あかつき(前編)……朧月瑠鳴(後編)
月曜日
「おはよう、るな。朝ごはん、出来てるよ」
宵空満[よいぞら みちる]ことみっちゃんの声が、まだ寝巻き姿の私の頭の中に、優しく
響いた。朝ごはんはチキンライスが詰まった、みっちゃんお手製のオムライス……それを頬張
りながら、私こと朧月瑠鳴[おぼろづき るな]の一日が始まりました。ちゃんとサラダとか
もあるので、栄養バランスもバッチリです。ジュースの代わりに、温かいカフェラテも飲んで
2人で後片付けして、 制服 に着替えて……みっちゃんと手を繋ぎながら学校へ出発です!
校門まで来ると、内の高校の生徒たちが、たくさん集まってるけど……内の高校の制服って
黒っぽいセーラー服で、襟の部分はその色が更に濃い感じで、その襟に入ってる線とスカーフ
部分が白いんだけど、その白さと言うか光沢がね……夜空に浮かぶ月の光を見てるような気分
になる白さだから……何かすごい。セーラー服自体の色は、黒い色が夕焼けに照らされて赤く
なった感じの色で、襟の部分は特に濃いから、一目で赤い色だって分かるけど、単純に赤を暗
くしただけじゃない、どこか青みもあるような、そんな 茜色の制服 が、こうして校門の前
に集合してる光景を眺めてると……何だか朝から夕焼けを見ているような、そんな気分になっ
ちゃいそう……さて、そんなコト考えてる内に、私とみっちゃんは教室まで辿り着きました。
「駆……おーい、駆ー!」
銀髪の氷室新[ひむろ あらた]こと氷室さんがクラスメートに向かって声をかけると……
「む……あぁ何だ、新ではないか……どうかしたのか?」
その呼び掛けに緑髪で眼鏡を掛けた鶴木駆[つるぎ かける]こと、鶴木さんが返事をした
「朝っぱらから何か考え事かぁ? ぼーっとしてたぞ」
内の高校の制服、つまり学ランを着た氷室さんは、鶴木さんにそう言いました。
「あぁ……少し、な」
そして、鶴木さんは本当に考えゴトしてたみたいで、重たい口調だったけど……鶴木さんも
制服を着てるし、内の高校の学ランがどんなのか説明しよっと。えーと、全体はセーラー服の
黒い部分と同じ夕焼けに照らされたような赤みのある黒で、襟の部分などに白い線の縁取りが
あって、これもぼんやりと輝く白で、ボタンもそんな感じの白だけど……金属製だからか例の
光沢が更に強くて、銀色とは印象が全然違うなぁ……何かの色が混ざってるはず何だけど、ん
ー、分かんない……いや本当に、ぼんやりと輝く月の光を眺めてるような色合いなんですよ。
「今日のお弁当は、お魚多め」
お昼休みになって、いつものようにみっちゃんと一緒に、2人分くらいのお弁当を半分こ!
鮭の切り身に、かつおぶしやタラコ、ウィンナーの切り身、エビフライに、出し巻き卵とか
……それを適当にお箸で取っては、みっちゃんと食べさせ合いをする、そんなお昼の時間です
「どうしたの?」
みっちゃんが私に声をかけた。みっちゃんのお弁当は美味しくて、こうして一緒に食べてる
時間が、とっても楽しくて幸せ……それは言うまでも無いんだけど……何か、今日は…… 教
室の雰囲気がいつもと違う 感じがして、そのコトが気になって私は……ぼーっとしていた。
ここで私は、玉宮明[たまみや めい]こと、めいちゃんの方に顔を向けた……ピンクのツ
インテールのめいちゃんは、何だか考えゴトしてるみたいで、朝からずーっと黙ってる……
「まゆちゃん」
ここで私は、桂眉子[かつら まゆこ]こと、まゆちゃんに声をかけ始めた。
「まゆちゃーん」
1回だけで気付いて貰うのは、さすがに厳しかったのかな? 、私はもう一度、まゆちゃん
に呼びかけた……すると、まゆちゃんは私の声に反応して、こっちに振り返った後……
「なぁに?」
まゆちゃんは、特に話しかけられて不機嫌になったわけでもなく、私の声に驚いたわけでも
なく……ただ、ごく普通に、私の方をまっすぐ見て、そう返事をした。
「朧月さん……どうかしたの?」
まゆちゃんは更にそう続けたけど、私は何も答えるコトが出来なかった……何だか、まゆち
ゃんがそこにいないというか、 まゆちゃんじゃない ような違和感に襲われて、何でそんな
感覚になったのか分からなくて、そのまま黙ってたたずんじゃって……そうする内に、まゆち
ゃんは、用件がないと判断して、顔の向きを元に戻して、再び 何もしてない状態 に戻った
……何だろう、 何か が……違う、何か ヘン だ……私はそんな気がしてならなかった。
「今夜の晩ごはん。何がいい?」
学校の帰り道を一緒に歩いている時にみっちゃんがそう言った。そう聞かれたので私は……
「みっちゃんお得意の……サンドイッチ!」
こうして、私がお家に帰った後、みっちゃんお手製のサンドイッチが、食卓の上にたくさん
並ぶコトになりました。刻んだゆで卵をマヨネーズで和えたのもいいけど、やっぱり半熟卵と
お肉を挟んだこのサンドイッチが、我が家の味だなー……今日は鶏肉、豚肉、牛肉と勢揃い!
この半熟加減はお家で作るからこそ、だよねー……このレタスとトマトを挟んだサンドイッ
チだって、歯応えもいい感じだよ! あぁ、こうしてみっちゃんお手製のサンドイッチを、み
っちゃんと一緒に食べて過ごす……本当に、幸せだなぁ。あ、そうだ、明日の晩ごはんは……
「みっちゃん!」
そうと決まれば……私は、その内容をみっちゃんに伝える為に、叫びました。
「ん?」
みっちゃんがそう反応しながら、今日もみっちゃんの素敵な笑顔が、私の方に向けられる!
「明日の晩ごはんは……クリームシチューにしよう! お肉たっぷり入れた!」
そして、私は高らかな声で、みっちゃんにそう言って、提案するのでした!
「ん、いいね」
ここで、みっちゃんは私にそう答えながら、優しく微笑むのでした。あぁ……今日も一日、
みっちゃんと一緒に過ごせたよ……私はベッドの中でそう実感しては、隣で寝てるみっちゃん
を眺めた後、この幸せな時間に包まれてるのを感じながら布団を被り……おやすみなさーい。
火曜日
さて、今日の朝ごはんはトーストに、バター、イチゴジャム、マンゴージャムを、それぞれ
たっぷり塗って、今夜の食材を温存……インスタントのエスプレッソをジュースの代わりに飲
んだ後、今日もみっちゃんと一緒に学校に出発! 今日はちょっと用事もあるんだよねー……
「あらあら! るーちゃん! みーちゃんまで!」
薄いオレンジの髪を長く伸ばした、朝比奈真白[あさひな ましろ]こと、ひなちゃんのい
る教室に、ふらりとお邪魔してみました。ひなちゃんは私をるーちゃん、みっちゃんをみーち
ゃんと呼びます。今は休み時間中だから行動出来る時間は結構少ない……挨拶がやっとかな?
「さくちゃん! ほら、挨拶! 挨拶!」
ひなちゃんの後ろに隠れて、恥ずかしそうな顔でこっちを見てるのが、朔良望[さくら の
ぞみ]こと、さくちゃん。淡い水色の髪と、小学生としか思えない背丈、何よりもその幼い表
情がとってもかわいいです。さて、そろそろ自分の教室に戻らないと……私とみっちゃんは、
さくちゃんとひなちゃんに手を振りながら教室を後にします。やがて時間は、お昼休みに……
「たまにはコンビニでお昼もいいね」
みっちゃんはそう言いながら、私と肉まんを食べながら、学校の教室に戻るまでの道程を一
緒に歩いてます。肉まんと言ったけど、豚の角煮まん、ピザまん、カレーまん、そんな感じで
何種類か食べながら、飲むタイプのアイスをお供に、食べ歩きして……それから授業も終わり
今では学校から帰って来て……私のお家に着いた頃には、もう夕日が沈み始め、私はそんな景
色を窓越しから、ぼんやりと眺めていた……丁度、雲も出てて、ほどよい眩しさかな。
「きれいな夕焼けだねー」
雲の陰の部分が青み掛かって、そこに夕焼けの赤が紛れ込み、直接見れそうで見れないくら
いの明るさの、夕日が映し出す光景はどれも違ってて、たまにはじっくり眺めるのもありだよ
ねー……さて、ここでみっちゃんの方を振り向くと、私とみっちゃんは……目が合いました。
そして、特に言葉を交わすコト無く、夕焼けに照らされた、私の顔を眺めてるみっちゃんと
しばらく見つめ合って、その間も夕日に焼けた空は表情を変えて行き、気が付けばもう夜……
「いただきまーす」
私はそう言いながら、昨夜みっちゃんにお願いした、お肉たっぷりのクリームシチューを大
きめのスプーンですくい上げていた。牛肉をサイコロ状に切り、鶏ささみを刻んだのも入れて
ニンジンやタマネギはシチューの中に溶け込んでて、その甘みだけが加わった、お肉ばかりが
入ってるように見える、何とも贅沢な晩ごはん! そして、まだ熱いシチューの乗ったスプー
ンに、みっちゃんの息をふーふーと吹きかけて貰って……それを私が、ぱくりと食べる!
