父の入れた紅茶
「やぁ。呼び出してすまないね」
重苦しい扉の先は、国王陛下の執務室だった。
陛下は優しそうな目でこちらを見つめるが、緊張のあまり僕の身体はすくんで直立不動状態だ。
そんな僕を見かねて、斜め後ろに立っている父が先に口を開いた。
「3男のシリルです。シリル、挨拶を」
「シ、シリル・マクドールです。国王陛下にはご機嫌うるわしく」
90度腰をおって深く頭を下げる。
だめだ、こういう場合の挨拶を習ったはずなのにさっぱり出てこない。
緊張で目がチカチカする……この後何を言ったらいいんだっけ?
――――『……ぉーぃ、おーい。おちつけー』
頭はいつ上げたらいいんだ?勝手に上げていいんだっけ…
「頭を上げなさい。話がしたい、茶でもいれさせようか?」
ゆっくりと顔を上げると、バルバロッサに似た青い瞳が優しげに見下ろしていた。
――――『陛下、やばくない?イケメンすぎない?神々しすぎてやばいかも…』
肩にかかる金髪を後ろで結びにこやかに笑う陛下は、整った顔のせいかやや父よりも若く見える。
「はい。あ、いいえ、あ!はい、ありがとうございます」
さっきまでバルバロッサたちとお茶を飲んでいたので断ろうとしたが、陛下の提案を断るなんて不敬なんじゃないかと思ったら、変な返事をしてしまった。
慌てて視線を父に投げると、なんだかとても残念そうな顔をしている。
…すみません、日ごろの教育がまったく生かせない息子で……。
「ん?どっちだい?紅茶よりも酒のほうが好みかい?」
「い、いいえ、陛下と同じものでいいです」
慌てて返事をすると、冗談だよと笑われ、ため息をついた父に隣接する部屋に移動するように即された。
部屋に入ると、ビロードのソファに腰掛けるように促された。
王が使う応接室…というには少々狭い。
だが用意されているものは全て上質なものばかりだ。
ばれないようにチラチラと室内を見回していたら、父が紅茶を入れていた。
「あまり緊張しないでくれ、後からもう一人呼ぶつもりだが、今は3人だけだ」
「はい」
「使用人も入れたくないから、ここではクロウリーが給仕してくれるんだ。すまないねキミの父上を使ってしまって」
「いえ、そんな。父の入れた紅茶が飲めるなんて嬉しいです」
――――『嬉しいですって……ぶふっ…』
自分で言っておいてなんて返事だ、と思ってたらミツコにも笑われた…ちくしょう
王様を前に緊張するなとい方が、無理な話だ。
そんな僕の返事に対し、陛下はきょとんとしてから笑い出した。
「はっはっは、おいクロウリー、なんだこの子は、緊張しすぎだぞ。面白いな」
「――― お恥ずかしいかぎりで… 親としても少々心配になります」
「ああ、――― はっはっは、しかし、フローラに似てるな。可愛いじゃないか」
「この子が幼い頃も同じ台詞をいっていましたよ?」
「そうか? 娘だったら間違いなくバルバロッサの嫁にしたものを、何故娘を作らなかった」
「この子たちが双子だったからですよ。3人も居れば十分でしょう。育てるのは乳母がいるとしても、身ごもるのはフローラなんです。母体の負担も考えてください」
思いのほか軽い会話の応酬に、ついついぽかんとしてしまう。
父と陛下は学園時代の付き合いだと聞いていたが、挨拶意外で2人が話しているのなんて初めて見た。
「口を閉じなさい、シリル」
少しばかり口が開いていたことを注意され、慌ててパクンと口を閉じると、陛下がくつくつと楽しそうに笑っていた。
「さぁ、お前も座ってくれ。シリルの話をしよう」
「かしこまりました」
ここからが本題か。と気合を入れようとしたら、ガチガチだった緊張が消えていた。
さすが国のトップの二人、さっきのやり取りで僕の緊張を解してくれたに違いない。
「さて、シリル。【ギフト】の話は聞いた」
「はい」
「今すぐ使うことはできるか?」
このやり取り何回目だろう。
