9. 大食い勇輝、鍛錬開始
異世界ユルドでの勇輝の力はハッキリ言ってチートレベルであった。
基本的な剣術と格闘術は幼少からの稽古のお陰もあり、たったの1日でマスターし、使用魔法に至っては全ての属性を扱えるというオマケ付き。
これも同じようにたったの1日で初級魔法師が扱う魔法を覚えた。
だが、それでもまだ足りない。
「はあ!」
ギィンッ!
「遅い!もっと踏み込みを早く!」
袈裟斬りを横一閃に軽くあしらわれる。
「ちぃっ!」
勇輝は弾かれた刀身をそのまま体全体で受け流し、捻転する力へと転換するスキル[桧山流=ナガレ]に[風魔法 ストームブースト]をプラスする。
遠心力を最大に、かつ、さらに剣速を引き上げて斬りつける。
(これでもダメならば、次の一手は……)
「っ!?」
気付いた時には背後に回られ、勇輝の首を落とす寸前で剣が止められた。
「考えを纏めるだけの時間と余裕があるのか?」
頬に一筋の汗がツーっと流れ、無骨な冷たさは首元からスッと離される。
「くそっ! イケたと思ったのに!」
「ふふ。今の流れは良かったが、カウンターとしては一瞬の死角が出来るという弱点もあるからね。まぁ、惜しかったと言っておこう」
「あーもう! どんだけ遠いんだよ、Aランクって!」
両手を広げ大の字にバタッと倒れて愚痴る勇輝。
二人の手合わせを安全な場所で見ていた太田のオヤジ。それより一歩後ろでエルとノアがいる。
太田は腕を組み大股で立ち、エルは目の位置で両手を少し開いて隙間から、ノアに至っては頭を抱えエルの胸元で背を向けていた。
「相変わらず凄すぎて、全然動きが見えなかったんですけど……」
「がはははは! エルからしたらそりゃそうだろう。おまえさんは魔法使いだしな。あれに追い付こうと思ったら目だけで見ていては遅い遅い」
「いや、オータさんだってそもそも前衛職じゃないでしょうに……」
「ワシはそれなりに生きておるしな! にしても、大した進歩だ」
勇輝は1ヶ月の特訓をもうすぐ終えようとしている。サリューのギルドで勇輝の父と同じくAランクの腕前を持つ剣士、ローズ・A・デューベル。広きユルド大陸でも女剣士としてなら間違いなくトップレベルだ。
この街に来たひと月前、太田は准来と愛衣の知り合いであったローズに、息子である勇輝の特訓相手を頼んだのだった。実はどこぞの領主の長女らしく、エルと同じ金髪でサラサラのストレートヘア。白銀の鎧を装備しているが、どこからそんな力が出てくるのかと思うほどスタイリッシュだ。
「そう悲観するな。たった1ヶ月でここまでやれる剣士は居ないだろう。さすがは疾駆とアイラの遺伝子を受け継ぐ勇者、だな。私がまだユウキの年齢の頃なんて、疾駆の太刀筋すら見えてはいなかったからね」
言いながら背中が焦りを感じる。
ローズは自分でも言ったように、たったの1ヶ月でこのレベルに辿り着くには、確かに准来と愛衣の遺伝子を持つ運動神経の良さもあるにはあるだろう。
しかし、戦いに於いてはそれだけでは足りない。頭の回転、直感、予測も全部合わせて身体で反応しなければならないからだ。それらを一つに引っ括めてたのが経験値であり、勇輝には足りていない部分だ。
しかし、今でこそローズはレベルは勿論のこと、その経験値で勇輝を大きく上回っているが、まだ勇輝は"解放"してはいない。あれを使いこなす事が出来たならば、次に背後を取るのは間違いなく勇輝であろう、とローズは心の内でもう一度だけ彼を褒め讃えた。
「明日こそローズに勝ってやる!」
意気込みは結構だが、ギルドの修練場は勇輝とエルの鍛錬でもうボロボロであった。
▽▲▽▲▽▲▽
「戦闘バカっているのねぇ」
エルがボソリと、対面のモリモリ食べては皿を積み重ねていく勇輝を見て呆れる。
「ふぁんだよ、うぇる」
「飲み込んでから話しなさいよね」
ングング。やっぱここの料理はうめぇ!と素直に飲み物で流し込む。
「バカって何だよ、バカって。あ、すいませーん! このなんとかウルフのステーキ追加で!」
セリューでも指折りの人気店、コガラシ亭の女将であるミレーは勇輝からの追加オーダーを「あいよ!」と軽く受けるが、周りの客からは「マジかっ!?」という反応が伺える。
「そのままの意味よ。何なのよその食欲は……。これだけ食べるってことはそれだけ動くっていう証拠じゃない」
「ん?そうなの、か?」
「『そう言われてみれば、日本にいた時はここまで食べなかったか』」
「でしょ?これだけのエネルギーをあの手合せで消費してるってことなのよ」
「『エルの念話と同じようなもんか』」
「『そうかも知れないわね』」
人に聞かれてメンドイ事は音にしない。
エルの念話は太田の研究のお陰で光が見えてきていた。
伝承ではただ単に"念話を受け継ぐ者は短命"だと伝えられている。古文書を調べてみてもそう書かれているだけで、理由は書かれていないそうだ。では、何か理由があるのではないだろうか?そう疑問に思った太田は「暫く引き篭もる」と言い残し、サリューにある国立古代図書館に向かうと、たったの3日でヒントを手に戻って来たのだ。次期国王(予定は未定)の為せる技であろう。