「んーぅ!! 美味っしいー!!」
私はみっちゃんの方を見ながら、そう叫び声を上げる。みっちゃんも私の方を見ながら……
「うん。味付けもいいバランス……上手く行ったね、るな。」
さっきまで一緒に作ってたから、美味しく出来たのは本当に嬉しい……調理中の湯気の感触
や食材を刻む音、そして傍で感じていた、みっちゃんの温もりが、まだ記憶に新しいなぁ……
そんな時間をみっちゃんと一緒に過ごしながら作った、晩ごはんが美味しかった一日でした。
水曜日
「まぁ! るーちゃん!」
今日は特別なコトもなく下校時間になったなと思ったらひなちゃんと遭遇。こんな風に帰り
道でバッタリ会うのは初めてかな? んー、何を話そうかなー……と思ったけど、ここは……
「あれ? ひなちゃん、その手に持ってるの……何?」
ひなちゃんの手には、何枚かの券が握られてたので、ちょっと聞いてみるコトにした。
「昨日さくちゃんがね……ネットで、懸賞付きのゲームをやってたら、この券が当たったの」
ひなちゃんが私にその券を見せると、私の隣にいた、みっちゃんが……
「近くのゲーセンでも使える割引券で、結構枚数ありますね」
みっちゃんの言う通り10枚以上あるねー……そう思ってたら、ひなちゃんの口が開いて……
「昨夜さくちゃんが頑張って……大当たりじゃないけど、次々と当てたの……そう言えば、さ
くちゃんと一緒にゲーセンに行った事、まだないなぁって……」
ひなちゃんの口調が、一段とゆったりになり、さくちゃんのコトを想うように、優しい口調
でそう言った……かと思うと、今度は声の調子と速さが元に戻って、更にこう続きました。
「でも……この枚数を2人で使い切るのはちょっと大変で……あの、もしよろしければ……る
ーちゃんとみーちゃんも、一緒にゲーセン……行きませんか?」
ひなちゃんがそう言ってる後ろで、さくちゃんが隠れてたりします。そして、ひなちゃんの
誘いに私とみっちゃんが、どう返事したかだけど……とりあえず、私とみっちゃん、ひなちゃ
ん、さくちゃんの4人は、近場のゲーセンで早速、割引券の対象のゲームを遊ぶコトにしまし
た。特にこのゲームは、何と初回プレイ無料! 最初に誰がやるかを相談しようとしたら……
「るなが遊んでる姿を眺めてるよ」
と、みっちゃんは言って……
「わたしも、さくちゃんが遊んでる姿を……眺めまーす」
ひなちゃんもこう言ったので、私とさくちゃんでゲームスタート! と、思った矢先に……
「うーん……遊ぼうと思ったら、30分待ちです、と言われる何てね……」
私はそう言いながら歩いてた。例のゲームは遊べる台数が少ない大掛かりなものだと言われ
私とさくちゃんの2人で予約して、予約番号を受け取り、その間、どうしようと悩んだ末……
「つまり……このゲームは、ここにあるゲージみたいなのを赤くしてけば、いいのかな?」
そう発言した私の目の前には、ボタンを押す度に色んな動きをして、その動きが当たれば相
手にダメージ与える感じの対戦ゲームがあり、それをさくちゃんと一緒に遊ぶ流れになってた
「コマンド入力で必殺技も出せるみたい」
みっちゃんがそう言ったので、ちょっと試してみようかな。
「いろんな必殺技があるねー……さくちゃん。あれ? ちゃんと入力してるのに技が出ない」
ひなちゃんがそう言う中、キャラの足元にある小さいゲージが何か動き始めてる……んー、
よく分からないけど、ちょっとこの、 桜道斬捨御免 というのを入力してみるかな……
「おー、何か剣を振ったと思ったら、その動きに合わせて桜が出て来た!」
私は感心しながらそう言ったけど、これを相手に当てなきゃダメというコトだよね?
「ジャンプ中だと、出せる必殺技も変わるんだね」
みっちゃんはそう言ったけど……ジャンプってどうやるんだろう……ボタンはもう全部押し
たのに、一度も出来たコトないよ……私がそんなコト考えてると……
「そのレバーみたいなのを、上に倒してみて」
みっちゃんに言われた通りに、私はレバーを上にグイッと倒した。すると……
「おー! ジャンプした! そうか! これで上に跳べるんだ! みっちゃんありがとう!」
そんな風に適当にやってる内に、必殺技の流れ弾に当たったり、さっきの桜道斬捨御免を当
てようとしても、何だかんだで逃げるさくちゃんを相手にする内に時間切れになって、どっち
のゲージも真っ赤にならずに終わった時は、よりゲージが赤い方が負けになる、みたいで……
「さくちゃん! 2連勝で、さくちゃんの勝ちだよ……おめでとう!!」
ひなちゃんがそう言って、さくちゃんの勝利を称えてました。うーん、さくちゃんは逃げ回
るのが上手で、こっちの攻撃が全然当たらなくて、一方的に攻撃を当てられてた……完敗だよ
「次……私いいかな?」
ここで、みっちゃんが、さくちゃんの方に近付きながら、そう言った。
「お、みっちゃんも一緒にやっちゃうー?」
みっちゃんと同じゲームをする……それだけで、すっかり嬉しくなって、私はそう言った。
「うん、見ていてやり方が分かった。同じキャラを選ぶね」
私が使っていたキャラは、男性キャラだったらしく、侍のような浪人のような、服装もそん
な感じで、日本刀を振りかざして斬り掛かる感じのキャラでした……あれ? でも2人とも同
じキャラだと、どっちが自分のキャラか見分けが……そう思いながらキャラを決定すると……
「おー! 服装や髪の色が変わったー! そんじゃ、みっちゃん覚悟ー! 真剣勝負だよ!」
なるほど、同じキャラになった時の為に、別なカラーも用意されてるんだねー……私はそう
感心しながら声に出した後、みっちゃんとの対戦が始まり、しばらくすると、私は叫んだ……
「待って! みっちゃん話し合おう! 同じ侍同士、争うのはよくないよ!!」
みっちゃんはどんどん斬り掛かって来て、地上にいたり、空中にいたり、そこから色んな攻
撃を仕掛けてきたりと、攻撃が当たらない以前に、私のゲージはどんどん赤くなる一方で……
「この斬り上げてから、そのまま空中技が出せるコマンド強いよ。るなもやってごらん」
みっちゃんが、あと一撃でゲージが真っ赤になる私に、そう言った。
「それ、入力難しいんだよ! まずレバーを横に倒したら、すぐ下方向に倒して、そこから更
に横方向に滑らせて右下まで入力した後に、ボタンを押してねって……何!?」
さっきから、私もその技を出そうとしてるけど、こんなに激しくみっちゃんに襲われてるか
ら、慌てて手を動かしちゃって全然入力が上手く行かないし、そもそも落ち着いてても入力出
来ないのに、こんな状況下で使うなんて無理! 今だって左下までレバー倒しちゃったし……
「この技で空中に跳んで、下にレバー倒して3つ目のボタンを押すだけで、これが出来るよ」
そう言うと、みっちゃんは剣を構えたまま落下して来て、それが当たると同時に、私は……
「ぎぇえええああああ!! ワ、ワシの老犬活殺剣がぁぁあああ!!」
気が付くと私は、ローニン・リザードに出て来た、老剣士のやられ台詞を叫んでました。
「ご老体。生類憐れみの令は、とうに終わったのでござる」
そして、みっちゃんがさらりと、その後の勝利台詞を言った後、店内アナウンスが流れ……
「チェス何て、やるの初めてだなー」
みっちゃんに斬り捨て御免された後、例のゲームの予約番号がアナウンスで流れたので、私
たち4人は、そのゲームの所まで移動して、筐体の前で、私はそう言った。それにしても……
「チェスって、駒が動物の形をしてたりしますが……これはとても凝ってますねー」
ひなちゃんが言った通り、ゲームの盤面自体はビリヤードの半分くらいの大きさはあって、
ポーンは甲冑を着て剣と盾を構えた兵士、ナイトは槍を持ったポーンより豪華そうな鎧を着た
人間が乗ってて、ビショップは杖を持った老人が威圧感のある僧侶の服装をしてて、ルークは
石造りの砦が縦に伸びたような感じだけど、所々にあるヒビというか傷が、いかにもそれっぽ
い。クイーンは女性だからか色々気合が入ってて、一言で例えればワルキューレの翼を取った
感じで、肌の露出が多くて、キングは王様らしい豪華で動き辛そうな格好だけど、若い男性の
顔をしてて……黒の方のキングは骸骨の顔と腕が見えてる感じ……そんな彫像を立体映像で映
し出してるから、これがローニン・オクトパスの言ってた、 新時代 のゲームなのかも……
「何も考えずに白の方に座っちゃったけど……さくちゃん、私が先手でいい?」
私がそう聞くと、黒の方にいるさくちゃんが、こくりと頷きゲーム開始。私の第一手は……
「えーと、キングの前のポーンを動かすね……あ、2マス進めた」
すると、凄まじい地響きがゲーム効果音として鳴り響き、ポーンはゆっくりと前に進んだ。
「さくちゃん……頑張ってー」
ひなちゃんがそう声援を送って、自分の番だと理解したさくちゃんも駒を動かした……
「騎兵みたいな駒が、僧侶と兵士の前に……何か狙っているのかな」
みっちゃんがそう言った後、ひなちゃんは答えた。
「さくちゃんはー……前にチェスの駒を積み木の上に乗せて遊んだ事なら、ありますが……」
ナイトの駒が上空に高く跳び上がり、大きな地響きと一緒に着地した後での、会話でした。
「とりあえず、前進あるのみだね!」
そう言って私は、キングを一歩前に進めた。確か、このキングを取られたら負け何だよね?
「黒い兵士が2マス進み、さっき動かした白の兵士とにらみ合う形になった」
みっちゃんがそう言った。うーん、雰囲気が出て来たねー……よーし! ここは続けて……
「我が軍に、後退の2文字は無いのだよ!」
私はそう叫びながら、キングを更に前進させた。
「司祭が……動いた!」
みっちゃんがそう言うと、黒のビショップが瞬間移動して、私とさくちゃんのビショップが
いる列のマスに移動した。すると、何だかビショップの、杖の球体部分が光り始めて……
「わー、雷魔法でしょうか? きれいですねー」
ひなちゃんがそう言った頃、さくちゃんのビショップは私のキングに、大きな音で激しく、
のたうつ電流みたいな、紫色の光の束を放ち始めた。これ防がないとキング……ヤバイかな?
