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第一の樹

 首都エアストパオムに着いたのは正午過ぎのこと。


 王宮のある中心部からかなり距離があるといえど、そこらじゅう、走る馬車の数が尋常ではない。

 走りながら客を拾う流しの馬車も多いが、それ以上に、扉部分に家門を入れた馬車が目立つ。


 さすが帝都。クレモネスの中心部。

 王宮を中心として、放射線状に街が広がっていったという。


 東西が商業区画、北が学区画、南側が住居区画――と言っても、一般市民ではなく、上流階級の人間が多く暮らすという。


 ローゼンクロイツはこの帝都の学区画に屋敷と工房を持ち、その他に大学を経営しているという。

 同じく、フラメルは宮廷医師という位にある。


 ローゼンクロイツとフラメルの二門は飛びぬけて裕福、ゆえに加わりたがる(やから)は多いそうだが、多すぎて狭き門となっているらしい。


 ゆえに、学区画に大学を設け、その弟子や他の一門を卒業したものが教員になっているそうで、当主に直接会うのは難しいらしい。


 馬車は広い公園沿いの緩やかな道を走る。

 

 冬の間、ここが雪捨て場になるのだろう。溶けずに残っている雪山で子供たちが遊んでいるのが見える。

 そんな日常を見ていると、とても軍事大国とは思えない。


 やがて、高い鉄扉の前で馬車が一時停車する。御者が門番と一言、二言かわすと、鉄の門が軋みながら開かれる。


 再び馬車が走り出す。


 窓から広い庭園が見えた。アウグストの屋敷のように花壇で埋め尽くされている様子もなく、遊ばせている土地、という感じだ。


 ここからだと、周りの建物が低く見える。気づかなかったが、この屋敷は緩やかな丘陵地に建っているらしい。


 馬車が止まり、しばらくして御者が扉を開ける。


 始めにイリスが降りて、アウグストが踏み出すであろう一歩の前で(こうべ)を垂れる。


 この場合、自分も先に降りたほうがよいのだろうかとアウグストに視線を向けると、構わず、彼が先に席を立つ。続いて自分も座りっぱなしで痛くなったお尻を持ち上げる。


 馬車の外には頭を垂れる使用人たちが作る道があった。

 二十メートル程度だろうか? 圧巻だった。


 こんな扱いを受けたことがなかったし、おとぎ話の中の演出だと思っていたからだ。


 アウグストの姿を確認し、一人の男が使用人の道を向こうから歩いてくる。


「何か月ぶりだろうね、アウグスト。実は今日も来てくれないと思っていたんだ」


 そう言って、女人たちが見惚れそうな微笑みを浮かべる。


 金の装飾が施された紫色のサテン地のリボンで、ハーフアップにまとめた長い金色の髪。緩やかにウェーブがかった長い髪が、フワフワと揺れる。

 歳のころはアウグストとより若干若いだろう。


 無愛想なアウグストと対照的な彼。


 黒いコートには、リボンと同じく金糸の装飾や、胸元に銀細工のブローチが飾られている。

 長い裾から見える裏地は藍。


 アウグストが振り返り、僕を彼の前へといざなう。


「彼は、ベルンシュタインが送ってきた弟子だ。一晩話をしたが、とてもあの反面教師の元で育ったとは思えん」

「へぇ、でもやっぱり彼は良い目を持っているね。いい炉心だ」


 そう言って、金髪の彼が手を伸ばしてきたので、反射的に身を強張らせる。


「――っと、ごめんね。私はミヒャエル。ローゼンクロイツの当主を任されている。昨日、私の弟子のリヒャルトとは会っているね」

「はい、約束の時間を大幅に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。ベルンシュタインの弟子のルビン・フォルモント・ホーエンハイム・ノイモンタイトといいます」


 (こうべ)を垂れると、上から心地良い笑い声が振ってくる。


「本当にあの天体の彼の弟子とは思えない。――いや、リヒャルトから話は聞いていたけどね。もったいない。私の名前はミヒャエル・メルクーア・ローゼンクロイツ・ナハテーヴィッヒカイトだ。よろしく」


