第二の樹
その後、車内は無言だった。
アウグストはずっと窓の外を見ていたし、イリスは気まずさに手帳を取り出して自分の研究の世界に没頭してしまうし。
僕は手持無沙汰で、杖のエメラルドの部分をわけもなくいじっていた。
そうして、ローゼンクロイツの屋敷を出て二時間後、ツヴァイトパオムの北、ローゼンクロイツの工房にたどり着いた。
ローゼンクロイツ、フラメル、ホーエンハイムの三門で研究を進めるにあたって、やはり、ローゼンクロイツとフラメルの有する財力が物をいった。
敷地はローゼンクロイツのもので、元々ある工房の敷地の空き地を利用したのだという。
馬車から降りればだだっ広い平原に、一階建ての煙突が五本も立った大きな工房があった。
だが、見てもらいたい工房はこれではないという。
ミヒャエルを先頭に工房の裏に回る。
そこには、隣の工房よりも背の低い、打ちっぱなしのコンクリートのなんとも色気のない箱型の建物があった。
屋根はただ斜めになっているだけで、屋根がつけられているわけでもない。
窓もなく、一つの小さな扉があった。
そこから中へと入っていく。
中も伽藍堂。
下に降りるための階段があるだけ。
なるほど、地下が工房になっているため、外の建物にはあまりお金をかけていないというわけか。
窓がないということで、明かりが必要かとも思ったが、そんなことはなかった。
地下へと続く階段から青白い光があふれている。たまに黄色や赤、さまざまな色の粒が見える。
――臨界光。
ずっと光が消えないということは常に化学反応が続いているということだ。
先を行く、ミヒャエルに続き、先に入るようにアウグストに促される。
この場で、装置を見たことがないのはどうやら自分だけらしい。
長いコートの裾を踏まないように、慎重に鉄製の簡単な造りの階段を下りていく。
鉄板を踏むカツーンカツーンという音が、地の底に吸い込まれていく。
そこはまるで光の井戸だった。
青白い光が、底から湧き上がってくる。
「おおよそ、深さは十メートル。三階建ての建物に匹敵するかな。順番に見せていくけど、地下二階部分に炉心が設置されている。地下三階部分にオブジェクト抽出口と冷却槽がある」
ミヒャエルが階段をくだりながら、たまに振り返りつつ説明してくれる。
「光を発しているということは、常に臨界状態にあるんですか?」
「そうだね、今は装置に錬金の力をなじませているところ。装置はほぼ完成しているんだけど、抽出がうまくいかない」
「抽出というと?」
「インジェクションモールディング、オブジェクトの生成には射出成型を用いようと思っている。抽出口を開けばそこから炉心内でメルクリウス化された材質が出てきて、冷却漕の中で形成されながら凝固していくはずなんだけど、これがなかなかうまくいかない」
二階部分にたどり着き、炉心の周りを見て歩く。
炉心は、外部と遮断して精度を保つだけの入れ物に過ぎないので、その形は様々だ。
たとえば、ホムンクルス用炉心。
たぶん、ここに訪れて最初に目に入った建物でもホムンクルスが製造されていると思う。
今は縦型培養漕も増えてきたが、昔は培養漕自体を造るのが難しく、横向きのものが多かった。
つまり、ホムンクルスが、母胎にいる時のように縦に、逆さに浮いている状態ではなく、横に寝た状態で培養されていた。それによる弊害もいくつかあるそうだが、ホムンクルス自体、専門分野ではないので、詳しくは知らない。
上記の場合、スペース的な問題で、炉心はスクエア型が多かったが、今は円柱型など、製鉄技術の向上で様々な形のものが作られるようになり、スペース的なデメリットもかなり解消されつつあるという。
目の前にある炉心は球体。
覗き窓から中を見ると、黄緑色の光が舞っている。
錬成光は、賢者によってそれぞれだが、人ではないこういった炉心の場合は、白色でもっと激しい光――スパークを生じるはずだが、とても弱い。
もっとじっくり見ると、奥に核が見て取れる。
超強化球体ガラスの中、人魂のような青白い光の球が三つ、好き勝手にガラス玉の中を飛び交っている。
「青白いのは、感覚球ですよね?」
ホムンクルスなどの知性を持つ錬成物を造る際に必要不可欠となるのが、感覚球だ。
ホムンクルスを造れるかどうかは、この感覚球を作り出せるかどうかにかかってくる。
感覚球は人間の魂の写しともいわれている。
人間が持つ五感、それをホムンクルスの核とすることで思考性をアップさせ、人の指示で動くだけのゴーレムとの明確な違いを生み出した。
ヒトは生まれた時、ヒトとしてのカタチと魂を持って生まれてくる。
魂は成長していく体に合わせてフレシキブルに変化していく。
だが、最初から形が与えられているホムンクルスに魂を持たせるにはどうしたらよいか?
これを解決したのが歴代トリスメギストス当主の一人だった。
まずは魂とは何であるかを考え、その代用品を考えた。
――結果が五感だ。
視覚、味覚、聴覚、触覚、嗅覚。
これらの「感覚」から得られるものは多いとして、五感の錬成に励み、生み出したのが感覚球だ。
この感覚球の精度によってホムンクルスの性能も左右されるという。
ホムンクルス製造は感覚球の誕生によって、一から造り方が見直されることとなる。
始めは、ホムンクルスとして体を用意してから、魂を入れようとしていたが、それでは死人を蘇らせる魔術のようなものだと当時のトリスメギストス当主は笑ったという。
カタチは魂から造られる。
カタチは後付である。
今まで見た目にばかり囚われていた賢者たちは考え方を百八十度変える必要があった。ホムンクルスとしての性能を向上させるか? 見た目の質を向上させるか?
では、ホムンクルスの性能とはなんだろうか?
これは、同じトリスメギストス当主の言だが、人間の奴隷として、どこまで気が利くかどうか、だそうだ。
確かに、助手にするのならば、気が利くほうがいい。
見た目に関しては感覚球の質を向上させるしかないらしい。
ホムンクルスの整形に及んだ賢者もいたそうだが、そのホムンクルスは整形された自分の顔を見て発狂してしまったらしい。
魂のカタチにあわせて成長したものを無理やりに造り変えたのだから、当然だと、当時のホムンクルス職人は口をそろえていう。
話は現在に戻る。
「感覚球をシュラウドに……、だとすれば、出来上がるのは知能を持ったオブジェクトで、錬成を行えるような炉心を持ったものを造るとなるとかなり難しい気がします」
「なるほどねぇ。だってさ、イリス君」
ミヒャエルは肩をすくめると、僕の後ろにいたイリスに声をかけた。
なぜ?
その疑問が顔に出てしまったのだろう。アウグストが説明する。
「この計画立案はイリスだ。基礎理論も彼女が構築した」
その言葉に、当の本人は恥ずかしそうにうつむいている。
「え、国家事業だって――」
「それはね、」
と、ミヒャエルが何か言おうとするのを、クリストスが遮る。
「それについてだがな、この後、彼を王宮に連れていこうと思っておる」
王宮?
「うーん、そうだね、百聞は一見にしかずって言うからね。ルビン君は国外の人間とはいえ、これから協力してもらうんだから、事情は知っておいてもらわないといけないよね」
あれ? なんか秘密を握らせて逃げられないようにされてないですか、自分。




