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流星編1話 射撃の天才



「この距離なら居合の方が速い、試してみるか?」


マズったぜ。いい女だからって油断しちゃいけねえよなぁ。いくら俺が世界最速の早撃ち(クィックドロー)でも、この間合いじゃ剣のが速い。


居合は抜きながら斬る、の2アクション。早撃ちは抜いて狙って引き金を引くの3アクション。単純な動作数の差は技術じゃ埋められない。


ブーツに挿してるナイフもあるが、この女の得物は腰にある。無理だな、こりゃ。


「試すのはまたにしとくよ。俺が死んだら女の涙で街が水没する。」


「嬉し泣きでか、トッド?」


黙ってろヴァンサン。そもそもはテメエのドジだろうが。いい女の依頼人だからってホイホイ客間に通しやがって!


(殺るか、トッド? 2対1、女とトッドはソファーに座ってるが、俺は立ってる。)


ドジの埋め合わせをする気はあるみたいだな。


(よせ!この女はヤバい。相当使()()奴だ。)


「それで居合の達人さんが、スラムの何でも屋に何の用なんだ?」


「暗黒街出身の部下がおまえを"始末に悪い奴"のトップに上げた。それでスカウトに来たという訳だ。」


スカウト? この女の顔はどっかで見たような……同盟軍の御堂イスカか!


いくら戦争にゃ興味ねえからって、今頃気付くとは俺も抜けてる。


「なんのスカウトだか知らんが、断る。他をあたれ。」


美人の頼みを断ったのは初めてかもな。だが俺は軍隊なんかにゃ入る気はねえ。


「私の話を聞いてから考えろ。マリー・ロール・デメルの事は覚えているか?」


マリー・ロール・デメル!こ、この女!マリーの消息を知っているのか!


────────────────────────────────────


ジスランは認知されない貴族の少年だった。


病身の母を抱え、父から送られるわずかな仕送りだけが生活の糧、腹違いの兄弟達は何不自由のない生活を送っているというのに、ジスランと母は隙間風の吹き込む安アパートで日々を過ごすしかない。


ジスラン少年は射撃場でアルバイトを始め、生活費の足しにした。


そして自分が射撃の天才である事を知る。彼の父、ルーセル子爵もまた、名の知られたクレー射撃の名手であったのだが、競技は引退していた。


いや、引退せざるを得なかったのだ。無敵を誇ったはずの射撃大会でデメル大佐に敗れ、再戦しても勝てる自信がなかったからだ。


彗星の如く現れた射撃の天才の噂は子爵の耳にも入り、実際にその腕前を見た彼は狂喜乱舞した。火遊びの結果、産ませてしまっただけの妾腹の子が、自分を遥かに上回る射撃の才を持っているのは"復讐に使え"という天意天命に違いない、と。


ルーセル子爵は頑なに認知を拒んできたジスラン少年に取引を持ちかけた。


"射撃大会でデメル大佐を完膚なきまでに叩き潰せ。自分の受けた屈辱を晴らしてみせれば子爵家の一員として迎え入れ、おまえの母も高級サナトリウムで療養させてやる"と。


ジスランは子爵から持ちかけられた取引を承諾した。自分達の窮状を知りながらはした金しか寄越さなかった子爵は憎かったが、母にいい暮らしをさせてやりたい情愛が憎悪を上回ったのだ。


──────────────────────────────────


そしてクレー射撃大会の最年少出場者であるジスラン少年は順調に勝ち上がり、決勝でデメル大佐と対戦する事となった。


貴賓席に座って復讐劇を観戦する父の姿にジスラン少年は嫌悪感を覚える。


父は実力の差で敗れただけで、デメル大佐に他意はない。例え敵わずとも、よきライバルとして名声を保つ事だって出来たであろうに、トップになれぬからといって銃を置いた父は負け犬だ。


それを息子に意趣返しをさせようだなんて、器が小さすぎだろう。少年らしい正義感が躊躇いを生んだが、ジスランは首を振って迷いを断ち切った。気は進まないが、母さんに貴族専用のサナトリウムで暮らしてもらう為だ、デメル大佐は完膚なきまでに叩き潰す。


