王宮で学ぶ出生率
あれよあれよと言う間に、フラメルの馬車に乗せられ、僕とクリストスは王宮へと向かうことになった。
「ルビン君、なんか怒ってる? ほら、ルビン君が大好きなカラフルな飴玉あげるよ」
「そんな子供だましに引っかかりませんよ」
馬車に押し込まれ、急発進すると同時に、クリストスが飴玉のたくさん詰まった瓶を出してくる。
「ほら、これはペリドットかな」
僕らの手術後、感染症を防ぐための注射など、大人しく受けたご褒美にと、クリストスは飴玉をくれた。ついでに、たくさんの宝石の名前を教えてくれた。
ため息をつき、飴玉を受け取り、口の中にほおる。「なんか、僕だけ蚊帳の外の気がします」
「大人の事情じゃと思って勘弁してくれんかの?」
「だったらどこかに子供の国を造ってくださいよ。大人の事情で」
「ルビン君はずっと子供でいるつもりなのかな?」
「そんなつもりは」
大人ってなんだろう、僕には変声期も急激な成長期も訪れなかったからよくわからない。
「今回の件は、手紙に容易に書ける内容じゃなかったんじゃよ。そこはわかってくれるかね?」
「はい、でも……」
「もっと早くに打ち明けて欲しかったかね?」
「いえ」
わかってしまう自分が嫌で片手で頭を掻き毟る。
「アウグストさんから聞いた、意志を持たない皇太子と、国家事業としてのIO計画。二つは関係している。そうですね?」
「本当に聡い子じゃの。それ故に苦労して来たんじゃろうな」
察しがいい。
多くの場合「良いこと」としてとらえられるが、僕らの場合は、物語を読んでいてオチがわかってしまう。だから僕は「良いこと」だなんんて思っていない。たぶん、僕はどんでん返しが好きなんだ。
物語が、自分の予想のままに終わってしまうのは呆気ない。
「どうしようもないことだって、兄さんは割り切ってますよ。だけど、僕はこんなの嫌ですよ。人の仕草とか言葉の端々からすべてを看破するって。なんか盗み聞きしてるみたいじゃないですか」
「そうじゃなあ。それで愉悦に浸る者もおるが、君はちと謙虚すぎるのかもしれぬな」
「そんなことないですよ」
窓の外を見るともう夕暮れ時だ。家々に灯る明かりを仏頂面で見ている自分の顔がガラスに反射する。
「ほら、もうそろそろ王宮に着く。髪を整えなさい」
「……櫛、持ってきてないです」
「まったく」
クリストスは、まるで孫を見るように微笑む。
クレモネス王宮。
クレモネスのすべての中心。賢始祖はこの土地を守るように生えていた森を越え、五本の大樹で休憩を取り、最後に中央の第一の木――エアストパオムへとたどり着き、そこに根を下ろした。
賢者の始まりの場所。
王宮の外周には堀がめぐらされ、正門へと続く道に灯された松明の光が水面に反射している。
どういう原理かわからないが、この堀はただの貯め池ではなく、水は流れを持っている。王宮の周りをくまなくクルクルと回っているのだろうか?
だとすれば、増水などで水流が変化した時に周りの土が削れたりしないのかと心配になる。
跳ね橋の手前、門番にトリストスの顔を見せるだけで、簡単に馬車は王宮の敷地内へと入ってしまった。
さすが、宮廷医師である。
再び走り出した車内でトリストスが静かに語る。
「陛下は今、床に臥せっておられるのだよ」
「病気ですか?」
「そうじゃな、心の病気じゃ。それが悪化して、体に影響を及ぼしておる」
「やっぱり、意志を持たない皇太子のことが原因なんですか?」
「それもあるだろうなあ」クリストスは髭を撫でながら語る。「陛下は賢者としての素質はあるのじゃが、錬金術を扱うことができない。この国の長い歴史の中で、そういう王は別に珍しくはないんじゃよ。じゃがな、知っとると思うが、年々賢者の出生率が下がっておる」
「賢者の出生に関してはアウグストさんも少しいってましたね」
「今のフィルラデウス三世陛下に、何人の妃がいるか知っておるか?」
「え、」
普通なら一夫一妻。だけど、貴族なんかは正妻の他によそに愛人がいるとか。そうか、王様ってたくさんお妃様を持っていいのか。
「五人くらいですか?」
「ルビン君は謙虚じゃの」
「僕が何人奥さん欲しいとか、そういう話じゃなかったでしたよね?」
「ほほう、そうじゃった」
もしかして痴呆症が始まってるとかないですよね?
「正解はな、二十九人じゃ」
「へ?」
二十九人? お妃様が?
