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失敗のその先へ

作者: 真城 玲

思いついて衝動的に書いた小説です。もし、受験や就活に失敗したとしても大丈夫だ、って言いたいって想いから書きました。

楽しんでもらえたり、元気になってもらえたら嬉しいです。

『不採用』

 その三文字が書かれたただの紙切れが、僕の何かを弾き飛ばした。

 基本的に企業を一度に一つしか受けることのできない工業高校生にとってその紙切れは僕を絶望させるのに十分だった。


「くっそおおおおお」


 生まれてから今までに出したことのないような声だった。荒々しい声に後悔、絶望感、不安、詰められるだけの負の感情を入れ込んだ。

 けど、実際は何も変わらない。変わったことといえば僕にこの紙切れを渡した教師の表情くらいだ。

 彼の目に移る僕はもう学年一の優等生ではないのだろう。今の僕はただの劣等生だ。


「今回のことは残念だったとは思うがーーー」


 教師の言葉など聞かずに僕は早足で昇降口に向かった。そのまま、有無を言わせず学校を後にした。




 家に帰る気も起きず、近所の公園のブランコに座っていた。ギィギィと錆びた金属の音が僕の思考を止めてくれるようで不思議と気持ちが少し楽になった。


「おっ、先客か。珍しいな」


 三十代だろうか。汚いスーツを着た細身のおじさんが僕の隣のブランコに座った。周りにはいかにもなほどの負のオーラがあった。


「なあ、やっぱお前もなんか失敗した?」


「うるさい。僕に関わらないで」


 せっかく一人なれたのに馴れ馴れしく関わってくることがとにかく嫌だった。それに、僕が失敗したことまでまるで見通されているようで、それが悔しかった。


「おー、怖い怖い。」


 彼はそれだけ言うと、少しの間口を閉じた。下を向き、目を閉じた彼はとても思い悩んでいるように見えた。


「おじさんはなんでここに?」


 気になった、自分と同じように悩んでいる人のことが。さっき、僕に対して放った『お前も』の意味を知りたかった。

 興味本位で聞いていいかとかはわからないけれど、今の僕にはそれを判断するだけの思考力がなかった。


「あ、俺か。俺はさっき会社、クビになったんだよ」


 ふっ、と彼は鼻で笑った。その笑いはどこか自虐的で、どう反応することが正しいのかわからなかった。


「とは言っても、俺は派遣だし珍しいことじゃねえよ。よくあること…なんだ」


 彼は少し含みのある言い方をした。

 ああ、彼はきっと僕と同じなのだろう。僕も不採用になったことは理解しているし、理由も納得できる。でも、だからといって現実を受け止められるかどうかは別の話だ。


「僕もさっき就職試験、不採用って通知が来たんだ」


 子どもの頃からその会社に勤めることをずっと憧れていた。好きで好きでたまらなかった。あの会社に入社するためにこの学校へ入学したと言っても過言ではない。

 だから、ショックで辛くて、苦しい。


「そりゃ、残念だったな。」


 情けをかけられているようだった。

 普段ならきっと、情けをかけられていることに怒っていたのかもしれない。でも、今日は素直に嬉しかった。自分の気持ちも背負ってもらえているようで。


「じゃあ、就職先はどうすんの?」


「二次募集って言うのがあって、それに応募するかな。正直言ってそんな所で働きたくはないけど」


 僕らの高校に来る二次募集の大半は中小企業や街の工場が占めている。当然、そんなところには行きたいと思わない。


「社会って理不尽だね」


「何ただの高校生が悟ったんだよ」


「だって好きって想いがどれだけ強くても内定をもらえないんだよ」


 どれだけ好きでも、どれだけ会社を愛していても、それは僕の片思いで、向こうには通じていなかった。


「確かにそうだけど、想いは金にならないからな」


 金、金、すべて金だ。必要なのは想いでも学力でもない。この社会では金が全てで金が正義なのだ。


「はぁ、死にたいな」


 ずっと、思っていたことがついに口に出てしまった。いざ口にしてみると思っていた以上に言葉が重くて、泣きそうになった。


「何一回のミスで挫けてんだよ。」


 彼はブランコから僕の頭の脳天を勢いよくチョップした。威嚇のつもりで、僕は彼を睨みつけた。でも、彼はそんな僕にも臆せず、ただひたすらに真面目な顔で言った。


「お前はまだ若いんだし、時間がある。生を嘆くにはまだ早いんだよ。俺なんか、今回で三回目のクビなんだぞ」


 彼は、本気で僕を励まそうとしているんだ。それがたまらなく嬉しくて、それでも不採用だってことは悔しくて、嬉し泣きとも悲し泣きとも言えないような涙を流した。

 堪えていたものが溢れ出して止まらなかった。


「おいおい、泣くなよ。それにお前はいい経験をしたんだ。こんな若いうちにこんな大きな挫折してる奴なんてそうはいないよ。だからこれはお前の武器だ。」


 不採用が僕の武器、考えたこともない。けれどいつかきっと使いこなせるようになりたいと思う。


「いつかその武器で、社会をあっと言わせてやれ。それでいつか後悔させてやるんだ。自分を取らなかったことをな!」


 話す彼の目は輝いていて、野望に満ちている少年のようだった。

 辛くても、暗くても、ひたすら前さえ見つめていれば、いつかこの失敗も大きな成功に変わるのかもしれない。


「俺はそろそろ帰るわ。同じような悩み抱えた奴と話せて良かったよ。じゃあな」


 その彼の姿にはもう来た時のどんよりとした雰囲気はなかった。前を向き背筋をピンと張っている彼の背中にはもう迷いなどないようだ。

 さぁ、次は僕の番だ。彼が帰った反対の道を僕は歩く。

 僕は彼と違い、未だに迷いも不安もある。けれど、それらの感情とも付き合いながら生きていこうと思う。

 そうすれば、いつかきっと自分だけの武器になるはずだから。


「ふぅーーーーっ。あ〜。」


 大きな伸びと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 風を感じる。冷たくて少し痛い。

 でも、前に進もう。失敗を成功に変えるために。失敗を失敗のままで終わらせないために。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 若者が挫折から前向きになっていく姿……いいですな。
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