3. アイオライズ
普通ならそんな事を信じるわけもない。色んな本を読み、最近ではマンガこそ読まなくなったがゲームだって人並みにはする。それに現実と空想の区別はつけられる……筈だ。
だが、つい先ほど目の前の少女は実際に信じられない事をやりそうになっていたし、謎な生き物は羽もないのに宙に浮いているし、言葉だって話す。頬をつねってみた所で覚めることのない現実は確かにここに存在するのだ。
数時間ほど前には自室でゆっくり本を読もうとしていたのに、砂漠へ放り出され、暑い中を歩き、やっとのことで辿り着いたこの建物の中で繰り広げられた、ベタなコントと宙に浮くナゾの生物。これが現実ならば受け入れるしか道はないだろう。
そうと決まれば、まずは目の前でコソコソやっている少女と謎の生物から事情徴収だ。思った事は即実行に限る。
「お取込み中申し訳ないが、聞いてもいいかな?」
「ひゃ、ひゃいっ」
少女は驚くと、宙に浮かぶ小さい生物の後ろにサッと隠れた。や、全然隠れてもいないが……まぁ今はいい。ここはファンタジーっぽくこう言おう、スルースキル発動! と。うん、金髪少女がジト目を送ってらっしゃる。
嗚呼、心が痛い!
「こ、ここって何処ですか? まだ来たばかりで地理どころか、いや、何もかもわからないので色々と教えてもらえれば助かるんですが」
丁寧な言葉を心掛け問いても「ほら、やっぱりそうなんですよ」「いや、でもまだそうと決まったわけじゃないわよ」「でもアレの持ち主だし」と、一人と一匹?はコソコソやり取りしているが、気にせず続ける。スルースキルはまだ発動中だ。
「あなた達はここに住んでいるんでしょうか? もしかしてお父さんかお母さんもここにいたりとか?
もしそうなら少し面会させてもらえないかと思いまして。色々聞きたい事もあるし」
相変わらずコソコソ耳打ちしたりしているが、ジッと反応を待つと、宙に浮かぶ小さい猫のようなクマのヌイグルミみたいな生物が前に出てきて、律儀にお辞儀した。なにかに似ているんだよな。
「そうですね。それをお答えするその前に、まずは自己紹介をさせて頂きたいと思います。ボクの名前はノアと申します。正確に申し上げるならば、このユルドにしてアイオライズ国、ダルフ・エス・アイオライズ王が統治するアイオライズの聖獣になります。そして私の後ろに隠れていますのが、エルトア・ルーン・アイオライズ様。名前をお聞きすればお分かりになられるかと存じますが、ダルフ・エス・アイオライズ王の御息女、アイオライズ王女であらせられます。これもまた正確に申し上げますならば、私達の地では戴冠式ではなく聖別式の儀に則り、近々即位を予定している次期女王、という事となります」
矢継ぎ早に丁寧に、今まで生きて来た中でこうして紹介をされたことはなので、聞きながら緊張して背筋を伸ばしてしまう。即位だとかそういう手合いの話には、正直言って関心もなければ身近な話題でもないので尚更だ。
「以上になりますが、よろしければ貴方様のことをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あ、はい。えっと桧山勇輝と申します。生まれは日本で、えっと」
「ああ、申し訳ございませんヒヤマユウキ様。出来れば貴方の普段の言葉使いでお願い出来ればと。その方がお互いの距離も縮まるやも知れませんし」
なにこのコ。こんな小さいのになんだか言葉の力がしっかりしてるよ。でも助かります。んでもって今思い出しましたよ、モー◯リだ! 色は違うし羽もないけど。なんだかちょっぴり親近感が湧く。
