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出逢いは見世物小屋

   *


 公園の片隅に見世物小屋があった。


 公園を囲む生垣の周りの、手入れされていない雑草の茂みのほうにひっそりと。

 たぶん、正式な手順を踏んだ出し物ではないのだろう。

 その証拠に、看板には「怪奇! 人間モドキ」とまあ、芸もない汚い文字で書かれた看板が(かか)げられていた。


 どうせ、夜まで暇だし、公園を歩いたところで無駄なカロリーを消費するだけ。いいアイデアが浮かんでくるわけでもない。そもそもそんなものは求めていない。

 さてさて、どんなものが見れるかと(いびつ)なテントに向かって足を進める。




 外の野次馬の数に比べて、中は意外と()いていた。


 見渡す限りの奇形児。生きた者もいれば、ホルマリン漬けの嬰児(えいじ)もいる。

 見物客のほうは男性がほとんど。女性はきっと妻か恋人か、青ざめているご婦人もいれば、扇の影からチラチラと興味津々で奇形を見ている女もいる。


 何を恥らう? 何を隠す必要がある?

 奇形に興味を持つことは罪か? 罰せられるのか?


 金を払って見ている見物人も奇形だ。


 あの過剰に栄養を摂取して出っ張った腹。

 もうコルセットをきつく締めなければまっすぐな姿勢を保っていられない腰。

 水代をケチったか? ハゲは明らかに頭皮の毛孔に汚れが貯まりすぎたせいだ。 それとも遺伝か?

 檻や柵に閉じ込められた奇形児たちがもの珍しそうに、見物人たちを見上げている。


 そうだ、彼らにとって我々の姿は奇形に他ならない。


 それにしてもだ、テントの中を見回して思うのだが、よくこれだけの数の奇形児を集められたものだ。


 ズィブトヴァルトの環境汚染は今に始まったことではない。


 それに、これらのなかには賢者の素質を持った者が少なくない。

 隠れて近親相姦を行った末、正常な身体にしてやることもできずに捨てるか、この見世物小屋に売った賢者がいるのだろう。

 いいや、この見世物小屋の主が賢者の可能性が高い。


 ふと、一つだけ、人を集める檻があるのが目に入った。


 女性の姿も多い。


 呼ばれるように移動し、背の低い婦人たちの後ろから覗き込む。

 檻の天井が邪魔をして足元しか見えなかった。


 かけられたブランケットは、人に見せるうえで汚くはないが使い古され、毛羽立っている。

 それが、二人分――足四本分のふくらみを作っている。


 ――二人一緒に入れられているということは、結合双生児なのだろうと、簡単に想像できた。


 前で見る者たちの言葉が容易に耳に届く。


 どうやら目の前の双子は眠っているらしい。


 サーカスのような騒がしさはないが、よくこんなところで眠れるものだ。

 前にいた者らが移動したので、前に進み出て檻の中をのぞき見る。


 なるほど、これは確かに一般受けするだろうな。


 まるでそのように作られた陶器人形のようだ。

 年の頃は十には届かないだろう。

 頭部――ちょうどこめかみ部分が結合した双子がお互いを抱きしめあいながら眠っている。


 それはともかくとして、だ。


 (あご)をさすりながら「これは掘り出し物だ」と頭の中で呟く。

 一卵性双生児で間違いはないだろう。

 それが、両方とも炉心を持っている――両方とも賢者なのだ。


 二卵性双生児の賢者は珍しくはないが、やはり両方が炉心を兼ね備えているという例は少ない。


 対する一卵性双生児で両方が炉心を持っているというのは聞いたことがない。


 双生児の賢者の場合、その炉心の威力も二つに分かれてしまうのだが、目の前の子らの炉心はかなり強力なものだ。


 母胎にいる段階で分裂などせず、一人の人間として生まれていれば天体クラスの賢者になるのは必至だっただろう。


 周りの見物人など構わず、真ん前に陣取って見つめていると、まるで文句でも言いたげに、左側がゆっくりと(まぶた)を持ち上げる。

 

 現れたのは黄金の瞳。


 ――なんだ、あんまりジロジロ見るなってのか?


