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不穏な昼食

 屋敷の当主であるミヒャエルに続き、ホーエンハイム、フラメルの当主がその隣に座る。

 その次にアデプトである僕とイリスが席につく。


 僕の隣に座った、アデプトではないリヒャルトに「俺がここにいる意味はあるのかね」と呟かれ、軽く苦笑いを浮かべる。


 場違いといえば、自分だってそうだと思う。


 アデプトの位の賢者とはいえ、この国の人間ではない。

 研究に関して意見を求めるだけならば文でもできる。

 そうではなく、このように食事の席を設けたり……なるほど、こういうのを社交場というのか。


「ところでミヒャエル、トリスメギストスに連絡はしたのか?」


 山羊のシチューをひとさじすくったところで、アウグストがミヒャエルに問う。


「もちろん、使用人まで出して呼びかけたんだけど門前払いさ」

「人間嫌いに磨きがかかってきたか?」

「彼は人間嫌いってわけではないだろ。たまに夜会なんかで顔を合わせることがある。でも、楽しんでるって感じではないね。常にヒトを観察してるって感じ」

「それを人間嫌いというのではないか?」


 ミヒャエルは赤ワインの注がれたグラスを揺らしながら応える。「人間嫌いだというのならば、なぜ自ら進んで人のたくさん集まる夜会になんて顔を出す? いや、彼にとっては夜会が夜会と定義されているかも怪しい」

「どういうことだ?」

「彼はたまに、そこで見つけた女か男を連れて帰るんだけどね、そうやってトリスメギストスの屋敷に連れて行かれて出てきた人間はいないって、専らの噂だよ」

「噂なんてものを信じるのか?」


 アウグストの言葉に、少し(とげ)が混ざる。


「噂を解明するのもまた、真理の探究だと思うけどね。大学でそういったことを研究している学生もいる」

「なら、その噂の真相、お前はなんだと思う?」

「そんなの簡単じゃないか」


 ミヒャエルはグラスに残ったワインを一気に飲み干して言う。「人体実験に決まっているだろ」


 その言葉に対し、アウグストが拳をテーブルに叩きつける。


 振動が、テーブルの上に乗った様々な食器を揺らし、大きな音を鳴らす。


「まあまあ、アウグスト君、あくまでもミヒャエル君の予想の話だよ。ミヒャエル君も食事の席であまり物騒なことは言わんでくれ。ご飯の時くらいは頭を休めたいものだ。ねえ、ルビン君」


 話を突然ふられて、「え、ええ」とあいまいに頷く。


 ミヒャエルは、ワインを注ごうとする給仕の男を手で断る。


「そんなに彼が気になるなら会いに行けばいいじゃないか。彼だってきっと喜ぶと思うよ。まあ、君の屋敷からゼクストパオムにあるトリスメギストスの屋敷は遠いけど、追い返された時はこの屋敷に泊まっても構わないよ」

「……いや、いい。せっかくの会食の場で……すまない」

「謝ることなんてないさ。第一、賢者の食事会でまともな席なんて滅多にないよ」


 そう言って、ミヒャエルは肩をすくめる。


「そうなんですか?」


 隣に座るリヒャルトに質問する。


「俺に聞くなよ。俺なんてまともに食事会なんて行ったことないんだから」


 これは、舌に意識を集中させたほうが良さそうだ。

 色とりどりの具材が乗ったカナッペを一つ手に取る。


「――これ、キャビアってやつですか!?」

「ルビン……」


 目の前でイリスが額に手を当てて俯き、隣でリヒャルトが腹を抱えて笑った。


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