「あ、じゃあありがたく。俺の名前はさっきも言ったけど改めて。桧山勇輝、18歳で大学生です。どうもここから遠く離れている可能性がありそうで……俺が住んでいた町、いや、もういっそ地球と言った方がいいかも知れないけど。気付いたらここから少し離れた一面砂漠の中へ飛ばされていた。ってまぁ、そんくらいしか話す事もないけど、いいかな?」
「もちろんでございます。ユウキ様とお呼びしても宜しいでしょうか?」
敬称なんていらないけどな、と思うが、この世界ではそれが普通かも知れないと一応頷く。
「それと大変差し出がましいですが、3つほどお聞きしても宜しいでしょうか?」
聞きたいことがあるのは俺だってさっき言ったんだが……まぁいいか。まずはこちらにしても向こうにしても様子見は必要だろう。なによりこの態度からすれば身の危険に晒される事もなさそうだ、と考えつつも実は勇輝の立ち姿はサマになっていた。
物心ついた頃から両親に鍛えられたおかげだろう。全くの素人、この場合は日本で普通に生活している武術のぶの字も知らない日本人、からすればだが、真っ直ぐ普通に立っているだけに見えなくもない姿勢は、いつ攻撃を仕掛けられても"いなせる"ように体重が踵よりに寄っていた。
とりあえず勇輝は頭を小刻みに縦に振る。
「ありがとうございます。ではまずお聞きしますが、ユルドというこの大地のこと、ファンダル大国やアクアル大国を初めとする国々のことはご存知で?」
いや、ないな、と今度は頭を横に振る。
「……なるほど。ではアイオライズのことも知らなくて当然でしょうからそれは置いておきましょう。
では、その腕に装備している"モノ"についてはいかがですか?」
.
ああ、そういえばそんなのもあったか、と左腕を見てすっかりこ存在を忘れていた腕輪にそっと手を伸ばす。
と、急にノアが静止する。
「待ってください! そのまま、そのまま。えーっと……今は触れない方が宜しいかと」
小さい手を前に、慌てるように僕の行動を止める。何だろうか。
「お、おう。そうか。いや、これは今言われて思い出したんだが、ここの世界に来た時に知らないうちにはまっていたんだよな。あ、でもその時に外そうと思ってさんざん既に触ってしまったんだが、大丈夫だったのかな」
「では何も起こらなかった、と?」
「ああ。別に何もなかったと思うけど。せいぜい何かの模様らしきものがあったくらいだが」
「……そうですか。ではやはり起動はしていないのですね」
それだけ言うと、ノアは一人でなにやらブツブツ考え事をし出した。
「アーティファクトだから……年数を考えれば……いや、でもそうすると……」
なんかブツブツコソコソするのが好きだな、こいつら。海より深く穏やかな水面のような心を持ち合わせる俺もいい加減……と考えると、ジッと黙ってノアの後ろにいた少女がさらに一歩後ずさりする。
そういや"読める"んだったっけ? エルトアさん。心で「すまない」と謝ると、エルトアは小刻みに首を振った。
「失礼いたしました。では最後に。これは質問ではないのですが、確認という事で。たった今もエルさまと会話をなされたと思いますが」
「ああ。だってその子、"読める"んだろ? ひょっとしてキミも?」
「……いえ、私には出来ません。正確には念話という力で、こうして私も実際に目の当たりにしても動揺を隠し切れないのですが……この力はエル様を除いてこのユデルでは誰一人として使うことが出来ないはずであった、伝承レベルの力なのです」
あ、そうなの? なんか拍子抜け。てっきりこの世界のそれなりの人が普通に使えるものだと思ってたわ。テレビでそういう特殊な能力を持っていう人を見た事あるような気もするからなぁ。ん?
