僕の前世は・・・
中年の女性がテレビ画面を見つめて何やら独り事を言っている…。
「はぁ~、カシムたん尊いわぁ。リメイク移植マジ神。過去の名作は今プレイしてもやっぱり名作!!追加ネタも豊富で買ったかいがありました!」
うん、なんだこの女キモイ…と思いながら画面と女を暫く見ていて気が付いた。
あ、これ 自分だわ。と
『ワンワン、ア~ゥワウ・・ワン!』
ふっさりとした尻尾の短足犬が甘えた声で女にじゃれつく。
狭い室内でのやり取りは、まるでホームドラマを上から眺めているかのようだ。
「おっと、カイくんお散歩行きたいの?はいはい、ちょっと待ってね~」
女は犬が近寄るとすぐにゲーム機を置いて重そうな尻を持ち上げる。
カイは尻尾が切られていないコーギーだ。
キツネのような尻尾はふさふさでなんとも可愛らしい。
ブンブンと嬉しそうに動くそれを見ながら散歩に連れて行くのが好きだった。
40も半ばを超えた主婦であった自分は、子供たちが独立してからカイと二人で生活をしていた。
亡くなった旦那の残したお金とパート事務の仕事をしながら、犬と過ごし。暇になった時間で昔プレイしたゲームに手を出したりしながら、一人でもそれなりに充実した日々を過ごしていた。
犬を飼ったことで運動不足になることもなく、そこそこ順調な日常。
平凡すぎて一瞬で消えようが誰も気にしないような日常。
それが、目の前にいる女の―― 前世の自分の日常。
カイに誘われて行った散歩で、まさかの事故死。
よくあることだ。
別にカイが悪いわけではない。
8歳を超えた犬の歩く速度なんてたかが知れているし、それを御せないほど40代は体力がないわけではない。
ただ、喧嘩をしながら飛び出してきた猫に驚いて道路に飛び出してしまったカイを、助けようとしたのか、追いかけただけなのか、飛び出した自分。
そんな終わり方だった。……ハズだ。
自分の死に様なんてそんなにはっきりと覚えているものでは無いけれど、後頭部がガツンと痛かった…
よっぽど酷い打ち付け方をしたんだろう、頭蓋骨が割れたのかもしれない。
もしかしたら、周囲の人や駆けつけた子供たちにグロいものをお見せしてしまったかもしれないと思うと、少々心苦しいものを感じる。
しかし、今になって、何故こんなシーンを見るのだろう…
いやちょっとまて、そもそも今の自分はいったい誰だったっけか?
夢の正体が分からなくなってきたあたりで、薄暗かった視界が白い世界へと引っ張られた。
*****
「っっ痛ぅ!」
後頭部がズキズキと痛む、事故は夢では無かったのか?
その考えは、ふかふかとした大きなベッドの中にいることに気づいて、すぐに消えた。
「シリル。気がついたの?」
「……母…上?」
栗色の髪を柔らかく束ねた女性が、心配そうに覗きこんできた。
「大丈夫?とりあえず、お水、飲めるかしら?」
「………。」
そうだ、あの夢は「今」の現実ではない。
そう思うと、自分だと思っていた記憶はスっと何処かに遠ざかっていった。
今の僕は、シリル。
マクドール伯爵家のシリル・マクドールだ。
しかし、自分の名前のどこかに違和感を感じる。
「……頭、痛い」
差し出されたコップの水を飲み干して、記憶をたどる。
痛む頭に手をやると、包帯が巻かれていた。
「あなた、落馬して強く頭を打ったのよ。覚えてる?」
ぼんやりとしているシリルに分かるように、母が訪ねてくる。
頭の中の霞が少しずつ晴れくると、自らの失敗を思い出し頭を抱える。
「…っあーー……。」
その日は、久しぶりに家に戻った一番上の兄の存在にはしゃぎ、我が儘を言って近くの森に狩りに出たのだ。
覚えたての乗馬の腕を見せたくて、双子の兄と競い合って獲物を追いかけたのはつい先ほどのことのように思える。
「…心配を…お掛けしました」
羞恥に頭を抱えたまま、しかし礼を忘れないように母に詫びる。
優しい母は、きっと眉を下げながら微笑んで諭してくれるのだろう……
「…シリル」
だが、見上げた彼女はどこまでも切なそうな、苦しそうな顔をしていた。
「落ち着いて…ちょうだいね……目が覚めたばかりで……本当は落ち着くまでもう少し安静に寝ていて欲しいんだけど…でも……」
言葉に詰まっている会話はどうにも要領を得ない。
自身の体に怪我でもあるのかと動かしてみるが、腕もある、足もある、頭の痛み以外は特に問題は無さそうだ。
「母上?どうしたのですか?」
どこと無く蒼い顔をした母を見て、馬を並走させていた兄弟のことが頭をよぎる。
「まさか、私の落馬でレイルを巻き込んだのですか?!」
「え?いいえ、レイルは何でも無いわ…。あなたのことを心配していたけど、怪我はしていないし――― あなたの傷も魔術医が治療したから、あとは自己治癒で平気な程度になってるわ。少し瘤があるけど、すぐに治ると思うから…」
「では、いったい、何を…」
母の言葉は、いまいち纏まっていなくて要領を得ない。
起きてからそんなに時間は経っていないが、前世とやらを垣間見たことでもう少し横になりたい。
それなのに、何かを伝えるまで母は怪我人を寝かしつける気は無いらしい。
もう一杯水が欲しいな―― と思ったところで、疑問を感じた。
何故、母が自分の看護をしているのか…と。
心配した母が傍にいるとしても、なぜメイドも執事も、心配しているであろう兄弟も姿を見せないのだろう。
使用人にとって主である母が、一人で子供の世話をするなんてありえない…
そんな考えにたどり着いたとたん、背中がざわりとするような嫌な感じが僕を襲った…そして
「シリル…あなたに【ギフト】が発現したの…」
意を決したように口を開いた母によって、妙な予感は現実として突きつけられた。