ドレスアップ
「い、嫌だ!嫌です。」
バルバロッサとの話も終わり一人でトイレに行ってきた帰り道、僕は一人の使用人に声をかけられ父の元に連れて行かれた。
そこには、父と母、そして面倒くさそうな顔をしたリュミエールが待機しており、目の前には何故か1枚のドレスが用意されていた。
「さぁ、特別レッスンをしようじゃないか」
僕の目の前にはにこにこと口を開く父に、楽しそうな母。
横でたたずむリュミエールに限っては特に乗り気では無さそうなので、今日は敵では無さそうだ。
「嫌ですよ!どうしてこんな知り合いだらけのところで女装なんてしなきゃいけないんですか!そんなことするぐらいなら帰ります」
「あら、シリルちゃん、女装じゃないわ。ドレスアップよ」
「どっちでもいいんです!とにかく僕はここでドレスなんて着る気はありませんよ」
母と押し問答をしていると、父に声をかけられたリュミエールが近寄ってきた。
これは、無理やり女性化させられる流れである。
なんとか抵抗しなければ!
「リュミエール!おまえっ、別に女にさせる気ないだろ」
「いいえ、させる気はありますよ」
「乗り気じゃないだろ!!いつもの顔じゃないし」
「ええ、まあ、魔力の動きが見れないのでどうでもいいっていえばいいんですが…」
そういうと、ちらりと父に視線を移す。
どうやら、宰相権限でなにかしらの圧力をかけているようだ…。
これはもう逃げ場が無い…。
「父上が居る段階で詰みってことかよぉおお!」
「そういうことだな」
父に肯定された瞬間リュミエールに腕を掴まれた。
耳に唇を近づけて「さあ、シーラ」と囁かれたが、何故だか今日はミツコのたかぶりがいつもより薄い。
変化しない身体にあれ?っと思って顔をあげると、リュミエールも同じようにきょとんとした顔をしていた。
至近距離で見詰め合う男二人…眼鏡越しにリュミエールと目が合った瞬間、ドクンと大きく心臓が跳ねて、ぶわりと魔力が広がった。
ああ、そうかい時差かい…恨むぞミツコよ。
「まあまあ、見事ねえ。シリルちゃんはリュミエールさんがタイプなのね」
「母上…なにを――」
「さ、それじゃ急いで着替えましょう」
喜色満面な母は楽しそうにメイドたちを連れてくると、さっさと男性陣を追い出して僕を飾り立てた。
化粧までされてちょっと気持ち悪かったけど、女性陣に抵抗も反発も出来るわけもなく、大人しくされるがままになっておいた。
準備をしながら、バルバロッサや周囲に挨拶して回るように伝えられたが、今回の目的がさっぱり分からない。
「準備できましたか?」
「いいわよ~。連れて行って頂戴」
急ピッチの準備が整うと、リュミエールが再び部屋に入ってきた。
なんで?と首をかしげていると、すっと手を差し出された。
「どういうこと?」
「――ここからは私がエスコートです。貴方は私の弟子と言うことになっていますし、一人でふらふらさせるわけにもいかないでしょう。宰相殿からもそう指示されていますので――」
といいながら、手をひっぱって僕を無理やり立たせる。
「ほら行きますよ。早くしないと茶会が終わってしまいます」
「ええー…」
「ちゃんとレディらしくしてくださいね。後で私が何か言われるのはごめんですから」
そういうと、しぶる僕の腰に腕を回してぐいぐいと広場へと歩き始めた。
そこまでする必要があるのかというほど体が密着しているが、動きたがらない僕を移動させるにはしょうがないのかもしれない。
チラリとリュミエールの顔を見上げてみたが、先ほどから変わらず面倒くさそうな表情だ。
「おまえ、適当に離れてくれよ」
「そうしたい所なんですけどね…無理です」
「なんでよ」
優雅に歩くそぶりでボソボソと会話する。
「私だってこんな得にもならないことはごめんなんですけどね、見られていてはどうしようもありませんから」
「監視付き?!」
「監視っていうのか、観察っていいますか―――大人たちは暇ですね」
「リュミエールは大人じゃないのかよ」
「十代の間は大人じゃありませんよ」
「え!?十代」
監視されているという点に対する驚きよりも、リュミエールが十代ということに対しての驚きの方が大きい。
いったい何者なんだコイツは。