「や、やるね……さくちゃん。で、でもね……攻撃するだけが戦いじゃあ、ないんだよ!」
私はそう言いながら、クイーンの目の前のポーンを2マス前に動かし、ビショップの放つ電
流を遮った。するとビショップの杖部分の光が弱まり、電流の束も次第に細くなっていき……
「紫色の電流魔法が……消えた……?」
みっちゃんがそう言って、私はさくちゃんの攻撃を防ぐコトが出来たと安心していると……
突然、さくちゃんのナイトが上空に跳ね上がり、地響きと一緒に着地したかと思うと、その大
きな槍でキングの前にいたポーンを貫き、ポーンは鎧ごと砕け散り、盤上から消え去った……
「ポーンが! そしてナイトが……キングの目の前に!! そんな……」
私がそんな驚きの声を出した後、思った……してやられた! さくちゃんが、最初にナイト
を動かしたのはコレを狙っていたから……どうやら、さくちゃんの方がチェスは上手のようだ
ね……もう戦意喪失しそうだよ……すっかり勝つ自信が無くなったと感じ始めた、その時……
「落ち着いて、るな。その黒い騎兵の駒を、もう一度よく見て」
みっちゃんの声が救いの言葉となり、私に届いた……そういえば、ナイトの駒がさっきのビ
ショップみたいに、魔法とかのエフェクトを出してない……つまり!!
「やれやれ……さくちゃんが、私を驚かせたのが悪いんだからね……?」
私はさくちゃんのナイトの隣にある自分のポーンが斜めに動かせるコトに気付いたので……
「あぁ! さくちゃんのおじいちゃんが!」
私は、さっきキングを攻撃して来た、ビショップのマスにポーンを動かした……さくちゃん
がナイトで同じコトして来たばかりだよね? 自分の駒が、相手の駒と同じマスに進むと……
「待って、司祭が……杖から魔法を!」
みっちゃんが言った通り、さくちゃんのビショップはポーンに向かって杖から電流を放った
しかし、ポーンはこれを回避。ビショップは更に電流を放って応戦するけど……
「魔法をかわして、そのまま胴体を貫いた!」
ポーンは自軍に8個もあるのに対し、ビショップは2個……格上相手にどうなるかヒヤヒヤ
したけど、みっちゃんが叫んだ後、ビショップは灰になるかのように、盤上から消え去ったよ
「さくちゃん……」
ひなちゃんの声に心配と焦りが見え始めた……どうやら戦況は私が勝ってるみたいだね……
そう思っていると、さくちゃんの次の一手が来ました。え? こ、これって……何なの……?
「王様と砦が……光り始めた?」
みっちゃんがそう言う中、さくちゃんのキングとルークが紫色に輝き始め、その光が盤面全
体を包み込むように広がったと思うと、その輝きが収まる頃には、さくちゃんのキングは右に
2マス進んでて、キングの左マス上空からルークが、宝石のような紫色の煌きを放ちながら、
ゆっくりと地面に降りて来て、それが終わった後、盤面には金色の文字が表示されていた……
「キャスト[CAST]……リング[LING]……」
私は呆然としながらも、盤面に浮かび上がった金属感溢れる、その大きな文字を読み上げた
「いやいや、驚いたよさくちゃん……まさか、そんな大技を使えるなんてね……」
チェス何て、駒の名前しか知らなかったけど、こうしてやってみると奥が深いもんだね……
すっかり楽しませて貰ったよ……さくちゃん。じゃあ私も……お返しと、行こうかな。
「女の人が!」
ひなちゃんが叫んだけど、もう遅いよ……私のクイーンは、その持ってる剣を大きく振りか
ざすと、その刀身を緑色の光で包み込み……剣を一気に振り下ろしたかと思うと、緑色の刃状
のエネルギーがすごい速さで放たれ、さくちゃんのクイーンの目の前にいるポーンにその刃が
届くとポーンは音と共に砕け散り、キングの背後にいたはずの私のクイーンは、いつの間にか
ポーンがいたマスまで進んでて、さくちゃんのクイーンと正面から、にらみ合う構図になった
「勝負だよ……さくちゃん! 私のクイーンと、さくちゃんのクイーン……どちらのクイーン
が上なのか……白黒ハッキリさせるよ! さぁ、かかっておいで!」
さくちゃんは、この誘いに応じたのか、クイーンを前進させ、私の白のクイーンと、さくち
ゃんの黒のクイーンは今、決戦の時を迎えた。互いの剣と剣による、斬り合いを行った後……
「飛び上がって、魔法を……立て続けに!?」
みっちゃんの言う通り、白のクイーンが背中から、光り輝く緑色の翼を展開し、本当にワル
キューレになったよと思ってたら、地上にいる黒のクイーン目掛けて、上空から緑色の刃を次
々と放った。さて、地上には黒のクイーンの姿が無く、倒したのかなと思ってると……次の瞬
間、鋭い金属音が盤上に鳴り響き、燃え盛る紫色の翼を展開させた黒のクイーンの剣を、白の
クイーンは受け止めていた……そして、そのまま白のクイーンが押し負けて盤面に激突し……
「紫色のオーラが……燃え上がるように、全身に!?」
みっちゃんがそう言い終えると、黒のクイーンは地上で倒れてる白のクイーンに剣を向け、
紫色の炎を全身にまといながら突撃して行った……私のクイーンもこれまでかと思った時……
「これはー……バリアでしょうか? シールドなのでしょうか?」
ひなちゃんがそう言ったので、白のクイーンの方を見てみると……ドーム状に展開した緑色
のオーラで、その全身を覆っていた……そこへ紫色の炎となった剣が上空から迫って来て……
「紫の剣の先端が、緑のバリアと衝突して……弾かれた!?」
みっちゃんが言ったように、私のクイーンは攻撃を防ぎ、ここから反撃だねと思いきや……
「さくちゃんのクイーンの剣が……!!」
ひなちゃんがそう叫ぶと、黒のクイーンは弾かれたその身体を上空に留め、剣を振りかざす
と、燃え上がる炎のような紫色のオーラでその刀身を包み始め、それが次第に収まったかと思
うと、紫色の尖った形状のオーラとなり、その刀身は数多の小さな紫色の輝きを火の粉のよう
に放っていた……そして未だに、緑のドームを展開してる白のクイーンに剣を振り下ろし……
「白い女戦士を……バリアごと……?」
みっちゃんが、白のクイーンが緑色のバリアと共に一刀両断されたコトを、そう言った……
本当にきれいに頭から、まっぷたつだよ……そして白のクイーンは、その亡骸を緑色の炎で包
み始め……一気に燃え上がったかと思うと、その炎が消えると同時に、盤上から姿を消した。
「……勝負あった、ってヤツだね……」
その光景を見た私は、そう言うと、目の前の淡い水色の髪の少女に向かって、更に言った。
「完敗だよ、さくちゃん。クイーンはチェスで最強の駒……その駒同士をぶつけて負けたって
コトは、この先何をやっても、さくちゃんの黒い駒たちには勝てないってコトだよ……」
そして、私はウィンドウを呼び出し、投了ボタンを押した……投了の上の方にRESIGN
って書いてあったけど……れしぐん? んー、本当は何て読むのか、分からなかったです……
「チェスって、こんなに派手なゲームなんですねー……ほら、さくちゃん」
ひなちゃんがそう言って、さくちゃんに何か言うように促して、さくちゃんは頑張って口を
パクパクさせてるけど……その状況を見た私は、こう言いました。
「いいよ、さくちゃん……無理しなくて。勝者がそんなにおどおどして、どうするの? ここ
は勝ったのを素直に喜ぶとこだし、それを言葉じゃなくて身体で表わしたっていいんだよ?」
私がそう言うと、未だにパクパクと口を動かしていた、さくちゃんの口から……
「あ……!」
声が発せられたと思うと……更に、その声が続いて……
「りが……!!」
うん、もうその先は言わなくても分かるよ、さくちゃん。でもあと一息で、言えるね……
「と……う……」
チェスを対局してくれてありがとうかな? こうやって一緒に遊んだコト全部かな? とに
かく、そんなさくちゃんの、今にも途切れそうだけど、とっても可愛くて幼い声が、私の耳に
届いて、頭の中に静かに響き渡ると同時に、さくちゃんの感謝の言葉を……受け取りました。
「私もだよ……今日は一緒に遊べて、本当によかったよ……ありがとう、さくちゃん!!」
そんな感じで過ごした後、私とみっちゃんは、ひなちゃんとさくちゃんとお別れの挨拶をし
て、互いに手を振った後、ゲーセンを後にした。あ、さくちゃんは後ろに隠れたままでした。
「すっかり陽が沈んじゃったね……今、何時だろう」
みっちゃんがそう言った。解散するのは早かった気もするけど、もう十分楽しんだし、割引
券もあと数枚まで減らせたし……あ、それと。さっきのチェスが終わった後、お店の人からア
ンケートをお願いされて、ゲーム画面内で回答したけど、私が感想として入力した内容は……
「駒のデザインが凝っていて、迫力も満天で、音も凄くて、それぞれの駒に用意されたエフェ
クトも、見ているだけでお腹一杯になれそうなくらい、圧倒されました」
ここまでは、よかった点を述べたけど、これ以降は気になった点を続けたんだよね。
「駒の動きが派手で、駒を取る際の演出が、駒の組み合わせ毎に用意されているのは悪くない
のですが……さすがに、1手ごとにここまで時間が掛かっていては、全体のプレイ時間が心配
になります。クイーン同士の演出には本当に感動しました……その余韻は今も残っていますが
見慣れてしまえば長いだけの演出になってしまうのも事実で、厳しい面があると思いました」
確かこんな感じの文章……1手2分だとしても、30手打つだけで1時間越えるのは、ね……
「あと10分くらいで……18時」
みっちゃんがそう報告。辺りもすっかり暗く……って、あれ? まだ結構、 明るい よ?
