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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
五章 真実
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腕飾りの持ち主

「サヤカ? ……あー、寝ちゃったか」

 マコトとベルが、マコトが騎士としてロクスの所に居た間のことについて話に花を咲かせている間に、サヤカは眠気の限界が来たらしかった。いつの間にか空になっているホットミルクのカップを抱えたまま、サヤカは椅子の上で眠っている。

 危ないからと、サヤカの手からそっとカップを取っても、起きる気配は全くない。ベルが、そんなサヤカを微笑ましそうにサヤカを見つめてから言った。

「こんな姿勢で寝てたら体痛くなるでしょう。そこのソファにでも寝かせてあげたら?」

「……僕が?」

「あなた以外に誰がいるの」

 座位で寝るのが常だと言っていたから大丈夫だと思ったが、確かにこんな体勢で寝ているのは見たことがない。揺り起こせば起きるだろうが、静かに眠っているその顔を見ると起こすのもしのびなかった。そもそもマコトの都合でサヤカを居間まで連れてきてしまったのだから、確かにマコトが運ぶのが道理だろう。わかっている、わかっているのだ。

 ただ、触れるのに躊躇った。それだけだった。華奢な体に触れたら、壊れてしまわないかとそんな詩的な不安を持っていた。それでもベルの視線とサヤカの体を思うと、触れざるを得ないのだろう。

 背と、膝の裏にそっと手を差し込んだ。椅子と机の隙間から彼女を抱き上げれば、その小さな体はマコトの腕の中にすっぽりと収まってしまう。起こしてしまわないよう最大限に気を付けながら、マコトはゆっくりとサヤカを運んだ。ソファにその体を横たえてから、毛布も何もなしにこの寒い中に放置していいのかと考える。マコトは、迷った末に寒いからと羽織っていたローブをサヤカにかけた。すうすうと規則正しい寝息が聞こえるのに安心してから、ゆっくりと机に戻った。まだマコトのカップにはホットミルクが残っていた。

「ところでマコト、サヤカさんは、これからもマコトと旅をしてくれるのかしら」

「……あれ、そこまで聞いてたの」

「ええ、期間限定ってとこまで聞いたわ。ミコトはシュリさんのことやらマコトのことやらと他人のことばかり話してたわよ。それでどうなの、話はした?」

「まだ出来てない。……一緒にいてくれって言うつもりはあるよ」

「じゃあ、早く言っちゃいなさい。女を待たせるもんじゃないわよ」

「はーい」

 言いつつ、マコトはホットミルクを飲み干す。サヤカの分のカップもまとめて水桶に居れると、母親に数年ぶりの「おやすみ」を言って部屋に戻ることにした。ナフェリアたちにサヤカは下で寝ていると伝えないとな、と階段を登りながら思う。また揶揄われるだろうかと、マコトはつい笑みがこぼれた。


「起こしてくれてよかったのに……」

「ごめんごめん、よく寝てたから」

 朝餉にと入った店の中で、いつもの服に着替えたサヤカが憮然としたような、恥ずかしがっているような表情でマコトに愚痴を吐いていた。生姜の効いたスープは体を芯から温めてくれるとはよく言うが、すでに朝から揶揄われまくったせいでサヤカはすでに暑かった。主な原因は、マコトのローブをサヤカが持っていた件についてだ。女子だけの部屋に戻っても揶揄われ、マコトにそれを返しに行っても揶揄われる。何も言わなかったのはシュカだけであった。

「こっちの部屋に運んでこないところがマコトらしいというかなんというかねえ。サヤカを甘やかすのが生き甲斐なのかい?」

「気持ちよさそうに寝てる人を起こすのは悪いでしょ……」

「兄貴、そこにいたのが俺だったら?」

「……その底意地の悪い質問やめない?」

 パンをちぎって口に入れながら、マコトがミコトを白い目で見た。ミコトは面白そうに笑ってそれ以上の言及は控えたが、マコトは深いため息をついてみせた。サヤカはあちらこちらから自分の恥をつつかれているようで居心地が悪そうに頬を上気させていた。

 それは、全員が朝餉を食べ終わったあたりのことだった。食べるのが遅いシュリが最後にパンを咀嚼している間に、シュカが思い出したように鞄からなにやら取り出す。

「あの」

 シュカの真剣なその声色に、全員がぴたりと話をやめる。場が静まったのを確認してからか、言葉を選んでいたのか、しばらくの沈黙を置いてからシュカは喋り出した。

「姉さんから貰った、これなんですけど。みなさんでお揃いだって聞きました」

 そう言ってシュカが取り出したのは、メルバルでシュリが余分に買っていた青い腕飾りだった。ナツとシュカを除く四人の腕に今も嵌まっているそれは、シュカの手元にあるものだけが主を持たずにいるようだ。

「……これ、俺じゃなくて、ナフェリアさんにあげたいんですけど、駄目ですか」

「……あたし?」

「はい」

 話の矛先をいきなり向けられたナフェリアが、怪訝そうな顔で確認をとる。サヤカたちは文脈が見えずに疑問符を飛ばしていた。シュカが続ける。

「ひとときでも一緒に旅をしたことを忘れないようにって、姉さんは言ってたから。それなら俺じゃなくて、俺と姉さんを見つけてくれたナフェリアさんにあげたいなって」

「いや、だからあたしはなんもしてないって……サヤカたちと、シュリ自身の手柄だろう。あたしはその腕飾りをもらう資格はないよ」

「……姉さんたちが、俺にくれたものだってのはわかってるんですけど」

 ナフェリアのことを一切見ずに、シュカは続けた。

「ナフェリアさんと姉さんたちを繋ぐ確かなものが欲しいっていう、俺の我儘です。駄目ですか」

 シュカがそれを問うているのは、どうやらナフェリアでなくほかの四人であるようだった。サヤカはシュカが決めたなら賛成であるし、マコトとミコトもどうやらそうらしい。

 自然と、視線はシュリに集まった。お揃いで腕飾りをつけたいと言い始めたのはシュリであり、シュカにそれを送ったのもシュリだ。その神妙な雰囲気の中視線を受けて、シュリはぱっと軽い調子で答える。

「うん、いいよ。シュカがあげたいんでしょ?」

「うん」

「ナフェリアちゃんがつけててくれたら、わたしも嬉しいな」

 そう言って笑ったシュリに、シュカはほっとしたように姿勢を崩した。その神妙な雰囲気は崩れ、朝餉のゆるやかな時の流れが帰ってくる。ナフェリアだけがその神妙な空気に未だ取り残されたように慌てていた。早速と言った風に腕飾りをナフェリアの手に押し付けるシュカに、慌てた様子でナフェリアが言った。

「いや、シュカ、いいよ本当に。これはシュカのだろう?」

「俺があげたいんです」

「あたしには貰う資格はないよ」

「あります。もし今はないっていうなら、さっさと資格をとってください」

 サヤカたちにはいまいち意味の分からないその言葉に、ナフェリアはひどく困惑している様子だった。そこまで言われて折れたのか、ナフェリアはまだ躊躇った様子を残したまま腕飾りを受け取った。

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