イケオジの帰宅
子供たちへの愛:母への愛が、1:9 。
それが我がマクドール伯爵家筆頭でありシルバーバーグ王国宰相である、優秀で厳格な父の家での姿だ。
子供たちに対して愛情が無いかといえばそういうわけではなく、ただ単に、溢れんばかりの愛を母に注ぐあまり、子供たちに向ける目が教育方面にしかいってない。
父親として問題がありそうだが、母に注いで溢れまくった愛情が子供たちに回ってくるので、それなりにバランスがいい。
とにかく、母の前以外では厳格で威厳のある父が久方ぶりに本邸に帰ってきた。
宰相という立場ではあるものの、父は基本的に毎日帰宅する。
しかし、今回はは王と共に侯爵領と辺境伯の領土を視察に当たっていた。
王自身が視察など一般的にはありえない問題なのだが、歴代最高のアクティブキングと呼ばれる現国王の場合、放っておくと宰相や軍事長の目を盗んでいつのまにか姿を消してしまうものだから、おとなしく付いていったほうが楽。というのが父の言い分だ。
毎回ぶつぶつと文句を言いいはするものの、王自身が父と気心の知れた幼馴染だから視察という名の旅もそれなりに楽しんでいるのだろう。
長期間家を空けたあとの父は、帰宅すると脇目も振らずに母と共に時を過ごし、旅先であったことを全て報告している。母の好む花々が咲き乱れる温室は、今頃、蜜よりも甘い囁きが溢れているに違いない
そんなムードに当てられるのも、父に睨まれるのもごめんなので木剣を使って手合わせしていたところ
「シリル様、旦那様が夕食前に執務室に来るようにとの仰せです」
と、執事長が声をかけにきた。
――――『パーグ!パグ、パグ♪ 好き好き大好きパグ♪』
「わかった――。すまないが、なにか飲み物を持ってきてくれないか」
「かしこまりました。では、あちらのテーブルにご用意しますのでお待ちください」
できるだけ普通に返事をしたつもりだが、変な顔になっていたかもしれない。レイルが変な顔をしていた。
基本的に黙っててくれるミツコだが、爺の顔を見たときだけは絶対に毎回「パグ」って言う……もしかして、遊ばれているのか?
あまりにも「パグパグ」言うもんだから、だんだん爺がパグにしか見えなくなってきた。舌も出してたら完璧だ。
「思いのほか早かったな」
ドカリ、とその場に座り込みながら言うレイルを見て、自分もひっくり返った。
それなりに長いこと打ち合いをしたために腕が痛い。
騎士の真似事をして遊んでいるだけではあるが、ここのところレイルに押されることが増えてきて悔しいので、暇があるとついレイルに頼んでしまう。
「食事まで父上とは顔を合わせないと思ってた」
「お前のせいだろ?」
ごろり、とレイルに体を向ける。
「…やっぱそ~思う?母上が話したよねぇ」
「まず間違いないね。【ギフト】に関することは小さいことじゃないから」
「役立つ能力だったら、騎士団入りとか補佐官とかの教育に入るんだろうけど、アレじゃなぁ~」
「役立たずだな」
「……役立たずだなぁ。」
誰よりも近い存在だからこそ歯に衣着せぬ物言いができる二人だが、すっぱり言われていい気もしない。
唇を尖らせたまま起き上がり、水や果実水が用意されたテーブルに行くとサンドイッチも用意されていた。
パグ爺、なんて気が利くんだ。
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「入れ…」
「失礼します」
温室から父が出たとの連絡を受け、頃合を見て執務室を訪れた。
「お帰りなさいませ、父上、ご健勝そうで何よりです」
「………」
ゆっくりと礼を取ってから頭を上げると、にこやかな父と目が合った。
――――『はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!ろ、ロマンスグレーが微笑んでいらっしゃるうううううううううううう!!!』
「目上の者に対する挨拶もしっかりしてきたようだな、シリル。いつも通りにしなさい」
――――『尊い!尊み秀吉様ぁああああああああああああ、ひゃあああああああああああ!!!シリル父君ヤバスギ!ヤバスギぃいいいいいいいい、テライケメン!カッコイEEEyyyyyyyy』
父の顔を見た瞬間に始まったミツコの悲鳴のようなBGMがMAXボリュームで鳴り始めた……
ダークブルーの父の優しい目を見た瞬間、僕の視界はぐにゃりと歪み、床にしゃがみこんだ。
――――『ああ、父上様結婚してください、うっひょわぁぁあぁ』
「っ、おい!」
急に床に膝と手をついたシリルを心配して父が駆け寄ってくる。
「どうした、大丈夫か」
――――『ひぃいぃあぁあぁあーーー、父君様ぁああああ』
シリルの体を起こそうとした父が、腕と肩に手をかけると顔に熱が集まった。
――――『イケメンが、ダンディズムがあたしを抱えてるうう ひぃいい』
「お前じゃない……」
「おい、なんだって?」
半パニック状態になってついミツコに対して返事をしてしまった。
声を聞こうと顔を近づけてきた父にさらに赤面する。
ヤバイ、頭が熱い
――――『ふぁああああああぁあああああぁぁぁーーー!!』
状況を掴みたくて頭を働かせようとしたが、脳内の声がハッスルしまくったあたりで、ボンッ!と脳がショートしてしまった。
おいこら、ミツコ! これ絶対にお前のせいだろう!!!