それからみっちゃんと2人で少し歩いてると……目の前の割と開けた所に、内の高校の制服
を着た、ピンクのツインテールの女の子が歩いてて、声をかけるには遠いか微妙な距離かなと
私が思ってると……え? 何? 今の、何かが大きく破裂するような音……? これって……
「銃……声……?」
みっちゃんのその言葉で思い出した……そうだよ、この音は映画とかで、登場人物が歩いて
たら、 銃で撃たれた時の音 ……じゃあ、その銃弾は誰を狙ったの? めいちゃんじゃない
よね? 音がした時に、めいちゃんの顔が見えて、驚いた表情をしてたけど、それは音に驚い
ただけで、頭とかに銃弾が撃ち込まれたりして、反射的にそういう表情になったんじゃないよ
ね? そう思いながら私は、めいちゃんの方を見ていると……めいちゃんは、急に胸の辺りを
押さえながら、前のめりに倒れ込んだ……え? これって……本当に……? 撃たれ――
「るな!」
みっちゃんが突然叫んだので、私は思わず、みっちゃんの方を振り向くと……
「コイツらの対処方法……覚えてる?」
みっちゃんの目の前、つまり私の目の前には……身体の表面が赤黒くてドロドロしてて、そ
の胴体の半分以上開けられる人間のような口がある、2度と見たくなかった、思い出したくも
なかった……あの、 ヘンなの がいて、いつの間にか地面には、赤い煙に夕陽を照らしたか
のような色合いの、少し大きめの水溜りくらいある渦が出来てて、その中から ヘンなの が
次々と浮かび上がるように現われて……これは気分を悪くしてる場合じゃ無いよね。でも……
「みっちゃん! めいちゃんが……」
少し遠くにいる銃で撃たれた、胸からは血を流しているかもしれない……そんな、めいちゃ
んをこのまま放っておくというコトは……そう思いながら、私がみっちゃんに言ってると……
「るな……後ろ!」
辺りを見渡してた、みっちゃんがそう言ったので、私が後ろの方を向くと、さっきの 赤い
渦 が私のすぐ後ろに発生していた。これは……めいちゃんだとしても、他人のコト考えてる
余裕は無いみたいだね……分かったよ、みっちゃん。私は覚悟を決めて、口を開きこう言った
「みっちゃん……どっちに……逃げる?」
ヘンなの は前と後ろにいる……めいちゃんの方に逃げるか、その反対側に逃げるか……
「こっちに走ろう! 家を目指す」
そして、みっちゃんと手を繋いで走り始めた私は、倒れてるめいちゃんの方を遠目で見なが
ら、もしもめいちゃんが銃で撃たれた時に死んでるなら、見殺しにはならないけど……ここは
何とか起き上がって、生き延びて欲しいな……漫画でよくある、バッジとか手帳とか、その金
属部分に弾かれてたとか……とにかく、私とみっちゃんは、お家の方を目指し走り続けた……
1匹見ただけで、気絶してしまいそうなくらい気持ち悪くなる ヘンなの を一度にたくさ
ん目の当たりにした私は、自分の冷静さに驚いたけど……走って来る途中で、あの赤い煙の中
に金色のような光が混ざった渦が地面にあって、そこから ヘンなの が湧いて来るのを目の
当たりにした……もしかすると、この辺り一体どころか、世界中がこうなってるんじゃないか
と思うくらい、何度も見かけた……イヌを連れてる飼い主とそのペットが、仲良く一緒に食べ
られていたり、野良ネコが ヘンなの を威嚇してる鳴き声が聞こえた思ったら、すぐに途切
れたり、何とか家まで近付いてるけど……とりあえず、何で私が気絶しないのか分かったよ。
本能 ってヤツ何だね……ここで気を失えば命は無い、気味悪がって怯える何て、悠長な
コトが出来る状況じゃない……今回は今までとはワケが違う。今日は何か変な化物に遭いまし
た、あー怖かった……何て、ビックリ体験ではもう済まされない……私は人間であり、ヒトで
あり、生物である。それを自覚し、生き延びる為に、私はどんな行動をすべきなのか……それ
を本気で考えなければいけないのが、今の状況なんだ……さて、そんな考えゴトしてたけど、
みっちゃんのお家に帰って来れました。私とみっちゃんは無事だよ……私の顔と服には、走っ
てる最中に頭から浴びた返り血がベッタリと付いてるけど、命の方に別状はございません……
「みっちゃん」
お家に帰った私とみっちゃんは、お風呂に入ってるけど……私の頭と顔からは血が流れ落ち
人間のものなのか定かでは無い、その赤い液体は、シャワーの水と混ざり合いながら排水口に
吸い込まれて行った……その光景を眺めながら私は、みっちゃんに聞こえるようにそう呟いた
「どうしたの?」
みっちゃんが、心配そうな声で私に言った。そして私は、再び口を開き、言い放った。
「今夜の晩ごはん。ハンバーグがいい」
みっちゃんは私の発言に驚いて、身体を洗い流す為に動かしてた手を、一瞬止めてしまった
「え……?」
みっちゃんはそう声を漏らした。そりゃそう反応するよね……だけど私は、更に言った……
「ハンバーグがいい。チーズも使ってカロリーたっぷりの」
みっちゃんの家の食糧は、先日買い込んだばかりみたいで、栄養価も含めて申し分のない品
揃えだった。とにかく、手伝えるだけの下ごしらえもして、今日の晩ごはんが出来ました……
「いただきます……」
私は元気の無い声で、チーズがとろけるくらいアツアツで、みっちゃん自慢の特製ソースの
かかった、牛挽肉で作ったハンバーグを口まで運んだ……
「おいしい……?」
みっちゃんの質問に対し、私は黙って頷いた……ごめんねみっちゃん、味なんて分かんない
よ……こうやって顎を動かしてると、あの ヘンなの が人間の骨を噛み砕く音を思い出した
り、人間の肉ってどんな味なのかなぁ? とか余計なコト考えて、自分が今食べてるのが、人
間の肉だとか錯覚し始めるし、飲み込むのも気持ち悪いよ……でも、それでも……しっかり噛
んで、飲み込んで、ちゃんと栄養にしないと……明日も ヘンなの が赤い渦の中から、たく
さん湧いて来るなら、その時、お腹が空いて力が出なくて逃げられませんでした……そうなら
ないように、しっかりとカロリーを蓄えておくよ……みっちゃんも何とか食べてるみたいだね
「ねぇ、みっちゃん」
食事の後片付けも終わり、食べたものを戻すコトも無く、何とか正気を保っている私は、漠
然とした口調で、みっちゃんに声をかけると……みっちゃんはすぐに返事をしてくれた。
「なぁに。るな」
そして、私は質問をします……普段は小さな質問だけど、今だと大きな質問になります……
「今、何時?」
私がみっちゃんに、そう尋ねると、みっちゃんは通信機器の時刻を見ながら、こう答えた。
「20時48分」
うん、ありがとうみっちゃん……もう夜も遅くなって来たね……さて、ここで私は言います
「ありがとう。じゃあ、さ……」
私は、部屋の窓に向かうと、カーテンを開けた後、部屋の電気を消しながら、こう言った。
「何で…… お外がこんなに明るい の?」
明るいと言っても、さすがに昼間のようには明るくないけど……物を探したりしないなら、
十分な明るさかな? 空には雲が目立ち、それが赤く染まり、青みも感じるけど……やっぱり
不気味な赤さの印象が強いかな……夕焼けが雲に反射するような部分が一層赤くて、差し込ま
れる光は照らしたものを、血のように赤く染める色合いで……そして、何よりも目を引くのが
……空に浮かぶ太陽なのか月なのかも定かでない 丸くて赤い存在 ……それ自体がとても赤
く、不気味な青さも感じるコトが出来て、この世のものとは思えない色合いだけど……この色
なら見たコトがある……以前、海の日に遭った一つ目の ヘンなドラゴンの瞳と同じ色 ……
もう一度言うけど、只今の時刻は21時になりそうな時間帯……なのに、 空が明るい んです
さて、これ以上みっちゃんに聞いても、答えられるはずもないし、私はカーテンを閉めて、
部屋の電気を点けました。とりあえず、通信機器でネットを開いて……
「とりあえず、ニュースでも見ようか。みっちゃん……」
私はみっちゃんにそう言うと、ニュースサイトを開き、そこには、夏祭りの時に現れたセー
ルスの人とよく似た人がコメンテーターに……あ、テロップに、何かの専門家って書いてる。
「あの変な化け物は かみつき と言って、こうして、空がおかしくなってる間、次々と発生
各個体は時間が経てば溶けて無くなるので、頑張って逃げ切りましょう」
みっちゃんがぼんやりと、その専門家らしき人の解説を要約するように呟いた。
「こうして、家の中にいれば……安全なのかなぁ」
その件に関して専門家は触れてなかった気もするけど……私はとりあえず言ってみた。
「空がおかしくなってる間って……いつまでだろう」
みっちゃんがそう言った時、私は何となく、部屋のカーテンを開けていた……あれ?
