもわからないが元の部屋に逃げるべきだ、そう考えてからの行動は早かった。
障害もなく部屋の扉に手を掛け、何一つ問題を起こさずに済んだと安心した瞬間、
「…ふひひっ…」
(ーーーっ!?)
その瞬間、どこかのトムやジェリーのように脚をピーンと伸ばして飛び上がる。
待て、落ち着け!大丈夫だ!これは寝言…驚いて飛んでしまったが、幸い床が軋む程度の音で済んだ。
ぶっちゃけ心臓が飛び出るかと思ったが起き上がってくる様子はない。
かいてもいない汗を拭う動作をしながら開きかけの扉を押す。
するとまた、
「…ふひ…すぴー…ついに…使う時が…むにゃ…すぅ…エリー特性の…色々爆発しちゃうポーション…んん…」
(っ!?いや、落ち着け…寝言だ寝言。ていうかなんだ色々爆発しちゃうって、ドーンで終わりだろ)
「ドーンで終わりだと思った…そこのあなたぁ…すぅ…笑茸と泣茸のエキスを…ふんだんに使ったぁ…このポーションはぁ…」
(…心読まれてるのかな?)
「鬼毒茸を…すぅ…混ぜ合わせることでぇ…すぅ…すぅ…」
(鬼毒茸!?…想像通りの字面だと急にヤバ過ぎる物が出てきたんですがそれは)
「……………ふひっ……すぅ…」
(……えっ、そこまで説明して放置するの!?どこがどう爆発するんだよそれ!あとふひっはやめなさい!)
「…あ…これ…風邪薬ですぅ…お大事にぃ……すやぁ…」
(処方すんじゃねええ!あれ、もしかして俺それ飲んでんの?処方されちゃってんの?)
すでに処方されているなら何かしら問題が起きているはず、今の所異常が見られないから自分は大丈夫、大丈夫。
と、言い聞かせるように心の中で唱えながら青年は扉をそっと閉めた。