あとの祭りの、そのあとに。
お仲間さん達と遊びで書いた、夏をテーマにした1300文字短編。
のつもりが、大幅に文字数オーバーw
もったいないので載せておきますー
遠くの祭囃子が、夕闇迫る美術室まで聞こえてくる。
今日は地元の夏祭り。
他の美術部の子たちは、とっくに連れ立って祭りに行った。
「はあ……なんで描けないんだろ」
どうしても課題の絵が描けない。
テーマは、青春。
部長のみーこは、陸上部にいる憧れの先輩が跳んでいる油彩画を描いた。
少女漫画が好きなまゆっちは、イラストのように鮮やかな美男美女のカップルを描いた。
他の部員たちも、それぞれの思う青春を描き上げた。
なのに、副部長の私だけ、描けない。
「青春って、なんだろ……」
青春とは、四季に色をあてはめて、人生に喩えた言葉。
言葉の意味は知っていても、経験のない私には想像がつかない。
課題の提出期限まで、あと三日。ううん、今日はもう完全下校時刻だから、あと二日しかない。
美術室の鍵を返却して校舎を出ると、夏の蒸した熱風に、冷房で冷やされた身体が一気に炙られる。
薄暮の道を急ぐと、祭囃子の笛の音が一層大きくなった。
じんわりと汗が滲む額をハンカチで拭いながら、私は独り歩き続ける。
「青春、かぁ」
考えても悩んでも、答えは出ない。
気がつくと、私の足はお祭りに向かっていた。
浴衣姿やお面をつけた子供たちの姿をかき分けて、大鳥居の前に立つ。
鳥居の先、小高い山の上から、賑やかな声が聞こえてくる。
「変わって、ないなぁ」
最後にこのお祭りに来てから、もう三年。あの時に一緒に歩いた彼は、もういない。
最初は、引っ越したと聞いていた。
でも彼は、引っ越すなんて言ってなかったし、そんな素振りも見せなかった。
だいたい、なんで黙っていなくなるのか、理由がわからない。
あの時は、怒りと寂しさしか感じなかった。
境内に続く石段を上る。
辺りを見ても、高校の制服でお祭りに来ているのは、私だけ。
きっと私は、この空間にとって異物なのだ。
山の上。境内には沢山の露店が並んでいた。三年前に彼と見て笑った、冷やしキュウリのお店は無かった。
その代わり、チキンステーキのお店が四つも並んでいる。
たしかこの神社の御神体は、八咫烏だったはず。なんともバチ当たりな露店だ。
ぶらぶらと、何を見るでもなく境内を歩く。真ん中には櫓が組まれ、そのてっぺんでは太鼓がドンドコと響いている。
ふと、三年前を思い出す。
あの時彼は、一人で絵馬を奉納していた。
絵馬を奉納する場所は、境内の端っこ。そこはお祭りとは無縁の場所だった。
興味本位だった。
彼の書いた絵馬を探した。
それが、いけなかった。
「──あ」
手術が成功しますように
生きて、逢えますように
彼の名前が書かれた絵馬。そこに書かれた、たった二行の文。
それで、すべてを悟ってしまった。
どうして。
どうして話してくれなかったのだろう。違う。話せなかったのだ。でも。
三年の間、封じ込めてきた想いが、涙となって溢れ出す。
祭りに制服で来るだけでも奇異なのに、さらに泣いてる女なんて、もう変人だ。
だけど、止まらない。
くやしい。かなしい。せつない。
何より、あの夜彼の告白を断ったことが、さらに胸を締め付ける。
断った理由は、私のテストの結果が悪かったから。
知らなかったとはいえ、そんな些細な理由で、私は、彼の懸命な想いを断ったのだ。
どん。
花火の音が響いた。
この花火が終われば、祭りも終わる。
闇夜に咲く炎の花は滲んで見えて、何重にもぼんやりと見えて、実体が掴めない。
「私も、好き、だったのに」
「──そうだったんだ、嬉しいなぁ」
息が止まった。
聞き覚えのある声。
不意に聞こえたその声に、ゆっくりと振り向く。
懐かしいけれど、すこし大人びた顔。
背、伸びたんだね。
てか、え?
なんで?
「なんで……貴方がいるの?」
「僕の願いを叶えてくれた神様に、お礼に来たんだ」
もう、三年振りに見た彼の顔も、謎の液体のせいで滲んで見える。
「あの時は、本当にごめん」
なんで。なんで貴方が謝るの。
謝るのは、私なのに。
「あの時の僕は、自分のことで必死だった。手術の前で、不安で。自分勝手にキミの答えを急いでしまった」
待って、やめて。
自分勝手だったのは、私なんだから。
首をぶんぶんと振り、私が言い訳を始めようとした時、一際大きな花火の音が聞こえた。
驚いて、空を見上げる。
目の前に、大きな光の花が咲いていた。
「枝垂れ柳、だね」
同じように空を見上げる彼の柔らかな声音が、鼓膜を通って心を揺らす。
「ここでもう一度逢えたら、言おうと思ってた」
「──うん」
もう、間違わない。
私だって、三年前のままじゃない。
いや、答えなら三年前から決まっている。
もう、迷わない。
絶対に、後悔なんかするもんか。
私は、彼の告白を受け入れ、今夜の花火の絵を描くことを胸に誓った。
お読みくださいましてありがとうございます!
他にも「陰キャ能力者のアオハルノート」という青春学園モノをマイペースで連載しています。
作者ページから読めるので、もしよかったらそちらもどーぞ♪