「どうかした?」
みっちゃんが聞いてきたので、私は今、思ったコトを声に出した。
「さっきより……少し暗くなった?」
そして試しに30分以上、そのまま空を眺めていると……みっちゃんが言った。
「本当だ。暗くなってきてる……」
時刻は22時を回ったくらいだね……とりあえず、1時間後にまた見てみようかな。
「何か……飲む?」
みっちゃんがそう言ってるみたいだけど……今の私は考えゴトしてて、返事をしなかった。
一体、何を考えてたかと言うと……あの時、置き去りにして来ためいちゃんのコト……そも
そも何で撃たれたんだろう……今回の ヘンなの こと、かみつきとあの赤い渦と何か関係が
あるのかな? でも、そんなコトより……めいちゃんは、あの後どうなったのかな……胸を押
さえながら倒れたから、そこから出血してて、あそこで手当てをしてれば助かったのかもしれ
ないし、あるいはもう既に……でも、生きていたとしても、あのかみつきの大きな口で……と
にかく、生きてて欲しいなぁ……この際、何で見捨てたの? って嫌われてもいい……めいち
ゃんが生きてるって、信じたいよ……お願い、無事でいて、めいちゃん……
「23時になったよ」
みっちゃんはそう言った。私はその声に、今度はしっかり反応が出来……そして、部屋のカ
ーテンを開き、みっちゃんに電気を消して貰うと……さっきはまだ、明るい方だったけど……
「みっちゃん。電気点けて……お外、暗いね」
まだ深夜と言うほどじゃないけど、 そろそろ陽が沈みそうな頃の暗さ になっていました
「次は零時に見る?」
みっちゃんがそう聞いてきたので、私はこう返した。
「うーん……何十分かしたら、お空を眺めてみる」
そして、特に何をするでもなく、そろそろ30分経ちそうな頃に……
「早いけど、もう窓から空を眺めてみようかなー……あの 赤い月 みたいなのを探すね」
私がみっちゃんにそう言うと、恐ろしいほどに赤く輝き、太陽なのか月なのかも分からない
本当に 天体なのかさえ怪しい 、 ソレ を探すコトにしたけど……
「んー、見つからない……あそこの家の屋根の辺りが、赤く広がってるから、あの辺かなぁ」
私がそう言いながら、探してる内に……
「零時まで1分切ったよ」
「じゃあ、秒読みお願ーい……もうすっかり暗くなったなぁ」
みっちゃんがそう言ったので、私はすかさずそう言った。そして2人で秒読みを始めて……
「3……2……1……」
その後、私とみっちゃんが、同時に0と言った瞬間だった。
「何……今の……?」
何かの生き物の鳴き声のような、悲鳴のような……でも、よく聞き取れなかったかな……と
にかく、今一瞬だけ、 何かが爆発した ような感じで、空が一気に赤くなって、それが収ま
った後の空には……午前零時に相応しい暗さと、星空が広がっていました。
「空がおかしくなってる間は……これで終わったのかな?」
みっちゃんがそう言ったので、私はこう返した。
「つまり、少なくとも今は……かみつきや、あの 変な渦 は発生しないってコトだよね?」
私がそう言うと、みっちゃんは自信無さげに……こう言った。
「そう……なのかな」
とりあえず、私はこう言いながら……
「ちょっと外に出て来る、すぐ戻るから、大丈夫だから……」
私は急いで外に出て 本物の月 を探した……そして、午前零時にはこの辺と言う場所に、
その白いぼんやりとした輝きを放つ、夜空に浮かぶ月を、発見するコトが出来た。
「明日の夜は、空が赤くならないといいんだけど……」
私はそう呟いた……明日、何事も無ければ安心していいのかもしれないけど……さっきから
胸騒ぎが止まらない気がする……おまけに通信機器まで振動を始める始末で……って、え?
「通話の着信音だ……誰からかな?」
私はそう言ったけど、通話の相手なら、画面に表示されてるからすぐに分かる。そして表示
されてる名前を見た途端、私は大急ぎで家の中に戻り、みっちゃんに見せながら、こう叫んだ
「みっちゃん! これ……!!」
そこに表示されている名前は めいちゃん だった。玉宮明[たまみや めい]ではなく、
めいちゃんで名前を登録してるからだけど……ここで私にはひとつ、イヤな予感もあった……
「玉宮さん……から……?」
みっちゃんはそう言ったけど、映画や漫画とかでよくあるのが、ここでめいちゃんだと思っ
て出たら、全然違う人が通話に出て、その声の主に指定された場所に行くと、自分も殺されそ
うになる展開……とにかく、出ないコトには始まらないので、私は通話の開始ボタンを押した
「はい、朧月瑠鳴[おぼろづき るな]です……」
すっかり警戒心を露にした声で、私はそう言った。果たして、この通話の主から発せられる
声は、この警戒心を解いてくれるのか、それとも……そして、通話の相手の声が聞こえ始めた
木曜日
「もしもし、朧月さん? 大丈夫? 怪我、してない? 宵空さんは無事?」
この声は……間違いない。めいちゃんだ……!! もう次の日になっちゃったけど、今日の
夕方に銃で撃たれて、その後どうなったのか、ずっと心配だった……よかった、生きてる!!
「めいちゃん……? めいちゃん!! 無事だったんだね……みっちゃんも無事だよ! ここ
にいるよ……すぐ隣にいるよ! あのね。あのね、めいちゃん……」
めいちゃんの声を聞いた私は嬉しくなって、そう言ったけど……他の感情も混ざってる……
何で銃で撃たれたのか、撃たれたのは別な人だったのか、置き去りにしたコトを恨んでるのか
……一体どれから質問すればいいのかな……そう私が思い悩んでると、めいちゃんが言った。
「宵空さんも無事、なんだね……周りには、他に誰かいる?」
質問しようと思ってたら、質問されたので、不意を突かれた気分になったけど、私は答えた
「あ、えっと……今はみっちゃんのお家にいて、一緒にいるのは、みっちゃんだけで……」
質問したいけど……どうしよう。タイミング逃しちゃったよね……私がそう思ってると……
「るながね。あんな状況とは言え、玉宮さんを置き去りにして、見殺しにするような形になっ
たのを気にしてて……その前に、夕方に銃で撃たれたのは、玉宮さんで間違いないのかな?」
みっちゃんが代わりに全部言ってくれた……ありがとうみっちゃん……そう、内の高校の制
服姿で、ピンクのツインテールだからと言って、めいちゃんとは限らないんだよね……
「その件に関して答える前に、朧月さんと宵空さんに、ちょっとお願いしたいんだけど……」
めいちゃんはそう答えた。お願い……何だろう? とりあえず私と、みっちゃんは……
「めいちゃんから、お願いって言われたら、断る理由なんて無いよ」
「何か事情がありそうだね……どんな内容かな?」
私とみっちゃんが、そんな内容で答えると、めいちゃんは、こう言い始めた。
「まず明日は学校に行って欲しい事と、教室であたしの欠席の話になったら、あたしらしき人
物が銃で撃たれたのを見たって言って欲しいの……これは、その会話の流れにならなければ無
理に言わなくていい。そして、あたしが血を流していたかどうか聞かれたら、血を吐いていた
と答えて欲しいのと、それを聞いてきた人が誰か、メッセージで教えて欲しいんだけど……こ
のお願い、聞いてくれるかな? 学校がやってなくても、みんな教室に来ると思うんだよね」
さっきまで警戒心を高めて、集中力が増していたせいか、めいちゃんのお願いは、ちゃんと
頭に入った気がした……そして、私はめいちゃんに、こう返事をした。
「分かったよ、めいちゃん。他でもない、めいちゃんの頼みだもん……協力するよ!!」
私が、めいちゃんにそう答えると、みっちゃんが言った。
「了解。何で銃で撃たれたかは聞かないけど……撃った相手に、一泡吹かせたい感じかな?」
みっちゃんも協力してくれるみたい……そして、めいちゃんが言った。
「それじゃあ、質問に答えるね。まず、本日あたしは何者かに撃たれました。そして、いつか
のショッピングの時にも出て来たあの化物……ニュースでうさんくさい専門家の人がかみつき
と呼んでたね……そのかみつきが発生する中、何とか逃げ延びました。そして、胸を押さえて
倒れ込んだけど、実際には怪我をしていません……だからね、朧月さん。あなたはあたしを、
見殺しに何か、していない。さすがに勘違いしちゃうよねー……驚かせちゃって、ごめんね」
めいちゃんがそう言ったので、安心したのか、私は……あ、めいちゃんの話がまだ続いてた
「それにしても……つい先日、ネットで防弾ベストが格安だったから思わず買っちゃって、制
服の下に着込む何て、おかしな事してたら、まさか本当に役に立つなんてねー……じゃ、こん
な風に、その日のかみつきたちの発生が落ち着いた頃合を見計らって、通話を掛けるからね」
めいちゃんの話を聞いて、すっかり安心し切った私は涙を流していた……めいちゃんが誰に
撃たれたかも気掛かりだけど……明日も今日みたいに空の色がおかしくなって、かみつきたち
が発生するというのなら……私もそれくらい、気を引き締めておいた方が、いいのかもね……
「それじゃあ、朧月さん、宵空さん。今からお願いね……あたしらしき人物が、昨日かみつき
たちが発生する前に、銃で撃たれたのを見た気がして、血を吐いていた気がした……この情報
を話せる会話の流れになった場合のみ、言っておいてね。そして、あたしが負傷、つまり銃弾
が当たったかどうか、などを聞いてきた人物がいたら……メッセージで、あたしに教えてね」
めいちゃんが、そう締めくくって、通話は終了しました。
「大変なコトになっちゃったけど……」
めいちゃんが無事なコトに安心して流した涙がまだ止まらないままだけど、私は更に言った
