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珍しいオトコ

 クレモネスは中央に首都エアストパオムがあり、その北から時計回りに、ツヴァイト、グリット、フィアト、フュンフト、ゼクストと、五つの都市が首都を囲んでいる。

 そのすべて、六つの都市を囲う円形都市がズィブトヴァルト。国境都市とも、防衛都市とも呼ばれる。

 

 クレモネスは製鉄によって成り立った国。


 銀細工などの細かな手仕事の女性向けの工芸品もある。


 だが、やはり近隣諸国がこの国に対して抱くイメージは「軍事」だろう。

 その製鉄技術を買われ、様々な武器のオーダーに応えることから始まり、昨今では次々に新たな武器を生み出している。


 食糧難に端を発した南のイースクリートとの戦争では、初めて大砲とダイナマイトが用いた。

 それは、直接戦争に関わっていなかった近隣諸国にも衝撃をもたらした。

 大砲、鉄の塊が飛んでくるのだ。


 イースクリートが誇る騎兵隊は、大砲の一撃で一気に瓦解。


 あとはクレモネス側の歩兵部隊でいとも簡単に包囲してしまった。クレモネスは武器の製造もだが、それを効率よく使うための作戦力も独自に身につけていた。


 武器でも、作戦力でも彼の国に敵う国はないとまで言われた。


 それが今からかれこれ十年以上も前の話。

 だから、今はもっと進歩しているはず。

 そんなふうに思われがちだが、実情はそうでもない。


 様々な兵器や薬品などの製造過程で生じた汚水や汚物の垂れ流しで川や土壌は汚染され、数々の工房に設置された煙突から立ち上る煙で空気まで(おか)された。


 環境汚染に対して国が行った対策は、汚染区域を首都エアストパオムから遠ざけること。


 工房で扱う薬品や規模に応じて細かくランク分けを行い、結果を元に工房を移築させていった。


 よって、円形都市ズィブトヴァルトは汚染度五、最高ランクの汚染区域。

 水も空気も土も育った植物も、なにもかもが危険物。


 今では除染研究区域になっているようだが、そうなる前にどうにかできなかったものだろうか?


 やっとクレモネスに入国でき、走る馬車の中からズィブトヴァルトの荒廃ぶりを見ながらルビンは思う。

 母国であるリーフレアは、クレモネスの川下に位置するため、何もしていなのにもかかわらず、汚染の洗礼を受けることとなり、除染技術に関してはクレモネスより進んでいる。


 今回の呼び出しも、その除染技術に関することかと思ったのだが、そうではないらしい。


 ズィブトとグリットの州境(しゅうざかい)で、今回の依頼主であるところの家紋をつけた馬車を見つけ、そこでリーフレア首都からここまで運んでくれた御者とはお別れ。途中、足止めをくらったため、日没前にリーフレアに帰り着くのは難しい。代金の半分は出立前に渡していたが、残りの代金に少し上乗せした金額を渡すと、御者は上機嫌で来た道を戻っていった。


 まずは一段落。

 今度は、迎えの御者に対して謝らなければならない。

 振り返れば、二頭立ての馬車。


 扉に、五芒星と片翼の紋章。クレモネス・ホーエンハイム一門の紋章だ。


 王の選定の際、この国を去ったホーエンハイム。


 だが、何百年も経った後、リーフレアのホーエンハイム本家の分派がクレモネスに工房を建てた。


 本家の右翼に対し、こちらは左翼。


 二つの理論が合わされば空も飛べる――はずもない。

 どちらが優れているか、どんな業界においても人々は優劣を競う。


 ホーエンハイム本家はそういうものがまったく無意味で無駄で何も生み出さないと、クレモネスを去った。


 それから何も学ばなかった、もしくは功名心に目がくらんだ門下生が勝手に分裂したか。


 ホーエンハイムの片翼は別離の意。

 志が異なることの表れ。


 それも今は昔の話で、現在はこうして研究協力に応じている。

 こちらが御者を見送るのに合わせ、馬車の中から一人の男が姿を現す。

 おおよそ、学問を志しているような体格には見えない。


 高い身長に厚い胸板、洗いっぱなしのシャツの上からでも筋肉が見て取れる。


 人々にとって、賢者といえば日長机に向かって本を読むか、文字を書き綴るか、製図を引くか、デスクワークが主だった活動のように思われているようだがそうではない。


 工房の規模にもよるが、バハムート級炉心の維持には人手は必要になるし、なにより健康が第一だ。


 扱う材料は専ら、金属や石、砂など重いものが多い。


 気分転換のためにとスポーツを日々の日課にしている賢者も少なくはない。

 汗をかくということは精神的にも良いらしい。

 漆黒の学術マントを羽織っているが、もう何年も新調していないのだろう。身丈に長さが合っていない。


 裏地は黄色、賢者としては可もなく不可もなく、一般的な者に与えられる色だ。


 賢者の位は七色に分けられる。

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 色が夜空に近いものほど、賢者としての位が高いことを表す。


