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【閑話】レイル・マクドール

双子のお兄ちゃん視点です。

俺の弟、シリル・マクドールは馬鹿である。



決して頭が悪いというわけではないのだが、シリルは人よりも周りのことが見えていない。

12年間一緒に過ごしてきたが、所々でドジを踏むどうにもそそっかしい弟なのである。

先日も、久しぶりに帰ってきた兄と出かけた狩りで早々に落馬してくれやがりまして。

忙しい兄はひたすらシリルの心配だけをして学園に戻っていった。



そんな俺の弟、シリルは可愛い。


妖精のような母譲りの顔にやわらかそうな茶色いクセ毛は、重たい感じの俺の髪とは全然ちがう。

バタバタとドジを踏んでもどこか憎めないもんだから、周囲も説教をそこそこに許してしまうことが多い。

かくいう俺も、馬鹿で可愛いところまで気に入ってるのだからどうしようもない。


そんなシリルが馬から振り落とされ、木に身体を打ち付けて、蛙のつぶれたような声を出しながら意識を失ってから3日。


落馬後すぐに魔術医が来て治療に当たったが、シリルはなかなか目を覚まさなかった。

父が呼ぶ魔術医は城直属の人物なので、腕は確実だ。


自己治癒能力に影響が出ない程度の治療を施したから、落ち着いたごろに目を覚ますだろうと告げられていたのに、しばらくしたら母とメイド頭のミルファから熱が出たから部屋には近づかないようにと告げられた。



何故 顔を見に行くのもダメなのか?



どうにもすっきりしない気持ちで屋敷をふらついていたら、シリルの部屋から出てきた母が食事を用意しに行ったので、シリルが目を覚ましたのだろうことに気づいた。

さっそくシリルの部屋に行こうとしたが、ここ2日ほどの二人の様子がおかしかったのは分かっていたので、会いに行こうとしていることをバレないよう、先にミルファに使いを頼んで屋敷を離れたのを確認してから静かにシリルの部屋へ行った。



そうして入った弟の部屋には、何故か弟が居なかった。


変わりに、大きなアーモンド形の瞳を大きく見開いた少女と目が合った。

頬がカッと熱くなるような気がして、勢い良く母の方を向いてしまった。



「…………母上?―― シリルはどこです?」



なにも見ていない風に母に言葉を投げたら、そこには少女と同じ顔があった…。

あれ??この顔さっき見たぞ?と思って再び少女に目をやる。可愛い。


もう一度母に目をやり、もう一度少女を見る。

困ったような顔をして座っている若い母を見て、頭が混乱する。



「母上?………え、若い…?」



そろりと近づいて柔らかそうな髪を掴んでみると、しっかりと触れることができた。

どうやら幻覚などではないらしい。

髪の毛を弄りながら少女を見つめていると、一度視線を逸らしたあとに、小さく赤い唇をそっと開いた。



「よぉ、レイ」

「……っ!?………シリル?!」



あろうことか、目の前の少女は、俺の弟だったのだ。



【ギフト】の目覚めと共に女になったというシリルは、本当に馬鹿だ。

【ギフト】っていうのは、どれだけ役立つ能力を開花させるかでその後の人生を左右するものだというのに、こいつはきっとそんなことを何にも考えていなかったに違いない。


物心付いた頃から、父や家庭教師、母にも、日ごろの行動や生き様が思春期に開花するであろう【ギフト】の能力を決定付けると言われていたのに…よりによって落馬のショックで変な能力を身につけてしまうなんて―――不可抗力だからといっても馬鹿だ。

しかも、あんな、母上そっくりの少女になるなんて…――― 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、掛け値なしの馬鹿だ。


ふんわりと流れる茶色い髪や、赤い唇、パッチリとした瞳を思い出すとカッと頬が熱くなる。



「――― くそ馬鹿シリル」




ドジで馬鹿な弟が妹になったなんて、屋敷内でもどう説明するんだ。




そんな兄の心配に気づきもしないシリルは、翌朝、ニヤニヤしながら朝食の場に現れた。

ほんと、周りの考えなんて何にも気にしてないよね、オマエ…。





その後。【ギフト】に関して神殿に足を運んで調べたりもしてみたが、シリルの能力に関してはあまり成果が得られなかった。

少しは凹んでるんじゃないかと思って寝る前に部屋を訪ねようとしたら、部屋の中から声が聞こえた。



あいつ、そんなに独り事を言うヤツだったか?



