19. 勇輝、重い腰を上げる
祖を救い、福音をもたらす力を持つであろうハリオベルの存在。
「てっきり知っているものだと思っていたよ。だからこそ、あまりその力を解放させないように努めているものだと思っていたんだが。違ったようだね」
「あー、いや、まぁ」
歯切れ悪く、どう言おうものか考えあぐねていると、エルがぶっちゃけた。
「痛いんだそうよ」
「痛い? なにがだい?」
「セレスレッドの姿が。私にもよく分からない気持ちだから本人に任せているわ」
おおう。みんなの視線をいただき、ま◯ゆ~!……って言ってる場合じゃないな。
そろそろ頃合いかも知れない。
「……そうだな。いい機会だからみんなにも話しておきます。さっきエルが言ったように、今まであの姿にならなかった一番の要因をわかりやすく言えば、自分の弱さ、ですね。説明すれば長くも難しいんですが──」
そう切り出しながら、勇輝が躊躇っていた理由を詳細に述べつつ、自分自身の覚悟を決めていった。
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「──とまぁ、こんなアホな理由で申し訳ないんですが」
「いや、そんなことはないよ。ただ……ユウキ君のいた世界というのは本当に平和なんだね。魔法もなく世界がそこまで発展してるなんて、オータ様じゃなくとも興味は湧いてしまうよ」
「そうですわね。今度機会があったら連れて行ってもらいましょう。いい詩が詠めそうですわ」
「はは。エルも行きたがってたし、俺からもオヤジに今度会ったら頼んでおくよ。さて、じゃあそういう訳でいっちょやってみますか」
うーん、と両手を上に背伸びをして、気持ちを改める。
「え?」
驚きを声にしたのはエルだった。
「エルとノア以外はこの解放状態を見たことないですよね?」
「それはもちろんだが」
「ユウキ、無理してない?」
「大丈夫だ。ありがとうな、エル。んでもって、エルも俺に対してどこか遠慮してんだろ? 俺はお前のパートナーみたいなもんだ。そんな俺に遠慮してどうするよ?」
「だ、だって助けてもらってる立場で、ましてや勇者様に、いたっ」
エルへデコピンをかます。
「今の勇者様ってのはボケだよな? 助けとか立場とか、おまえにそんな言葉は似合わねぇよ。散々ヘタレこいてた俺が言うのも何だけど、もう俺の中ではアイオライズもオヤジ達の望みも、既にきっかけに過ぎないんだよ。やりたいと思ってるからやってるんだ。決してやらされているんじゃないんだよ。もうおまえがヤメだと言い出しても無駄だからな? 引きずってでも付き合わせてやるから覚悟しろよ? ホントの俺はしつこいぜ?」
エルはプイッと目線を外し、口を尖らせる。
「ふんだ。しつこい男は嫌われるわよ。ね? ティアーナ」
「ええ、普通ならそうですわね。ですが少なくとも私はユウキ様なら多少しつこくても構いませんわ。いえ寧ろ、その位の方が宜しいのではないかと。Sランクまでの道のりなんて簡単に駆け上がってしまうでしょうしね。私の旦那様になられるならそれくらいの事は気にしませんわ」
「…………はい?」
ティアーナは同意したかと思えばニコニコほんわかと、とんでもないことをサラッと言う。
思った事をそのまま口にする性分だからこそ、時として人を翻弄させてしまうのだろうが、旦那様とか冗談にしか聞こえない。どこでフラグが立ったのやら。
「エル様、マズイですよ? ライバル登場でございます! 今のところはエル様が不利ですよ!」
「ちょっと、ノア? あなたホントにぬいぐるみみたいに黙っていたかと思えば、ここに来て初めてのセリフがそれ? ちょっとは味方してくれてもいいんじゃない?」
「そうは言っても、容姿端麗、品の良さ。どう考えてもティアーナ様に分があるのは一目瞭然なわけで」
「いや、そうとは限らないぞ? エルもティアーナもまだ冒険者になったばかりだからな。今の所はAランクである私が数歩リードしている事は忘れるなよ?」
「ローズ!? ランクの話じゃないわよ?」
おいおい。俺の覚悟の話から随分脱線してやいませんかね? なにこれ? モテ期なの? 誰か止めようよ。いや、嬉しい気もするけどさ。
「ははは。ではそろそろ見せて貰ってもいいかな? 失われていたハリオベルの力を。楽しみで仕方ないよ」
いいタイミングです、ミューランさん。
「了解っす。んじゃ、やっちゃいますよー」
やっと重すぎる腰を上げた勇輝。言ってみれば、ここからが本当のスタートとなる記念すべき日となるのだろう。
