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再会と真実と殺し合い

 それから一時間も経たない頃だ。



 臨界光に満ちた階段を一人の男が降りてくる。


「ミヒャエル! どこだ!」


 アウグストは呼び出した人物の名を呼ぶ。


 イリスが立案したIO計画に対し、多大なる寄付をした時点で怪しいとは思っていた。いや、実際はそれ以前からだ。


 臨界光を発するプールを睥睨(へいげい)しながら、それを満たす液体の素――二百体近くの人体を、ミヒャエルは簡単に用意してみせた。


 ミヒャエルは大学経営の他に、孤児院や病院など、様々な事業に手を出している。

 その実、裏には秘密結社が存在し、ミヒャエルはそこの教祖なのだと風の噂で聞いたが、その時は本当にどこから来た風だと冷笑した。


 だが、今ならその噂を笑いはしなかっただろう。


 地下一階、臨界を続けるプールの横のスペースに降り立つ。


 ――吐瀉物(としゃぶつ)


 食して二時間くらいか? かつては料理だったもの。

 料理を作って食べるのは人間くらいだ。


 他に誰かここに来たのかと、辺りを見回そうとした瞬間、背後に気配を感じ、振り向こうとするが、それより早く首に縄がかけられる。


 縄と首の隙間に指を滑り込ませるが、縄をほどくには(いた)らない。

 ぐいぐいと閉まる力が強くなる。徐々に持ち上がる体。


 私を殺し、このプールに落とそうとでもいうのか?


