口下手な友達候補?
春前さんに連れられて、俺は食堂へとやってきた。
テーブルにはカレー定食。
だが、なかなか箸が進まない。
なぜなら、目の前に女の子がいるからだ。
俺の席の横には春前さんが座っている。
そして、テーブルを挟んで向こう側には見知らぬ女の子、いや、正確に言えば今見知ったばっかりの女の子だ。
真っ黒のツインテールの春前さんとは異なり、明るめの髪が印象的だ。
身長は春前さんよりも高め。
透き通った目。整った目鼻立ち。
誰が見ても美少女である。
つまりその美少女が目の前の女の子ということだ。
その女の子の名前は古賀咲来というらしい。
童貞の俺には初対面の女の子の相手は難易度が高い。
自己紹介だけでも、もう手一杯だ。
そもそも、なぜこのような状況になったのかというと......。
***
10分前。
「ほら、行きますよ」
「引っ張るなって」
ぐいっと俺の袖を掴み、歩き始める。
春前さんが俺を食堂に連れて行きたいと言い出した。
それ自体は良かったのだが。
「先輩に友達を紹介します! きっと友達になれますよ、というか会った瞬間から友達になってくださいね。わかりましたか? その子も先輩と友達になりたいと言ってます! 大チャンスですよ、先輩! (以下略)」
食堂に連れて行きたいというのは、その子に会わせたかったためだろう。
あー、めんどくさい。
やんわりと断るか。
「いいけど、今度な。 俺は売店行くわ」
後輩の手を服から無理やり引き離す。
「今度はだめです! 食堂でその子と待ち合わせしているのです。今日顔を合わせてもらいます」
「いやだ」
***
結果から言うと俺は言いくるめられた。
ということで俺のお友達候補?との顔合わせのために食堂にやってきたということだ。
春前さんの行動力は凄まじい。
めんどくさがり屋の俺が圧倒され、しまいには言いくるめられてしまう。
「きょ、きょうは天気がいいね?」
大人しめの友達候補は俺の様子を伺いながら、口を開く。
「うん、そうだな。明日は雨らしいな」
「じゃあ、傘が要るね」
「......そうだな」
「......」
沈黙が広がる。
「お二人ともコミュ障ですか! 先輩はいつもあんなにうるさいのに、相手が変わるとどうして喋れなくなるのですか。こういう時は男がリードするのですよ」
いつもの調子か。
そうだ! 相手が春前さんだと思えばいいんだな。
ん? なぜ俺は春前さんと自然に話ができるのだろうか。
まあ、今はそれよりも目の前の女の子だ。
目の前の女の子が春前さんだと暗示をかける。
(春前さん春前さん春前さん.....よし!)
「おい、先輩に向かって、その口調はなんだ。後輩は敬語を使うのが礼儀だ」
「......ごめん」
「帰らしてもらう」
よし! いつも通りだ。
あれ? 目の前の女の子、つまり、古賀さんが涙目のような...。
なんか俺、とてつもなくひどいことを言ったような気がするのだが。
よくよく考えると、初対面の人に「帰れ」は失礼か、な?
緊張のあまり思考力が低下しているのか、完全にヘマをした。
「いつもの調子でと言った私が悪かったです! 咲来ちゃん、別に先輩は怒っているわけではないですよ」
「そうなの?」
「ああ、怒ってはない。でも、敬語は使ってくれ。 俺のプライドが傷つくから」
「うん」
いや、敬語使ってくださいよ。「はい」って言って下さいよ。
留年した俺にとっての誇りは年齢くらいなんだから。
「ダメですよ先輩。お友達同士はタメ口で話すのが常識です」
そんな常識初耳だ。
「常識か? あと、友達だとはまだ思っていない」
「まだ、ということはこれからなるということですね。意外にも前向きで良かったです。同学年なのですし、咲来ちゃんのタメ口、許可して下さい! 」
春前さんの要求は引き受けなければならない。
弱みを握られている俺に拒否権はない。
俺の自尊心さようなら。
「...わかったよ。古賀さん、敬語は使わなくていいよ」
「あ、ありがとう。私も男の子とお友達になりたいと思ってたから...」
「なんでまた、そんなことを」
「男の子と話すの...ちょっと苦手で...克服したくて...それで英玲奈ちゃんに......」
「ん? 英玲奈って誰だ」
「私のことですよ!」
そういえば、春前 英玲奈 だったな。本名。
「男の子の友達が欲しくない?って英玲奈ちゃんに聞かれて...だから、私、克服しようと思って」
「...ごめん。 それなのにさっき俺、怖がらせるようなこと言ってしまったな」
「うん、いいよ...気にしてない。私、口下手だから猪瀬先輩が怒るのも当然」
「十分話せてると思うけどな」
「あ、ありがとう」
そしてもう一度古賀さんが口を開く。
「私の友達になってくれる?」
「うーん、友達はなるものじゃないと思う。友達はいつのまにかなっているものじゃないか?」
すると春前さんが「いい言葉っぽいですけど、友達いない先輩が言ってもですね...」と言って茶化してくる。
すかさず俺は反論する。
「うるさい! 俺だって友達はいる」
「はいはい、わかりました」
「今、絶対いないと思っただろ」
「思ってませんよ〜! 友達少なくて寂しそうだとは思っていますけど」
「余計なお世話だ」
「ふふっ...。英玲奈ちゃん、猪瀬先輩と仲良いんだね。いいお友達もったね? 」
古賀さんが吹き出すように笑う。
「違います!友達ではないのです」
春前さんが手を横に振る。
「じゃあ、なに?」
「主従関係です!」
「しゅ、しゅじゅう、か、関係...! 確かに、先輩Sっぽい...さっきだって......」
古賀さんの顔がどんどん赤みを帯びてくる。
「そういう意味ではないです。まあ、今のは私が悪かったですね。私は単に先輩を監視しているのです!」
「監視という言う名目で、猪瀬先輩のお世話を......」
古賀さんは妄想の世界へ突入したらしい。
今の古賀さんに何を言っても無駄だろう。
俺らの奇妙な関係に気づいていないらしいが、隠す必要もない。
古賀さんが落ち着いてから言うとしよう。
友達候補だしな。
あと、どうでもいいことなんだけど、春前さんって誰に対しても敬語なんだな。