太田が言うには、今までの念話の持ち主は伝承に残る程に昔の人物で、どうもスキルと魔法の違いをわかっていなかったらしい。「違いって何だ?」と聞いた日本で生まれ育った勇輝と昔のユデル人は同じである。
"スキルは魔力に依存しない技能"とでも呼べばわかりやすいだろうか。もし魔力がゼロでも純粋な剣士は身体で覚えた技のみで戦える事に対し、純粋な魔法使いは必ず魔力を使用するので、魔力が空っぽになれば戦えない。この決定的な違いである。
「昔は魔力回復薬なんてなかったからな」
基本、誰でも魔力バルブを開けても閉じる事は出来なく、常に魔法をガンガン使えば、魔力の入れ物の底が見えるのは当たり前のこと。
風呂釜に張った水を魔力に置き換えて言うならば、チョロチョロと小さな穴から抜けていくならいいだろう。身体を休めれば魔力は回復するが、もしその穴が大きかったらどうなるか。風呂釜の栓を抜いた状態で水を足していっても追いつかないのと同様に、自然回復なんかでは到底足らず、あっという間に魔力はなくなるだろう。それが強制的に魔力を使用するというこの念話という魔法の性質ならば、あとは命を削ってでも使われていくだけ。
「それが短命たる所以で、呪いと呼ばれる意味だな。だが勇輝の心を読むように意識を向けない限りは聞き取れんだろう。逆も然りだな」
と、太田は言う。
「ん? でも念話のことを知らない時でもお互い話せたぞ? 勝手に人の心を読んでおいて、とんでもない魔法ぶつけようとしてたんだしな」
「それなら今ではどうだ? もう勝手に読まれることはないんじゃないのか?」
そう太田に返されて、「あー」と思い当たる。確かに今では使おうと意識した時だけに限っているな、と。エルが勇輝へ一方的に念話を伝えるのは出来るが、こっそり心を読み取ることは出来なくなっていた。きっと勇輝が魔力に慣れたせいだろう。ただ、もう一つの疑問が解明出来ていない。なぜ念話が出来る相手が限定されるのか、である。
アイオライドの聖獣であるノアでさえその対象ではないのだ。可能性があるのはハリオベルを持つ人物に限定する、という事だが、古文書には菫と緋、つまりはエルと勇輝のように念話とハリオベルが出会ったという事実を裏付ける文面は何処にも見当たらなかった。たまたま勇輝が対象となっただけの可能性もあるが、どうにも腑に落ちないのだった。
「ま、後の事は研究好きのオヤジにまかせるしかないしな。今は少なくともローズに一本でも勝てる力を付けなきゃダメだ。父さんのレベルにも満たないようじゃ、この先苦労するのは目に見えてるしさ」
「今でも十分にユウキは強いと思うけど。でもそうね。確かお父様のランクはAプラスだったわね。疾駆の暁なんて二つ名があるって凄いわよ。私達の時代でさえ二つ名を持つ人なんてそんなに多くはなかったわ」
「息子の俺としてはその二つ名が痛いんだがなぁ。今度会ったら盛大に揶揄ってやる」
「あ、そうそう。ねぇ、その時は私も付いて行ってもいい? なんか面白そうなのよね、ユウキの故郷って」
「おう。その時はウチの両親にも紹介してやるよ「『漫才好きなアイオライズの次期女王、ってな』」」
「『やかましいわよ!』」
「「『それが嫌なら』」ヌイグルミ好きのエルちゃんで」
「それはやめて……」
つい先程の事だ。コガラシ亭に入り、オーダーを取りに来たウェイトレスに注文を告げると、「可愛いヌイグルミですね。ご自分で作られたんですか? 実は私も好きなんです」と、キラキラした目でエルがあれこれ聞かれ、誤魔化すにも精一杯だったのだ。
前にも一度、道具屋に入った時にいた客に同じ事を聞かれた事があったので、"ノアは大体の人にはマスコットと認識されている"ことから、「これはもうマスコットに統一だね」と決まったのが今朝だった。
口を開くことが許されなくなってしまったノアはそれはもう不満タラタラだったが、ノアの大好物、【オーク肉の熟成ハムサンド】と【パランの果肉アイス】を毎回必ずお土産に包んでもらって家で食べさせる、と言われれば折れるしかなかった。
聞けば精霊や聖獣というのは食事をしなくても別に生きていけるのだそうだが、美味しいものは食べたいそうだ。美味しい物には目がないのは"女の子"だろうが同じようである。
「なんにしても、ユウキは前衛での戦闘能力をメインに上げていって、私とノアは魔法レベルのアップに、魔法知識とその他諸々を念頭に覚えていかなくてはね。「『1000年近い溝を埋めるのはそう簡単にはいきそうもないけれど』」」
「ああ、頼むよ。「『それでも日本育ちの俺よりは頭に入り易いだろ?』」」
と言う勇輝と同時に、お任せ下さい!との気合いをジェスチャーで表すノア。
周りの人がビックリしてるからヤメれ。
そうして追加のステーキが届くと、またモリモリと食べ続ける勇輝だった。
お読み頂きましてありがとうございます。
相変わらずの拙い小説ですみません。
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これからもどうぞ宜しくお願い致します。