エルフ族の隠れ里
その日の朝早くに、竜は目を醒ました。
里に近づいていた気配がより濃くなり、もう里のすぐ側まで来ていた。それは、昨日ヘリアンにせがまれるまま様子を見に行った商隊から感じていた、少し特殊な魔力。
(古きモノの魔力・・・めずらしい)
それは、竜たちと同じく古くから在る魔獣の持つ気配、魔力に似ていて、自然と身体に力が入る。普段ならば迎えが来るまでは、自ら里へとは下りないが、この気配の持ち主に敵意がないとは限らない。
竜は身体を持ち上げると、湖に顔をつけて頭を冷やす。
そうして、朝日の登り始めた丘をゆっくりと降り、里を目指した。
「え、まって、それそこにつけるの?」
「絶対この方がかわいいって!」
「どうでもいいけど、次の皿出して!もう載らない!」
「ねぇー?飲み物足りるかなー?」
「ちょっと!誰よ私の裾踏んでるの!」
「おかあさーん、私の服ないー!」
「おいおい、つまみ食いすんじゃねぇよ!!」
「ちょっと、お皿まだ?!」
<エルフ族の隠れ里>と名高いこの里は、まだ日も登りきっていないというのに、大忙しの様だった。
「ちょっと、アルセア・ロセア様来てるわよ!」
「いやいや、どうせ来るなら縮んで!」
「アルセア様、足邪魔!」
「だからぁ、お皿は?!」
「つまみ食いするなって!アルセア様、こいつくわえといて!!」
言われた通りに、つまみ食いをしていた男の子を口に咥える。なかなか残虐極まりない絵面だと思うのだけれど、誰も気にしない。
「ねぇ、アルセアさまー!しょうたいさん、そろそろくるぅ?」
口にくわえられながら、男の子は身をよじると楽しそうに訊ねてくる。この危機感の無さはどうなのだろうか。あなた半分食べられてるのよ。
アルセアは口に少年をくわえたまま、器用にため息をつくと数歩後ろへ下がり、エルフや人間たちの邪魔にならないようできる限り静かに飛び立つ。
里への入り口は精霊の守護する森を迂回して、川にかかる橋しかない。
そちらを見遣ると、橋の手前にはもう一団が辿り着いていたので驚かせない様、ゆっくりと橋を目指した。
口にくわえた少年を気遣い、できる限り緩やかに着地をする。
すると、一団からは悲鳴にも似た声が上がる。それもそのはず。秘境と呼ばれる里へ入ろうとした途端に空から、エルフの子供をくわえた竜が降りてきたのだ。完全に私の見た目は悪い竜だろう。
今日何度目かのため息をつきながら、少年をそっと地面に降ろす。すると、少年はくるりとこちらを向き、私の鼻先をその柔らかい手で撫でさすった。なかなか悪くない気分だ。
「アルセアさま、ありがとうー!」
「転ばないように気をつけるのよ。」
「はーい!」
男の子は、もう一度くるりと身体を回転させると、橋の手前までとてとてと走り、止まるとバッと両手を広げた。
「いらっしゃい!かんげーするよ!!ここはエルフぞくのかくれざとだよ!!!」
なんとも言えない空気が、少年と一団のあいだに流れる。そうして、商隊の責任者であろう細身で帽子をかぶった男が、こちらを見上げてくる。私を見るな。
つられて、少年も困り顔でこちらを見るものだから、私は仕方なく言うのだ。
「いらっしゃい、お客人たち。我が里は、あなた方を歓迎します。その少年が里までの道を案内致します。」
せいいっぱい感じの良さそうな声音で言うと、彼らは顔を見合わせたが、引きつっていた表情は少しマシになった。
すると、先程こちらを見てきた、細身で帽子をかぶった男が前に出てきて、帽子を取り挨拶をする。
「あ、あぁ・・・それは、ご丁寧にどうも。先に遣いを出しましたグルーセル商会と申します。
え、ええと、ではぼく、里までの案内を頼めるかな?」
「まかせて!まっすぐだから!」
そう言うと少年は、まっすぐと道を歩き出す。少しの間固まっていた商隊の人間たちも、ハッとして少年の後に続いた。彼らの顔には困惑が見て取れる。だが、本当に困惑するのはこの後だと思いながら、竜は彼らの最後尾をついていく。
パンッパパンッパンッと大きな破裂音と、紙吹雪が里に到着した商隊の一団を襲う。陽気なアロハシャツを着た族長と、以下数百人ものエルフと人間が彼ら囲う。
誰かが、いっせーので!と言うと彼らは、口を合わせてこう言うのだ。
「「「「「「いらっしゃい!歓迎するよ!ここはエルフ族の隠れ里だよ!!」」」」」」




