愛おしい日々 3
「ねぇ、アルセア?」
「どうしたの?」
秋の匂いがする。少し湿った草木の匂い。
ひんやりとした風は、竜の高い体温に包まれている今はとても心地よい。
「アルセアは、雪の花って見たことある?」
「雪の花?」
「そう、北の大地に咲くんだって。」
竜は、地面に寝そべり、その大きな身体と尻尾の間にエルフを抱えている。後ろに建つ、大きな白い神殿の周りにはたくさんの木々が並び、それらは黄色や赤色それぞれ色を変えている真っ最中だった。
木の根元に転がる木の実や、冬支度をはじめる動物たちが、秋の訪れを教えてくれる。
「北の大地には、赤い眼に真っ白な髪で、大人でも子供くらいの身長しかない人々が住んでるんだって。」
「そうして、時々獣人も産まれるんだって!」
「ヘリアン・・・何の本を読んでいるの?」
「けものの姫と雪の花、っていう本よ。」
ヘリアンは、この里からあまり出られないことへの反動からか、おとぎ話や伝説の類の色々な国の話をよく好んで読んでいる。
眼前に広がる湖にも、紅く色づいた葉の色が反射していて綺麗だなと思いながら、チラリと自分に身体を預けているエルフの少女を見る。
真剣に読んでいるようで、少し口が空いている。可愛らしい癖だ。
「狼の獣人の女の子が、雪の日に森へ雪の花を探しに冒険をするお話なの。」
「狼は雪も得意だものね。」
「アルセアは?」
「苦手ではないけれど、あまり好きではないわ。」
「そうなんだ?いいなぁ、ここはあまり積もらないから、1度行ってみたいなあ。」
ヘリアンはパタンと本を閉じると、頭も竜の身体に預けて頭上の空を見上げた。秋晴れの空に薄い雲がチラホラと掛かっている。西の空は少し曇っているから、明日は雨が降るかもしれない。
「ねぇ、アルセア?」
「どうしたの?」
「いつか・・・2人で旅をしない?」
「・・・・・・」
「わかってる・・・。次は、村娘D辺りになるから!」
「村娘Dってなに・・・」
困惑するアルセアをよそに、ヘリアンはクスクスと笑い転げていた。そして、その大きな顔を近づけて見つめてくる竜の頬を両手で包むと、自らの胸へと押し当て抱き抱えた。
「どうしたの?」
「次は、次に生まれるなら、他の誰の特別でもなくていいから、アルセアだけの特別にしてね。
そうして、2人で旅をしよう・・・ね?」
「・・・待つのと、長生きは得意なの。任せてちょうだい。」
2人はクスクスと笑い合う。
日が暮れて空も赤く染まる頃、ヘリアンはそっと立ち上がるとくるりと向きを変えて、アルセアの方へ向き直る。
「じゃあね、アルセア。」
「まっすぐ帰るのよ。」
子供じゃないんだから、と、少しふくれっ面で怒って見せたあと、ヘリアンはなんとも言えない笑顔でくるりと半回転し、家路を辿る。
首から下げていた金属のアクセサリを服の中から手繰り寄せる。カチリと首から外して、そこにぶら下がっていた指輪をそっと左手の薬指にはめる。
もう一度カチリと音がして、今度は何もついていない金属のアクセサリをもう一度服の中へしまい込んだ。
ふと、立ち止まり後ろを振り返ると、<葵色の竜>とパチリと目が合う。
できる限りの笑顔で、また明日!と手を振った。
右手を。
左手は見えないように隠した。
なんの意味もないのに。
そこは、北の大地。
神々の住まう山脈の、山のキレ目にその者達は住んでいた。
赤い眼、白い髪、低い身長。
彼らはしばしば迫害の対象であった。
その白髪のとおり、魔力が強く、そして膨大であった彼らは、魔法を駆使して暮らしていた。
時折、生まれてくる獣人は、その中でも抜きん出た魔力と身体能力を持っていた。
ある日、狼の耳と尻尾、それから牙と爪をもつ幼い少女が部族に伝わる伝説を頼りに雪の花を探す旅に出る。
パタリと本を閉じると、寝台の隣に置いてあった蝋燭の火を消した。
夢の中でなら、きっと旅に出られる。
「おやすみ、アルセア。」
でも、それは
また
別のお話。




