無断入室
『シリル、目が覚めたのか?』
寝室の扉が静かに開くと、ブルーグレーの頭が入ってきた。
音も立てずに入ってきたのは、双子の兄のレイルだ。
「レイ?」
「レイル、シリルは寝ているんだから会いに来ないように伝えてあったでしょう。ミルファはどうしたの…」
「ミルファには使いを頼みました。どうもお払い箱にされそうだったので…、っていうか、食事の準備をしているのですから、口止めをしたって無駄なんですよ。来ないように言われてましたけど、シリルが目を覚ましたなら別に問題ないじゃないですか」
空腹を満たし、頭の包帯を取って怪我の状態や落馬後の状況を確認していたところに、突然の来客だ。
母つきのメイドであるミルファ以外、今の僕がどういった状況かは知らないハズだ。
この察しのいい兄は、自己判断で僕に会いにきたに違いない。
慌てて母が席を立って止めようとしたが、レイルはベラベラとしゃべりながらズカズカと入り込んできて、途中でぴたりと足を止めた。
「…。」
――――『んっふぁ、少年レイルたん、なんと、なんとピュアな!』
「…。」
「…………母上?―― シリルはどこです?」
ばっちり目と目が合ったはずなのに、くるりと母の方を向き質問を投げると、少しばかり固まったあとに再びこちらを見た。
「…。」
――――『ほほっ!お子様ヘアのレイルたん。尊い!愛でたいぃ~』
「…。」
「…。」
母親が目を逸らし、双子が逸らせない目を見つめ合わせ、再びレイルが口を開く。
「母上?………え、若い…?」
――――『いいえ~、シリルたんですよ。可愛かろう、可愛かろう?!』
頭の中の声が煩わしかったから、『煩い!』と心の中で叫んだら静かになった。
レイルは、瞬きもせずにシリルに近よると、ゆるく波打つ紅茶色の髪を手に取った。
今、レイルの目には自分がどういう風に映っているのだろう。
目線を母に移すと、レイルも再び母を見る、そんな視線だけのやり取りを数度繰り返していたが、やたらと顔を近づけてじっと見てくるレイルとの妙な沈黙にこらえ切れなくなった。
「よぉ、レイ」
「……っ!?………シリル?!」
へらりと笑って声をかけたら、素っ頓狂な声を上げながらひっくり返ってしまった。
あまりのリアクションに驚いていると、やれやれと落ち着きを取り戻した母に起こされてレイルはソファに座らされた。
混乱するレイルに分かるように母が説明する。
【ギフト】のことは知られてしまったが、どうせ直ぐに話すことになったのだろうから問題ないだろう。
「お前ねぇ、親の言うことききなさいよ」
「いや、おまえ、そん、そんなこと言われても…」
「心配してくれるのは嬉しいけどさー」
人払いをまったく気にせずに入ってきたレイルに対してぶつぶつと文句を言ってみるが、未だショックから立ち直れていないようだ。
一瞬で気持ちを切り替えて食事をしていた自分が言うことではないが、思いのほか肝の小さいヤツである。
「レイルちゃんはねぇ~、けっこう繊細だから後から話そうと思ってたんだけど……」
母のちゃん付けは幼少時代に使われていた呼び方だ。
最近では一人前の扱いをし始めていた親たちだが、こんな状況ではやはり子供扱いということか。
「え、っと、母上の能力ってわけではないんですよね?」
「違うわ。シリルちゃんの能力よ」
ちゃん付けがこっちまで飛び火した。
「………なんで?」
「こっちが聞きたいし」
「……母さまそっくりだな」
「…そうか?」
「ああ、うん、似てる、すごい似てる。なんで髪の毛まで伸びてんの?」
「知らないよ、起きたらこうだったんだから!」
「ずっと女?元に戻らないの?」
「知らないって、さっきだよ?これが分かったの。寝てたんだから察してよ!」
「…はぁ~、凄いな。――元々お前は母さまに似てたけど…女になっちゃうってなんだよ…――なぁ、ちょっとドレス着てみせて?」
「ふ ざけんなよ…」
ため息交じりに言い捨てると、にこにことした母が口を挟んできた。
「ドレス!良いわね!着せたいわ!」
さっきまで深刻な状況だったはずなのに、母のこの変化は一体なんなんだ?
急に明るい声を出した母に目を見開くと
「急な変化をレイルにどうやって話そうかと思ってたけど、これで1つ問題は解決したわね。
レイルちゃんの現状や細かい能力は日を追ってみないとはっきりしないけれど、とりあえず様子を見ながら進めるしかないわ。頭の怪我も心配してたけど、血はしっかり止まってるみたいだし、今日はもう少し休んでおきましょうか。」
そういうと、ワゴンに茶器を片付け始めた。少々無理やりだがこの場を収めるようだ。
「レイル、シリルもまだ本調子じゃないからここまでになさい。」
「はい」
そういうとシリルも席を立つ。
「大丈夫か?」
「あー、まぁ。…とりあえずもう少し休むよ」
やっと普通に心配されたなと感じながら、二人を見送る。
母が頭を優しくなでで、何かあったらいつでも呼び出して頂戴と言ってから部屋を出て行った。
鏡の前に立つと、男物のパジャマを着た幼い母親が立っている。
元々、母親譲りの顔をしているから造型は変わらないはずなのに、何故か伸びたクセ毛は下の方でゆるくうねってふんわりと広がっており、健康的なはずの肌は白く、頬はいつもより赤らんでいる。
まだ成長途中の骨格こそあまり変化が無く見えるが、腰や腕の太さは少し違う気がする。
元は同じなのに性別が変わるだけでこうも変わるのかと思うと、ため息が出た。
――――『お母さんそっくりだね』
「……だな」
二人の時だけこっちの気持ちを読んでから話しかけてきてもいい――――。
母が来る前にそう言っておいたからか、声は普通に話しかけてきた。
「おい、さっき煩かったぞ」
――――『あはは、すみませ~ん』
「悪いと思ってないでしょ」
――――『それなんですけど~………、多分、攻略キャラと会ったときはちょっと無理なときもあるかと…』
「それぐらい我慢してよ、おばさん」
――――『おばさん言うな。すみませんね、おばちゃんだけど、気持ちだけはなんか若いみたいで』
「なにそれ、やっかい」
――――『すみません』
「とにかく、人が居るところではあんま喋んないでよ、煩いんだから」
――――『はーい』
ベッドにもぐりこむと、腹が満たされたせいか直ぐに睡魔が襲ってきた。
色々と考えなければいけないことが山盛りなのに、これには抗えなさそうだ。
「なぁ…」
――――『眠そうだよ。寝なよ』
なんとなく感情は伝わると言っていたから、眠いのも分かるのだろうか。
「うん、寝る。……おまえに、名前つけないと、呼びにくいな」
――――『ありがとう?』
「うん。もう、ちょっと、話したかった、けど、また明日…」
――――『うん、おやすみ』
頭の中に響く女性の声は、思いのほか優しく囁いた。
なんだか最後だけ母親みたいだなと思いながら、シリルは深い眠りに落ちた。