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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
六章 それぞれの春の日
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城へ

 泣き腫らした目のまま、マコトの家へと戻った。

 扉を開けると、さっきまでそこにいたはずの大人たちとシュカ、シュリの姿が見えなかった。ベルが何やら料理をしているらしい音と、静まり返ったミコトとナツ。口を開いたのはマコトだった。

「みんなは?」

「城に一足先に向かったよ。あとでサヤカを迎えに来るってさ」

「……そっか」

 泣き腫らした目をしていたサヤカが、ゆっくりと椅子に座った。ナツに背を向ける形になってしまったが、ナツは諦めたように笑うばかりだ。ただ、サヤカは混乱しているだけだった。すべてを知っていたナツにどんな顔をしていいのか分からないだけだったのだ。

「……ナツ」

「なんだい」

「……いつから気が付いてたの?」

 ナツはその言葉に、背を向けたままはっきりと答えた。

「守り人だからって、王家の宝石を何度も目にする機会があるわけじゃないからね。最初は気が付かなかったさ」

「うん」

「あんたたちと別れた後あたりで、サヤカがつけてた首飾り──着替えの時に見えちまったやつ、がなんであんなに既視感を感じたかようやく思い出してね。キアドに行くって聞いてたから、あたしに何ができるわけでもないってわかってたのについ追いかけたんだ。ついでにシュリを探そうと思ってさ」

「……シュカが守り人だってことは?」

「会ったこともないし、全く気が付かなかったよ。フィーザって聞いたときはじめて、あのフィーザどののことを思い出したんだ。子供の名前を話すほど親しい仲ではなかったからね、そのあとにシュカの話を聞いて確信を得た」

 ミコトは所在なさげに窓の外を見ている。椅子の上で身を縮めたサヤカは続けた。

「ごめんね、ナツ。混乱してて……まだ、信じられなくて」

「謝るのはあたしのほうだろう。サヤカはこのまま、何も知らないで暮らしていくのがいいと思って──この長い冬が『鍵』のせいだってわかるぎりぎりまで黙ってたんだ。そのせいで不必要に混乱させた」

「……いずれは知ることになってたと思う。だから、気にしないで」

 だれかと言葉を交わせば交わすほどに、ことの信憑性は高まっていくばかりだった。ベルが何やらお皿を出して、そこに鍋の中の料理を持っていく。具が沢山入ったスープのようだった。

 食卓に三つ分、ことことと皿を置く。そのあと、ソファにいるミコトとナツにも、匙の入った椀を渡したようだった。

「みなさん、そろそろお腹が空いたでしょう」

 言いながら、ベル自身がサヤカの前に座る。ベルに促されてマコトもサヤカのとなりの席に着き、四つ椅子があるうちのひとつが空のまま、昼食となった。ありがとうございます、とお辞儀するサヤカに、ベルがにこにこと笑いながらスープをすすめた。

 祈りの言葉を呟いてから、スープを口に運ぶ。質素でありながらあたたかく美味しいそのスープは、御伽噺のような感覚からサヤカを引っ張り出していく。


 使用人たちが通る裏口から、エンクスに連れられてサヤカたちは城へと入った。サヤカが強情に一緒に行くと言ってきかなかったマコトと、それに便乗してか何気なく居るミコトとナツの五人は、人目のつかないような裏道を通って王宮内を歩いていく。隅々まで手入れの施された木々に、形の整った石畳、そしてどこからか鳴り響く楽団の音楽が、街とは違う雰囲気を醸し出している。サヤカは自分がどうして城に呼ばれているのかも一瞬忘れて、あたりを見渡した。意匠が複雑な、用途の分からない柱が庭と思われるこの小道に建っていて、興味をひくものはたくさんある。

 自分がこれからどうなるのか分からない、そういった恐怖すら一瞬忘れているサヤカにマコトは少し安心する。泣いた痕はそのままだけれど、少しは立ち直っただろうか。

 城の裏手の入り口を、エンクスはそっと開いた。裏口といえど大きな木組みの扉が、重みをもってサヤカに道を開けていく。

 冷たいタイルの廊下だった。人影が少ないその通路に、五人ぶんの足音がやけに響いて聞こえる。

「どこ行くんだよ、父さん」

「まずは客室。そこからサヤカさんだけは、謁見の間だ」

「謁見……」

 それはこの王国を統べる女王様との対面、ということだろうか。歩いていくたびに豪華になっていく通路に、サヤカは視線を彷徨わせる。

「サヤカの顔とか見られて平気なの?」

「客室までの人払いならしてあるから平気だ。客室まで行っちまえば、そこから謁見の間だなんて通る人のほうが少ない。俺も行ったことないし」

 マコトの問いかけに、エンクスが軽い調子で答える。それはそうだろう、謁見の間だなんて、庶民には一生涯縁がないといっても過言ではないのだ。城の使用人でも普通はたどり着くことはない。

「あの……私、マナーとかそういうの分からないんですけど……」

「あー、温厚な女王様だって聞いてるし、大丈夫だろ。なんてったって家族なんだから」

「あたしも一回、守り人の儀式で女王様のところへ行ったけどねえ。当時のあたしは礼儀が欠けてるなんてもんじゃなくて無礼の塊だったけど、大丈夫だったから安心しな」

「……なら平気かなあ」

 軽く、いつもの冗談口のように言ったナツの口調にはやはり翳りがあった。真実と言うのは時に人を深く傷つける刃物となる。彼女はそれをよくわかっていたのだろう。

 サヤカもサヤカで、ナツと目を合わせようとはしなかった。その態度も、サヤカの生返事も咎めることなくナツは一行の一番後ろをついていく。

「マコトにミコト、来たはいいけどお前らどうするんだ。サヤカさんは多分部屋が与えられるけど」

「……じゃあ、父さん泊めてください」

「ミコト、さてはなんも考えてなかったな」

「いや、流石にシュリとサヤカをほっぽって俺だけ家にいるとか、無理だろ」

 呆れたような、それでいて真剣なミコトの声に、エンクスが仕方ないなあと言った風に頭を撫でていた。

「マコトもそれでいいか?」

「え、あ……」

 話をふられたマコトが一瞬迷ったようにサヤカに視線を向けた。一緒にいてほしいという言葉に気を使ってくれたのだろう。変に痛む胸に気が付かないふりして頷く。ただでさえ変な約束をして、無理やりここまで連れてきているのに、寝る場所まで強要するなんてことはまさかできない。

「じゃあ、お願い」

「おうよー。サヤカさんもなんかあったら、魔法騎士のエンクスってやつに取り次いでもらえばこいつらにもつながるから。あんまり気負わないでくれ」

 エンクスの気遣いに、サヤカはありがたく頷いた。

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