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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
三章 迷い路
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相棒に酷似した

 メルバルの南西には大きな時計塔があり、一時間ごとに鐘が鳴るようだった。響く金の音につられて見上げた時計は、マコトと別れてから針がちょうど半周したくらいだった。からんからんと景気良く鳴り響く鐘から道に目を落とす。シュリも同じように時計塔を見上げていたようだった。何やら大きな石──おそらく夜光石だろう──が嵌めこまれている時計は、昼間は何の変哲もない大きな時計である。

 サヤカがきょろきょろと見渡した先に、細い路地から出てくる人影があった。暗がりから出てきたその人はマコトのフードと同じ色のそれをかぶっており、一瞬マコトかと思って目を逸らした。せっかく気を使ってくれたのに会ってしまってはなんとなく気まずい……そう思ったが、サヤカは感じた違和感にもう一度そっちを見つめた。

 マコトのローブは膝のあたりまである長いものだが、視界に留まった彼のそれは胸の下あたりで切れている意匠のものだった。見間違えたか、と思うと同時、表情がちらりと日のもとに晒された。黒髪に、どこか見知った顔、それから赤い目。ローブを留めているのはベルトではなく、黒い襟巻だった。視界の端を掠めただけだとマコトと見間違えるその彼こそ、シュリの探している人ではないだろうか。

 サヤカが相手を見定めようと目を細めているうちに、シュリもその視線に気が付いたようだった。サヤカの影からひょこりと顔を出し、道の向こうにいる青年を見つめる。サヤカが「あの人、」と言ったとき、シュリは小さくため息をついていた。

「彼です、わたしの相棒」

 肩を竦めたシュリが、タッと地面をけって走り始めた。布製のブーツは赤い靴紐が通されていて、走るたびに蝶々結びのそれが揺れる。サヤカも皮の靴で足音を派手に立てながら慌てて追いすがった。

 青年は確かにマコトに似ていた。

 青年はシュリの言った通り誰かを手伝っていたようで、運んできていた樽を地面にどさりと置いた。店主らしき人がお礼を言っているのをサヤカは目の端で確認し、シュリに追いすがる。シュリは別段サヤカより足が速いわけではないようだが、雑踏の中だと少しとはいえ体が小さいのが有利に働くようだった。小さくお辞儀をしながら人の間をすり抜けていくシュリは素早かった。

 サヤカがシュリに追いすがるころには、楽団から散っていく人々はようやく捌けて、それなりに閑静な通りに戻っていた。ぱたぱたと足音を立てながら走るシュリにようやく気が付いたらしく、青年がちらりとこちらに視線を向ける。先に目が合ったのはなぜかサヤカだったが、その一瞬でシュリは青年のもとへとたどり着いていた。

「うおっ!?」

「ミコト!」

 がばりと後ろから抱き着く形で青年──ミコトに飛びついたシュリ。それなりに衝撃を受けたようだが、青年のほうはなんとか倒れずに立っていた。そのあたりでサヤカもシュリに追い付いて、一行の間には妙な沈黙が流れる。街のざわめきだけが一瞬その場を埋め尽くした。

 あー、と青年が声を出して、沈黙を破り捨てた。

「シュリか?」

「うん!」

「良かった、無事だったんだな。ところで顔見たいから前に来て」

「やだ。ミコトにくっついてるもん」

「あーわかった、いくらでも抱きしめてやるからこっちこい!」

 がっしりとミコトの腰を抱きしめていたシュリが、そう言われて初めてぱっと手を離してみせた。ミコトがすぐさま振り返ると、シュリは再びミコトの胸に顔をうずめるようにして抱き着く。サヤカは、目の前で交わされる熱い抱擁に疑問符を飛ばしていた。

「あの、シュリさん?」

「サヤカさん! ありがとうございます、この人です!」

「あ、やっぱこの人お前の連れか。俺はミコトです、仲間がお世話になりました」

 一瞬何と答えればいいのか迷ってから、サヤカは無難に自己紹介を返した。

「私はサヤカです、こちらこそお世話になりました」

 そういってぺこりとお辞儀すれば、シュリの相方ミコトは人好きのする笑いでお辞儀を返してきた。歯を見せて笑う快活な笑顔だった。

 そんなことより、とサヤカはシュリに目を向ける。ミコトに落ちつけ、と肩から剥がされている彼女は、どこかのお姫様かのような品をもつシュリとはもう別人のようだった。にこにこと純粋無垢な子供のような天真爛漫さを全身から振りまきながらミコトと話していた。流石に満足したのかそれなりの距離を保ってはいたが、目を離した隙に抱き着いていてもおかしくないような雰囲気だった。

「ええっと、サヤカ、さんでしたっけ」

「え、あ、はい」

「ほんと、こいつがお世話になりました。俺を探すのを手伝ってくれたみたいで、ありがとうございます」

 がしりとシュリの頭を掴んで一緒に礼をさせるミコトに、サヤカは両手を振って説明する。たまたま出会っただけで、そんなお礼をされるようなことはひとつも……というと、シュリがあった時に助けてくれたと嬉しそうに言う。ミコトはまるで妹にでもやるかのようにぽふぽふと頭を叩いていた。

「ちゃんと会えてよかったです。私も探した甲斐がありました」

「こちらこそ。こいつとははぐれたときどうするか、って話してたんですけど。次の目的地で集合って決めてたのに、あいまいなまま別れちまったんで気になってたんです。合流できて本当によかった」

 マコトとよく似た、強いて言うならばマコトより癖毛である黒髪の彼が、心底大切そうにシュリを見つめる。照れたようにはにかんで、シュリが見上げていた。シュリも、ミコトの前では気を抜いて過ごせるのだろう。薔薇のような高貴な花に見えていた彼女が、一気に近しい存在になった気がした。

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