リビングにて
「ここが先輩の家なのですね」
「ああ」
春前さんを家まで案内する。
目の前には見慣れた俺の家。
一般的な家庭よりも少し大きめなヨーロッパ風の家だ。
だからといって豪邸と言えるほどでもないが、横にいる春前さんは目を輝かしている。
「大きい家です...!何人家族なのですか?」
さすがに両親がいないことは言えない。
せっかく喜んでくれているんだ。
場の雰囲気を崩すようなことはしたくない。
「...4人だ」
「それでも部屋が有り余るくらいの家ですね」
「ははは。いいぞ入って。リビングに案内する」
「ありがとうございます!」
「お邪魔します」
「こっちだ」
適当に嘘をついて誤魔化す。
少し後ろめたい気持ちになるが、仕方ないことだと自分に言い聞かせる。
そして春前さんをリビングに案内する。
「ここがリビング。そこのソファーに座っていいぞ」
「はい!」
「飲み物何がいい? コーヒーとか緑茶とか」
「ではコーヒーをお願いします」
「おう」
俺はコーヒーが嫌いだ。
苦いからな。
うちにコーヒーがあるのは時々来る親戚に出すためだ。
「先輩の家って意外と片付いているのですね。とはいっても片付けているのはお母様らへんでしょうね」
「ははは。そうだな」
リビングだけ見れば片付いている。
しかし、俺の居住スペースは実際2階の自分の部屋。
その部屋は春前さんから見ると混沌とした状態なのだろう。
ちなみにリビングは普段全く使用しない。使用するときは客人が来たときぐらいだ。
誰もいないリビングは寂しいものだ。
かつてはテレビを見てゲラゲラと笑っている妹や、それを見て優しく微笑む母がいた。
そんな場所に今更独りで佇むなど不可能なことだ。
またしても嘘をつくような結果となって、春前さんには申し訳ない。
「先輩と違ってきちんとしているのですね。ご家族の方は」
「まあな」
「私の家族は大変なのですよ。妹がいるのですけど...だらしなくて。母も父も片付けが嫌いで。だから私が片付けないと家がゴミ屋敷に...」
「それは、大変だな」
「先輩の家は反対なのですね! 周りの家族がきっちりとしているから、先輩はどんどんだらしなくなっていき、今に至ったということですね」
「ははは」
春前さんに俺の事情を教えるわけにはいかない。
今の俺には誤魔化すことしかできないのだ。
すると、春前さんが急に真面目な顔になる。
「先輩? 」
「...なんだ?」
「何か隠してますか? なんとなく先輩の様子が変なような」
「...そんなことないぞ?」
「ちょっとよそよそしいのが気持ち悪いのですよ!」
「そうか? すまない、ちょっと考え事していたんだ」
「そう、ですか。それならいいですが」
「おう」
「何か困ったことがあったら言って下さいね」
「......」
春前さんが深入りしてくることはなかった。
******
春前さんのコーヒーがあと少しでなくなりそうになったとき。
「先輩! 作戦会議しますよ」
突然春前さんがこんなことを言ってきた。
「なんの?」
「咲来ちゃんとお友達になるための会議です。見た感じ、咲来ちゃんは先輩のことをお友達だと思っています。でも、先輩は咲来ちゃんのことをお友達だと思っているのでしょうか。いや、思っていないです!」
なぜ反語かはわからないが、友達だとは思っていないことは本当だ。
一回だけしか会ったことのない人を、すぐに友達として信用できないのは、当然のことかもしれない。
あと女の子だし、俺がどうしても一歩引いてしまう。
「友達候補だと思っている」
だからと言って友達になりたくないわけではない。
だからこう言った。
「偉そうですねー。だからお友達ができないのですよ」
「何度も言っているが俺には...」
「はいはい。何が気に入らないのですか? 咲来ちゃんの」
春前さんが俺の発言を軽くあしらう。
「いや、嫌いなところはない」
「では?」
「......女の子と友達になったことがなくて」
「ふふっ、先輩、乙女みたいなこと言うのですね」
春前さんは指で俺の腹をツンツンと突っついてくる。
「だって話が続かないし」
「私と話しているときは大丈夫ですよね」
「まあ、そうだな。だから相手が春前さんだと思って話したんだ。いつも通り話せたんだけど...」
「泣かせそうになったのですね?」
「そうそう」
古賀さんが涙目になったとき、春前さんが心の強い女の子でよかったと実感した。
自分が心無い発言をしていることは少々自覚している。
それを笑って受け流してくれる春前さん。
そんな人だから、ほんの少しは心を開いて話すことができる。
ほんの少しだけ、だが。
「んー、難しいですねー。わかりました。考えておきます」
「ああ。俺も暇すぎて仕方ないときに、考えてやってもいいぞ」
「ふふっ、監視対象者のくせに偉そうですね」