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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
三章 迷い路
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宿場町・メルバル

 ぼうっと放心したまま歩くサヤカを、マコトは見たことがなかった。彼女はいつもなにかにきらきらと目を輝かせ、あの町で見た大道芸人がどれだけ面白かっただの、向こうに見える木に留まっている鳥がきれいだのと、楽しそうに話している印象が深い。さまざまな情報が一気に与えられて混乱しているのはわかっていたが、どこか違和感のあるその姿に思わずマコトも黙り込んでいた。

 シュリも彼女から別段話すことはないようで、同じように黙ってマコトたちの隣を歩いていた。

 やがて昼過ぎには、メルバルへとたどり着いた。宿場町メルバルはそこまで大きい街ではないが、露店が立ち並び宿が二・三軒建つそれなりに栄えた町である。その分民家は少なく、商いをしている家が多かった。リチアドの中にいくつかある関所のうちのひとつが、メルバルとアルトンを真ん中で断ち切るように存在しているのだ。旅人はもちろん、貴族なども通るときがあるこの町は、昨晩の宿から見ればキアドより近くにあった。

 楕円形をところどころとがらせたような形に広がる街に足を踏み入れても、サヤカは同じように放心している様子だった。民家同士をつなぐように紐が張られ、そこに吊るされるランプは、夜になればきっと街を照らすのだろう。露店は賑わっていて、食べ物から装飾品まで幅広く置いている様子だった。サヤカたちのほかにも旅人が何人も通り過ぎて行った。

「混みそうだし、とりあえず宿取りませんか? シュリさんがその、一緒に旅をしている人を探すなら、その間に僕行ってきますよ」

「あ、じゃあお願いします。ええと、出来れば男女で部屋を割りたいんですが……」

 サヤカのほうをちらりと見たシュリ。サヤカは視線に気が付くと、なんですかと笑って見せた。細められたひとみが、帽子の影に隠れる。

「会ったばかりですけど、お部屋同じでもいいですか? それともわたしとも分けたほうがいいですか?」

「あ、一緒で大丈夫ですよ。マコトは?」

「わたしの…………一緒に旅してる相手が。多分気にするので、男女で分けたいんです」

 マコトが何やらいう前に、そう言ってはにかんで見せたシュリに、納得したようにサヤカが頷いた。相手のことを評す時の不自然な間と、照れたように笑うシュリをみればさすがのサヤカでもわかる。きっとシュリの恋人なのだろう。

「じゃあ、一時間後にあの広場で」

 マコトがそう言って適当な宿を探しに雑踏に消える。宿をとって戻ってくるのにそれほど時間はかからないのに何をするのだろう──と不思議に思ったサヤカは、マコトなりに気を使ったのかもしれないな、としばらく後に思い至った。

 シュリがサヤカに向かって続ける。

「わたし、その旅の相方を探したいんです。もしよければ、手伝って頂けませんか?」

「ぜひ。私で手伝えることがあれば」

 そう言って笑ったサヤカに、シュリがありがとうと微笑む。太陽の光で金色に輝く前髪を一度撫でつけてから、シュリはその相棒の特徴を指折り数え始めた。

「黒髪で、赤い目をしています。街中だったらフードを被っていることのほうが多くて、あとは……ああ、黒い襟巻と手袋をしてますね。あとは、お人好しなので誰かしら手伝っているかもしれません。背は、マコトさんより高いくらいで……」

 そこまで言って、シュリがそういえばと顔を上げた。人々は立ち止まるサヤカたちの横をすりぬけて、思い思いの方向へと歩いていく。厚底の靴が石畳を歩いていく足音が重なりあい、何かの音楽の拍子に聞こえてきそうだった。

「顔はマコトさんによく似ています」

「マコトに?」

「はい。マコトさんに」

 シュリが自信満々に言う。今は本人も町の中に紛れているわけだし、指標になるほど似ているのだろうか。ただ、シュリは「それくらいですかね」と言って会話を終えてしまった。

 ナフェリアにも目がいい、と言われているのだから、また見つけられるかなと雑踏を見つめた。シュリと一緒にゆっくりと歩きながら道行く人を観察するも、相手も自分も動いているとどうにも目が泳いでわからない。黒髪の人や赤目の人、黒手袋をしているひとなどはいるが、すべてがぴたりと当てはまる人はぱっとは見つけられなかった。人の流れに合わせてゆったりと歩きながら、ふたりはただ周りを見つめていた。

 街にはいくつかの通りがあるようで、民家の向こう側からなにやら歌が聞こえてきた。大道芸人がいるのかと興味を持ったサヤカに気が付いてか、シュリが何気なく進路を変える。灯篭と露店の並ぶ広場を斜め右に横断して、別の門が見える道へと入った。

「サヤカさんは、音楽がお好きなんですか?」

「歌うのは好きです。そこまでうまくはないんですけど……シュリさんは?」

「わたしも好きですよ。楽器はできませんが、やっぱり歌が」

 打楽器の音に合わせ、弦楽器が二重奏を始めた。その向こうではなにやら管楽器が合いの手を入れ、人々を惹きつけている。サヤカはぱっとそちらの人だかりに目を走らせながらも、自分もその音楽に聞き入った。

 それがどうやら最後の一曲だったらしく、サヤカたちが通りを折り返すころに、その楽団は楽器を仕舞っていた。あちらこちらから銅貨が投げられ、真ん中に置かれている帽子へと吸い込まれていた。団長と思わしき人が礼をしながらそれを集め、最後にもう一度ぺこりとお辞儀する。只見を決め込んだものも銅貨を投げたものも、やがて街へと散っていく。

 サヤカたちはいきなりがらんどう……とまではいかなくとも視界の通るようになった道をゆっくりと見渡していた。

「いましたか?」

「いえ」

 どこ行っちゃったのかなあ、とシュリが小さく呟いた。不安げな少女のように見える彼女だが、そういえばサヤカより年上らしい。もうすぐで十六、つまり成人するサヤカと成人してしばらくのシュリだから、ほとんど変わらないといえば変わらないのだが。

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