お茶会と言う名の
「シリル様、レイル様、お久しぶりでございます」
そう声をかけてきたのは紫の髪をハーフアップにしたフェリシア・ディルブレイズだ。
バルバロッサの婚約者候補としても名高い彼女は、公爵令嬢として凛としたプライドと歳相応の愛らしさを感じさせる美少女だ。
幼い頃から何度か会う機会があったから、一応は僕たちの幼馴染になるのだが、あまり親しい間柄とはいえない。
少し釣り目気味の金の瞳は、青や緑の多いこの国でも珍しくとても美しく、公爵令嬢としての教養からか彼女自身の発育のおかげかかなり大人びて見える。
苦手意識と言うわけではないが、僕はいつも彼女に理屈ではない引け目を感じてしまう節がある。
「フェリシア嬢。おひさしぶりです」
レイルが外用の顔で挨拶をする。
双子というのは困ったもので、先に挨拶をされるといつも挨拶のタイミングがわからなくなる。
こういったことの繰り返しが僕がレイルにコンプレックスを持つという原点なのかもしれない。
だが、先にくるその事実を既にミツコから聞かされているおかげか、少々思うところはあるが今のところコンプレックスと感じるほどではない。
「お久しぶりです。今日のドレスもとても可愛いですね」
――――『フェリシア…ねえ、フェリシアってライバル嬢だよ』
女性に対して当たり障りの無い褒め言葉を投げたところで、ミツコが口を挟んできた。
なるほど、彼女もまた攻略?キャラの一人だったのか。
可愛らしい顔も、公爵家という高い立場も、ゲームの要素として大事なのだと以前聞いたのを思い出す。その時は気にしていなかったが、なるほど、ゲームキャラというものは皆美形なのかと納得してしまう。
「あら、ありがとうございます」
「紫の髪に黄色のドレスとは、フェリシア嬢にぴったりですね。髪の色がとても映えて」
「バルバロッサ様の色ですね」
「ふふ、分かりまして?」
レイルが口を挟んできた。
なるほど、意中の相手の色だから選んだというのであれば、周囲に与える印象というのは大きいだろう。
まして、今日のような大きなお茶会で集まる令嬢たちには、かなりのけん制になっているようだ。
「今日の主役はまだきておりませんが」
「ええ、そうですわね。でも、あなた方と一緒に居たほうが早くバルバロッサ様とお話できるると思いまして」
「なるほど。では、なにか飲み物でもお持ちしましょうか」
「いいえ、いいわ。お話のお相手だけしてくだされば」
フェリシアは、見た目どおり意思の強い少女だが、決して高飛車と言うわけではない。
家での教育が行き届いているのだろう、こういった席でも周囲の空気を読み、その中で上手く自己主張しているように感じる。
「しかし、遅いね。グリフィスも来ないってことは、アイツはバルのところに居るのかな」
今日の茶会は、バルバロッサの13歳の誕生日ということで大々的に開かれているため、近隣の貴族の子供たちはおおよそ招待されている。
いつものメンバーで集まる気楽なお茶会とは違い、僕たちもそれなりのカッコで参加しているというわけだ。
タタタン!タタン!タン!
