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等身大きゅうり  作者: 空見タイガ


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2/3

論理

― 1 ―

 男女の理想の身長差は十五センチと聞くけれど、おれたちは三十センチ差なのでとにもかくにもそんなことは信じない。おそらくは十五センチ差委員会の陰謀で十五センチ定規しか用意されなかったがために、理想を測りかねたのである。本当は離れれば離れるほど善いのかもしれない。不自然な姿勢を強いられてもなお結ばれることによってその想いは裏付けられるのだと。

 そうなんだろうか?

 やわらかそうになびく髪の一本一本が和らいだ日差しをうけてきらきらと輝く。

「そっか、アキラちゃんって面白いことを言うね。きっと、こうくんのことを心配してるんだよ。こうやって異性と帰ったり話したりして、みんなから浮いちゃうんじゃないかって」

 沙月とアキラはちゃん付けで呼び合っている。「おれもちゃん付けしてみろよ、ちゃんに」と訴えた時には「好きな人のことをちゃん付けで呼べないよ」と切り返された。そこまで言うなら付き合えよ。愛すぞ。

「みんなの頭から浮き出せるものなら浮き出したいね!」

「でも、こうくんのお父さんやお母さんの身長から考えたら……」

「おれの血に同情するなら遺伝子をわけてくれ」

「ふふふ、こうくんも面白いね」

 プロポーズだったのに! 道端の石を蹴ろうとして、鞄の重みに引きずられるように体がひっくり返そうになる。「ところで」沙月は気にもせずに追い打ちをかける。

「今はもうアキラちゃんにいじめられてないの?」

 大きく咳をした後で、両腕を組んでふむと頷いた。

「まあね、それはむかしむかしの物語だよ沙月クン。おれたちはもう大人だし、特におれは寛容な大人だし、ビッグなので、ハートが、そんなことはもう忘れたんだ」

「毎日追い回されて涙目になってたのに、成長したんだね」

 肩をリコーダーで殴られたり鉛筆の尻を齧られたり牛乳を飲み干されたり背の高いやつと共謀して手の届かない場所に連絡帳を置かれたり鬼ごっこでどんなに捕まっても延々に追われる役をさせられた思い出を糧に圧倒的成長を果たしたおれはもはや幼馴染に何の憎しみも抱いていない。アキラと話すたびに感情のスイッチを切るようにしたのだから当然である。しかし沙月は話が別だ。「からかうなよ!」と肘でつつけば、あいつはくすぐったそうに身を捩ってから空を見上げた。

「だって、こうくんが恥ずかしいこと言うから」


― 2 ―

 本当は沙月といつまでも一緒に登下校していたいのだけれど、おれにも沙月にも付き合いというものがある。たとえばおれが田中とアキラから遊びに誘われた時、仮に同じ駅に向かって歩くとしても沙月の半径一メートルに田中が生存することはありえないという想いから待ち合わせを断る。あいつといえば少し俯いて「なら、私も友達と一緒に帰ろうかな」「図書室にでも行こうかな」と言う。一見は残念そうに仕方なくといった風をするが、沙月愛好家の鑑定眼によると喜びから頬が緩んでいるとわかる……隣を歩く田中の背を殴る。

「高井ィ、俺たちの絆はどうした!」

「そんなものはない」

「なかった! そんなものはなかった! でも絆がなくてもヤれるんだから遊びにはもちろんいける!」

 おれたちの前を歩いていたアキラが「まるで経験があるような言い回しだな」と言えば「ないです、すんません、見栄はりました!」と田中が額を叩く。その音の大きさにすれ違うおばあさんが振り向き、道行く猫が足を止め、アキラがため息をつく。

「わかったか幸吉。これが男子中学生の中央値だ」

「これより下がいるのか……」

「ヒューヒューお二人さん、キツイぜ!」

 駅前にあるファストフード店に入ってハンバーガーやドリンクを注文し、店の二階に上がってテーブル席につく。先にアキラが奥に座って、おれがその対面に腰をかけて「給食かよ」と笑いながら田中が隣に落ち着く。

「しっかし少ないなあお前! もっと食わねえと小皆さんに追いつかねえよ」

「関係ないだろうが……あいつも少食だし、夕食だって野菜ばっかだ。家に行くと人参スティックが出されるし」

 トレイマットの広告を見ながら田中の注文したポテトを食べていると、やけに咀嚼音が響く。顔を上げるとアキラが半眼になっていて、横を向けば田中が白目をむいていた。

「おゔぉっ、おぐっ、うぐっ、俺も好きな女の子の家でおやつ代わりに人参スティックが出されたって言ってみてえ」

「まあまあ、じゃがいもスティックでも食えよ」

「ありがとよお高井……でもそれ俺が注文したポテトだかんね」

 最後のポテトを手にとった田中はおれとポテトの容器を交互に見ながらちびちびとかじってゆく。ジュースを最後まで吸い上げる、紙製のコップが揺れる、中に残った氷が位置を変える音がした。アキラは頬杖をついてこちらをじっと見据える。