 そう言って差し出された手を握り返す。

 フッと、吐息が髪を揺らす。


「もうアデプトの称号をもらっているのなら自由の身だろ? 私のところで新しい研究でもしてみないかい?」

「ミヒャエル」


 別にヒソヒソ声というわけでもなかったので、アウグストにも聞こえていたのだろう。


「いいじゃないか。たまに、一門以外の意見を聞くのもいいだろう? それに、他の一門のアデプトを招くのも珍しいことじゃない」

「お前は勘違いしてるかもしれんが、ルビンは男だぞ」

「そんなことは見ればわかるよ」


 そう言って、いたずらっぽく笑って見せる。「とにかく馬車での移動で疲れただろう? 昼食を用意してあるから、ゆっくり休んで」


 ミヒャエルは皆を従えて屋敷の中へと入っていく。


 それに続いて歩いていると、横を歩くアウグストが右からボソリと呟く。


「アイツはある意味、ベルンに似てるかもな」

「え?」


 どこが似ているのかその後ろ姿を見ていると、今度は左からイリスが小声で言う。


「ミヒャエル様は社交界でも人気者だし、手が早いって噂なんだ」

「……アウグストさんと真逆ってことですね」

「そういう――」


 アウグストが真顔でイリスを見つめていたので、彼女は「我関せず」と、一つ咳払いをした。




 屋敷中の床という床、廊下という廊下に真紅の絨毯を敷きつめているのではないだろうか?

 その真紅が、オレンジ色の壁材や、手すりの色と相まってすごく艶やかだ。


 これが一錬金術師の屋敷の内装だというのならば、王宮はすべて黄金で出来ているといわれても素直に信じてしまうかもしれない。


 使用人を先頭とし、一階の奥へと進む。


 開かれた扉の向こうには、真っ白なテーブルクロスがかけられた大きな食卓と、その上には整然と食器が並べられている。


 馬車の中で軽食は口にしたが、ここに来て、お腹が自己主張とばかりに小さく鳴る。


「おお、ルビン君、元気にしておったかね?」


 懐かしい声に名前を呼ばれ、振り返ると、そこにフラメル卿が立っていた。

 すっかり禿げあがった頭。代わりに、真っ白な髭はより一層豊かになっている。


「クリストス先生、お久しぶりです」


 現、フラメル当主、クリストス・クリスタルクス・フラメル・ルストゴルド。


 天体名を持っていないが、医師としての知識や技は、この東大陸随一ではないだろうか?


「いつのまにか僕のほうが大きくなってしまいましたね」


 握手する両手ももう僕の方が大きい。


「ザフィーア君も元気かね? 二人そろって天体名をもらうとは、大したものだよ」


 ザフィーア・ノイモント・ホーエンハイム・ノイモンタイト。

 僕の兄の名前だ。


「兄は相変わらずです。天体名をいただけたのはクリストス先生のおかげでもありますよ」


 天体名をもらうにあたり、後継人、保証人が必要となる。


 僕らがアデプトになるにあたり、天体名を冠するに値するかどうか。後継人は師であるベルンシュタインが務め、保証人はこのクリストスが務めたのだ。


「なんだ、フラメル氏の機嫌が良いと思ったら、二人は知り合いでしたか」


 当主のとして、長い机の末端の席に腰を下ろしながら、ミヒャエルがいう。


「クリストス先生は僕と兄さんの手術をしてくれた命の恩人ですよ」


 その言葉に、クリストスは(ひげ)を揺らしながら笑う。「ワシは、ベルンシュタインが大手術だというもんでな。そのための場所や道具を用意してやったにすぎんよ。ワシはあの時、助手ですらなかった。手術の様子を観察するだけの老いぼれだった。あのときに、これが天体名を持つ者と、持たざる者の違いかと痛感したよ」

「でもその後、手術記録を元に新たに分野を開拓していったと聞きましたよ」

「そうじゃなあ、お前さんたちの手術で色々と考えさせられることはあったからね。どれ、ベルンシュタインがしっかり世話をしていると思うが、頭の方を見せてみなさい。本来なら、ワシがリーフレアに行って見てやらんといけないのだがな」


 少し前かがみになり、左耳をクリストスに差し出す。

 皺だらけの、小さな手が左側頭部と左耳を触診していく。


「うむ、手術の時点で今後も支障はないと思っていたが、ザフィーア君と同じく問題はなさそうだな。安心したよ」


 そう言いながら、クリストスが耳たぶを軽く()まんでくるので、なんだろうと思い、首を傾ける。


「あとで詳しく話すが、スマラクトと話すことは可能か?」

「ええ」


 手にした杖を掲げて見せる。


「うむ、ではその時にまた声をかけよう」


 そう言って、彼は用意された自分の席へと向かう。


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