子供たちが思い思いの交流を深めていたら、高い太鼓の音が鳴り響いた。
視線が集まる先に、バルバロッサと傍に控えるグリフィスが居る。
「みな、今日は私のために集まってくれてありがとう――」
一段高いところから話し始めるバルバロッサは、赤いショートマントに白いスーツでいつもより王子らしい。
チラリと周りを見渡せば、とろりと目を細めた令嬢たちが熱い眼差しで彼を眺めている。
先ほどまで話していたフェリシアに目を向けると、彼女もまた少しだけ頬を赤らめ恋する乙女の顔をしていた。
――――『今日のバル様、一段とカッコイイですわー』
ミツコが呟くのも分かるよ、男の僕が見てもかっこいいと思うからね。
周囲の視線を一身に集める王子に、小さくため息をつき、彼の挨拶を黙って聞いた。
挨拶が終わると、バルバロッサは直ぐに子息令嬢たちに囲まれた。
まぁ、こういう日の流れは目に見えていたことだ。
「フェリシア嬢は行かないの?」
「私、あのようにガツガツと行動したくありませんの。だからあなた方と一緒にいますのよ」
そう言うと、配られた果実水をくいっと口にした。
12、13歳と言う少女だが、その所作はすでに確立していてとても美しい。
態度や物言いに柔らかさは無いが、子供らしくない彼女のこういった姿勢には交換が持てる。
少しの間フェリシアと3人で話をしていたら、彼女も既に魔法のを学んでいるという話になった。
学園に入る前に魔法の訓練を始めるのは珍しいケースだが、暇をもて余した上位貴族になら稀にある話だ。
だが、彼女の場合、少しばかり魔力が多く、しっかりと訓練をしておかないと不安だという点で始めたとのことだった。
同い年なのに、しっかりと意志をもって自ら訓練を始め彼女は…勝手に周囲に決められて訓練を嘆いている僕よりもやはり数段大人なようだ。
小さな敗北感を恥ずかしく感じる。
やはりミツコの言うように、僕は周囲にコンプレックスを感じるタイプなのだろうか…。
そんなことを考えていたら、赤いマントがスッと目の前に現れた。
「おまえたち、なんで来ないんだ」
「「誕生日おめでとうバルバロッサ」」
突然現れた王子の文句に、双子特有のステレオ放送で祝辞を述べる。
しかし、僕らは二卵性。声が似てないのが悔やまれる。
そんなおふざけを睨みつけながら、バルバロッサはやっとおちついたようだ。
「グリフィスもおつかれさん」
「ああ」
「自分から来ないなんて、おまえたち祝うという気持ちが足りないんじゃないか?」
「最初からそっちに向かったら、お前に声なんて届かないじゃないか」
大分軽口にもどったレイルと談笑しあうところを見ると、バルバロッサにとって必要な挨拶は終わったのだろう。
僕らの間で大人しくしていた少女に視線を送り、ずっと待っていた彼女にも挨拶の場を開ける。
「バルバロッサ様」
「ああ、フェリシア嬢。きてくれていたのか」
「もちろんですわ。本日はおめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」
「ありがとう。今日はゆっくりしていってくれ」
金の瞳がうっとりとバルバロッサに向けられたが、彼自身は他の令嬢たちと同じように紳士な態度で会話を終わらせる。
長らく待っていたフェリシアの姿を知っているから、彼のそっけない態度は僕には少し物足りなかった。
「なんにせよ、誕生日おめでとう」
「ああ。祝われるのは嬉しいが、こういう会だと私のほうが疲れるよ」
「お席の用意はしてありますが――」
「そっちの方が疲れるではないか。少しぐらいいいだろう」
グリフィスの言葉に、バルバロッサは少しだけ顔をゆがめて答える。
用意されている席は、本日の主役として一番目立つところに用意されているから、そこに座った段階で再び多くの子息子女たちに囲まれるのは目に見えている。
「グリフィスは凄いなあ。騎士ってよりバルの従者になってるじゃないか」
「ああ、助かっている」
「それでいいの?」
「普段はいつも通りだ。こういう場でアイツが居てくれるのは心強くてな。大分甘えている」
「甘えていたのか?」
「当たり前だろう」
グリフィスのとぼけた反応に僕たちが笑うと、呆れたような顔のバルバロッサも素の顔で笑った。
「俺たちにも甘えていいんだぜ、バル様」
「そうそう、僕たちも付き合いの長さじゃグリフィスとそう変わらないんだしさ」
「それこそ当たり前だ。いつも甘えさせて貰っている。いや…楽しませて貰っているのほうが正しいのか?」
そう返され、レイルと顔を見合わせて笑う。
やはり、この4人で過ごす時間は楽しい。
訓練のせいで定例の茶会が開催されていないせいか、短い時間でも会話に花が咲く。
来客の多いバルバロッサは直ぐに戻らなければならなさそうだが、今ぐらいはくだらない話で肩の力を抜いてもいいだろう。
そんな会話をしながらふと視線を動かすと、少しだけ離れた場所からこちらに見つめているフェリシアに気づいた。
視線の先に常にバルバロッサを捕らえ、頬を赤らめているフェリシアを見つめていたら、なんだか僕まできゅうっと胸が熱くなるようななんともいえない気持ちになった。
――――『フェリシア、可愛いね』
目が話せなくて見つめていたからだろうか、ミツコが呟いた一言は、きゅうっとしていた僕の胸をドキリと跳ねさせた。