精霊の守護する森、その傍で。
しばらくを無言のまま過ごした。
夏の陽射しは容赦なくヘリアンたちを照りつけた。
整備された街道を、商隊にあわせた速度で馬に揺られている。
住み慣れた森を離れて3刻ほど経った頃、遠くで煙が上がっているのが見えた。それは街道の左手にあり、エルフ族の里の者なら皆が知っている場所だった。
更に半刻ほど馬を進めると、左手には沢山のテントとぬいぐるみたちの姿があった。
「こんにちは!よういはかんぺきです!」
歩みを止めた一向に、ぴょこぴょこと色々な種類のぬいぐるみが駆け寄る。皆、慣れた様子で荷馬車と馬を指定された場所へと連れいてく。
エルフ族が、訪れる旅人や商人のために作った野外宿泊施設<シュトフティーア>。
ここでは、綿から糸まですべて精霊の加護を受けた材料で、エルフ達が作った大小様々なぬいぐるみたちが出迎えてくれる。
テントに馬小屋、広場には食事を用意してくれる場所もあり、井戸やランプなど必要なものは一通り揃っている。
豊穣祭の後には、ここでも露店が開かれたりするくらいには、有名な場所。
エルフ族の隠れ里を昼頃出発したのも、ここで一泊するのを前提とした旅程なのだった。
「ほんとうに、ぬいぐるみたちがもてなしてくれるんだ・・・」
「あれ?ヘリアンはココへは来たことがないの?」
「・・・わたし、里からでたことないから。」
馬に丁寧にブラッシングをしていたミドリの手が止まる。隣で、餌を食べる馬の顔を、横から眺めているヘリアンの表情は上手く読み取れなかった。
「ほんとうに、1歩もでたことがなかったんだ?」
「アルセアの背中に乗ってならある。それも、あまり遠くへは行ったことないけど・・・。」
「そうなんだ。じゃあ、ヘリアンにとってこの旅は、驚くことがたくさんになるかもしれないね。」
努めて明るく言ってはみたが、彼女の表情は曇ったままのように見える。恋仲なのかなんなのか、葵色の竜と離れる事は彼女にとってとても重い事のようだ。
僕の愛しいロベリアをさがすためにイイ手だと思ったけれど、なかなかめんどくさい相手と結婚してしまったな、と心の中でため息をついた。
もう長く時間を過ごした愛馬の手入れを終えて、道具をかたしていると、手のひらサイズの猫のぬいぐるみがとてとてと歩いてきた。
「ばんごはん、できたよ。」
白いその猫のぬいぐるみは、愛想のひとつもなくそれだけ言うととてとてと歩いて隣の馬小屋の方へ向かった。
それを見送ったあと、僕は隣で腑抜けている彼女に努めて優しく声を掛ける。
「ヘリアン、ばんごはんができたそうだよ!食べに行こう。」
「ばんごはん?」
「そう、ここでは里と同じように温かいご飯が食べられるんだよ。それにとっても美味しい!」
「・・・あの子たちが作ったの?」
「たぶんね!君の方が詳しそうなのに。」
そう言って笑うと、彼女は俯いたまま枯れた声で笑った。
広場へ向かうと、焚き火を囲んで食べている一団と、その近くにテーブルとイスに座っている商隊とで分かれていた。空いているテーブル席のイスを引いて、ヘリアンを座らせたあと、焚き火を囲んでいる一団をちらりと見る。そこには、エルフや人間以外にもドワーフたちもいて、楽しそうに談笑していた。
ヘリアンの隣に腰掛けると、身の丈2メートルはありそうなくまのぬいぐるみが、そっと目の前のテーブルにトレーを置いてくれた。その上には、彩り野菜のサラダ、鳥肉の入ったスープ、橙色の甘酸っぱい果実酒、ふわふわサクサクのパンに、灰色熊の肉を甘辛く焼いたものが載っていた。
心ここに在らず、といった体のへリアンの口に、スプーンで無理矢理スープを突っ込む。いきなり入ってきた液体に彼女はゴホゴホとひとしきりむせた後、こちらをギロりと睨んでこう言った。
「何するのよ!美味しいじゃない!!!」
頬をぷくーと膨らませながら、彼女はようやくいつもの表情で食事に手を付け始めた。それを見届けて、僕も食事に手を伸ばした。
感想は、美味すぎる!!の一言に尽きる。
あまりの美味しさに、ついつい頬が緩むのをダメだと思いつつ、灰色熊の甘辛い肉を追加で頼んでしまった。
隣を見ると、僕よりもよほど幸せそうに頬をとろけさせて恍惚とした笑みで彼女が肉を頬張っていた。
少し安堵して、運ばれてきた肉を口に放り込むと、焼きたての熱々の肉汁が口の中に溢れて、たまらなかった。
そうして、賑やかで美味しい晩ご飯の一時は過ぎていった。




