静観の大樹、その下で。
精霊の守護する森のその最奥、そこには一際大きな樹が鎮座する。
西の土地の守り手であり、精霊たちの王が宿りし<静観の大樹>。神が世界を作りし時、1番初めに造った大樹だと言われている。
<静観の大樹>を囲むように、その他の木々は少し距離を開けている。その根元には小さな花が咲き乱れ、大樹を中心にしたその広場は美しさを増していた。
辺りを小さな光の粒が踊り、どこからか楽しそうな笑い声が聞こえてくる。そよぐ風の音に混じって、精霊たちの祝福が響き渡る。
エルフ族の里から、大樹までは実はとても近い。普段は精霊たちが王の宿木を護ろうと隠してしまっているため気づくことはない。ぐるっと森の中を回り込み時間をかけるしかないのだが、今日は特別だった。
特別な日は、精霊たちが隠している道を開いてくれる。木々すらその道を避けて生え、大樹へと続く道には、枯れることの無い白い花が咲き乱れている。
まず初めに、その道を人の姿をとっている<葵色の竜>が歩いていく。その日彼女は、その灰色がかった紫色の髪に良く似合う白紫色の正装だった。長い裾に隠れた足が、足元の花を踏みつけていくが、通ったあとの花は少し紫色に色付いただけでしっかりと咲き誇っていた。
葵色の竜はその樹木の前に立ち止まり、何事かを語りかけた。けれどその場にいたエルフ、人間にドワーフ、そのどの種族達もその言葉を理解することは出来なかった。ただ、精霊たちはその言葉を理解したようで、辺りを包む空気がうれしそうに踊り出す。
彼女はそっとその大樹に近づき、残りの距離を縮めると、そっと触れた。その瞬間、広場の中を突風が吹き荒れる。白い花が舞い上がり、空へとのぼっていく。
葵色の風が一瞬で大きく膨張したあと、少し小さくなり、やがて消えると、降り注ぐ白い花びらの中、<静観の大樹>に寄り添う様に葵色の竜がそこに居た。
そうして、根元には一頭の大きな猪が座り込んでいた。猪はその重い瞼を開けると、チラリと葵色の竜を見上げる。
何を話すでもなく、猪はその重い体を持ち上げると、ブルルッと身体を震わせる。そうして、広場から伸びる白とほんのり紫色に色付いた花を目で追っていく。
その先にいた者達を見据えると、ゆっくりと歩き出す。
猪が花の上を歩く度に、紫色に色付いていた花は、雪のように白くなっていく。その足元を見つめているといつの間にかその大きな猪はもう目の前にきていた。
自分と変わらない身長の、その猪を怖いとは思わないのは、精霊たちが楽しそうにしているからなのか、寝物語に聞いたことがあるからなのか、それとも視界の端に<葵色の竜>が見えているからなのか。
猪はあたしの目をじっと見つめたあと、くるりと向きを反転させ座り込んだ。
すると、精霊たちがわらわらと周りに寄ってきて、ふわりとあたしを浮かせてしまう。空気をはらんで陽の光に透けたドレスは白い光沢のある生地に、白い糸で丁寧に花の刺繍がはいっていた。綺麗だなと思っている間に、猪の背に乗せられてしまった。
猪はゆっくりと立ち上がる。精霊たちが落ちないように支えてくれている。けれどもなれない感覚への不安から宙をかいた右腕を、そっと掴まれる。
黒髪の青年は白いタキシードがよく似合っていた、けれどどこか他人事のようで少し意味もなく眺めていると、彼は柔らかに笑う。
そうして、猪はあたしを背にのせ、歩き出した。
猪がその足を進める事に、身体が上下左右に僅かに揺れる。着実に歩んでいくその道が、決して後戻りはできない道だと知って、ヘリアンは後ろを振り返る。
父が、友人が、里のみんなが、遠くに見える。目元に滲んだ涙を見られないように視線を落とすと、足元の花は黄色く染まっていた。
身体の向きを戻し、前方を見ると、佇む葵色の竜と目が合った。
これは、最愛の為に演じる喜劇。
やがて、揺れが収まり、精霊たちに誘われるままに猪の背をおりる。地面に咲き乱れている白い花はみるみるうちに黄色く染まっていく。
『いらっしゃい。アラマンダの娘ヘリアントゥスと人の子。』
見上げると、<静観の大樹>のその幹からエルフの上半身だけが浮き出ていて、どうやらそのエルフが話しかけてきたようだった。
精霊たちの喜ぶ声が森の中で響き渡った。




