#1 He gifted!
かなり前から描き始めた作品ですが、中々筆が進まない為、気分を変えるためにも投稿してみます。
何千回と身につけ、もはや体の一部だとしても不思議ではない藍色に染まったネクタイは目の前の髪を金色に染めた若者によって握られ、体幹をいいように扱われている。
まだ成人もしていないであろう子たちに囲まれゆっさゆっさと揺すられるスーツ姿の自分はなんと情けないことか。
今の状況を簡潔に述べるのであれば、少年がいい歳こいたおっさんから金品を巻き上げるーーーつまり、オヤジ狩りというやつだ。
このご時世、オヤジ狩りは流行らんだろと思いながらも相手の言う通り財布を胸ポケットから取り出し、いまもネクタイを掴んでいる若者Aに丁寧に手渡す。
そして更なる指示に従い、その場で何度か跳ぶ。
あぁ、今日は人生最悪の日だ。こいつらは昼の楽しみに取っておいた缶コーヒー代すらも許してくれないらしい。
ゲラゲラと騒ぐ路上強盗共。どこから出てきたのか小さく折りたたまれた紙がひらひらと舞っているのを見たが、そんなことはどうでもいい。5回目のジャンプで足を止め、この上ない情けない顔と声音で降参だと許しを乞うと、奴らはニヤニヤと意地の悪い顔を見合わせお釈迦様の如く寛大な心でお許しなさった。
「しゃーねぇなぁ、今日はこの辺にしといてやるよ。だが、」
だが、の後に続く言葉はなかった。
なぜなら彼らの腹部が突如破裂し内蔵という内蔵が漏れ出て発狂する間もなく死に絶えたからだ。
何の予告もなく見せつけられるグロ画像、いや現実に喉からはカヒュウと意図しない音が出た。
腹部を失った彼らは全員思い思いの向きへ倒れ、自分も尻もちをつく。血溜まりがこちら側まで侵食してきて、服に血がつくことを嫌がった自分は、すぐにこの場から離れなければという使命感に突き動かされ、四つん這いで近くに落ちていた自分の財布を右手に取った。
立ち上がろうと左手を地面についた時コンクリとは違う感触に違和感を覚え、汗の滲んだ手の腹を見ると先程の紙切れがひっついていた。
引っ剥がして裏面を確認すると、
『サレンダーマン』
降参の意を伝え、認められた場合その相手を問答無用で殺す。
と書かれていた。
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あの後最低限の証拠隠滅をしてから逃げるように去り、会社へと向かった。
気分は最悪だが、出頭なんてもっと最悪だ。
証拠は残したか?いやそんなことはない。靴跡が残っていないのは確認済、路地裏なので目撃者もいない。
凶器なんてものはないし、そもそもあの内部から爆発したような死体をみて一般人が殺ったとは思わないだろう。
その日は何も口に入れる気にはなれず機械のように業務をこなし帰宅後、己の身に彼らの血や怨念がこびりついている気がして何度も何度も体を洗った後全てが夢であることを期待して眠った。
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翌朝、手汗で塗れたあの紙切れを見て現実を受け入れた自分は対策を練った。
幸い、今日は休みだったので学生の頃以降使うことのなかったキャンパスノートを引っ張りだしてこれからの予定や問題点を書き出した。
その日の昼下がり、人の多いスーパーマーケットを避けコンビニに買い物へ行った。
家から最寄りのコンビニから一つ離れたごじんまりとした個人営業の店まで歩いておにぎりを二つと緑茶を買った後、出来るだけ人気のないルートで足早に帰った。
おにぎりを片手にノートパソコンを立ち上げる。
そしてTorを介し、チェスのブラウザゲームで投了が出来るのを探す。
チェスは得意だった。もっともその数少ない取り柄は特に役に立つことも無く、今回も必要としない。
丁度よいサイトを見つけ出し、スマホのアプリから新しく作り出した捨てメアドを使って登録する。
ハンドルネームは自分の苗字の近藤のイニシャルを取って「k」とした。
登録を完了し、画面中央のオンライン対戦にカーソルを合わせる。
心臓の鼓動に呼応しているかのように揺れるカーソルを深呼吸して抑える。
目的はサレンダーマンなる能力の確認だ。
仮に紙に書いてあった内容を鵜呑みにし、拡大解釈するならば、こちらが投了した場合相手は死ぬのではないだろうか。
しかし、この計画にはかなり穴がある。それは人を殺めてしまうという後ろめたい気持ちと、手に入れたかもしれない凶悪な力を試してみたいという二律背反な気持ちがあえてこの計画に穴を作った………のかもしれない。
さて問題は
一つ、インターネット越しでも能力は発動するのか。二つ、ゲームの仕様上、投了が成り立つには相手の承諾は必要なくこちら側の申請だけで成り立ってしまう故に能力の発動条件に相手の承諾が必要であれば発動しない。
etc…
対戦が始まった。理由はないがオープニングから投了はせず、中盤で投了するつもりだった。
このブラウザゲームはレート戦のようで、始めたうちは同じ始めたばかりのユーザーとマッチングするようで、やはり相手は手を打つことこそ早いものの戦略があるわけでもなく、初心者だった。
ゲームが中盤から終盤に差し掛かったころようやく覚悟を決めて投了の文字をクリックした。
画面の中央にはでかでかと投了の文字。
夕暮れ時の若干薄暗いアパートの一室で俺はじっとその文字を見つめていた。
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その日は興奮してなかなか眠れなかった。
俺は人を殺したかもしれない。その事実に高揚している自分は狂っているのだろうか。いや、自分は特別なのだという希望を見出すことに悦びを感じるというのは至極真っ当な人種であろう。
まぁ、それもぬか喜びの可能性が高いが。
そんな馬鹿みたいな考えが頭のなかでグルグルしていた。
次の日、起きてから寝るまで(職務中も)頻繁にネットニュースを確認したがそれらしき記事はなかった。
不審死の一件程度では記事として取り上げられないのだろうか。それともまだ死体が発見されていないのか。はたまた能力が発動しなかっただけか。
と、そこまで考えて先日のオヤジ狩り集団の不審死についても取り上げられていないことに気づいた。
市のホームページを開いてみる。しかしお知らせの欄には変わったことはなく、平常運転であった。
これは流石におかしい。普段人目につかない路地裏とはいえ一日経ってるのだ。誰が死体を見つけ通報しないはずがない。というのに注意喚起を促すような広報はないし、立ち入り閉鎖の情報もない。
「これは………?」
現場に確認に行くのが手っ取り早いが、犯人は現場に戻るという。警察に張られている可能性は高い。
「そもそも何のために事件を公にしない?あんな死体を作れる凶悪犯を泳がせている場合ではないだろ。ということは死体が見つかっていない?」
ということは何者かが隠蔽を行った?警察が見つけるよりも早く?なぜ?
考えても埒が明かないのでその日は五回ほど例の投了をする作業を繰り返して床についた。
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目覚めてすぐに確認したニュースサイトの一番上部にある大きな見出しには、
「全国各地で不審死多発」
と書かれていた。