 心の中で軽く笑い飛ばしただけだった。

 それが、目を覚ました左側はまるで、心の声を拾ったかのように頷いたのだ。


「ほう、炉心どころかテレパシー能力まで持ってるのか?」


 見つめてくるのは右目だけ。左目は結合しているため存在していない。

 まだ紫外線にも、何物にも(おか)されていないような、薄い口唇が言葉を発する。


「薄汚い賢者が。帰れ」


 これはまた――


 腹の底から笑いがこみあげてきそうだ。

 こいつは己自身が賢者だと知っている。その上、俺が賢者だということも一瞬で看破した。

 そして、話しかけて来たのは肉体を持たない三つ目の魂だ。


 首筋を冷や汗が伝う。


 さっきのはテレパシーなんて都市伝説じゃない。

 こいつは一度体から抜けて、俺の魂に触れた。それで何を考えているか感じ取ったんだ。


「そんなつれないこと言うなよ。()れちまっただろ」

「知るか」


 そう言って、ブランケットをかき寄せて、右側にかけてやり、温めるように抱きしめる。


 その様子を見ていて気づいたのだが、右側のほうが少し頬が赤い。


「熱があるのか?」


 彼はこたえず、黙って体を撫でてやっている。


 少しでも暖かくしてやりたいのだろう。

 どうしたものだろうかと、手にした杖で、トントンと地面を叩く。


 ただの風邪だとしても、今は大丈夫だとしても左側も感染する可能性がある。いや、すでに感染している可能性もある。

 いつもなら、それもまた人生だと放っておくのだが、放っておくには惜しい。


 病気に気づいて、見世物小屋の主が何か(ほどこ)してくれるか? いや、死んだところで捨てて、また新しく奇形児を買い取って、新たに空いた枠を埋めるだけだろう。


 とりあえず、首に巻いていたマフラーを檻の中に入れてやる。


「なんのつもり?」

「同情だと思ったか? 残念だな、俺はそんなもの親父の睾丸に残してきた」

「返せないよ」

「かまわん。とりあえず暖かくしてやれ。お前もだ」

「これは――」

「知ってる、お前の身体じゃない。お前は二人の脳が結合することで出来た三つ目の脳に宿った魂だ」


 彼は大人しくマフラーを引っ張ると、二つの首に巻きつけて目を閉じ、そのまま眠りに落ちてしまった。


 その姿を見て、(きびす)を返す。

 テントの外に向かって大股に歩き出す。

 公園に面した通りで馬車を拾い、目的地を告げる。


 流れる景色を見ながら、こんなふうに誰かのために必死になるなんてなと、男は自分自身に対して笑った。


 まるで人間みたいだ。




 読みは当たっていた。


 当たっていたからってどうということはなにもないんだが。


 ――頭部結合の双生児を譲ってほしい。


 単刀直入に伝えた。


 その申し出に、奥から出てきたのは、見事な腹のおっさんだった。これは臨月間近の例えに使えそうだ。

 見世物小屋という名のテントの裏手に、移動用の大きな荷車をつけた馬車があった。


 交渉はそこで行われた。


 歓迎されているわけではないので、椅子もなければ茶のたぐいも出てくるはずがない。

 眉間にシワを寄せる主人は明らかに炉心持ちの賢者だ。

 だが、アルケミー・ツールは見受けられない。

 ツールをもらえないまま、錬金術師の道を諦めたのだろう。だからこそ、こんな商売をしている。


「といってもだね、あの子たちは人気なんだよ。そう易々(やすやす)とは売れんよ。第一あんた、買ってどうするんだ? どうせ人体実験にでも使うんだろう」


 そう言って、主人はチラリとこちらが手にしている真紅の宝石がはまった杖を盗み見る。


 こちらは賢者だということを隠すつもりはない。それでどう思われたって構わない。


「なるほど、あんたもあの双子が賢者だってわかってるんだな。結合双生児の錬金術師となればもっと人を呼べるだろうな」


 これ見よがしに今にも穴が開きそうなテントを見上げる。


「き、貴様こそそういう魂胆(こんたん)じゃないのか!?」

「いいやぁ、俺はあんたから買い取って延命処置を施すつもりだ」

「延命って、あの二人を引きはがそうっていうのか!? 頭が融合してるんだぞ。腹部融合ならいざ知らず、そんなことは殺人行為だ!」

「だったら、このまま生殺しに使用としている貴様も一緒だな」


 芝生を革靴のつま先で蹴り、杖をくるりと一回転させる。


「生殺しだと? 私はちゃんとご飯は食わせてやってるし、体も清潔にしてやっている! 他の見世物小屋のやつらと一緒にするな!」


 へー、他にも同業のやつらがいるのか。


「確かに、あの子らは清潔そのものだった。髪にシラミも見られなかったし、ブランケットの上をノミが跳ねてるなんてこともなかった」

「ほら見――」

「だがな」


 杖の石突きを主人の眼前に突きだす。「子供の免疫力がどの程度か、そこまでは教わらなかったか? いいや、自主的に知ろうとしなかったみたいだな。今あの二人は熱病にかかってるぞ」


 杖を突きつけられ、主人は後ずさる。


「う、嘘だ。デタラメだ! 買い取るための口実――」

「俺は治療をさせろと言っているんじゃない。さっきから言っているだろ。買い取らせろと。治療はその次だ。風邪だろうが熱病だろうが、どっちにしろ、頭部結合の場合、空気感染、飛沫感染は必至。片方が良くなったと思っても互いに移し合ういたちごっこだ」


