16. レイント、すまん
「チンタラ歩くな!」
護衛の一人が縛られた山賊ズに向かって怒鳴った。
「おまえはバカか? 捕まってまでシャキッと歩く奴がいるかってんだ」
言い分はもっともである。
「そろそろ機嫌を直しては頂けませんか? ユウキ様。でないとティアーナの心はワイズラットの深碧の様な哀詩を詠んでしまっていますわ」
先頭を歩くティアーナは、一生懸命勇輝に話しかけていた。
「あー、なるほどね? って伝わんねぇよ! 却下です! ワタクシは断然、おこであります!」
「あらあら。おこ? とはなんでしょうか?」
キョトン、と頭を斜めに勇輝を見る仕草には、反省の色は伺えない。
「そんな可愛くしてもだーめ! ゆるしま、せん!」
一瞬視界に入った顔から逃げるように、プイと背ける。
「ホントにもう……」
「「はぁ……」」
おこ!の勇輝が先頭に、溜息をつくエルと頭に乗るノアが勇輝の右側、そして額に手を当てる女性が反対の左側。首を傾げるティアーナと、エルと同じく溜息をつくレイントはその後ろだ。
渇いた笑みを浮かべつつも冷や汗を掻くレイントの部下達は、更にそれより少し離れ、紐で体と腕を縛られる山賊ズを数珠繋ぎにして挟むように歩く。
時は数十分程前に遡る──。
勇輝の中では機密事項レベルのハリオベル、またの名をセレスレッド。超絶レアなアーティファクトであり、これを狙う輩がいないとは限らないが、勇輝が隠す理由はそれではない。これを身に付け、ヘンシン!した時に本人が被る心の痛みがほとんどの割合を占めている。それを勇輝は覚悟の元で解放せんとした。
勇輝は自分からレイントへ仕掛ける。
先手必勝というものでもないが、レイントの大剣の攻撃力は脅威だ。
普通に考えればレイントの持つ大剣やバトルアックスと呼ばれる大斧は、一撃の攻撃力はあれど、重量がネックであるためにそれを振るう速度も遅い。非力な者なら持ち上げるので精一杯であろうし、それを振り回すとなれば尚のこと。モーションは必然的に大きく、ともすれば隙も大きくなるのだ。
だが、レイントの様なクラスになればそれをものともせず、山賊達を一閃で倒した剣筋は、斬波を生じた辺りからして剣技スキルだと予想する。
今の勇輝には、あの攻撃を避けながら攻め込む自信はまだなかった。
ギィンッ!
初手。
右中段からの攻撃はレイントが剣を縦に受け止めると、勇輝は回転しつつも体勢を低くしながら左下方の太腿を狙う。ローズとの模擬戦でも使っていた[桧山流=ナガレ]だ。
レイントはその攻撃を同じく受け止めようとはせず、勇輝の予想通りに大きく横へ飛び、勇輝とティアーナから距離を取る。いや、この場合はティアーナ"だけ"から距離を取ったのだろう。
「ユウキ殿、お待ちを!」
逸る気持ちも手伝い、勇輝はレイントの言葉に耳を貸さず、追撃すべくジャンプで突進。
大きく放物線を描くその体を、調整した[瞬間的暴風]で左へ強制的にずらした。
更に着地と同時に土を払い上げ、斜め右前へ、とジグザグの連続移動で翻弄させつつ、レイントの懐へと潜る。
「はぁっ!」
剣先を下から上へ斬り上げるスキル[瞬昇斬]を繰り出す。桧山流以外の使用するスキルや魔法は、全てローズとの模擬戦で培ったものだ。まだユルドへ来て日が浅いにも関わらず、こうして使い熟す勇輝は果たしてDNAのお陰か努力家なのかはまだ謎である。
「!?……くっ」
レイントは足を後ろへやり、体を捻って辛うじて躱すと、鼻先数ミリを通る剣先に肝を冷やす。これを躱すとなれば相当の動体視力と反射神経の持ち主ではあるが、しれでもまだローズの域ではない。
今度は勇輝がバックステップで距離を取ると、左手を右肩後ろで握り、炎魔法を発動準備させる。
(これならどうだ!)
手の中で光がキュウウ…ンと圧縮、収束され、限界に達する辺りでバッ!と手を前へ開く。
「 [収束爆炎!] 」
炎系の魔法レベルにして5。現在の勇輝が使える最大の炎派生魔法であった。レイントの眼前で爆発させることにより、視界を奪うことは出来たはずだ、と更にもう一度突進する。
「もらったぁ!」
今度こそ一太刀が入ろうとする、その時──。
ガァンッ!
肩口から斜め下へ向かう勇輝の剣は、横から飛んできた物体によって間を挟まれる。
(なっ、た、盾!? レイントは両手持ちの大剣だし、一体どこから──)
アイテムボックスか?いや、例えあの一瞬でアイテムボックスから取り出したにしても、横から飛んできた理由が……と瞬時一考する。
部下の誰かが投げ入れた可能性もあるが、申し訳ないがレイントの部下にこのタイミングを狙える技量があるとは思えない。
ティアーナはエルに任せているし、何かあれば念話が飛んでくる筈だ。
再度距離を取り、冷静になれ、とハリオベルを解放させようとしたその時。
勇輝の元へ、離れた場所から音が届いた。
「ユウキ!」
(──え?)