「とりあえず明日、起きたら学校に行って、めいちゃんのお願い通りに行動して、みんなと情
報交換しようか……明日の夜、お空が変なコトになるかどうかも注目だね……」
私がそう言い終えると突然、私は背後から腕を回され、温かい身体に抱き寄せられる感触に
包まれた。これは、みっちゃんが……私を後ろから抱き締めて、励ましてくれてるんだね……
「あったかいよ……みっちゃん。そして、ありがとう……」
さっき、私のしたかった質問を代わりにしてくれたコトといい、みっちゃんは本当に、私の
気持ちや考えを、理解してくれてるんだなぁ……そうだよ、みっちゃん。私、今ね……無理を
しているんだよ……本当はね、一日中、泣いて喚きたいくらい、不安で仕方ないんだから……
「まさか、普通に授業をやって、こうしてお昼休みに、みんなとお喋り出来る何てねー」
教室でまゆちゃんがそう言った。めいちゃんに言われた通り学校に来たけど……今朝までの
私は、学校に行くべきか、 制服 をどうしようかと悩んでいたはずなのに……気が付けば、
こうして、みっちゃんと一緒に有明高校に登校し、自分の教室にいる……そして、まゆちゃん
の言う通り、授業も普通に行われ、私は昨日制服に付いた血を洗い流さないまま学校に来てた
し、教室の中には、私と同じように、返り血が乾いた跡が残ってる生徒も少なくなかった……
内の高校の制服は、黒が茜色で照らされたような色だから……乾いた血の色は遠くからだと、
そんなに目立たないんだよね……ただ、月のように白いスカーフ部分に掛かってるとすぐに分
かるし、私のスカーフも血に……染まっていたはず何だけど、掛かっていなかったのか、寝ぼ
けてる間に取り替えたのか、そのぼんやりとした、青白いような冷たいような白さが、血の付
いた制服の血痕の傍で、静かに輝きを放っていた……さて、私がそんなコトを考えてると……
「そういや、そうだなー……オレは暗くなるまで、外で適当に身体鍛えてたら、何かいつまで
経っても暗くならないぞ、と思ってたら……ニュースで怪しげな専門家が言ってたけど、かみ
つきって言うみたいだな、あの化物……慌てて家まで駆け込んだけど……ヒヤッとしたぜ」
氷室さんも、かみつきに遭ったみたいで、そう言ってた。そして、今度は……
「とにかく教室を見渡す限り、大きな被害も無く、学校も機能しているように見えるが……」
鶴木さんが言った通り、ある程度の空席はあるものの、教室には十分な人数の生徒がいた。
「玉宮さんは、欠席みたいだけどね。以前も、かみつきの件で休んでたし……」
まゆちゃんがそう言った時、私はめいちゃんのお願いを果たせそうだと思ったので言った。
「昨日のアレが……見間違いだったら、いいんだけどね……」
声が不自然になってないか心配だったけど……すぐにみっちゃんが続けてくれた。
「ピンクのツインテールで、内の高校の制服……どう考えても玉宮さんだけど……」
こんな曖昧な感じで、話題にしてればいいのかな? 無理に言わなくたっていいんだし……
「その玉宮さんらしき人が、どうかしたの……?」
まゆちゃんが、そう言いながら食い付いて来たけど……ここは曖昧に答えてっと……
「声をかけようかなーと、迷ってたら……突然、大きな音が、辺りに鳴り響いて……」
「その後、ピンクのツインテールの子が、胸の辺りを押さえながら、その場に倒れて……」
私が答えた途端、みっちゃんが続けて……こんな調子で、更に私とみっちゃんは続けた……
「駆け寄ろうにも、私とみっちゃんのすぐ傍に、かみつきたちが、どんどん湧いてきて……」
「何とかその場から逃げて、私の家まで帰れたけど……何なんだろうね、あの赤い渦……」
めいちゃんのお願いは、これで果たせたのかなぁ……もうひとつは、話の流れ次第だし……
「その後、玉宮とは、連絡を取ってみたのか?」
そう思っていると、鶴木さんが聞いてきた。でも、これは普通に気になるコトだよねー……
「さっきから通話を掛けてるけど……玉宮さん、出ないなぁ」
まゆちゃんがそう言ったけど、そう言えば通信機器にはめいちゃんとの通話履歴があるんだ
から、それを見られるとマズイ……まだ、お昼休みの時間はあるし、この場を離れるのに、絶
好の口実があるし、普通に気になってるコトだし……というわけで、私は席を立ち上がった。
「出ないなぁ」
そう言いながらまゆちゃんは、めいちゃんに通話を掛け続けてたけど、私とみっちゃんは教
室を離れ……その間に私は、めいちゃんの現状を鶴木さんが尋ねはしたけど、出血したかどう
かまでを聞いたわけではない、という内容で、めいちゃんにメッセージを送信した。
「あらあら! るーちゃん! みーちゃん!」
目的の教室に辿り着く前に、私とみっちゃんは、ひなちゃんと、その手を繋いでどこかに向
かってるさくちゃんと会うコトが出来た。2人とも元気そうだからこれで目標達成だけど……
「昨日はゲーセン楽しかったよ! ……でも、かみつきって言うみたいだけど、私たちが別れ
たすぐ後に、たくさん現れたから……ひなちゃんとさくちゃんは大丈夫だったのかなって」
私がそう言うと、ひなちゃんはすぐに、いつものような調子で、こう答えてくれました。
「本当に昨日はその、かみつきさんたちが、たくさん出て来ましたねー……あんなにいるんだ
から、あの赤い回転プールの中で、ずっとみんなで泳いでいれば、楽しそうなのに……昨日は
さくちゃんがすっごく怖がっちゃって、今日は学校に来たはいいけど、やっぱり気分がよくな
いみたいで……今からさくちゃんを、保健室に連れて行くところなんだー……」
それじゃあ、このまま保健室まで、4人で一緒に歩こうか、という話になって……
「今日は、お空がおかしなコトに、ならないといいんだけど……」
それから4人揃って廊下を歩いてたけど……ここで私は願うように、そう呟いた。
「昨日はどうやら18時に始まって零時に終わった……今日も、そうとは限らないけど……」
みっちゃんがそう言った後、ひなちゃんも続けて言葉を発した。
「昨夜はお空がきれいでしたねー……さくちゃんと一緒に逃げながら、行く先々でかみつきさ
んたちが、お食事していたり、食べ残しが地面に落ちていたり、ブロック塀に色んな形の赤い
模様があったり……みんなであんなにたくさん集まって、まるでパーティーをしているみたい
でしたが……何もそれを、人間でやらなくてもー……賑やかではあるのですが……」
そんな会話をする内に、保健室に辿り着き、お見舞いは何がいいかと聞いてみて、遠慮され
たものの、さくちゃんの好きな食べ物の話になって、その時にひなちゃんが言った内容が……
「塩辛! さくちゃんは塩辛が大好きなの! イカとかタコとか貝とか……でもね、その後は
必ず、シンプルで甘いものを食べるんだ……バニラアイスとか、よく食べますよー」
し、塩辛かー……物によっては口の中がしょっぱくなるけど、そこに甘くて冷たいアイスを
……うーん、そこまで変じゃないけど……そう思いながらも、私はこう言った。
「何て言うか…… 味 を、感じたかな……」
うーん、そういう世界もあるんだなー……さて、学校も終わり、すっかり夕方になって……
「お店も普通にやってたね。時刻は17時30分……今日の晩ごはんは、何にする?」
ちょっとお店に寄って、今夜食べたいものを買って……みっちゃんのお家に帰って来ました
「えーとね……ある程度スナックを食べたら、甘いデザートを作ろうかなって」
みっちゃんの質問に対し、私はそう答えた……今回作るのは、さっき買って来た、市販のミ
ルクティーババロアに、粉ゼラチンから手作りに挑戦する……チョコレートババロアだよ!!
「味は違うけど……市販品にも負けないような、ババロアにしたいね」
みっちゃんがそう言った後……一緒にババロア作り開始! 市販の手順通りに作ったミルク
ティーババロアと、レシピに沿いながらも、色々アレンジしたチョコレートババロア……その
2つを冷蔵庫に入れて、しばらく冷やしてる間に……買って来たスナック菓子を適当に食べて
カロリーを補う感じです。ババロアが出来上がるまで、まだ時間もあるし……楽しみだなぁー
「そろそろ19時かな……」
みっちゃんがそう言った。スナック菓子の袋を開ける前に……部屋のカーテンを開けますか
「……きれいだけど、こわい色だよね」
本当はもう暗いはずなのに、空を覆っている色は黒ではなく、不気味な赤色……昼間ほどの
明るさはないけど、夜とは思えない明るさかな……今頃、街のあちこちで赤い渦が発生してて
かみつきたちが次々と湧いてて……でも昨夜は、家の中まで赤い渦は発生しなかったよね……
「スナックは、何食べる?」
私はカーテンを閉めると、らせん状でドリルのような形をしたスティックタイプのコーンス
ナックの袋を開けて、それら4種類をお皿に出して少し眺めた後……唱えるかのように言った
「塩とんこつ味、しょうゆ味、味噌味」
4種類目の味は、みっちゃんが言いました。
「このラーメン味の流れを見事に断ち切る、 サラダ味 ……」
この4種類は昔ながらの味だけど……ここで、私は言った。
「しかも、このサラダ味は第三弾で、塩とんこつ味は、その後なんだよねー……」
おまけに、最初に登場したのが味噌味という……謎の経歴を持ったコーンスナックです……
「とにかく、これくらいあれば足りるね。それじゃ、るな。あーんして……」
スティックだから、こうやって食べさせ合えるのが嬉しい……さて、しばらく食べた後……
「みっちゃん、あーんして……」
そんな感じで、互いのあーんしてる時の表情と、美味しく食べてる時の表情を眺め合った後
……冷蔵庫の中に入れておいたババロアも、そろそろ十分に固まった頃かな?