左腕にはまるハリオベルに触れて魔力を流すと、淡い光が次第に強く勇輝の身体を包みこみ、体の奥底から力が湧き出る感覚を覚えると同時に、緋色の凛々しい姿に変わる。
「──素晴らしい。見惚れてしまう程だよ。ところでユウキ君。その状態でのキミの力はどれくらいになるか、わかっていはいるかい? 数値的じゃなく、感覚的に言えばどうだい?」
「うーん。正直、こいつで戦ったことがないんで何とも言えないんですけど。それでもこれを纏った時に感じる力ってのは1.5倍とかそんなもんじゃないかって思いますけど」
「ふむ。それはいくらなんでも低すぎやしないかな。私の目にはユウキ君の魔気が数倍に跳ね上がったように視えるんだけどね」
「え? そんなの見えるんですか!? まさかみんなも?」
だとしたら俺ってばヤバイよね。
「いや、一応」と続くローズの話を聞きつつもそんな事をふと思うと、『やっとだね』と誰かが言うが、気にせず聞き続けた。
「説明しておくが、人も魔獣も、それにこの大地にも魔力というのは流れている。多くの者にはそれを直接視認する事は出来ないし、少なくとも冒険者でなければ難しいはずだ」
「うん、ローズの言う通りだ。しかし、正直ユウキ君がそれを知らないとは思ってもみなかったね。認識と感覚だけでローズやレイント殿と渡り合うとか、どんな身体能力なんだい? 私からしたらそっちの方がビックリだよ」
「まぁユウキは色々と残念な所があるからね。今更よ、そんなの」
「ナ、ナントカナッタカラ、セーフダヨネ? アハハハハ」
乾いた笑いで誤魔化し、変身を解く勇輝に、「これから徐々に色々と知っていけばよろしいのではないでしょうか。この世界でのユウキ様は、まだ赤子のようなものですもの」と助け船を出したティアーナ。
赤子て。
間違ってはいないけど、うん、まぁ一応礼を言っておこう。
「ははは。さて、随分と脱線し過ぎてしまったが。とりあえずはハリオベルが狙われる理由はわかっただろう。問題は何処でどの様に漏れたのか、だ。単にハリオベルの存在が知られただけならまだしも、ティアーナ君を狙うということは、昨日の時点では既に前にユウキ君達よりも先に情報を入手していた事になる」
「ああ、確かに。あの時点ではティアーナとレイントさんがここへ来る事も、仲間になる事も知らされていなかったし」
私とティアーナ君にレイント殿、そしてローズにオータ様。と指折り数えていくミューラン。
「この5人しか知らなかった情報だ。しかも念を入れて文書を暗号化した後にデューベル家へ伝達させたからね。そう簡単に入手は出来なかった筈だ」
「魔人の秘薬なんて話を持ち掛ける輩だからね。そこらの金に困っているような適当なヤツを金で釣るとかして、簡単に特定はさせてくれないだろうが、今現在はその人物だけが本当に依頼者に接触している唯一の人物だ。だから君達にはその人物の捜索を依頼したい。期限は、無期だ」
「え? 期限なしって何で」
「まず殺されている可能性も大いにある事。そして次に、昨日今日失敗したのにそんなすぐには次の手を打っては来ないであろう事だね。此方が急げばことを仕損じる可能性もある。それならオオグナが出て来るまで糸を垂らしておこう、という事だよ」
「ようは、今まで通りに過ごしながら俺達に近づいていくる奴やら攻撃を仕掛けてくる奴が出て来るのを待っていろ、と?」
「その通りだ」
じゃあこんな朝早くから呼び出さなくても良かったじゃん!
「けど、ただ待つとは言ってもね。いつその黒幕か関係者が接触してくるか分からないのだから怖いわよね。道を聞いて来た人、助けを求める女性、杖をつく老人、もしかしたら前触れもなく背後から攻撃、何て事も可能性としてはゼロじゃないんだから」
「うん、だからこそ君達をこのような早い時間にお呼びしたんだよ。もちろん私達ギルドも兵士も常に目を光らせておくが、今エル君が言ったような事を注意しておいて欲しい。すまないが、よろしく頼むよ」
「わかった。もし私の前に現れた時は丁寧に対応してあげるとするさ」
「ローズの対応ほど怖いものはないな」
そう言う勇輝もまた、何かあればタダでは済まさない、と誓うが、
(眠りを妨げた罪、思い知らせてやる)
と言う、しょーもない理由であるのは秘密だ。
お読み頂きましてありがとうございます!
初めての方もブックマーク入れて頂いた方も
ホントにホントに感謝!でございます。
これからも楽しんで頂けるよう頑張って書いていきます。
それにしても勇輝。
君は重い腰を上げるのが遅すぎてもう!ですよ。
話が進まないじゃないか!(おい