「いえ、今のところ思うように使うことはできません」
「そうか。――自在に使いたいと思うか?」
「いいえ。これと言って性別を変えたいという気持ちはないので、あまり」
「ふむ。――― では、言い方を変えよう。その力をコントロールしたいとは思うか?」
そう言われたことで、自分の浅はかさに気が付いた。
自在に女になりたいかと言われたらそうではないが、コントロールしておかないと勝手に女になってしまったときに後悔することになる。
ミツコと話したり色々と調べていたのに、そんな初歩的なことにも僕は気づいていなかった。
「―――はい。能力自体を自分で管理できるようにはしたいと思っています」
はっきりと答えると、蒼い瞳が満足そうに細められた。
「だそうだ。クロウリー、本人の言質も取ったことだし、直ぐにでも話を進めようじゃないか」
「お心遣いありがとうございます。では、さっそくリュミエールを呼びましょうか」
父もにこにこ顔で口を開く。
あれ、なんですか父上その笑顔は…いつもの笑い方とは少々違うような気がするのですが…。
首の後ろがむずむずした感じがするけど、これは悪い予感ってやつですかね。
そうこう考えを巡らす間も、大人二人の会話は勝手に進んでいく。
「まあ、まてまて、あまり焦るな」
「そうですか?」
「俺はアイツは好かん。どうも苦手だ」
「おや、陛下ともあろう人がなさけない」
「で、だな、シリル―――」
「うわ、はい!」
陛下にも苦手な人なんているんだな、なんてぼんやりしてたら急にこちらに矢が飛んできた。
「クロウリーとはもう話をまとめてあるのだが、お前、【ギフト】を使いこなせるように訓練をしに来なさい」
「―― えっと、来なさいというのは?」
急な展開で、僕の顔はずっときょとんとしっぱなしだ。
「城で【ギフト】の訓練をしなさい――ということだ。【ギフト】は個人に合った使い方をすることで伸ばすこともできる。特に城では、【ギフト】を使って国を動かしたりしている者も少なくはないからね、少し前からそれらに対する研究や訓練の場を設けているんだ。私自身【ギフト】が無ければ今頃ここに存在しなかったかもしれないほど、【ギフト】の恩恵は大きいものだからね」
「―― そうなんですか」
「ああ、それでクロウリーからキミの【ギフト】がなかなか困ったモノだという話を聞いてね。少し手をかしてみようかと思ったんだ」
「―― え、僕のため…ですか?」
そっと、視線を父に移すと、父はにこりと笑って見せた。
いやいやいやいや、それをそのまま信じろと言うのはありえない。
この父、クロウリー・マクドールは無償で子供に答えを与えるような善人ではない。
少しばかり遠回りをしてもいいから、自分で調べて解決せよというのが我が家の昔からの教育だ。
昔から、どんなに困ったことがあっても父は簡単に手を差し伸べることは無く、レイルと二人で奔走しまくった。
どうしても危険なことややってはいけないことだけは、使用人や母が口を出してきたが、大抵のことはレイルと二人で解決してきた。
だからこそ、この【ギフト】の問題も、父に頼ると言う考えには至らなかったし、何か裏があるに違いない。
「まぁ、実のところ、お前のことを考えてというよりも、そんな状態で社交界とか学園生活に安心して送り出せないからね。丁度いい人材が城に居るうちに鍛えてしまったほうがいいだろうと思ってな」
「はぁ…そうですか」
本当にそれだけだろうか。
父は手に持っていたカップを机に置き、コールストーンを手に取り魔力を流す。
すると、1分も待たずに、先ほど入ってきた部屋の扉がノックされた。
だけど、この扉が開かれたことを、この後の僕は直ぐに後悔することになる…。
まさか、ここから入ってくる人間が、僕の人生を逆方向に突っ走らせる悪魔だなんて、知る由もなかったんだから。