「オープン!」


 指にはめたアルケミー・ツールを発動させる。


 目を焼くほどの発光。首を絞めている人物にとって不意打ちだったのだろう。


 縄が緩む。

 同時に縄の分子を分解する。


 縄はあっけなく二本に分かれ、男の腕にだらりとぶら下がる。


「リヒャルト」


 痛む首を押さえながら、首を絞めていた彼から距離をとる。

 リヒャルトは使い物にならなくなった縄を放り投げると、腰からナイフを引きだし、襲い掛かってくる。

 対するアウグストは手元に何もない。


 巻き添え覚悟で空気中の酸素に働きかけ、爆発させようかとした時、リヒャルトの身体がバラバラになって崩れた。


 こちらへ一歩を踏み出す、その一秒にも満たない瞬間に。


 細かくなって崩れ落ちるリヒャルトの影から現れたのは、意外な人物だった。


 IO計画にまったく関わっていなかったトリスメギストス当主、フランツ・アーベントロート・トリスメギストス・シュピーゲルヒンメル。


 襟に黒い毛皮が縫い付けられた漆黒のコート、その裏地は青。

 下に身につけているのは露出が高い扇情(せんじょう)的な服。

 勝手気ままに伸びた純白の髪の所々には茶色い色が混じっている。


「こんばんは」


 フランツは照れくさそうにアウグストに微笑みかける。


 まるで人を殺した後だとは思えない。


 アウグストもまた、目の前で知った人間が殺されたのにも関わらず、突然の再会に驚きもしたが、純粋な嬉しさがこみあげてくる。


 死体一つ、間に挟んだ再会。


 そんな感傷を打ち消すように、天井から拍手が降ってくる。


「うーん、やっぱり賢者に対して騙し討ちっていうのは通用しないか」


 ミヒャエル・ローゼンクロイツが宙に腰かけた状態で二人を見下ろしている。いや、そう見えるだけで、実際彼は天井にめぐらせた鉄線の上に腰かけている。


「それにしても、君が人助けをするとは思わなかったよ、トリスメギストス現当主」

「心外だなあ、人助けだなんて。ボクはただ、薔薇臭いのが気に食わなくて根絶やしにきただけだよ」

「ああ、それはすごく、君らしくて良いね」


 ミヒャエルの口が裂ける。「また(おか)したくなるよ」


「黙れ」


 言葉よりも速く、フランツは飛翔する。


 フランツが両の手首にはめた銀の腕輪は拘束具ではない。彼専用のアルケミー・ツールだ。

 メリクリウスを銀の腕輪に変えたもの。変形など、扱いに長けた歴代トリスメギストス当主たちにとっては、縫い針に糸を通すことよりもたやすい。


 その中でもフランツは歴代随一と言われている。


 両腕の腕輪からメルクリウスのワイヤーを出し、悠々と天井に座するミヒャエルに肉薄する。

 対するミヒャエルは、腰ベルトから一本の剣を抜く。


 ローゼンクロイツ当主のアルケミー・ツール。


 サーベルで、持ち手部分は金色で繊細な細工が施されている。


 フランツは右手のメルクリウスのワイヤーを天井に刺し、左手のメルクリウスでミヒャエルの首を狙う。


 メルクリウスの細さは髪の毛以下。

 速度と強度でもって天井に張ったワイヤーごと切り刻む。


 ミヒャエルの身体が宙に舞うがその顔に驚きはない。むしろ笑みを浮かべて迎撃する。


 剣を横一線、一撃でフランツの放ったワイヤーを分解する。


 分解されたワイヤーは液状に変化し、フランツの腕の本体に戻っていく。

 空中で、フランツとミヒャエルが交差する。

 フランツは落ちていくミヒャエルに対し、左手を向ける。


「オープン!」


 命令と共に、左手の拘束が解ける。


 左手首から離れたメルクリウスは十本の針となり、ミヒャエルの落下速度より早く、彼の心臓を狙って落ちる。


「セット!」


 ミヒャエルは身体の向きを、プールに向け、剣を突き立てる。


 瞬間、溶液は凝固し、足場となる。


 彼はその場に膝をつき、振り返りざまに六本の針を剣戟(けんげき)で分解する。

 続けざまに、背後から遅れてきた残りの四本も軽く打ち砕く。


 メルクリウスはまとまって、天井に右手のメルクリウスで足場を造ったフランツの左手に元通りに収まる。


 フランツが左手のメルクリウスでミヒャエルを射抜こうとするのに対し、アウグストが声を上げる。


「待て、フランツ!」

「待てない。ボクはその男をぶっ殺したい」

「頼むから待ってくれ」

「どうして?」


 フランツはアウグストに目を向ける。先ほどとは違う、凍てついた狼を思わせる瞳だ。


「私は、ミヒャエルになぜこんなことをしたのか聞かなければならない」

「こんなことって? 下男を使ってあなたを殺そうとしたこと?」

「それ以前の話だ。この炉心製造には私の弟子が関わっている。そして、多額の出資をしたのがミヒャエルだ。弟子が関わっている以上、私は事の真相を知らなければならない」

「ボクにとってはどうでもいいことだよ」


 フランツはなおも突き放す。


「頼む」


 アウグストは、フランツに対して頭を垂れる。

 その様子を見て、フランツは左手を下げる。


「まあ、こんなふざけた装置が国家事業だなんて、ボクも納得できない。それ以前にどうでもいい話だけど、道化は嫌いじゃない。話せよ、永遠の夜」


 永遠の夜、それはミヒャエルに与えられた賢者としての名。


 フランツは少し考えるように沈黙していたが、やがて、足場に腰を下ろす。

 それを見て、ミヒャエルもサーベルを鞘に戻す。


「さてさて、どこから話そうかな」


 ミヒャエルは液体を凝固させたプールの上を適当に歩く。

 凝固させてもなお、臨界の発光は続いている。


「君たちは、今のこの国の状態をどう思う?」


 まるで授業のようだった。


 ミヒャエルが教師、アウグストとフランツは生徒。なんて言ったら、フランツは憤慨(ふんがい)するだろう。


「王政のこと? それとも汚染のこと? どれもボクに興味はないよ」

「賢者の出生率のことを言いたいのか?」


 ミヒャエルの問いに、アウグストは真面目に応える。


「そうだね、この計画の出発点はそこだ。炉心を持たない人間でも錬金術を行えるようにする。確かに今の皇帝には御三家とホーエンハイム、四大賢者の血が流れている。でも、ただ流れているだけじゃ意味ない。水車を回すとか動力源であってこその皇帝だと私は思う。なのに、今の皇帝は炉心すら持たない賢者モドキ。ヒトに振り回されてるんだよ? 賢者であるこの私たちがだよ?」


 彼は己の胸に手をあてて主張する。


「この国はなんだ? 賢者の国だ。なのに賢者は国政に参加してはならない。これは神という幻想にすがるイースクリートの人間に押し付けられた法だ。戦争の勝者は我々のはずなのにだ」

「それは違うぞ、ミヒャエル。あのまま戦争を続けていればいずれこの国は滅んでいたし、食料を輸入しなければ生きていけなかった当時のクレモネスの負けだ。イースクリートは竜砲を恐れて停戦条約を受け入れた。受け入れるにあたり、イースクリートが負けを認めただけだ」

「運命が読めるのに竜砲を恐れるなんてそれもおかしな話だよ。まあ、それは置いておこう。賢者は国政に参加するな。それはまあ、百歩譲って了承した。ひもじいのはつらいからね。だけどさ、そんな国の王が賢者でなくてはならないっておかしくないかい?」


 賢者だろうが、賢者でなかろうが、皆が疑問に思う点だ。


「賢始祖の築いた国だから、その伝統だけは守り続けている古ーい国なんですっていうならまあ、わからないでもない。一応、建国以来、賢始祖の血は守られてきている。だけどさあ、今の皇帝はないよ。賢者でもない、これはゆゆしき事態だと君たちは思わないかい?」


 ミヒャエルは問いかける、炉心の上で。

 ホーエンハイムとトリスメギストスの名を受け継ぐ者たちに。その当主たちに。


「しかも子供にも恵まれなかった。十三人も子供を作っておいて、炉心持ちは二人だけ。皇太子は眠ったままで人前に出られる状態じゃない。もう一人は王女。果たして男性優位な賢者の世界で女王が受け入れられるかな?」

「つまり、お前は今後、賢始祖の血を継いでいても炉心を持たない皇帝のために、外付けの炉心を用意したい、そういうことか?」

「アウグスト、それじゃあ五十点もあげられないかな。百点満点中ね」

「アウグスト、この男がそんな親切、してやると思うか?」


 先にどちらに対して返答すべきかとアウグストは悩んだ。


 そもそも、IO計画はイリスの提案だ。


 自立する、知能を持つ、しかし感情や意志を持たず、主からの命をプライオリティワンとして動くホムンクルス。そのオブジェクト版を造るというのが、計画の始まりだ。


 彼女も賢者の出生率に端を発し、今後、炉心を持たない皇帝用にと――


「ミヒャエル、一つ聞きたいのだが」

「どうぞ」


「この炉心は、完成しているのか?」


 質問に対し、彼は満面の笑みでこたえる。


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