僕に負けたところでデメル大佐も貴族、父と同じで生活にはなんの問題もない。


軍学校の校長は辞任するかも知れないが、家庭においてはよき父で、慈善事業で孤児院まで営む彼には傷心を癒やしてくれる人が沢山いるはずだ。母さんには僕しかいない。


ジスランは自分勝手な理由を強引に納得させて、決勝へ臨んだ。


───────────────────────────────────


「お手柔らかに、天才少年。ジスラン君と言ったね、どこで射撃を習ったんだい?」


デメル大佐は軍学校の校長を努めるだけあって、包容力のありそうな容貌だった。差し出された手を握り、ジスランは言葉を返す。


「クレー射撃の練習場でアルバイトをしています。射撃はそこで覚えました。」


「そうか。大会が終わったら私を訪ねてきたまえ。軍学校の特待生枠を開けておこう。」


軍学校の特待生!そこから士官学校に進学し、士官学校でも特待生になれれば、母を扶養しながら生活出来る。ジスランは一瞬迷ったが、計画は変えない事にした。母の容態は芳しくない。時間がないのだ。


コイントスで後攻を取ったジスランとデメル大佐の勝負は白熱し、居並ぶ観衆を熱狂させた。


同ポイントで勝負がつかず、延長戦に入ったが、そこでも勝負がつかなかった。


「見事な腕だ、ジスラン君。延長戦も終わった事だし、両者優勝というのはどうかね?」


デメル大佐の申し出に、ジスランは首を振った。勝負がつかなかったのはジスランの狙い通りだったからだ。


再延長、再々延長も引き分けに終わり、4度目の延長戦に入ったあたりで、デメル大佐も観客も、ジスランのやっている事に気付き始めた。……ジスランがわざと引き分けているという事に。


先攻のデメル大佐がわずかにミスれば、後攻のジスランも同じミスをする。デメル大佐がミスらなければ、ジスランもミスらない。


目の肥えた観客は、ジスランがデメル大佐と全く同じ位置に射撃を命中させている事にも気付いた。当然、デメル大佐も同じ事に気付く。


5度目の延長に入る前にデメル大佐は負けを認めた。


「ジスラン君、君の勝ちだ。だが普通に勝つ事も出来たのに、なぜこんな真似を?」


貴賓席に座っていたルーセル子爵が立ち上がって、恨み骨髄のデメル大佐にまくし立てる。


「まだ勝負はついとらん!勝負を続けんか!この大会に同時優勝の規定はない!はよう撃たんか、はよう!」


醜い顔だ。あれが父かと思うと全身の血を入れ替えたくなる。ジスランは心の中で唾を吐いたが、情けはかけなかった。


「ルーセル子爵の仰る通り、同時優勝の規定はありません。デメル大佐が先攻です、どうぞ。」


デメル大佐にとっては悪夢のような時間の始まりだった。


2時間以上も続く延長戦、だがやはり引き分けの連続であった。


心身のバランスを崩したデメル大佐の目が充血し、全ての射撃を外すまで延長戦は続いた。


後攻のジスランはパーフェクトな射撃を決めて勝負を終わらせ、片膝を着いたデメル大佐に言葉をかけた。労る為ではなく、トドメを刺す為に……


「同盟最高の狙撃手と呼ばれるイグナチェフ少尉が大会に出ない理由が分かりました。レベルが低すぎて、遊びにもならない。僕ももう大会には出ない事にします。良かったですね、デメル大佐。来年からはまたお山の大将を気取れますよ?」


充血した目がうつろになってきたデメル大佐からは返事は返ってこなかった。


「見たかね諸君!我が息子ジスランの腕前を!ジスランはルーセル家の誇りじゃ!」


放心したデメル大佐の姿を見て満足したルーセル子爵は、観衆に向かって胸を張った。


妻子と思われる女性と少女達に付き添われ、覚束ない足取りで会場を後にするデメル大佐の後ろ姿を見送りながら、ジスランは思った。


……可哀想だけど仕方がない。これで母さんは貴族専用のサナトリウムで暮らす事が出来る。デメル大佐、今日の事は早く忘れてください。




ジスランがデメル大佐の事を思い出すのは5年後の事であった。




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