新しい日常
〈新たなる日常〉
「ただいま〜、帰ってきたよ」
「お帰り、お母さん……それに知海」
知海とは俺のことだ。母親がチィーちゃんって呼ぶのもそれが関係しているだろう。
風呂で上がったばかりだろう上半身裸のお姉さんが、腰にタオルを巻きつけ牛乳瓶を飲んでいた。
「ただいまお姉さん、それから風邪引くと行けないからちゃんと服来てね」
「あ……ああ、もちろん!」
俺は鼻を摘みながら、ニッコリと微笑んむと、お姉さんは驚いたように目を開いていて答えたのだった。
やばい、やばいぞ。どうなっているんだ俺の体は!?
口から血の味が沁みる。胸はドキドキと動き、思わず息が上がってしまう。
「知海なんか、様子がおかしいが大丈夫か?」
「お、おう。それよりも服を着てくれ」
「女の身体なんて見ても、いい気がしないよな……悪い」
いや、今現在興奮中らしいです……だから服来て!
お姉さんは、空になった瓶をテーブルに置くとクローゼットから白いパンツを手に取り、その状態でバスタオルを地面に落とした。
「おぅ……」
「チィーちゃん!? ちょっと!」
口から溢れんばかりの血が流れ出て、倒れてしまった。
ああ、母親の声が聞こえる。
この家……魔獣よりも危険じゃないか。
そして俺の意識はそこで終わりを告げた。
◇◇◇
うんん、ここは……。
「起きたか? 知海」
「知海じゃない……響だ」
「え?」
俺は寝ぼけた顔で、目をこするとそこにはクールビューティーな美人がいた。
おでこがベタつく、冷えピタか。
「服来たんだね、お姉さん」
「も、もちろんだ。二回も言われたのだからな!」
お姉さんはプンプンと怒り出し、両手を組んみながら顔を逸らした。
うん、可愛らしいぞ。
お姉さんは少し時間を置いてから、声を出し始めた。
「お母さんに事情は聞いた、私の身体をみて気分を悪くしたのなら謝ろう」
頭を下げ始めたお姉さん、
「頭を下げないでくれ、俺はそういうのには慣れてないんだ」
「許してくれるのか?」
「もちろんだとも」
俺が、もし万全な状態でも、あの姿を見たらまた倒れる自信はあるからな。
「そうか! それは良かったふふ、お母さんの言う通り随分と変わったな」
「そうなのか?」
「前だったら、ゴミ女とか、デカブツゴリラとか言って蹴り出していたぞ」
マジか……そんなに荒れていたのかよ。
「それはごめん」
「うんん、別に知海だけが例外ってわけじゃないから、大半の男は……」
そこでお姉さんは口を閉ざした。でも、そこまで言ったら、流石に察してしまうぞ。
「私まだ、自己紹介してなかった」
お姉さんは顔を振って、話題を変えたのだった。
「記憶が曖昧って聞いたから一応、私は福汐=美波(ふくしお=みなみ)だ。男性特殊警察官を目指している宜しく」
「じゃあ美波姉さんって呼ぶよ」
「それは……嬉しいな」
ゆっくりと花が咲いたように、笑ってみせてくれた。この笑顔を俺は何処かで……。
ぼーっと思い出そうとしていると、美波お姉さんが後ろを向いた。
長い髪が一点に結ばれており、尻尾のように揺れる。
「じ、実はな、おかゆを作ってみたんだ」
「ありがとう」
「ふ、味は保証できないがな!」
真っ赤な顔をして、強い口調だが恥ずかしそうに目を逸らし、立ち上がった。
「それじゃ私は行くからな」
「やだ、食べさせて?」
「な! なぃにを言っているんだ……」
美波お姉さんは固まってしまっていた。
俺は、ついつい面白くって心の悪魔が動き出し、そこの隙間に付け込む。
「じゃないと、許してあげないよ〜」
「そんな!?」
「男性特殊警察官を目指していくんなら、護衛対象の世話とかしないといけないんと思うんだ?」
「な!? そ、そんなことをすれば、夫婦みたいじゃないか!」
ふぅふぅ、と息が上がっていた。とっても可愛いな?
「ほら! 早くして!」
「ク……しょうがないなぁ、今回だけだぞ!」
美波お姉さんは、背を低くして正座し始めると、スプーンを持って、
「あーん……」
「暑そうだなぁ、ふぅふぅしてくれないの?」
「えぇっ、そ、それだと私の唾が付くだろう!?」
「いいよ、家族だし俺はやってほしいなぁ?」
甘えた声を俺は出すのだった。美波お姉さんは今のうちに、弄り倒したいからだ。
「いいんだな? 本当にいいんだな?」
「うん! やって」
「ふぅふぅ……あ、あーん」
心配そうに、スプーンを俺の方に伸ばしてきた。
それを口の中に入れる。
あっさりした味で漬物や野菜炒めのおかゆで、スイスイと喉を鳴らして通っていった。
「どうだ……」
食べてないのに、美波お姉さんの唾を飲む音だけが響いた。
もちろん俺の答えは決まっている。
「めっちゃ美味いよ!」
「そそそそうか! ふふ、それは良かった! もっと食べるか?」
確かに美味しい——でも、やっぱり。
「そうだね、今度は俺が食べさせてあげるよ」
「お、ん? 今度は俺が食べさせてあげる?」
片言になっていた美波お姉さんのスプーンを取り上げて、ふぅふぅと冷ましてあげ、
「あ〜ん」
「え、ふぇ!? ああーん」
雛鳥のように口を開けたので、優しく手を添えて中に入れる。
「どう? 自分で食べてみて」
「美味ひぃです」
「俺も美味しいと感じだから、もっと自信持ってね。ふはは、でもこうしてみるとまるで恋人同士みたいだね?」
「ゔ!?」
美波お姉さんは喉を詰まらせ、慌てて水を飲んだ。
「何を言い出すんだ! それは本当の恋人になった時に言うもんだぞ」
「じゃ恋人になろう?」
「な、なななな——私をからかうな!」
「あ、痛た!?」
美波お姉さんはチョップをかましていってしまった。
「あーあ、もっと食べさせて欲しかったなぁ?」
大声で不満そうに答えると、ほかの部屋から騒がしい音が聞こえた。
同様にして倒れたかな? だと嬉しいが……。
そうして、俺はおかゆをほうばって食べた。そして後で、口付けということに気づき頬を赤くしてしまったことは秘密だ。