「市販だけあって安定してるね。でも私たちが作ったのだって……」
みっちゃんがそう言いながら、私と一緒にスプーンでババロアを崩しながら、じっくりと市
販のミルクティーババロアと、手作りのチョコレートババロアを食べてます。みっちゃんと同
じ所を食べたり、全然違う所を食べたりと気まぐれに……市販は市販で、美味しいけど……
「この、とろけるような柔らかさが……チョコのまろやかさと相性抜群!! 分量には悩んだ
けど、これは上手く行ったよねー……みっちゃん!! 文句なしの美味しさになったよ!」
私はみっちゃんの方を見ながら、美味しさと苦労が報われた嬉しさ全快の表情でそう言った
「メッセージありがとう。どうやら家の中、つまり建物の中には、かみつきは現れない……そ
して時間は18時から零時……後はこれが、いつまで続くか……他には変わった事なかった?」
さて、家の中で赤い渦が発生するコトなく零時になり、こうしてめいちゃんと通話してます
「んー……さくちゃんの好物が、塩辛とアイスクリームの組み合わせ、という話くらいかな」
私はめいちゃんにそう言った。本当に普通の会話するくらいしか話せるコトが無いなー……
「そっちはどうなの? ごはん、ちゃんと食べてる? どこにいるかは、聞かないでおく」
あー、今みっちゃんが聞いたみたいな質問も出来たなー……これにめいちゃんが答えます。
「普通に家にいて、居留守を使ってるよー。死んだと思わせたからこそ、今回あたしを狙った
と思う相手の前にわざと姿を見せたりするのもアリだから……そんなに窮屈じゃなかったり」
めいちゃんは、何でこんなに余裕なんだろう……一日中、命を狙われてる状況なのに……
「そんな感じで、もう誰があたしを銃で撃ったのか判っちゃったかも。それよりも、かみつき
たちの方に気を付けたいよねー。赤い渦さえ発生すれば、どこにでも湧く……この渦が、もし
も建物の中にまで出現するようになったら……家の中だって安全じゃない。あと、今回のかみ
つきは溶けるのが早いから、叩いて怯ませるのは、今にも追い込まれそうになった時かなー」
とりあえず、めいちゃんが元気そうで何よりだよ……さて、もうお外は普通の夜になったし
そろそろ、お布団の中で一緒に寝ようか、みっちゃん……というわけで、おやすみなさーい。
金曜日
「こんな時に特番とはなぁ……この局も、よくやるもんだぜ」
昼休みの学校の教室で、氷室さんがそう言った。
「これで安心!かみつきの全てを教える3時間SP……だと? かみつきの弱点、及び遭遇時
の対処法、それをやるのは構わぬが……専門家の生い立ちと、その苦労話を余す所無く語ると
いうのは……如何なる思慮を重ねようとも、蛇足の一言に至らざるを得ぬのでは……」
鶴木さんが戸惑いながらも、呆れた声でそう言った。
「ここまで、うさんくさいオーラが漂ってるのも珍しいよねー」
まゆちゃんも、 真顔 でそう言ってるし……
「でも……情報は確かだったし、見てみる」
みっちゃんがそう言ったし……配信時間になったら、私も見ようっと。
「多分2時間くらい、専門家の身の上話が続きそうだなー……それとも小出しで来るか……と
言うわけで氷室くん、専門家の人が本格的な話を始めたらメッセージや通話で私に教えてね」
まゆちゃんが突然、氷室さんにそう言った……私とみっちゃんは配信開きっぱなしかな……
「お、おう……何か唐突だな、桂。ただ、オレは見るのすら忘れそうだなー……」
氷室さんがそう答えたかと思うと、まゆちゃんは顔の向きを変えて……
「それに備えて、鶴木くんにも、お願いしておく。よろしくね、鶴木くん」
そんな風に言いながら、さらりと鶴木さんにもお願いしてしまう……でも、まゆちゃん……
「構わないが……私は、貴様の通話番号を登録していたのか、疑問だぞ……」
鶴木さんはそう答えました。めいちゃんの通話番号とかなら、知ってるだろうけど……さす
がに鶴木さんのは、まだ登録してなかったみたいだねー……そんな風に私が思っていると……
「だったら今、聞いちゃうもーん。はい、私の番号」
まゆちゃんはそう言って、鶴木さんの番号を登録してました……それにしても、何だかご機
嫌だねー……でも、その割には 表情が動いてない のが何か……放課後はすぐ家に帰ったよ
「配信してる局はここだね。とりあえず音を大きくして……」
特番の配信は18時からで、もうすぐその時間。ひとまず私は30分くらい見てみようかな……
「せっかくだし、今日の晩ごはん何にするか、考えながら見てるねー」
そして、18時になり、配信画面は真っ黒……と思ったけど、よく見ればスタジオ全体の照明
が消えていて、観客の頭が動いているのが見えなくもない……やがて、少し照明が点くと、両
側からスモークが噴き出し、何だか無駄に雰囲気のいい音楽が流れて、例の専門家が現れ、観
客たちが何やら歓声を上げて、スタジオの照明が全部点いたかと思うと……後片付けが大変に
なるだけの、やたらと長くて数も多い、無駄にカラフルなテープが、破裂音と共に両側から発
射されて……専門家の人は、何だかキラキラした服装だけど、色のバリエーションが乏しくて
被ってるハットもゴテゴテしてて……もうこの人はコメディアンで、これからお笑いトークで
も始まるんじゃないかって雰囲気……そして、やっぱりこの顔……ここで私は、こう呟いた。
「浴衣を綺麗にしてくれた、セールスの人と同じ顔だなぁ……兄弟かな? 普通に同じ人?」
そして、司会の方が出演者の紹介を長々とやった後、かみつきの対処法をクイズ形式で出演
者に答えて貰い、番組の最後の方では、弱点などの取っておきの情報が……と説明してました
その後、長いCMコーナーが始まったので、この隙にまゆちゃんにメッセージを送信っと。
「クイズ形式でかみつきの対処法を出演者に出題する方式。番組の最後では、弱点などの有力
情報を発表するみたいで……その情報だけ、メッセージで送ればいいのかな?」
そして、未だに終わらないCMコーナー……あ、まゆちゃんから、返信が着た。
「それでお願いするかな? 玉宮さんと連絡が取れたのかも聞きたいし、後で通話するかも」
んー、まゆちゃんに、めいちゃんのコトを話していいのかどうか……あ、CM終わった。
「さっきのCM……こないだの派手なチェスを作ってた、ゲームメーカーの名前もあったね」
みっちゃんがそう言ったので気付いた。確かに流れた中で、一番気合が入ってたなー……そ
して一番長かったけど……その8割の時間が、魔法の攻撃シーンを映してた時間で……1分以
上経ったのに、魔法陣が展開して力を溜めたままの状態で、そこからも長くて、ボスらしき相
手を倒した後の演出も長くて……やっぱり1回のプレイ時間の長さが心配になっちゃうね……
「さぁ! それでは第一問です! このシルエットの中のどれかが、かみつきです!」
司会の人が威勢よく声を上げて、何やら4つの選択肢を出してるけど……明らかに、これは
違うというのを出題者が選んで……あー、なるほど、さっきCMでやってたゲームのキャラク
ターでしたか……正解したわけでもないのに、延々とその解説が始まった……それが終わった
ら、明らかに人物の顔のシルエットだと思うのを選んだ人がいて……それは答えた人の顔のシ
ルエットで、今度始まるドラマの解説が流れ始めて……客席からは歓声と悲鳴まで上がってる
……本当に、よく訓練された観客だなー……真に迫った、すごい悲鳴で……え? 悲鳴? そ
れに司会の人が、何だか怯えた表情をしてる……そして、専門家の後ろに映ってるのって……
「みっちゃん! これ……!!」
私は、少し離れた所にいる、みっちゃんに言った……そう、その専門家の後ろには……
「この、赤い渦は……」
みっちゃんがそう言った通り、専門家の後ろ、つまりスタジオの中に……ゆっくりと漂うよ
うに左向きに回転する、赤い煙が現れて……その煙は、夕陽が差し込んだような赤みのある黄
色い光沢を所々から放ってて、中央に空間を形成し、それが専門家の立ってる舞台のすぐ後ろ
に発生していて……その空間の中から、かみつきたちが次々と現れて……どうやら客席の方に
も、この赤い渦は発生してるみたいで、専門家の人はそちらの状況に注意が向かっていて……
「視聴者のみなさん! よーく御覧下さい。かみつきです! これが……かみつきです!!」
そう叫び始めた専門家の人は……自分の後ろにいる、かみつきに……気付いてない。
「まずはですねー……この口の部分にご注目! 大きな歯がビッシリと――」
その発言が言い終わらない内に、専門家の人は、背後からかみつきに下半身を残して、頭か
ら噛み千切られた……マイクの性能がいいから、その大きな歯と歯が勢いよく閉じる時の音が
会場全体に響き渡って……それからカメラさんがやられて、カメラの向きが上手い具合に客席
側を映す向きになって……えーと、ですね……ここは何かのパーティー会場なのでしょうか?
「う……わ……」
いやー、みっちゃんも思わずそんな声を出したよ……最初に現れた渦は、客席のど真ん中だ
ったのかな? 表面がドロドロで赤黒い、大きな口のかみつきが、その口に一度に何人もの観
客をくわえてて、もう掴み取り状態! こんな狭い所じゃ逃げようにも、将棋倒しになるのが
オチで、倒れてる人の背中に血がたくさん掛かってて、元の服の色が判んないや! 会場はす
っかり、逃げ惑う人たちの悲鳴と、かみつきの唸り声が混ざって、それをマイクがいい感じに
拾うし、かみつきが血溜まりの上を歩く音も結構聞こえる……その中に紛れて聞こえる、この
音は……うーん、頭蓋骨かな? 肋骨かな? そろそろ、どこの骨の音なのか分かりそうな気
がして来ちゃうよ……ところで、そんな会場内を暴れ回るかみつきの中に…… 変わったかみ
つき が映ってた。今回のかみつきは、表面がドロドロしてるのは共通だけど溶けるのが早く
全身の色は黒に赤い光を照らした感じで……そんな中、この 変わったかみつき は、姿形自
体はかみつきと同じだけど、その全身はぼんやりと青白く、月を見てる気分になるような白さ
で、このかみつきは 会場の誰も狙わず ただその場所をうろうろしてるだけ、のようにも見
えた。時々、唸るように口を開けたかと思うと、身体が赤く光っては、すぐ白に戻ったり……
「るな……顔を上げて!! その前を見て!」
突然、みっちゃんがそう叫んだので、私は思わず顔を上げ、前の方を見た……そうだよねー
めいちゃんが言ってた……もしも赤い渦が、建物の中にまで出現するようになったら……家の
中だって安全じゃない。スタジオって建物の中だから…… この部屋も建物の中 だよね……
「るな……とにかく出るよ。この家から……」
みっちゃんが更に言った。私の目の前には、かみつきたちの発生する赤い渦が、テーブルの
足だとかソファだとか……果ては部屋の角だとか、そういうのを無視して、その赤い煙で渦を
巻いた空間を形成し、みっちゃんの家の、 私たちが今いる部屋の中 に、発生していた……
