探し人
太陽が昇るより少し早くの朝に起きたナフェリアが、一番最初の太陽の光に照らされながら髪を結んでいた。手袋をつけていない髪が、白い指先によって結われていく。まだあどけない寝顔を晒しているサヤカと、彼女とほとんど同い年だと言っていた割に大人びた表情のマコト。その差異にくすりと笑いを零した。
彼女らが起きるのはいつだろうか。昨日は朝日が昇ってから少しして、サヤカはとろんとした目で起きてきていた。寝起きはどうやら悪いらしい。座位で眠るのが常だと言っていたが、こうして横になって寝ている今日は果たして、早く起きるのかそれとも寝過ごすのか。どちらだろうなと考えているナフェリアの耳に、足音が触れた。
向こうの角にあるらしい寝台からのそのそと起きてきたのは、深い青の瞳を持つ少年シュカだった。ナフェリアとぱちりと目が合うと、軽く会釈する。まだ眠そうな表情のまま、彼は大きな桶をふたつ取り出すと、両手に持って歩き出した。あくびをしながらのそれに、ナフェリアは立ち上がった。まだ髪を結び終わっていないが、まあそんなのはあとでいいだろう。
ひそひそ、と問いかけた。
「お早う。水汲みかい?」
「おはようございます。水汲みですよ」
それを聞いたナフェリアが、シュカからすっとひとつ桶をとりあげた。あっ、と小さく言ったシュカに、ナフェリアがにこりと笑う。
「手伝うよ」
「ああ、……ありがとうございます」
そう返事したシュカは、いまだ眠そうだ。ぼうっとした様子で扉の取っ手をひねり、体重に任せて押し出すように扉を開けた。昨日雪を扉ごと吹き飛ばしたからか、少年の力でも十分に扉は開く。じきに、爽やかな冷たさが体中を満たした。
ああ、朝だなあと思う。シュカが歩き出すままに着いて行ったナフェリアは、目の前に広がる銀世界に思いを馳せた。
昨日、不覚にもナフェリアをよろめかせた風魔法を思い出す。
「今日は魔法のあれ、やらないのかい?」
「やりますよ。井戸でね」
「それは楽しみだ」
「巻き込まれないように、せいぜいお気をつけて」
「はは、言うねえ」
昨晩より随分饒舌で皮肉屋なシュカに、ナフェリアは目を細めた。ああ、これが彼の本性……そういうとなんだか意地が悪いが、もともとの着飾らない性格なのだろう。ふたりの足音と、からんからんと無遠慮に鳴る桶の音が空白を埋めていく。降りそそぐ日差しは優しく、ナフェリアがここにいる意味も目的も掬いあげてしまいそうだ。
吐き出された息の白さに少し楽しくなって、何度か深呼吸した。こんなに穏やかな朝は久しぶりだ。シュカは扉から出て左、小屋に沿って歩いたのちに、右へと曲がった。
小屋から少し離れた井戸が見えてきた。今更小屋に置いてきたサヤカたちのことがちくりと脳を刺す。が、開け放たれた扉と足跡を見れば流石に彼らも気が付くだろう。賊が周辺にいるとも限らないこの場で扉を開けっ放しにするなど、危機管理が足りないと言われれば確かにそうだが。ナフェリアは、自分も眠かったんだとことを片付けた。この美しい銀世界の中でこれ以上考えるのはなんだかもったいない気がしてしまったのだ。
それに、サヤカはともかくマコトがいるのだ。騎士見習いを名乗るなら悪の気配くらい気が付いてくれ、とナフェリアは無責任に匙を投げた。
「ところで、ナツさん」
「なんだい?」
「姉がいるんです。俺には」
なんの脈絡もなく突然話しはじめたシュカに、いささか驚いて足を止めてしまった。振り返ったシュカと一瞬視線が絡み合ったあとに、何事もなかったかのように繕ったが。
「僕は薄い茶の髪に、青い目です。姉は薄い緑の目に、栗色の髪で……」
「…………もしかして、姉弟で髪色だの瞳の色が違うだのってことを気にしてるのかい? まあ、色が違うなんてよくあることだから気になさんな。王女様だって……見たことあるかはわからないけど、両陛下と髪色も眼色も違うじゃないか。まるで色をまぜこぜしたみたいに色が違う」
「いや、流石に王女様のことは存じています。そして、それも気にはなりますが。違うんです」
昨晩のナフェリアの話を引きずっているのかと思って先回りしたが、どうやらはずれを引いたようだった。神聖なものにあとをつけるような気持ちにさせる新雪の上で、シュカが足を止める。
「あなたは、旅をしているようだったから。聞きたいことがあったんです」
「なんだい。一夜の宿の礼だ、答えられることならなんだって答えるよ」
「僕の姉を知りませんか。生き別れたんです」
「……流石に髪色眼色、それだけの手がかりじゃわからないよ」
そう淡々と告げたナフェリアに、シュカが頷く。そんな条件の町娘などごまんといる。ぱっと思い当たる娘すらいるくらいだ。シュカは続けた。
「わかってますよ。栗色の髪に薄い緑の目、好きな色は発色の良い赤色。名前は──」
ナフェリアは、その容姿の説明をどこかで聞いた気がした。ただ、いまはシュカの話を聞くのが最優先だと、ただ過ぎていく雲のように忘れてしまった。




