入学と見学
青春と言えば高校生。高校生と言えば青春。その論理が通用するのはフィクションの中だけだと思う。そこに矛盾を見出した名作ライトノベルや文芸小説が多く輩出されてもなお、多くの人は高校に希望を求めるのだろう。しかし、俺はこの春から大学生になり社会の偏見から解放される。もう無理に青春を追い求める必要はない。
「だから、大学では新しいことを始めようと思う」
冗長な持論をぶつけることの出来る相手はそう多くはない。高校で同じ陸上部に所属していた浅見と大学の入学式に向かう途中でお互いが大学で何をしたいかを語っていた。
「また接続詞が不適切だよ。新しいことを始めるイコール青春を求めるということだろ。俺は陸部に入って駅伝を目指そうかな」
高校までと変わらない無駄話をしながら、高校のときからの友人と歩く。それだけ聞くと卒業前までと何も変わらないように思う。
「うわ、あの列に入るのか?」
浅見が奇声を発するのも無理はない。入学式の会場前は新入生とその保護者。大学関係者。そしてサークル勧誘を行う上級生の群れがあった。少し話を聞いただけで多様なサークルが存在していることが分かる。アメフト、サッカー、野球などのチームスポーツ。陸上競技、競泳、弓道などの個人スポーツ。軽音、管弦楽団、和楽器などの音楽系サークル。他にもジャグリング、ダイビング、登山などもある。
「俺も陸上の他に掛け持ちで兼サーでもしようかな。兼サーっていうのは、二つ以上のサークルに入るってことね」
浅見、それは駅伝で勝つことを目指してる全てのランナーに失礼だよ。やっとの思いで会場の入り口に到着した。上級生は入学式がもうすぐ始まるにも関わらず遠慮が無い。
「ちょっと君たち、ビラだけでも持って行ってよ」
身長が少し高いだけで特に特長のない人だと思いながら、断るのも疲れていたので受け取った。
「大学に入ったって何も変わらないし、運命の人なんてきっといない。無力な我々は時間を巻き戻すことも出来ない。しかし、空を飛ぶことは出来る。これは事実だ。もし興味が出たら見学会に来てくれ」
卒業式自体は面白いものではなかった。謎の校歌を歌い学長の話や先輩の話を聞いただけで終わった。話を聞きながら空を飛ぶってどんな気持ちなのだろうと考えてばかりいた。見学会か、日帰りなら行ってもいいかな。
「一人だと心細いから浅見も一緒に行かない?」
浅見を見ると考えているふりをしている。このリアクションのときは返事はもう決まっている。とりあえず考えたふりをするのだ。
「しょうがないな、一緒に行ってやろう」
付き合いが良いと高校時代から周りに評価されてきた男なだけはある。早速ビラに書いてあるメールアドレスに連絡を入れた。今日は特に何もしていないはずなのに精神的に疲れた。
入学式の翌日は健康診断とオリエンテーション。その翌日には講義が始まる。オリエンテーションの後はサークルオリエンテーションといって各サークルがブルーシート等を敷いて新入生を歓迎するイベントが行われる。多くの新入生はその日にどのサークルに入るか決めるので、参加は任意だがほぼ全員が参加していた。せっかくだからと浅見と二人でいろいろな場所を見て回ることにした。そこで楽な講義や取らない方が賢明な科目などの有意義な情報も教えてくれた。例えば、電磁気学は絶対に取るべきじゃないなど。
「まだハンググライダー部を見てないな。見学会前に挨拶に行っておくか」
ハング部の場所は分かりやすい。シートの近くの機体がとても目立っている。というより、悪目立ちをしている。
「そこの君たち、ちょっとこっち見たよね。興味あるんじゃない?話だけでも聞いて行ってよ」
これはひどい。あからさまにやばい集団扱いされて半径5m程度の円が出来ている。あの中に入っていくのは気が引ける。とりあえず、週末に見学会に行くのでよろしくお願いしますとだけ伝えて逃げるようにその場を離れた。
見学会の朝は早い。新宿駅に7時に集合してそこから車で茨城の山へ向かう。車は10人乗りのハイエースを先輩が運転してくれる。普段の活動は金曜日の夜に工部を出発して新宿を経由してから夜中に到着する。土日の間に活動して日曜の夜には帰ってくるらしい。今日の見学会に行く先輩のうち二人は今日泊まるそうだ。俺と浅見は一番後ろの後部座席。もう一人見学生の女子も座っていた。女子の隣に座ることが久しぶりの浅見は少し緊張していたので見ていて面白い。髪は肩の辺りまで伸ばしていて身長は俺より少し低いくらいなので160㎝くらいだろうか。緊張しているからかもしれないが口調が堅苦しい。前の座席には入学式とオリエンテーションで話した先輩ともう一人先輩が座り、その横にはよく喋る見学生がいた。ちょうど俺の前に位置しているので話も振られたがコミュ障の症状を出すことなく答えることができた。
「そうだ。まだみんな自己紹介してなかったよね。順番にしていこうか」
「まずは先輩なんだしお前からいけよ」