「それにレイントっ! 一体何をやっているっ!?」
怒号する声に、ティアーナが満面の笑みで答える。
「あらお姉様。お久しゅうございますわ」
「ろ、ローズ!?」
ティアーナに対峙するエルがプルプルと震えながら
「あなた、本当にローズの妹なのっ!?」
と叫ぶと、
「間違いなく。だから先ほどから何遍も申し上げましたでしょう?」
とまた満面の笑みで返された。
「『はー……。ユウキ、どうやらやられたようね』」
念話でエルに言われ、やっと勇輝も理解する。
「『う、うそだろ……?な、なにがお姉様お久しゅう、じゃい!早とちりしたこっちの身にも、レイントさんの身にもなれってなもんでい! こんのべらぼうめい!』」
何故か江戸ッ子口調になる勇輝はガクッと膝から崩れ落ち、両手を地面につけた。
もう泣きそうである。
ローズが駆け付けて状況説明を求めると、レイントは背に剣を納め、安堵の色を示す。
そしてローズもそれだけで何となく理解してしまったのだ。
ああ、いつもの妹の爛漫に振り回されたんだな──と。
「まったく……そろそろ到着する頃だろうと迎えに来てみれば……。それに、こいつらは何だ? 山賊か? レイント、一体何がどうなっている?」
「申し訳ございません、ローズ様。私の不徳の致すところでございます」
はっきり言って巻き込まれた側の一人ではあるが、レイントは一から説明をした。
▽▲▽▲▽▲▽
勇輝とレイントの戦いを見て、完全に戦意喪失した山賊達を詰所の警備兵へ引き渡してから馬車の修理を依頼する為に工房へ足を運んだ。
馬車の修理をして欲しいなら現物を持って来やがれ!な目をする修理士のおっちゃんの目の前でアイテムボックスから馬車を取り出すと、口をあんぐり目をひんむいて驚いた。
馬車は車輪だけを修理さえしてしまえば簡単に直るとのことで、それを聞いたレイントはホッと胸を撫で下ろすと、一行は勇輝にせっつかれるようにしながらコガラシ亭へやって来た。
融解の石窟から帰る途中にティアーナ達に出会い、一悶着あってセリューへ戻って来たので、空腹を我慢するのも限界だった。いきなりの大所帯の来客に、 女将のミレーも流石に忙しそうにバタバタしている。
「ホンっとにすみません!」
土下座レベルでテーブルに手と頭をつけ、勇輝の何度目かの謝罪にレイントも困惑する。
「いえ、本当にもう。ユウキ殿が悪い訳ではありません。私もティアーナ様が仰ったように、もっと早くにご説明をしていれば良かったのですから。ローズ様、私への処罰は如何様にもお受けいたします。ですのでどうか……」
このレイントの言葉に嘘はない。しかし、こうして勇輝に謝られると困ってしまうのでローズに間を取り持ってくれ、と助けを求めるのであった。
ちなみに当のティアーナはどこ吹く風で、果実たっぷりのフルーツジュースを「あら。これは素晴らしいですわね」と口にし、その様子を見ていたレイントの部下達がついホッコリしてしまうと、ハッと我に返り、全員が頭をブルブルした。
しかし、このティアーナという超マイペース女子。
なんやかんやと文学的な言い回しが多いので、如何程の文学少女かとローズに尋ねてみれば、ほぼインスピレーションらしい。「まさかの適当!?」とツッコんだのは言うまでもない。
「ユウキ。改めて私からも謝罪する。この子は昔から思ったことをそのまま口にする超マイペースな妹なんだ。しかも分かってか分からずか、悪戯な言動がたまに傷なんだが、自分の言葉で人を翻弄させるのが得意なんだ。姉の私がこう言うとティアーナに甘すぎると思われて恥ずかしい限りだが、この笑顔に皆、癒され、騙されてしまうんだ」
「あらローズお姉様。そんなにお褒め頂いたのは何年ぶりでしょうか。イルカルバの花が咲き乱れる勢いですわ」
(((((いやいやいや!褒めてねぇし!)))))
全員が一致したツッコミである。
マイペースと言うより、ど天然の適当娘。との言葉を贈りたい。 こんな子が実は凄腕の魔法使いなんだと聞いても全くもってピンと来ない。
エルにしても本人は否定するだろうが、漫才が好きな女子で、ある意味では天然だし、かなりの魔力を持つ。
そんなエルが現在使えるようになった得意な属性魔法でのレベルは9であるが、この天然娘もどうやら同じレベルらしい。
もしかしてユルドの地では天然の女子はもれなく魔力が高い?なんて失礼な考えが浮かび、まさかな、と打ち消すと、もう一度だけレイントへ頭を下げた。
初めましての方もそうでない方も、
お読み頂きまして誠にありがとうございます。
戦闘描写ってホント難しいです。
明日と明後日はお休み!
なのに!
スケジュールは仕事の用事で一杯という。
何でも程々が宜しいですね。