 トリスメギストスだったか、ローゼンクロイツだったか、どちらかの一門はさらに細かく位を分けているとか、独自の階位があるとか聞いたけれども、これから先、それらの一門と深くかかわるようなことはないだろうから、別段詳しくなくても生きていくのに支障はないだろう。


 クレモネスにも長く滞在する気はない。研究協力が終われば、まっすぐリーフレアの我が家に帰るつもりだ。


 僕よりも頭一つ分以上背の高い男が、適当に黒髪を縛った頭部に手を回し、頭をかきながら言う。


「えーっと、あんたがリーフレアから派遣されたホーエンハイムのアデプトで良いんだよな?」


 変声期を終えた低い声、そしてほったらかしの無精髭。


 こういうのを「男らしい」というんだろうなあ。普段見慣れないタイプの身体的特徴に見入ってしまう。


 アデプト――というのは、一般的な学術課程を終え、専門分野でも一定の研究成果を上げている賢者のことを指す言葉で、「家名持ち」もしくは「ツール持ち」とも言われる。


 「ホーエンハイム」というのは所属する一派の名前であって、借りの住まいだ。そこから、一人前の証として家名と、錬金術を高速で行うためのツールが与えられる。これを、アルケミー・ツールと言う。


 人によってペンだったり、指輪だったり、ナイフだったりするが、ホーエンハイム本家のアデプトにあたえられるものは杖と決まっている。

 こぶし大のエメラルドのはまった杖を掲げて見せる。


 エメラルドは当然人工石、錬金術によって生み出されたものだ。

 ただの宝石ではなく、錬金術発動の炉心をかねている。


 賢者の身体の中には錬金術発動のための炉心が始めから備わっている。


 それが、稼働しているか、もしくは炉心が未完成であるかによって、賢者かどうかを見極める。

 炉心が未完成の場合は、素質がある。稼働できる状態にあるものは、生まれた時点で賢者とみなされる。


 それからどのような道に進むかは人それぞれだが、クレモネスの場合はその道を自由には決められないだろう。


 とにかく賢者の減少に対して過敏になっており、国家が賢者の数を増やそうとかなりの投資をしているらしい。


 生まれないんだったら別にそれでもいいんじゃないか? なんていったら、錬金術を扱える自分とはあべこべになってしまうけれど。

 錬金術とは節理を捻じ曲げることに他ならない。

 黙っているだけで育つ植物の時間を縮めて早く育て上げたり、果ては構造を作り変えたり。


 錬金術は自然ではないのだ。


 男に向かって名乗る。


「大変遅くなって申し訳ありません。文をお読みいたしました。その上で、師のアポステルモルゲンから、協力するようにと命を受けました。ルビン・フォルモント・ホーエンハイム・ノイモンタイトといいます」


 軽く礼をすると、目の前の男は、顎の無精髭を撫でながら、「ほうほう」とつぶやきながらジロジロといろんな角度から目で体を撫でまわしてくる。


 その仕草が堂々としすぎていて、不快感より先に、自分が気後れしてしまった。このように他の一派の賢者と挨拶するのは(まれ)なため、何か不備があったのではと不安になる。


「あ、あの、何か?」

「いや、あんたも賢者なら珍しいものはじっくり眺めていたいだろ?」

「そうですけど、僕は別に珍しくは……」

「わかってないなあ」


 彼は盛大なため息とともに首を横に振る。


「あの天体卿の愛弟子にして、十五歳でアデプトに認定された天才、珍しいことだらけじゃないか!」


 彼はそう言って両手を広げてみせるが、兄も同時にアデプトに認定されたのであまり珍しいと思わない。


「しかもその美貌ときたもんだ。女嫌いの天体卿でもさすがに手元に置きたくなるよなあ」

「あの、誤解しているようですが、僕は男ですよ?」

「そんなもん歩き方とか仕草でわかる。そのジャケットだって肩パットなんて入ってないだろ? 胸はないが胸囲はある。だから、ジャケットはオーダーメイド品だ」

「く、詳しいんですね」


 たぶん、女性の身体に詳しいんだ、この人。


「俺の名前はリヒャルト、マントの裏地で一目瞭然だが、階位はさっぱりだ。ヴォルフォーデル・ローゼンクロイツだ」


 そう言って差し出された手には火傷の跡がたくさんあった。


 その手を握り返しながら聞く。


「ローゼンクロイツ?」

「ああ、今回の依頼のリーダーはホーエンハイムだが、ほぼ御三家が関わっていると考えてくれ。まー、トリスメギストスはまだ調整中だがな」

「そんなところに、僕なんかが首を出して大丈夫なんですか?」


 馬車へ乗り込んでからリヒャルトに聞く。


 アデプトとはいえ、弟子もいない――というか、まだ師の保護下にある十七歳のガキだからこそ、研究に入り込める余地があった? 師は易々と請け負った?


 人間付き合いって、さっぱりわからない。


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