「そうじゃん、私ももう先輩になっちゃったのか。船橋渚です。学部は医学部の2年生です。じゃあ時計回りで」
この先輩は周囲に話を振るのが上手い。みんなが会話に参加できるように気を配っている。
「上野大河です。工学部機械工学科の1年生です。あとは、高校の部活はテニス部でした。大学でもテニスサークルには入ろうかなって思ってます。よろしくお願いします」
たしかにテニス部っぽい。髪色も少し明るい所謂リア充というものに一番近いのかな。それにしてもよく話す人だな。きっと人と関わるのを楽しいと思えるのだろう。
「森大和です。工学部生命工学科の1年生です。高校は陸上部に所属していました。好きな食べ物はラーメンです。よろしくお願いします」
「浅見大地です。大和と同じ生命工学科の1年です。高校も一緒に陸部に入ってました。好きな食べ物はたこ焼きです。好きな科目は生物です。よろしくお願いします」
高校時代から一緒にいるけど好物がたこ焼きなんてことは知らなかった。もし祭りにでも行く機会があったら買ってやるか。
「林真理香です。同じく生命工学科の1年生です。高校はバドミントン部に所属していました。好きな食べ物は特にないです。果物とかは好きです。好きな科目は数学です。好きな数字は2です。よろしくお願いします」
この流れで好きな数字をいうあたりが変わっているけれど、真面目な良い人そうだ。学科に話すことが出来る女子がいたら何かと助かりそう。
「加藤拓也です。工学部情報工学科2年生です」
それだけかよ。今までの流れはどこいったの。
「空気読みなよ。今までの流れはどこいったの」
さすがです先輩。くだらない話をしていたら近くまで来ていたようで、高速を降りてコンビニで昼ご飯を買った。
「まずは見学生のみんなを俺たちの第二の家に招待するよ」
到着した小屋はなんとも言えなかった。確かに古いがなんとか人が住めるものだった。部屋は一部屋で引戸を開けて右側に水道やコンロもあるので料理はできそうだ。電子レンジも冷蔵庫もあった。冬の間は鍋をつくって食べたりするらしい。冬は寒く夏は暑いが住めば都らしい。ちょっと想像ができないが、きれいに掃除はされていた。見学生はこの学生部屋にあるソファーに座り部活の活動の説明を聞いた。一年のスケジュールや、お金の話などかなり細かい話まできくことができた。
「もし分からないことがあればだれか先輩に聞いてくれれば答えるから遠慮なく聞いてね。早速山に上がるか」
学生部屋を出るとハイエースの上に何本も巨大な棒が乗っていた。よくわからないまま車に乗せられ、山を車で登り始めた。かなりカーブもあるし酔いやすい人は大変だな。そう思って周りをみると意外にもみんな涼しい顔をしていた。まだ着かないのかと思い始めたとき車が止まった。
「見学生のみんなもこっちにおいでよ」
船橋先輩の方に行くと足が竦んだ。そこは下り坂の台だが、5歩程度のところで途切れている。高所恐怖症の自分は坂を下ることは出来ない。こんなときに積極的に下まで行くのは浅見と上野だった。
「おーい、早く降りて来いよ」
絶対に無理だと思った。先輩たちは1年生が遊んでるのを脇目に機体を組んでいる。あの車の上に積まれた棒があっという間に羽を広げて飛べそうな機体の形になっていく。
「そろそろ飛ぶよ」
まずは社会人さんが飛ぶようだ。学生のものより素人目にも高そうな機体を使っている。
「ハングチェックお願いします。股ベルトよし。バックルよし。あご紐よし。ラインもオッケー」
飛ぶ前にはハングチェックという安全点検のようなものを行う。これで全ての金具が正しく取り付けられていることを確認するらしい。先輩の話によると、機体を組み終わったあとに間違いがないか確認するプレフライトチェックとこのハングチェックはとても重要らしい。
「行きます」
声をかけた後、ついさっき俺が下りることの出来なかった斜面を機体を持ったまま駆け下りていく。一度下の木で見えなくなり次に見えたときには飛んでいた。飛び出していった人の行動にみんなが注目している。少しまっすぐ飛んだあと突然旋回を始めた。するとその様子を見て盛り上がる。
「今日はサーマルコンディションだ。どんどん出よう」
次々に台の前に並び始めて、ハングチェックを行っている。どうやら今日は良い条件らしい。活気があふれている。
「みんなより一年先輩なだけの俺だって飛べるから見ててね」
そう言い残し、加藤先輩は他の人が上昇気流を使って長時間飛んでいる中すぐに着陸した。船橋先輩曰く、加藤先輩は下手くそらしい。先輩達が上から手を振ってくれた。こんなのを見せられたら自分もやりたくなるに決まってる。昼ご飯を食べたら着陸場に向かった。さっきご飯を食べた場所をテイクオフ、今いる場所をランディングと呼ぶ。ランディングでは浮遊体験をした。浮きやすい機体を使って、先輩方に走ってもらうことで10秒程宙に浮くことが出来る。楽しかったので3回も行った。帰り道は寝ていて気が付いたら見学会は終わっていた。また月曜日から講義を受ける日々だ。