「それって、女好きってレベルの話じゃないですよね?」
「ルビン君こそ、何の話をしておるんじゃ? 一国の王が十人以上妃を持つなんて、なんにも珍しい話じゃないぞ」
「だとしても二十九人って、ほぼ三十人ですよね?」
「そうじゃよ。ワシはその三十人近く、いや、候補も含めれば五十人近くの女性の身体検査をしたよ」
それだけで僕からすれば大いなる御業ですよ。
「検査って、妊娠できるかどうかですか?」
「宮廷医師として当然のことじゃ。その他に賢者としての素質があるかどうかじゃな。過去に賢者を輩出している家の家系図を弟子と血眼になって隅々まで見たよ」
「そこまでして賢者の王を生みたかったんですか。……でも、賢者は政治に関与してはいけないってことと矛盾してませんか?」
「そうじゃよ。じゃが、賢者の王が一人、その玉座にいるだけで、国内の賢者は安心するんじゃよ。クレモネスは賢者が興した国。じゃが、その歴史は差別と迫害じゃった。人外であると人々は受け入れなかった。自分たちより優れた者を否定したがるのはいつの時代も一緒じゃ。じゃから、民衆から卑下される、忌避される存在が王になることで黙らせた」
「なんだか、かなり強引ですね」
「じゃが、そのおかげでわしらは食っていける、生きていける。賢者にとって、皇帝が賢者であることはそれだけ重要なんじゃよ」
「つまり、あのIO炉心は、皇太子が目覚めなかった時の保険、ということですね?」
クリストスは黙って頷く。
「皇太子が目覚めなかった時、誰かがあの装置を使って次の王となる。でもその場合、誰が王でも構わないってことになりますよね?」
「そうなんじゃよ。じゃから、ワシはこの計画にはあまり乗り気ではなかったんじゃ。じゃが、君がここに来ると聞いて、最後の希望にすがることにしたんじゃよ」
「希望って?」
「スマラクト、君たちの兄ならばコスモスかカオスか、どちらかにいるであろう皇太子の魂を呼び戻せるはずじゃ」
名前に反応して、杖のエメラルドが淡い光を放つ。
「でも、皇太子の魂はどこにも存在しない可能性だってありますよね?」
クリストスは、盗み聞きをする人なんていない車内にもかかわらず、顔を寄せ、声をひそめる。
「陛下は秘密裏にイースクリートから聖者を呼んで皇太子の運命を読ませたんじゃよ」
イースクリートは聖者の国。
聖者の能力はそのモノの運命――未来を見る。
教皇となる者は、この世界の終りまですべて見えているという。
未来というのは樹の枝だという。一本の木からいくつも枝分かれしていく。いくつも、数えきれないほどに。
聖者の王である教皇は、森の木々の、すべての枝の先まで見えているという。
だが、ヒトの脳でそのすべてを見渡すことは負担が大きく、教皇はふだん穏やかな眠りの中にあり、たまに神託という名の未来を語り、再び眠りに落ちるという。
だから、人前に出ることはほとんどなく、教皇に選ばれれば残りの人生を神殿ですごし、自身もまた、死ぬ時は未来に還って運命の一つになるのだと。
「その聖者は、何と言っていたんですか?」
「皇太子には、はっきりとこの先の未来があると」
「それは、一生眠った状態、というわけでじゃないですよね?」
「ワシもその場におった。聖者も賢者と同じくピンキリというやつで、日時まで正確に見えるレベルとなると滅多に国外に出れる立場ではないそうでな。それに、イースクリートとクレモネスはいまだ冷戦中じゃ。じゃから、相手側が渋ってな。力の強い者は送れぬと。じゃが、王宮にきた聖者は皇太子は目覚めると言った」
「聖者の力を疑うわけじゃないですが、信じられないですね」
「ワシもそう思った。じゃが、聖者は過去視もできる。その場であてずっぽうに指した者の過去を読ませた。全て当たったよ」
「なにかトリックが入り込む余地はなかったんですか?」
「ワシが考える限りはなかった」
馬車はゆっくりと停車する。
やがて御者がやって来て、扉を開ける。
式典でもない、夜ということで出迎えはなかったが、姿勢を正した兵士が左右に二人ずつ、王城の扉の脇に槍を持って構えている。
見上げるほどの大扉。
仰ぎ見ると、いくつか星が見えた。
「まずは陛下に挨拶をしよう」
普段出入りしているクリストスにとっては勝手知ったる我が家に近いのだろうが、自分はクレモネスに来てから驚きの連続である。
まさか、王宮にまで来ることになるとは。
ともかく、賢者に与えられるコートが正装に含まれるものであって助かった。




