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ハルノオト  作者: 深瀬 空乃
二章 正義感
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幻惑魔法

「あれは、幻惑の魔法です。ほんの一部の人しか扱えず、逆にそれを習得していれば魔法騎士や、魔導士として大成する素質を持っているもの」

 夕食の後、ふたりの子供に寝台を譲ったシュカは、おずおずとこちら側の雑魚寝に混ざっていた。会話に関しては、マコトがシュカと話しているのに、ナフェリアと一緒に混ざった形になるが。

「幻惑魔法……私は聞いたことなかったなあ」

「珍しいですし、まあ当然でしょう。これが使えると、ほとんどの種類の魔法が扱えるとも言われています」

「そうなの?」

「僕は風魔法が一番得意ですが、まあほかのものも扱えます」

 シュカに尋ねた本人の癖に、なにやら神妙な顔で黙り込んでしまったマコトの代わりとでもいうかのように、サヤカが興味津々だった。その興味に答えるように、シュカが指を打つ。

 ぱちりという音に合わせ、小さく雷が散った。そのあと、ぱりぱりと音を鳴らしながら光の線になっていくそれに、ナフェリアと一緒に目を奪われる。やがてゆっくりと薔薇の形を作り上げた光は、再びシュカが指を鳴らすと虚空に消えた。

「すっ……ごい」

「ありがとうございます」

「呪文もなしであんなに魔法を扱えるんだねえ。まさに天才だ」

「僕の姉は僕よりすごかったですよ。僕の数倍歌もうまいんです」

「幻惑魔法? は歌わないといけないの?」

「歌ったほうが威力が高まるんです。僕はこまかいことはわかりませんが」

 だから、とシュカが笑う。

「ナフェリアさんの頼みで、この家を丸ごと雪景色に見せています。朝方には溶けてしまうでしょうけど、目くらましには十分です」

 そんなことまでできるのかと目を見開いたサヤカが、ぱあと目を輝かせる。ナフェリアが「あたしと一緒に街まで来てくれるのさ。頼もしいね」と得意げに笑って見せた。ナフェリアからナツ、とだけ名乗られたはずのシュカは、いつの間にか彼女の本名を知っているようだった。

「あたしたちは、明日にでもあの子らをアルトンに送り届けてくるよ。あんたらは?」

「もちろん私は一緒に行きたいけど……マコトは?」

「……サヤカに任せるよ」

「…………マコト?」

 いつのまにやら随分と顔色を悪くしていたマコトが、ぼそりと呟いた。サヤカが聞き返しても、それっきり返事をしない。サヤカとシュカは首を傾げていた。気丈に振舞おうとはしているらしく笑顔を見せるものの、金色の瞳は翳っていた。それは、照明のせいなんかではもちろんなく。

「どこか体調悪い?」

「いや、……うん。ごめん、もう寝るね。聞かせてくれてありがとう、シュカさん」

 控えめに眉を下げて笑いながら、マコトは外套にくるまって背を向けてしまった。体調が悪い人がいるなら静かにしたほうがいいかと思って口を噤んだサヤカとシュカに、ナフェリアが言う。

「……やっぱり、アルジュとマナを送るのはあたしらだけで行くよ。ここまで引き留めちまったんだ、流石にこれ以上引き留めるわけにはいかない」

「えっ、いいよそんな」

「マコトもあまり体調が良さそうじゃない。大人数で動いて、自由行動がきかないのはあんまりよくないさ。ふたりでゆっくり進めばいい」

 有無を言わさぬ響きだった。サヤカが押されてもの言いたげにしながらも、頷く。彼女が、マコトのためと言われると何も言い返せないのはナフェリアも織り込み済みだ。それでも敢えて言った。彼が何か──に怯えている、いや劣等感を感じているのは、サヤカよりも先にナフェリアが感じ取っていたのだ。その正体がわかっているからこそ、いたずらにそれを突いてもいいことなどないだろう。ナフェリアの助け舟に、マコトが少し身じろぎしたように見えた。

「そうだ、サヤカ」

 ナフェリアはそう言って、鞄をゆっくりと自分に引き寄せた。中を手探り、小さな布袋を探りあてる。じゃら、と硝子がぶつかり合うような音がした。

「これ。あたしから渡せるのはこれくらいだけど、本当にありがとうね」

「えっ、いいよそんな……」

「それじゃあたしの気が済まないから、受け取っておいてくれ」

 そう言って差し出されたのは、火の魔導石だった。中に炎が閉じ込められているようなそれは、傷をつけると燃え上がる。火種として便利だし、粉々に砕けば爆発と同じくらいの威力になりかねないものだ。魔導石はそれなりに希少なもので、ナフェリアはそれを集めていた。

「魔導石はそのままでも価値があるし、売ればそれなりになる。今回の報酬だと思って」

「報酬はなくていいって、」

「いいからいいから。知らない人からならともかくそれ以外から貰えるもんは貰っとく、旅をしてればそれは大事だろう? それともあたしが信頼できないかい?」

「そんなことない!」

「じゃあいいだろう。受け取っとくれ」

 半透明に揺らめくそれを、サヤカは迷った末に受け取った。こくりと小さく頷く。かすかに暖かいそれは、ナフェリアの体温にも感じられた。

「それじゃあ、子供たちもいることだし騒いでるのはよくない。寝ようか」

「そうですね」

「わかった。それじゃあ、おやすみ」

「サヤカもシュカも、マコトはもう寝たかねえ。おやすみ」

「みなさん、おやすみなさい」

 シュカは律義にぺこりとお辞儀をした。サヤカたちはもう一度おやすみなさい、と返して、ナフェリアがあたりを照らしていた燭台の蝋燭の炎を揺らして消した。

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