まじまじと顔を見つめていたら、いつの間にか足は既に広場にさしかかっていた。
「ほら、笑顔でお願いしますよ。今日はローブもありません」
「う、はい」
「あと、言葉遣い変えてくださいね。頼みますよ」
「…了解」
うう、気持ち悪い…。
ダンスやマナー、動きのレッスンだけならまだいいが、この女言葉だけはどれだけ意識しても苦手だ。
「さ、まずは王子に挨拶です。嫌なことは先に終わらせましょう」
「はい」
わかりましたわ。なんて言いたくないので、最低限の返事で返す。
さっきまで話してたバルバロッサに挨拶なんて、どんな拷問で、どんなギャグなんだろう…。
目当てのバルバロッサの所に進んでいくと、彼の傍に父と国王たちが座っているのに気づいた。
監視役とは彼らのことか…ニコニコとこちらを眺める大人たちの傍にはレイルも居る。
「ほら、行きますよ」
背の高いリュミエールに連れられていく僕を気にして、周囲の子息子女たちもチラチラとこちらを見ている。
いつものローブもなく、こんなに注目を集めるなんて…すぐにでも逃げ出したかったが、がっしりと回された手にそれも叶わないまま目的地に到着してしまった。
「やあ、君はっ!」
僕の顔をみた瞬間、バルバロッサが嬉しそうに立ち上がった。
監視の目もあることを意識して、丁寧にカテーシーを取り頭を下げる。
「バルバロッサ様。本日はおめでとうございます」
ゆっくりと顔を上げると、何故かキラキラと嬉しそうな顔をしたバルバロッサと目が合う。
「シーラ。きてくれていたんだね、ありがとう」
「ええ、リュミエールに――」
と、彼の方に顔を向けると、リュミエールはにこやかに佇んでいる。
さっきまでの無表情はどこにいったのやら、社交場でのコイツの変わり身は一目置くところがある。
「そうか、今日はドレスなんだね。とても可愛いよ。そうだ、少し話さないか?ここで座っているのも疲れてきたところなんだ。飲み物でも取りに行こう――」
「え――あの…?」
いつもの柔和な笑顔をどこにおいてきたのか、バルバロッサは珍しく子供のような反応を見せる。
シエルだとバレていないのは明確だが、彼のこんな態度を見るのは始めてでどう反応を返したらいいのか分からない。
こんな顔は、先ほどのフェリシアに見せてやればいいのにと思わずには居られない。
「リュミエール、いいだろうか?シーラをお借りしても」
「――ええ。かまいませんよ」
「ええ?!リュミエール??」
やたらと饒舌なバルバロッサにリュミエールも驚いたのだろうか、少しだけ眼を見開いてから返事を返した。
いや、かまいませんよって言われましたけど、どうしたらいいんですかね。
僕のミッションはバルバロッサへの挨拶だけじゃないんですか?
送り出されることに驚いてリュミエールに助けを求めてみたが、どうぞとばかりにバルバロッサのほうに押し出された。
王子様のエスコートに手を引かれるように歩き出す。
身バレしそうな恐怖にひやひやしながら周囲を見回すと、国王陛下や母がにこにこしながら小さく手を振っていた。
傍にいるレイルは身体をくの字におって震えていたのだから、あれは絶対爆笑していたに違いない。
周囲の子女からも痛い視線を注がれて、今すぐにでも逃げ出したい気持ちになった。
バルバロッサに手を引かれたまま足を進めると、そこは僕たちがよく集まる第二庭園だった。
「あの、ここは…?」
「歩かせてしまってすまなかったね。少し座って話をしよう」
にこにこと笑うバルバロッサは、なかなか強引な提案で僕をベンチに促す。
すぐ後ろには、護衛としてかグリフィスが着いてきていて、どうにも居心地が悪い。
口を開くとボロが出そうだし、この姿では会話のネタもないので僕はどうしたらいいのかさっぱり分からなかった。
チラリと後ろのグリフィスに目をやると、バルバロッサはスッと手を動かして彼を少し離れた場所で待機させた。
ええっと、まだ主従関係ないですよね!君たち。そんな関係でいいんですかね!?
気がつくとバルバロッサがベンチにハンカチを広げて、さぁと声をかけられた。
グリフィスには話しかけられないし、お膳立ては完璧だ。
どうにか理由をつけてこの場から逃げ出したかったが、笑顔の王子を前に逃げ場が無いことを自覚し、僕は大人しくベンチに腰を下ろした。