エルフ族の隠れ里
日が暮れ始めた頃に、彼女は目覚めた。うーん、と寝返りをうって感触が気に入らなかったらしく、しばらく不機嫌そうにもぞもぞとした後に、むくりと起き上がった。
見慣れない景色に目をぱちくりと瞬いて、彼女は立ち上がる。そうして、建物の外に広がる景色と湖、横たわる竜を見て自分が竜の神殿にいることに気づく。
彼女は、ゆっくりと歩を進め、神殿の入口から外を覗き見る。傾いた陽から指す、柔らかなオレンジ色が竜の鱗にキラキラと反射して綺麗だった。
彼女はゆっくりと自分の記憶を辿る。
あぁ、そうだ、たしか・・・あんまりにもみんなが責め立てて話を聞いてくれなくて、悲しくなって泣いてしまったんだった。それで、アルセアが抱きしめてくれた腕が唯一あたしを慰めてくれて・・・。
泣き止まないとって思うほど、なぜか涙がとまらなくて、アルセアの魔力が流れ込んできて、眠らされたんだ。
彼女は、アルセアを起こさないようにゆっくりと側へと寄ると、彼女のその大きな身体にもたれ掛かるようにして座り込む。
そうして、自らの唇にそっと触れる。
朧気な記憶の中、うっすらと覚えているのは彼女があたしの為に怒ってくれたこと、しっかりと抱き上げてくれていた腕が優しかったこと、そして・・・人の姿をした彼女の唇は柔らかかったこと。
「・・・ダメだよ、アルセア・・・それは、いけないんだよ・・・。」
ヘリアンは静かに流れた涙を拭うと、両頬をぺちんっと勢いよく叩いた。
立ち上がり、竜の身体をペちペちと叩いて起こそうとする。
「おーーい!!アルセアーーーっ!!!おきてええええ」
「・・・うるさい。」
相当嫌だったのか、尻尾で地面を叩くと、竜はのっそりとこちらを向いた。深い紫色の眼があたしを映す。それがなぜか堪らなく愛おしくて、溢れそうになる涙を拳を強く握って押しとどめた。
「アルセア、あたし・・・帰るね。」
「・・・おくろうか?」
「ううん、大丈夫だよ。ひとりでも帰れるから。」
「そう、気をつけるのよ。」
それだけ言うと、竜はまたのっそりと体勢を戻して眠りについてしまう。へリアンは、そっぽを向いてしまった竜の背を撫でたあと、里への道を辿り出す。
めずらしく、ゆっくりと歩いて帰る彼女を竜は片目で静かに見守った。
途中、何度か足を止めながらも、ヘリアンは振り向かなかった。
竜は静かに目を閉じると、在りし日の記憶に思いを馳せる。
その日、エルフ族の娘が正式に婚約を発表した。