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玉の緒よ  作者: 池田瑛
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2 伊集院龍三

「我が娘の肌を見たそうだな……」


 國與女大学が誇る国の重要文化財である馬鳴館の迎賓室。Wal○ Street Journalの表紙や、日経ビ○ネス、東洋○済などの雑誌で良く特集されている、伊集院龍三が俺の前に座って、凄んでいる。


「その節は……申し訳ありませんでした」と、平に謝ったのが十分前だ。昨日の百人一首部でのことであろう。アレは完全に事故だ。

 だが、伊集院グループの総帥にして、政治・経済、そして芸能を牛耳っている伊集院龍三は、それで俺を許してくれる様子はない。

 

 俺一人を東京湾に沈めるなど、警視庁総監に電話を掛ける程度で済ませてしまいそうな御方が、二十分も俺の前のソファーに座っている。いや、この人が俺の前に二十分座っているって……。しかも通常のウィークデーだ。フォ○ブスに毎年載るくらいの人であるから、たぶん、俺の前に座っている二十分を金額に換算したら、二百万円くらの換算になるのではないだろうか。時給、六百万円。俺の一年間の労働を一時間で稼いでしまうような人だ。


 そんな人が俺の前にいる。


「で、見たのか? 娘は、間違い無く見られたと言っているのだが、間違いはなかろうな? 儂の最愛の独り娘が言っていることだ。疑いたくはないのだかが」


 いや、この、分かりにくいフリは辞めて欲しい。見てませんとシラを切れば良いのか、申し訳ありませんでした、と土下座すれば良いのか。

 俺はどう対応すれば良いのだろうか。


「で、どうなんだ?」


 蛇に睨まれた蛙とはこのことを言うのであろう。と、いうか、日本でこの人にこんなに睨まれて、蛙にならない人などいないであろう。


 東京湾 蛙投げ込み 沙汰もなし


 いや、俺は俳句を詠んでいる場合ではない。


「す、すみませんでしたー」

 俺は、土下座した。


「うむ。潔し」


 あ、俺、死ぬのかな?


「それでだ、佐藤君」


 え? 君付け? 首相も呼び捨てという噂の伊集院龍三が?


「伊集院家のしきたりを知っておるか?」


 そんなの俺が知るはずもない。俺は、カーペットに額をくっつけたままだ。


「伊集院家の娘は、夫となる者以外に肌を見せてはいけないのだよ。しかし、佐藤君は娘の肌を見てしまった……」


 あぁ、俺は闇に葬られるのか……


「そういうわけだ。娘を頼むぞ?」


 は?


 俺は意味が分からず、思わず頭をカーペットから離して伊集院龍三を見上げる。


 そしたらなんと、伊集院龍三がソファーに座りながら頭を下げていた。


 いやおや……。アメ○カのトランプにも一切譲らなかった、日本のワイルドカード、ジョーカーとEUで呼ばれた男が、俺に頭を下げている。


「娘に何か不満でもあるのか?」


 いや、あなたに不満があっても言えるのは、世界でも数名いるかいないかですが……。


「そうか。だが、儂も人の子だ。とりあえず、婚約者ということではじめさせてもらうぞ。中学、高校の素行は良好。ただ、中学の時の夏休みの課題で提出したこの絵は、多少くらい陰があるが、思春期であることを考えればまぁ許容範囲内だろうと分析医が言っておった。それに、社会人となってからの家賃滞納もなく、クレジットカードも使う事とはAma○onで書籍を買うくらい。佐藤君の給与と年齢で、あれくらいの貯金があるのであれば堅実な男と言って良いであろう。ソーシャルネットワークでの発言を見ても、極端な思想は無いという分析結果だった。発表した論文も、特筆するようなことはないが、真摯に研究をしているということは分かるらしいじゃないか。

 まぁ、強いて言えば、囲碁サロンで賭け事の類いをして、小銭を稼いでいるようであるが、その後、居酒屋でその金で巻き上げた相手へと還元しているところを見ると、遊びのうちだと思って目をつぶるべきであろう。これまで交際していた女性も、悪くはない。男として経験し置くべきことは経験しておいた、ということであろうな。結婚してから女に浮つく男は儂は嫌いだからな」


 お〜い。俺の個人情報保護はどうなってるんだ……。


「で……、佐藤君の返事がそろそろ聞きたいのだが?」


  俺は何を答えたら良いのだ?


「そうそう、君の父君だが、どうやら次の株主総会で常務への昇進が決議されるだろうよ。異例の抜擢となるのじゃないか? 赤字が続いている会社で大変だろうが、資本提携先が決まり、大分楽になるのじゃ無いか? ロシアとの北方領土の共同統治に関して、国の事業を優先的にお父様の会社が受注するであろうな。あ、そうだ、あと、君が去年買っていた年末ジャンボの宝クジなのだが、君が落としたようなので、勝手ながらながら換金しておいた。ほれ、このトランクに八億入っている。これで、一軒家でも買いなさい。そうだ、この物件なんてどうじゃ? 我が家の隣が丁度売りに出ているのじゃ」


 俺、宝くじを買ったことなどないのだけど……。しかも、家の隣が売りに出ていると言いながら、俺に見せているのは土地の売買契約書じゃねぇーかよ。しかも、その土地の名義人、伊集院龍三って書いてあるし! って、赤坂の一等地のこんな広大な敷地は、八億じゃかえないぞ? どんだけバーゲンしているんだ?

 って、伊集院龍三、周り固めすぎじゃね?


「まぁ、世間話はこれくらいにして、儂の娘に何か不満でもあるのか?」


 いや、娘さんのこと、俺はまったく知らないけれどね。とりあえず、俺の本能が、「あるはずもございません〜〜〜〜〜」と俺を叫ばした。

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