扉に耳をつけてもボソボソとしか聞こえない。

少しだけ魔力を耳に集中させると、何をしゃべっているかハッキリと聞こえてきた。

学園を出ていない人間が魔法を使うのは禁止事項だが、俺がこんなことをできるのは誰も知らない。

バレなければルールなんて適用外だ。



聞き耳を立てていると、「前世」「ミツコ」という言葉が聞こえるが、会話相手の声は無い。

一瞬頭がおかしくなったのかと思ったが、シリルは自分にだけ聞こえる声と話しているらしい。

その相手が「ミツコ」。

シリルの話し方も楽しそうな感じなので、悪いものではないらしい。


もしかしたら本当にシリルの頭がおかしくなったのかもしれないが、ずっと扉に張り付いているわけにもいかないから、適当に切り上げて自室に戻った。



シリルだけに聞こえる「声」。

どう考えても【ギフト】に関しちゃソレが影響しているだろう。

だけどきっと、シリルは直ぐには気づかない。

そう思うと、馬鹿な弟の馬鹿っぷりがさらに面白くなってきた


さて、次はいつ変身して楽しませてくれるのかな。






なんて感じでいつもの日々を過ごしていたら、父に会いに行ったシリルがぶっ倒れて、すぐにまた妹になった。

倒れないと変身できないのか?



「シーリルちゃん、起きてぇ~」



シリルを膝枕して、早く起きないかと鼻をつまむ。

咎められながらもそんなことを何度か繰り返していたら、眉間に皺をよせてシリルがうぅ…と身じろぎした。



「……なにしてんだよ、レイ」

「おはよう、シリルちゃん」



しっかりと縁取られた緑色の瞳が睨んでくる。

知られてはいけない妹の存在、自分と家族だけの秘密の存在に妙な優越感を感じてニヤリと笑ってしまう。

さわり心地の良かった髪の毛が膝の上から去ると、ふとももからもスっと温もりが消えた。



「さっきどうやって娘になったんだ?」



シリルを見ながら口を開いた父の言葉に、ぐふっと笑いそうになる。

そのまま連続的に投げられる質問に、知らぬ存ぜぬと返事をしているシリルを見て、おや?と気づいた。


こいつ、父上の能力を知らないな。


ハッキリと教えられては居ないものの、この父親の能力は『嘘発見器』だ。

【ギフト】としてどんな名前が付いているのかは知らないが、目をまっすぐと見つめてくる父に嘘をつくのは難しい。


おいおい、絶対に何かあるって気づかれてるぞ。


さっさと顔を逸らせばいいのに、シリルは馬鹿みたいに父の目を見つめ返したまま返事を繰り返している。

素直で馬鹿なシリルのことだ、今までの人生でわざと嘘をついたり、父に隠し事をしたりすることはなかったんだろう。


さらに、



「私は娘も欲しかったんだ。娘になりたいと思うなら遠慮なく言いなさい」



なんて爆弾をシリルに向けて投げたとくれば、この狸親父ぜったいなんかたくらんでる。と考えるのが普通だろうに、当の本人はふざけた冗談程度で受け取っているもんだから、お兄ちゃんは心配になっちゃうのである。