「どうせ冷房をガンガンに効かせてホームシアターでホラー映画でも観てんだろ。『こうくん、こわい?』『怖い』『わたしもこわいよ』『怖いな』『こわいね』みたいな無意味な会話を淡々として、並んでソファに深々と座ってるだけなんだ。あーあ、やだやだ」

「ホラーなぐらい当たってるけどよ……想像力豊かだなおまえ」

 睨まれて机の下で足を蹴られる。田中がぼそりと「妄想力豊かの間違いじゃね?」と呟けば、アキラはすでに空になった紙製のコップを握り潰す。

「簡単に想像つくほど冴えねーやりとりをしてるんだよ。おめえらは」

「おまえ、好きなやつとかいないだろうが」

 やつはコップを置いて、頬杖をついた手で口元を隠した。

「ああ、いないな。で、それがどう関係するわけ?」

「好きな人と一緒にするなら、今日の天気の話でも満足できるんだ。フフ」

 口を開きかけていたアキラが、田中の立てた氷を噛み砕く音に一瞬だけ怯んだ。が、やつは今日一番の大きな声で笑った。

「今日の天気しか、話すことがないだけだろ」

 否定しようとして言い淀む……沙月とおれは同じ趣味を持っていないし、夢や理想が似通っているわけでもない。いがみ合いながらも付き合いの長いアキラや変態の田中とは何かしらテーマのある話ができるのに、あいつの前でいると思いついたことを口に出すだけになってしまう。

 潰して横たえたコップの底をつつきながら、アキラはおれの膝にまで足を伸ばした。その撫でるようなやわらかさに、靴を脱いで触れているのだとわかった。

「おめえのいう満足とやらは貧乏人のガキがママの手作りのすごろくだけで十分楽しいと抜かすのと同じなんだよ」

「本当に変な喩えが好きだなおまえは……いくら最新のゲーム機があれど、おまえと一緒に遊ぶぐらいなら、沙月と手作りすごろくで遊んでいたほうがよっぽどいいね!」

 痛みのない打撃音に向き直ると田中が拳を開いたり閉じたりして、説明するようにこう言った。

「人参スティックを食べながらじゃがいもスティックまでいただくお前への田中制裁パンチよ!」


― 3 ―

 沙月が棚に戻した本を手にとってページをめくり首を横にふってそっと置くことを五回ほどくり返したあとだった。やつは高い位置にある本を軽々と取って、ページの最後からしばらく読んだあと棚に戻そうとする。おれはつま先に全身全霊の力を込めて、沙月から離れる本を取る。が、やつは本から手を離さなかった。重なった手を前にして顔を見合わせる。

「なんか運命みたいだね」

 この時間が五十分ぐらい続けばいいのに……まずおれのつまさきに限界がきた。それを察したのか、汗ばんできたおれを嫌がったのか、沙月の手が引っ込められる。宙をさまよったおれの手は本すら掴めずによろよろと背中の後ろに隠れる。

「それで、こうくん。どうしてさっきから嫌がらせしてくるのかな」

「い、嫌がらせじゃねえよ。沙月がどんな本に興味を持っているのか知ろうと思って」

 二人で歩き出して、ふたたび広い館内を回り始める。カウンターで予約の本を取りに来ている人、机で勉強をしている人、背もたれに深く体を預けてふがふがと眠っている人、本棚の横にある椅子に座って読んでいる人たちが大量の本にまぎれ、おれたちだけが生きている。

「わたしは、幸せに終わる物語が好きだよ」

 立ち止まった沙月は、本棚から一冊取り出してこちらを振り返る。

「最初に最後を読んで、ハッピーエンドなら最初から読むよ」

 やつはそう言いながら本を開いて、読んで、閉じて、棚に返す。

「結末がわかっていたら退屈だろ。主人公が危機的状況に陥っても、どうせなんとかなるんだろうとわかって」

「そうでもないよ」

 本を取る。本を開く。本を閉じる。本を戻す。本を取る。本を開く。本を閉じる。本を戻す。倣って本を取る。本を開く。紙にびっしりと印字されている。字と字の連なりは単語となり文章となり一段落となり……たった一音が連続することで一曲になるように、なんでもない一段が長く続くことで低きところから高きところまでを結ぶ階段になるように、人参、タマネギ、肉、ルー、ごはんと列挙してカレーライスになるように、一つの何かになろうとしている……ふと顔を上げると、沙月がこちらを見ていた。

「もしも幸福だけしかないなら、物語は編まれない。だからハッピーエンドで終わる物語にはいつも苦しみが描いてある。だけど、どんなにつらいことがあっても必ずその幸せな終わりに収束するんだよ。読んだ終わりが幸福なら、たとえ途中でだれかが死んでも裏切られても健康を失ってもゾンビに噛まれても世界が滅亡しても、どうにかなってしまう。それって、すごく奇跡だと思う」

 少し大人びた、大好きな女の子が手に持った本で顔を隠して、笑っている。

 神様、物語の神様。次のページに、物語の続きを書いてくれてありがとう。

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