6.精霊
ふよふよ、ふよふよ。
精霊と呼ばれた浮遊物は、中心のシャボン玉のようなものに茶色の靄が掛かっていた。
頼りない軌跡を辿りながら部屋の中央に来ると、何かを探すようにぷかぷかと宙に浮いている。
精霊と呼ばれる物をはじめて見た自分はともかく、知っていそうなエルフ2人も食い入るように見つめている。
(精霊とやらがこんな行動を取るのは異常なのか…?というか最初に倒れた時の紫色の靄に似ている気がする)
ガンガンと響く頭痛に耐えながら眺めていると、茶色の精霊が一際ふわりと浮かんだ。
そして何かを見つけたように蹲っているこちらに降りてきた。
(え…なんだ?)
「なっ!?…くそっまずい!」
精霊が人族の男に近付いているのを察したタリオンは腰の剣を抜き構えた。
装飾の施されたその小剣は、刀身は細く頼りないが鍛えてもいないこの体のどこを切られても致命傷になりそうな剣呑な雰囲気を醸していた。
(は?いきなり斬り掛かってくるパターン?)
「もはや猶予はない!死ねぇ!」
振りかぶる余裕もないと、構えたままの姿勢から切っ先を向けて突き込んでくる。
正直予想はしていた、剣を見た瞬間に防御するための道具、目の前にある椅子を使う可能性までは考えていた。
予想と違ったのは速さである、振りかぶりもせず必殺の様相で突き込んでくるとは思っていなかった。
椅子を手繰り寄せる時間はない、
(やばっ…死ぬ!)
苦し紛れに後ろに倒れこもうとした時、ふよふよと近寄って来ていた精霊が青年に触れると一瞬光って消えた。
それと同時に金属が固い物に強く当たった音が部屋に響く。
突き込まれた小剣と防御しようとした青年の右手の間に少し欠けた石板があった。
「くっ!精霊の寵愛だと…いや、まだそうと決まった訳では…ちぃっ!」
少しの葛藤の後、盛大な舌打ちと共に剣を収めこちらを睨んでくる。
「今日の所は退いてやる…このままで終わると思うなよ人族」
それから振り返る事なくタリオンは扉から出て行った。
唐突に殺されかけて九死に一生を得た青年と、それを見ていたエルフの少女はたっぷり1分程言葉も発さず呆然としていた。
そうしていると突然、ポンッという音と共に先ほどの精霊が目の前に現れた。
精霊はまたふよふよと頼りない軌跡を辿りながら窓から出て行った。
(なんかよくわからんがありがとうございました)
あの精霊に助けられたのであろうと考え、両手を合わせて拝んでいると少女から声を掛けられた。
ハッとしたような口調で、
「だ、大丈夫ですか!?怪我はない?」
「え?…あぁ、大丈夫みたいだ」
「そうですか…良かった、体調は?頭痛がしていたようですけど」
「あ、そういえば…思い出したああ!痛ぇええっ!」
「あぁ!大変!とりあえず部屋に戻って横になって!」
ようやく発熱に伴う頭痛レベルまで収まっていた痛みが、最初の頃の内側から殴られるような痛みに戻っていた。
なんとか寝台に着いた時には視界が滲んでおり、そのまま意識は闇に溶けて行った。