 主人の手下、小間使い? まあどうでもいい。主人には(おと)るがそこそこいい服を着た男が、主人に耳打ちする。


 彼の顔から血の気が引いていく。


 たぶん、双子の状態を確認したのだろう。

 さきほどよりも熱が上がっているに違いない。


「いや、しかし……、いや」

「結局のところ、あの双子にこだわる理由は金なんだろ? だからそちらの融通は多少は聞くつもりだ。一応、人身売買になるからな。口止め料も上乗せしてやる」

「……い、いくらまで出せる」


 どうしようもない小心者か。商売なんて素人も同然だな。


「金貨二十枚でどうだ?」

「そ、それは安すぎる! 一卵性で炉心持ちの双子だぞ。最低でもインゴット一本くらいは」

「じゃあ、インゴット三本だ」


 くっそ重かった純金のインゴットをむき出しのまま主人に渡す。

 手渡されたインゴットを穴が開くくらい見つめながら、(あご)が外れたみたいに口を開いて唇を震わせている。何か言おうとするが、言葉が出てこないようだ。


「口止め料と他の者が熱病に(かか)っていた場合の治療費だ。充分だろ」

「ど、どこかから盗んできたものじゃないのか!?」

「インゴットのマークを良く見ろよ」


 六角形の中央にオリーブの葉――フラメル一門の紋章だ。「フラメル卿があんたに呼ばれて治療したが、その最中に死亡してしまったので、その慰謝料と遺体を検体として引き取っていった代金だと言え。それで金貨に替えられる。二本は好きにしろ。だが、一本は確実に見世物小屋の中の連中に使え。じゃないと変に目をつけられて商売できなくなるからな」


 伝えることは伝えた。

 もうこの場に用はない。


 早足に見世物小屋に入り、双子の檻を分解する。


 見物人たちがザワザワと小声で何か騒ぎ出すが、関係ない。

 今度は両方とも目を開き、こちらを見上げている。

 有無(うむ)言わさず、ブランケットと渡したマフラーごと抱きかかえる。


 子供二人分、インゴット三本なんかより全然重い。


 駆け足で待たせていた馬車に戻る。

 先ほどのインゴットと同じ、正六角形にオリーブの葉の紋章が馬車の扉に描かれている。


「なるべく急いでくれ」


 御者に伝えて馬車へと乗り込む。


 本来、足を置くところにクッションを置き、その上にシーツを敷いて簡易ベッドにした。


 馬車が走り出す。


 上着を脱ぎ捨て、腕まくりをする。

 触診でも熱が高いことは容易にわかる。

 あらかじめ濡らしておいたタオルを取り出し、分子運動を止めて一気に冷却する。

 冷えたところで、二人の額に置く。


「おい、さっき俺と話したヤツ、意識はあるのか?」


 口に水銀式体温計を差し込みながら問いかける。


 すると、脳に直接声が届いた。


――弟たちをどうするの?

「お前は? どうして欲しい?」


 質問を質問で返すなんて、汚い大人だよな。


――助けてほしい。ただの風邪じゃない。全身が痛いんだ。


 体温計を見ると、三十九度。実際はこれ以上ある可能性が高い。


 氷を詰めたゴム袋を頭の下に置いていく。

 幼少期の熱は脳に対する影響が大きい。ただでさえつながっているのだ。熱がどのように抜けるのかもわからない。


 最善と最短を考えろ。


 額に手を当て、(うつむ)いたまま、浮かんだ言葉をそのまま口に出す。


「これから先、またこんなふうに熱病に(かか)ったり、感染症にかかった場合、二人同時に治療するのは難しい。治療するための場所や人員を用意するのも難しい。それなら今この段階で二人を切り離してしまうことが最善だ。だが、体力的に持つかわからない。加えて熱で免疫機能はそっちにかかりっきりだ。抗生物質で感染症の予防は可能だが、子供に対しての副作用は大きい。麻酔の問題も出てくる」


――俺は、二人に生きてほしい。

「その場合、お前を存在させている結合した脳を切り離さなきゃならないんだよ」


――なんでそんなにムキになるの?

「俺だってわからんよ。今まで誰かを助けたいなんて思ったこと自体、これっぽっちもないからな。ただ、この難しい賭け、俺の実力でどこまで勝率を上げることができるのか、純粋に試したいのかもしれない」


――試してみれば?


 暖かくなったタオルを再び冷やし、額に置く。


「試したらお前は」


――俺は結合した二人の脳に宿った魂だけど、それがなくなっても消えないよ。

「……本当か?」


――うん、家がなくなるから、そこらへんを(ただよ)う存在になるだけ。

「マクロコスモスに引き寄せられてカオスに行かないのか?」


――生まれ変わりのことを言ってるなら、それはないよ。カオスにも自分から行ったけど、引き寄せられるとか、そういうこともない。

「何者だよ、お前」


――その答えを出すのが賢者じゃないの?



 憎まれ口だけは一人前、それが後にスマラクトと名付けた弟子の第一印象だった。


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