「『じゃあ魔法らしきさっきのモノもひょっしてレアなのかな?』」
勇輝は面白がって念話を試みる。とは言っても頭で勝手に話しているだけなんだけど。
すると、向こうからの声が頭に直接届いた。
「『はい。この世界では魔法も人族として使えるのは少数で、主にエルフ族達が得意としています。念話に対しては使っている私自身でさえ驚いているのです。まさか本当にこんな私に受け継がれているとは思ってもみなかったので』」
耳からではなく直に頭に響く声。イヤホンを使っているのとはまた違う音というのはとても妙な感じだ。その様子を見てノアが口を挟む。
「出来れば声に出して頂けたら、と。こう見えましても僕はエル様を守護する者ですので。それにエル様がいつ会話で暴走するか、もしくは現在進行中で暴走してるのか、分かり兼ねますから」
肩を落として話すあたり随分苦労しているのだろう。おてんば姫、という表現が適切かも知れない。
しかしよく見れば見るほどに、このノアという聖獣、めっちゃんこカワイイのである。丸みを帯びた体に猫のように柔らかそうな毛がひしめき、手足も猫のそれのような形をしている。お腹と手先は白色だ。頭にはウサギのような長い耳が下へ垂れる。モフモフしたらさぞ気持ちよかろう。
「ちょ、ちょっとノアってば、それはどういう意味かしら?失礼ね。ちゃんと丁寧に話したわよ」
「その言葉の通りでございますよ、エルさま。いつもそれはそれはもう口を酸っぱくして言っていますが、もうすこしお淑やかにして頂けると僕はもっとエルさまを誇りに思えるのですが。アイオライズの名は伊達ではないのだ、と。それにこれもいつも言っていますが、"その時"に備えて名声を上げておくのは決して損ではない筈です。よろしいですか?」
こんなカワイイ聖獣に早口で捲し立てられるのは結構くるものがあるだろう、と勇輝も思う。しかし普段はどこまでこのエルトアというこの子に厳してくしているのか甘やかしているのかは知らないが、かなりお互いに信頼しているのだろうと受け取れる。ちょろっと姫様と言っていたが、それならこのノアという聖獣?はお付きの役目かもな。
「さ、じゃあ今度はこっちの質問に答えてもらってもいいか?」
いい加減、このユルドという場所の事もこの建物の事も、とりあえず全部ひっくるめて聞いておきたい。
「はい。そういうお約束でしたしね。いえ、どちらかと言えばボクの方がユウキ様からの話を折って順番を取ってしまいましたし。そのお詫びも兼ねてボクが知る事ならば、何なりとお聞き下さい」
「助かるよ。あ、あと敬語はなしにしてもらえるかな? 俺にも普通で、と言ってくれたんだし、俺はこの世界の事も何も知らないんだ。言ってみれば後輩さ。タメ口で頼むよ。その方が話しやすいから」
「い、いえ、ユウキ様。そういう訳には参りません」
「じゃあせめて、もう少しだけ敬語から砕けた感じはダメか? それか、エルトアだけでも敬語はやめてくれ。それならいいだろう?」
「い、いきまり呼び捨てって。はぁ、まぁいいわよ。でもどうせならエルって呼んでよ。あんまり好きじゃないのよ。エルトアって名前」
「あははは。ではユウキ様。お言葉に甘えてそうするね。本当はこんな事許されないんだけど、ユウキ様の頼みなら断れないもんね」
ノアは自分でも敬語というのは慣れていないのか、それともただ純粋に勇輝への砕けた話し方ができることへの嬉しさか、全身で喜びを表現するように、「なんでも聞いていーよ」と、右手を大きく降りながら胸の前へ折り、貴族のそれっぽくお辞儀をした。会話と行動が噛み合っていないっていうのはヘンな感じだ。
やっと自分の置かれている状況がこれでわかるやも、と期待して聞いてみる。
この建物のこと、ここから近い街、それと言葉が通じる訳。
だが意外にも──。
お読みいただきましてありがとうございます。
なかなかストーリーを繋げていくのって難しいですね。
プロット書いてるハズなのに、脱線していって辻褄が合わなくなっていくという。
あと、念話での会話の際には「『 』」表記してみます。
読みにくい、わかりにくいなどありましたらご報告下さい。
また明日、お会い出来ればと思います。