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【閑話】国王と宰相

ここのところ、我が腹心である宰相の様子がおかしい。

やたら集中して仕事をこなしたかと思えば、ふと手を止めて大きなため息をつく。その繰り返しだ。

国や私に携わることであればすぐにでも相談してくるのだろうが、一向にそのそぶりは無い。

ということは彼の家庭に関する悩みなのだろう。

それぐらい、学生時代からの親友にはお見通しである。



「いいかげん話したらどうだ…?」



何度目かわからないため息をついた親友に声をかける。

驚いたような目でこちらを見つめると、ややあってもう一度大きくため息をついた。



「お見通しですか」

「当たり前だろう、何年一緒に居ると思ってる」

「そうですね――それこそ妻よりも長い時間あなたと過ごしているかと思いますよ」

「はっはっは、たしかにな。それはなによりだ」



彼の妻フローラは、私の初恋の女性だ。

自分の恋心を伝えるべきか、自分の立場と彼女の気持ちを考えている間にあっというまに目の前のコイツに奪われてしまった。

それなりに親しい間柄を築いていたつもりではあったが、親しい友から一歩踏み込む前に彼女の心の中には既に別の人物が住み着いていた。

私は勝負に出る前に既に負けていたのだ。



「末の息子が【ギフト】を得ましてね…」

「ほう、めでたいじゃないか。何か問題でも?」



少しばかり追想にふけっていたら、クロウリーから口を開いた。



「変身能力でしてね」

「それはなんとも、かなりレアだな。――ソレで悩んでいるのか」



【ギフト】の中でも変身能力は特殊なレア能力の1つだ。

他の能力に比べてデメリットも多く、時には扱いきれない力に負けてしまう者もいる。

城に勤めている【ギフト持ち】の中にも数名ほどいるが、かなり訓練して使いこなしてはいるものの変身内容に悩みを抱えている者は少なくない。


そんな特殊能力を手に入れてしまったとあれば、親の心理は複雑なものだろう。



「して、何に変わる?」

「…人です」

「人?」

「少女に化けました」



人が人に化ける?性転換?

そんな事例は今まで聞いたことも無い。驚きで返答に詰まる。

だが、ねずみや鳥、モンスターに変身するよりは生存に対しての不安の無い能力だ。



「初めて聞く変化だが、最悪のケースでは無い。訓練したらどうだ?幸い、(ここ)ならその手ほどきもできよう」

「ええ、まあ―――」



当たり前の提案を差し出すが、何故かこの親友は言葉を濁す。

何を悩むことがあるのだろうか、変身能力を保有した【ギフト持ち】が不安定なことは、城や神殿の一部の人間には周知の事実だ。

国王に次ぐ力を持つ彼は簡単にそれらを利用するだけの力を有している。



「正直、手をこまねいておりましてね」

「なんだ、話せよ」



どうにもハッキリしない発言では、能力に対しての解決策も見つからない。

そう思った私は、口調を変え、友人として彼に接する。



「――。座っても?」

「もちろんだ」



執務机の脇に置かれている来客用のソファに腰掛けると、ため息一つついて彼は本心を口にした。



「正直、お前に会わせたくない―――」



その言葉の意図は、彼の成長した息子を一目見てすぐに理解した。



「シ、シリルマクドールです」



口を開いた少年は、自分が昔恋した少女にとても似ていた。

しかし、彼は親友の息子だ。あくまでも娘ではない。

面影の強く出ている顔を眺めながら行動を観察していると、かなり緊張しているのか面白い口調で話してみせる。

自分の息子であるバルバロッサと同じ歳ではあるが、それよりも頼りない幼さが微笑ましい。


少しばかり時間をかけ、シリルの緊張がほぐれたあたりで訓練を担当させるリュミエールの話を出す。

だが正直、シリル少年の訓練にリュミエールを当てるのは反対だった。


西の賢者の息子とも言える彼は、あまりにも世間知らずで人との接し方に不安を感じる点が多い。

それでも、城の中で自由にさせていれば周囲には可愛がられていたが、こと魔法や【ギフト】に関しては暴走するクセがあり、特定の【ギフト】持ちに執着することが何度かあった。

