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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
四章 決断の時
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緊張

 シュリをシュカのもとまで案内するために、サヤカとマコトは宿から大慌てで荷物を引き上げ、半時間後には再び四人が門の前に集まっていた。息も切れぎれに走ってきたふたりに、シュリがお礼を言う。

「ありがとう、ふたりとも。……ほんとうにシュカって名乗ったんだよね、風魔法も光魔法も使えて、幻惑魔法も使ってたんだよね」

「うん、絶対。シュカの魔法で私たちを守ってくれたんだよ」

「歩きながら話すぞ、シュリ。早く会いたいだろ」

 今にも泣きだしそうな声音に、彼女を気遣ってかミコトが急かす。門衛にぺこりとお辞儀をしたのちに、ミコトがシュリの手を引いて、その後ろをついていくようにしてサヤカとマコトが門を潜った。一昨日泊まった宿には、半日も歩けば戻れる。それは半日でアルトンまで来たサヤカたちが立証済みなので、体力を温存することなく早く歩いた。どうせ今晩は宿に泊まるのだから、一定の速度で進めばいいだけなのだが、シュリがどうしても堪えきれないようだった。

 本当に、ずっと弟のことを思っていたのだろう。シュリは自分の精神力で、それなりに気丈に振舞っているようだった。街にいる間は、そこまで人前で恋人らしいことをしていなかった二人が、今は手をつないで歩いている。出会ったばかりのサヤカでもわかるほど、ミコトはシュリを甘やかしている。兄弟として長年共に過ごしたマコトならなお気が付いているだろう。

 あえて何も話さないまま、静かに道を進んでいた。気まずい沈黙ではなかった。

 雪は溶け、街道は少しぬかるんでいた。シュリの靴は布製のブーツに見えたがどうやら耐水性は優れているらしく、足元を気にすることなく歩いていく。ミコトはいつでもシュリを支えられるようにか、ずっと隣に控えていた。この四人の中でおそらく一番体力のないシュリが先頭を切って歩いているため、ほかの三人がついていけなくなることはない。時刻が夕暮れ時に差し掛かるまで、些細な雑談以外のことを話さずに宿屋のそばまで歩いて来ていた。

 シュリがサヤカたちと出会った分かれ道まで戻ってきた。もう目と鼻の先に見えている宿の明かりに、ミコトは誰よりも安心する。

「シュリ、明日からはもうちょい自分の体力考えて歩こうな。シュカに会う前に体壊しちまうぞ」

「……わかってる」

「ならいい。今日はゆっくり寝ろよ」

 ミコトが、赤いバンダナの上からシュリの頭を撫でていた。朝に宿を出て、シュリの体力に合わせて進んでも、シュカの小屋まで三日ほどで着くだろう。その三日がどれだけ遠く、果てしないものに思えるのか。彼女がいつから弟と会っていないのかはわからないけれど、貴族の館に仕えている間は少なくとも、安否すらわからない状況だったのだろう。

 宿はこの前よりは空いていて、寝台がふたつある部屋がきちんと二組取れた。気を張っている様子のシュリの背を、ミコトが叩いて部屋へと追いやる。サヤカに頼んだぞ、と目配せした。

「半時間後に下の食堂な、ふたりとも」

「うん、わかった」

 触れたら壊れてしまいそう、というのはこういうことを言うのだろうか。シュリは荷物を置いてバンダナを外し、腰を締め付けていたであろうベルトを緩めてなお、表情だけは厳しいままだった。

 夕餉の時は、流石に話に花を咲かせていたものの、今朝方までの花開くような笑顔も、会ったばかりのときの大人びた表情も今はない。出会って二日しか経っていないサヤカですらそう思うのだから、ミコトはさらに心配だろう。どこか気詰まりな夕食は、サヤカの好きなパンだったけれど、味がしなかった。

 あと三日、されど三日。これほどまでに急いでどこかに行きたいと思ったのは、サヤカにとっては二度目だった。そんなことを考えながら、寝る前に風呂を済ませようとサヤカはシュリを誘って風呂へと行った。しかし、一緒に入ったはずのシュリは、サヤカが風呂を上がった時にはすでに見当たらない。どこに行ったのかと風呂を覗いたのちに、慌てて宿の一階の開けたスペースへと戻った。

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