************





「話を戻してもいいか?」




父とシリルが離れていったのを確認し、バルバロッサが口を開いた。

定期的に開催される王子との茶会の席。

シリルだけが父に連れて行かれたということは、きっと【ギフト】に関することだろうと察しはついている。



「何の話だったか――」



グリフィスがサンドイッチを皿に移しながら言う。

シリルに気を取られたせいで、会話の流れが分からなくなっていた。



「えっと ――― 婚約者?」

「ちがう、【ギフト】だ」

「そっちか」



少しだけ声のトーンを下げてバルバロッサが続ける。



「少し前に私も、能力を使えるようになった」

「おお、さすがバル。おめでたいな!」

「おめでとう。で、いいのか?」



能力の開花は基本的にめでたいことだ、シリルのような馬鹿なケースだけが特殊なんだ。



「「で、どうなんだ?」」



グリフィスと声をそろえてバルバロッサを見つめる。

細かい内容まで聞く気は無いが、バルバロッサの能力は王族として何よりも重要視されるものだ。

そんな俺たちの期待を受けて、バルバロッサはふっと目を細めた。



「まあまあだ。父上のほうが素晴らしいとは思うが、自衛に適した能力だとおもう」

「そうか」



グリフィスがほっとした顔をする。

騎士団長を父とするグリフィスは、今後の学園生活も含めて王太子であるバルバロッサ守る存在であるべく育てられている。


兄がいる自分たちとは違い、重い責任を課せられているグリフィスの負担は大きい。

だからこそ、自衛の手段が取れる能力を正しく手に入れたバルバロッサは、理想の君主だと言えるだろう。



「さすがだな」

「ありがとう。だがあまりめでたい事とも言えないんだ」

「そうなのか?」

「――――【ギフト】を得てからすぐ…能力を伸ばす時間が増やされた」

「へぇ、またお勉強の時間が増えたのか」

「ああ。専属の講師も付いた。――― それで、そこで知ったことも増えた」

「というと?」



バルバロッサは、空になった紅茶のカップを置くと、机に手を組んで少しうつむいた。



「お前らは、【ギフト】に関して何を知っている?」



グリフィスと目線を交わす。



「俺たちの年齢だと、基礎の基礎ぐらいだろ。貴族が持っている能力ってことと、神殿が管理しているってこと」

「能力が開花しないものは神殿に行き、【ギフト】を持つものは学園での授業カリキュラムが増える」

「だな、そんなもんだろ」

「お前らの父たちからは何も聞いていないか?」

「ああ、【ギフト】に関しては特に。普段から得たい能力があるのなら、それに向けて鍛錬せよ。と言われている」

「うちも似たようなもんだな。まぁ、馬鹿シリルはどうにも分かってないみたいだけど」



軽口で返すと、バルバロッサは眉間に皺を寄せて空のカップを見つめた。



「シリルは、アイツは【ギフト】を得たのか?」

「いや、俺もアイツもまだだ」



シリルの能力に関しては、開花したばかりでまだ人に言えるものではない。

父にも口止めされていたので、ココは知らぬ存ぜぬで通す。



「――― では、無理やり起こそうとしてるのか…」

「どういうことだ?」



さっぱり分からんというようにグリフィスが突っ込んだ。



「ああ―― すまん。お前らもすぐにここに通うだろうから話すが。この王城に勤めている者は、皆なんらかの【ギフト】所有者だ」

「――― ほう。一人も漏れずにか?」

「そうだ。子供時代は気にも留めなかったが、今の状況を知って分かったことがある」



一人も漏れずに【ギフト】持ちって、貴族出の使用人に留まらず、門番や庭師、料理人もということだろ?



「お城の人材管理どうなってるのよ。信じられないな」



机に顔を近づけるバルバロッサの声のトーンが落ちたので、俺たちもまた机に腕を乗せるかたちで顔を寄せる。

バルバロッサは組んだ手の上に額を乗せるようにしてボソボソとしゃべり始めた。



「【ギフト】の管理と研究、訓練…。あれは、そう神殿はたぶん民間用の隠れ蓑だ。城が【ギフト】の総本山なんだ。管理しているのはココだ。だからこそ、父上はあんなに凄い力をもっているし、宰相だってそうだ。グリフィスは、団長の本当の能力を知っているのか?」

「父上の能力?父は騎士として高い能力を持っているのは知っているぞ」



上位【ギフト】の能力、しかも王城に勤めている人間の能力は基本的に開示されない。

それが子供だとしても、しかるべき年齢になるまでは詳しく教えられることはない。



「そうだ。だが基本的な能力ってのは、覚えたての頃はみんな似たような力なんだそうだ。そこからどれだけ鍛えたかによって、その後の能力は変化する」

「おい、どうした」



気づくと、バルバロッサは顔を蒼くしてガタガタと震えていた。

王子然とした態度を崩したことの無い彼の姿に、グリフィスと共に不安を感じる。



「―――― 【ギフト】の訓練は、地獄だ」

「「…は?」」

「ギフトが開花すると、その能力を伸ばすべく訓練することができる…」



グリフィスに肩を揺すられたバルバロッサは、我に返ったように顔を上げて続けた。

顔色の蒼さはそのままだ。

それは知っている、つい先日シリルと行った神殿でそんな情報を見たばかりだ。



「だが、本気で能力を伸ばそうとすると、毎回魔力が枯渇するような訓練をすることになるんだ……いや…ちがう、枯渇とかそういう問題じゃない、無いのに搾り出せと、魔力なんてすっからかんなのにマダマダイケルデショウなんて―――っ」

「おい、おちつけ」



だんだんと悲鳴のようになっていくバルバロッサをグリフィスが宥める。


バルバロッサは幼少のころから英才教育を施されている王子だ。

どんな厳しい剣術の稽古も、信じられないほどの知識も、嫌な顔一つ出さずに蓄えていく……。

天才。賢人――そんな言葉で呼ばれるのが当たり前の存在が――それがバルバロッサだ。

だというのに―――― なんだ、このバルバロッサは。

こんな彼を見たのは、人生で初めてだ。



「いいか。お前らは私の友人であり、宰相と騎士団長の息子だ。――【ギフト】が開花した暁には、必ず(ココ)に足を運んで、特訓することになる」



一呼吸おいたバルバロッサは、今まで見たことも無いような邪悪な表情で続ける。



「今から言っておくぞ、あの鬼は人間じゃない!鬼だ、いいか、お前ら【ギフト】なんて開花させるもんじゃない。地獄を見たくないなら、能力が出ても黙っていることだ。いいか、友として行っておく――」

「その、鬼というのは私のことですか?」






人の顔が真っ白になる瞬間というものを初めて見た。





バルバロッサが「鬼」と呼ぶ人物とゆっくりと目を合わせた俺は、

―――― シリル、がんばれよ。

と、心の中でエールを送った。

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