そのターゲットに自分が選ばれていた時期もあり、執務の合間に庭を散歩でもしようものなら、そのたびに付きまとわれて少々うんざりとしたほどだ。


だからこそ、バルバロッサの指南に当てて息子自身の【ギフト】能力の向上とメンタルの向上を図らせてはみたものの、何でもそつなくこなしていた息子ですら彼のことは嫌がるようになったほどだ。



程なくしてリュミエールが入室すると、シリルの様子がなんだかそわそわと落ち着かないものになった。

子供なりに感じるものがあるのだろうかと心配していたら、リュミエールと目が合った瞬間その姿を少女に変えてしまった。



「―――フローラ…」



愛しい少女の名前が口からこぼれた。

私は、王である自分を支えてくれる妻を愛している。

しかし、眼前に突然現れた若かりし日の思い出は、心のどこかをぎゅっと握り締めた。

はぁはぁと息を荒げる幼いフローラが心配になる。



「苦しそうだが大丈夫なのか?」



そう声をかけると、うるんだ瞳でこちらを見ながら大丈夫だと呟いた。

なんだこれは――今まで見たことも無いようなフローラの表情に、胸が押しつぶされる。

「陛下」と家臣から諌められ、やっと自分の置かれている立場を思い出した。

「だから会わせたくなかったんです」と周囲に気づかれないように呟かれた。

なんとも面目ない。


若かりし頃の思い出とは、なんと切なく甘美なものか…。

捨て切れなかった感情があったことに、長い年月を経て気づく。


だが、今の私は国王であり、これは恋と呼ぶものではない。

触れてはいけない幻想を見ながら過去の自分を捨て、この子にしてやれることを考える。

この子は親友の息子で、息子の大切な友人だ。

彼の人生がその能力で困ったことにならないように、少しだけ手を貸してやろう。



そうして、しばらくは頻繁に訓練に通うシリルを遠目に見守っていた。

魔法の訓練を始めると直ぐに私の視界から外れるように離れた訓練場へと場所を変えてしまったのには、少し不満を感じた。



ふと空いた時間を使って様子を見に行ったら、少年の格好で魔法を打ち続ける少女の姿があった。

連れ立っていたクロウリーに小言を言われているのを見て申し訳ない気持ちになったが、親友は親友で、少女姿のシリルを私に見せようと考えていたようだった。

妙な気遣いをさせてしまったことに複雑な気持ちになって苦笑いしていたら、シリルと目が合った。

コロコロと表情を変えるシリルは、常に微笑みを絶やさなかったフローラとは違うのだなと感じる。

恋とは違った意味でこの少年/少女を観察したい気持ちになった。



さっそく次の訓練日の前に訓練場の隅にテーブルを用意させて置いたら、クロウリーに小言を言われた。

忙しい公務の合間に少しぐらい楽しみがあっても良いじゃないか。

無理やり訓練を中断させて少女を餌付けしたら、リスみたいにクッキーをつまむ姿がなんとも可愛らしかった。




城へ戻る途中、クロウリーから仕事にシリルを使おうと考えていることを伝えられた。

裏の事情は全て彼に任せているため、私が口を出すことはほとんど無い。

私の右腕である彼は、人を操るのが上手い人間だ。

嘘を見抜き、さりげなくさりげなく、逃げ場が無いように自然とその人物の歩むべき道を確定させる。

相手が不幸にならぬよう多少はコントロールを加えながら利になる情報を引き出すのだからたいしたものだ。


手始めに何をするのかと尋ねたら、女子としてどこぞの茶会に参加させると言うので息子の誕生日会に途中から変身させたらどうかと提案してみると、楽しそうな顔でクロウリーも賛同した。


ドレスを贈りたいと口にしたら、妻の楽しみを奪うつもりかと一蹴された。

どうやらこの状況を楽しんでしまっている人間は思いのほか多いらしい。

手ごまの1つとしてシリルを育てようとしているクロウリーもまた、一人の親でしかない。

子供は所詮、どうあっても親たちのおもちゃなのだ。



バルバロッサは、あの少女と会った時にいったいどのような反応をするのだろうか。

フローラにそっくりな少女に、血を分けた息子もまた恋に落ちるのだろうか…。



そんなことを考えながら親友に目をやると、

彼もまた思惑(しわく)ありげな顔で微笑みながら私の横を歩いていた。

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