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その隠れ里に竜は住まう  作者: 訪う者
隠れ里にて
14/17

静観の大樹、その下で。2

<静観の大樹>その幹から上半身を浮き出させた()()は、ヘリアンとミドリを交互に見つめたあと、その虚ろな瞳を瞼の内に隠した。


肩甲骨の辺りまで伸びた髪の毛はフワフワとしていて、光の加減で白にも緑青色にも見える白緑色をしていた。それまで、光の粒として辺りを漂うだけだった精霊たちが、形を取りながら彼の周りを踊り始める。

その賑やかさにか、彼はそっと目を開いた。マカライトの様な美しい色のその瞳が妖精たちを映すと、彼の表情が少し柔らかくなる。


ひとしきり、妖精たちを可愛がったあと、彼は再び地上に佇む2人を見下ろした。


「ヘリアントゥス、手を。」


彼はヘリアンを見つめ、手を差し出すと、思いのほか低い声でそう言った。自分に向けて投げられた言葉にビクリと身体を強ばらせたあと、ヘリアンは躊躇いがちに1歩、2歩と大樹に近づいた。

彼の手はちょうど顔の辺りの高さにあり、ヘリアンは視線をその伸ばされた手から彼の顔へと移動させる。相変わらず、その表情は読めない。ただ虚ろなその瞳がなんだか怖くて、逸らすように目線を伏せる。


「ヘリアントゥス、手を。」


再び掛けられたその言葉に応えるように、ヘリアンは震える手で、彼の手を握った。

途端、ふわりと身体が浮き上がり、足が地面から離れてしまう。

彼と顔の高さが合うと、自然と浮遊は止まり、しばし見つめ合うことになる。


「あ、の・・・」


ヘリアンがようやく、それだけをひねり出すと、彼は優しく笑いその手を離した。ゆっくりと身体が下へと降りていく、足の裏に地面の感触が戻るのにそんなに時間は掛からなかった。


「うん、待たせたね。いま、そちらへ行こう。」


彼がそう言うと、大樹の幹は彼の身体を外界へと排出した。幹がベリベリと音を立てながら、彼の身体へと姿を変えたようにも見えたが、本当のところどういう風になっているかなど分かる由もない。


大樹の幹から飛び出してきた彼は、ふわりと地上に降り立った。

上半身は何を着ておらず、下半身は白いズボンを履いている。足元に至っては裸足で、なんだか心配になる格好をしている。



「さて、ヘリアントゥス・・・それから、人の子。はじめまして、だね。

僕は精霊たちが王、そして、君たちエルフという種族の祖でもある。」


彼は、先程までとは打って変わって、人懐っこい少年のような素振りで話しかけてくる。


ヘリアンとミドリは膝を折りその場に跪くと、精霊王に挨拶をする。その身体が、声が、僅かに震えていたのは、彼の発する魔力があまりにも強大なせいだろう。


「エルフ族の族長の娘、ヘリアントゥス・アンヌウス。

我らが主に、婚姻の報せに参りました。」


「ミドリ・エンドワースです。ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます。」


2人を見下ろした王は、1つ小さなため息を着いた後、パンっと手を打ち鳴らした。2人がビクリと身体を震わせ、顔を上げると彼は少し困ったような笑顔で言った。



「はじめまして、ヘリアントゥス。それから、ミドリ。

僕はイングナ・フレイ。まあ、もっとも?最近は名前を呼んでくれる者など居ないのだけれどね。」


イングナ・フレイと名乗った、エルフ族の少年・・・もとい精霊王はおどけて笑った。彼は自らの足元にするりと寄ってきた猪の頭を撫でるとその背に座り、ヘリアンたちに声をかけた。


「さあ、2人とも、立ち上がっておくれ。

婚姻の儀だったね、大丈夫。君たちの分の林檎の苗木はもう用意してあるんだ。」


ヘリアンとミドリは、その言葉に従いおずおずと立ち上がる。自然と身体を寄せ合い、警戒してしまうのは、仕方の無いことだろう。

精霊王は、自らの肩越しに後ろを振り返ると、それまで沈黙を守っていた<葵色の竜>に声を掛ける。


「葵色の。」


「私のは、彼女では無い。」


「・・・・・・そうか。そうだな、それがいい。」



それだけを交わすと、彼は再び前に向き直り、ニコリと笑った。

その白く小さな手を空に向けて伸ばし、人差し指で空を指すと、彼は言った。


「もうすぐ、精霊たちが君たちの分の林檎の苗をここに持ってくるよ。

しきたりは知っているね?

決められた日、婚姻相手のみとの交わり。

禁忌は犯してはならないよ。

そして、この林檎の苗を植えたら契約は完了する。

エルフの婚姻は精霊たちとの契約に相当する。違反は重罪だよ。

僕が最後に、いつも聞くことがあるのだけれど・・・


これは、生涯にわたる契約だ。後悔しないね?」


彼の、マカライトのような深い緑色の瞳は、笑っていなかった。

ヘリアンとミドリは、全てを見透かされているのだと知る。けれども、もう今更後戻りをする選択肢など2人にはなかった。


「はい。勿論です。」


「愛すべき王に誓って。」


2人をもう一度見つめたあと、精霊王はまた小さくため息をついた。

そうして、隣に精霊たちが持ってきた林檎の苗を2人に手渡す。2人がその苗木を受け取ると同時に空間が歪み、2人は<静観の大樹>の広場から追い出され、里のみんながいる場所へと戻される。


(死は容易いぞ。ゆめゆめ忘れるな。)



無事に婚姻に必要な儀式が終わったというのに、2人の頭の中には精霊王の最後の言葉がこびりついていた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「イングナ・・・」


「勘違いするな、葵色の。

アレは僕の愛し子でもあるんだ。」


ギロリと<葵色の竜>を見遣る目は、怒りを宿していた。


「人の子にそそのかされたのだとしても。」


「私は、あの子の意思を尊重するわ。」


そういうと、<葵色の竜>はその大きな翼を広げて空へと舞い上がる。真っ直ぐ神殿の方角へと飛び立っていくのを見送ると、精霊王は今日何度目かのため息をこぼす。



「君は大地の竜ではないけれど、それでも大地との結びつきの強い竜だ。

ましてや、エルフや精霊たちの住まうこの森に共に住まうものだ。

僕は、葵色の、君の事も大事なのだよ。」



精霊王のふわふわとした、綿毛のような髪が風に静かに揺れた。





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