「みっちゃん……今、何時?」
部屋を出て靴を履き、外に出て走りながら、私はみっちゃんに、時刻を聞いた。
「18時……44分」
つまり、あと5時間以上……あーあ、もっとしっかり、食べておけばよかったなー……
「零時になったら、赤い渦は発生しなくなるから……それまで、逃げ続けてればいいんだよね
……その時間になったら、私のお家とみっちゃんのお家……どっちに帰る?」
私はみっちゃんにそう言った。屋内にも発生するなら、一体どこへ逃げればいいのやら……
しかも零時までずっと、って……とりあえず、みっちゃんはこう答えました。
「よほど遠くない限り……私の家かな」
さて、逃げるのはいいけど……本当にかみつきたちは大発生してるんだね……家の中にいれ
ば、かみつきに襲われるコトは無い……昨日まではそうだったから、安心して家の中で過ごし
ていた人も多かったろうね……あちこちから、家の中でかみつきに襲われてるであろう、叫び
声とかが聞こえて来る……通り過ぎる家の窓が突然、内側から血がベッタリと付いて来たり、
走って逃げ惑う人とすれ違ったりするコトも何度もあった……とにかく、赤い渦を見かけたら
そこから離れる……そんな感じで逃げ続け……でも、さすがに走りっぱなしは疲れるので……
「みっちゃん……今、何時?」
とりあえず、辺りを見回しながら休憩も挟んで、更にしばらくした後、みっちゃんに聞いた
「21時2分」
一応あと3時間切ったんだね……うーん、どこか安全な場所って無いのかなぁー……
「あ、あれって……!!」
赤い渦を避けても、その渦から離れて単独でうろつく、かみつきだっているから気が抜けな
い……そして今、目の前にいるのは、うろついてた3匹だけど……その1匹は……
「どうしたの? るな」
配信に映ってた、 白いかみつき が目の前にいる……身体の表面はドロドロじゃなくて、
電球の表面と言った方が手っ取り早いかな……とにかく、コイツには警戒だね……
「みっちゃん……気を付けて……この白いのは多分、他のヤツと違う!」
私がそう叫んで、そのかみつきたちが、何をして来るかと思えば……
「3匹とも一緒にこっちに来たね……逃げるよ。るな」
んー、この白いかみつきが、普通のかみつきとはどう違うのか……それを調べたい気もする
けど……それは、もっと余裕のある時にしますか……今は逃げるので精一杯だったね。
「えーと……時刻は……22時8分かー」
みっちゃんに聞いてばかりだったから、今度は私の通信機器で時刻を確認して、そう言った
「あと2時間で終わり……なのかな」
みっちゃんの声に疲れの色が見え始めた……とりあえず、こう言ってみるかな……
「あと2時間で終わりなら……そろそろ、みっちゃんのお家の方に進んでみる?」
お家の中が、かみつきたちに、どこまで荒らされたのか、その確認もしたいし……
「そうだね……とりあえず、ここはどの辺りなのかな」
みっちゃんはそう言いながら、通信機器で現在位置を確認し始めた。GPSって便利だよね
「みっちゃん……? どうしたの?」
私は、みっちゃんが通信機器の画面を眺めたまま、黙ってしまったので、そう声をかけると
……みっちゃんは通信機器で表示してる画面を、私に見せながら言った……
「現在位置を……取得出来ませんでした」
あー……そう来ましたかー……まぁ、お空がこんな変な色だからね……ひとまず私は言った
「零時にまた見ようね……お空が元通りになれば、ちゃんと取得出来るよ……」
それから私とみっちゃんは、走っては休みを繰り返したけど……さっきはヤバかった。その
時は、赤い渦が右の道に発生したかと思うと、左の道にも発生して、左と右のどっちに逃げよ
うか考えてたら、また右の道に発生……つまり、一気に3箇所も赤い渦が発生してました……
「みっちゃん……今、何時?」
それからある程度、時間が経ったかと思えた頃に……私は、みっちゃんに時刻を聞いてみた
「23時6分」
やーっと、残り1時間切ったー……零時になったらGPSも復活するだろうし、私とみっち
ゃんの近い方のお家に帰れば今日は何とか切り抜けた……コトになるけどさぁ……私は言った
「ありがとう。ところで、ね……」
もうひと頑張りだね、と言いたかった。言いたかったけど、その後に私が放った言葉は……
「何で……お空がこんなに明るくて、赤いの……?」
昨日と一昨日なら……この時間になれば、明かりにするには頼りないほどの暗さで、この不
気味な空に浮かぶ、 赤く丸い天体 は、建物の影に隠れて、見付けるのは無理があった。そ
れが今夜は……探せばすぐ見付かる所にあって、その赤い光は太陽と言うにはまだ明るさは弱
いけど、その陽射しは21時の頃よりも眩しく、私の身体を赤い光で照らし、至る所に反射した
赤い光は周りの物を茜色に染め上げていた。そして私は思った……この 赤い光が強くなって
から、赤い渦をよく見かける ようになった気がする……そう、このまま零時を迎えても……
「みっちゃん」
私はみっちゃんに……こう言った。
「この様子だと、零時に終わりそうにないよ……空き巣になっちゃうけど、コンビニで何か食
べて、体力を補給しようか……お店の人がいたら、お金をちゃんと払おうね……」
そして、しばらくすると、コンビニがあったので入って、お店の人がいないか確認した結果
いるにはいたけど、手や足の食べ残しがあったり、棚にある商品のあちこちに血が掛かってた
り、一部の棚は倒れてて、丁度出来てた血溜まりに商品がおねんねしてたり……とりあえず、
電気は通ってるし、レジを打ってレシートも出せる……ちゃんとお金を払ってセルフサービス
で肉まんとジュースを購入しました。肉まん、あんまん、カレーまん……私とみっちゃんと合
わせて1種類づつの6個……これにピーチジュースで足りるかな? でも一番心配なのは……
「辺りを警戒しながら食べるって、野生動物になった気分だねー」
私はみっちゃんにそう言いながら、赤い渦が近くに発生してないか、辺りを見渡していた。
「落ち着かないけど、こうやって食べるしか無いね」
みっちゃんがそう言ったけど、運よく最後まで食べ終わるコトが出来て……とりあえず、空
になったピーチジュースは……まだコンビニの傍にいたし、分別コーナーに捨てました。
「さて、一応……秒読みするよ」
それから少し経った後、みっちゃんが言った……期待はしてないけど……
「3……2……1……」
そしてそのまま、みっちゃんが0と言った瞬間……
「ぜろ!!」
私も一緒に叫んでみたけど……とりあえず、その後にみっちゃんが言った。
「さて、GPS……現在位置を、取得出来ませんでした」
零時になったけど……空は不気味な青さのある、禍々しいまでの赤い空模様のままで……暗
くなるどころか、1時間前より 更に明るく なった……このまま明るくなれば、 赤く丸い
天体 は太陽と同じくらいの明るさになって、太陽としてこの世界に君臨するんじゃないかと
さえ思えてきた。それって、つまり……このまま、お空はおかしいままになって、私たちは、
かみつきたちと赤い渦に、怯えて暮らさなければならない……24時間ずっと、それを毎日……
「るな」
こうしてみっちゃんが、すぐ傍にいるからこそ、今は頑張れてるけど……
「るーな」
私、あとどれくらい頑張れるのかな……そろそろ、あったかいお布団で、みっちゃんと一緒
に……すやすやと、心ゆくまで眠りたいよ……そして、みっちゃんが、更に続けて言いました
「ほら、行くよ。あそこに赤い渦が見える」
あー、ごめんごめん、みっちゃん……立ち止まってるヒマは、無いんだよね……
「うん……行こうか。みっちゃん」
みっちゃんに呼びかけられ続けて、やっと返事をした私は、一緒に走り出した。そして……
「多いね……それに……」
目の前には、もう5から先は数えたくないくらいの、かみつきたち……
「赤い渦も、発生してるね……」
みっちゃんが言った後、私は少し後ろの方にある、赤い渦を眺めながら、そう言った。
「後ろにも、白いのと黒いのが迫って来てるし……こうなったら」
みっちゃんはそう言った後、少しだけ間を置いて、更にこう言った。
「目の前のかみつきの脇を通り抜けるのが、確実かな。このまま走るよ……るな」
深呼吸をすれば、血の匂いがたっぷりと鼻と喉に入り込んで来る、そんな状況だけど……頑
張るしかないよね。とりあえず、お空が暗くなる気配は……まだ無いみたいです。
土曜日
「かみつきたちを、左側に寄せて……」
みっちゃんがそう言って、私と一緒に左側のブロック塀に寄った後、更に続けて叫んだ……
「右側に走り抜ける!」
黙って5匹いた、かみつきたちを、そうやって左側に集めて右側に大きな隙間を作り、そこ
を一気に走り抜け、難を逃れた後……十字路に辿り着き、目の前には白いかみつきの姿が……
「一旦、二手に分かれるよ。るな」
みっちゃんが、そう言った後、私はみっちゃんと繋いでいた手を離し、私は白いかみつきの
左側を、みっちゃんは右側を走り抜け、その後に再び手を……私がそう思った次の瞬間だった
急いで走ってた私の足に、何かが引っ掛かり、私はその勢いのまま地面に顔から激突するよ
うに転んじゃった……でも顎の辺りに 何か柔らかいもの がぶつかってから、水溜まりのあ
る地面に顔から突っ込んだし、ここまで衝撃が和らいでると怪我の心配は要らないね……あ、
この匂いは水じゃなくて、血溜まり……今頃、私のお顔は真っ赤に染まってるんだなぁ……さ
て、起き上がって辺りを見渡すと……足に引っ掛かったのは人間の下半身の脚の部分で、転ん
だ時に顎の辺りを受け止めた下半身も近くにあるし……そんな食べ残しの数が、血溜まりが出
来るだけあって、軽く4人分くらいはありそうで……少し離れた所にいる、かみつきが、その
大きな口を動かして……一体、誰の上半身を食べてるのやら……そんなコト考えてたら、私の
自慢の金髪に何か温かいもの……血が掛かる感触がした……後ろにも、かみつきがいるんだね
「るな……逃げて!」
そんな風に叫ばなくても分かってるよ、みっちゃん。もう転ばないよう私は足元に注意して
再び走り出し、みっちゃんの方を見ると……え? 逃げてって……そういう意味、なの……?
「私に……構わず」
みっちゃんは、さっきの白いかみつきを先頭に、4匹のかみつきに追い込まれ、今にも飛び
掛かられそう……私の後ろにも複数のかみつきが迫って来てるし……考える時間は無いね……
「は……や、く……」
私はみっちゃんの言葉に、返事するコト無く、まっすぐ走り始めた……十字路の左側を見る
と赤い渦がある……みっちゃんを取り囲んだ、かみつきたちは、ここから発生したんだね……
あの状況から、みっちゃんは抜け出せたのかな……そう思いながら十字路をそのまま進むと、
目の前が赤い霧か何かで覆われ、金色のような輝きも混ざってるコトから、あの赤い渦が私の
すぐ足元で発生したのが判った……その赤い煙は血の匂いがするかと思いきや、何だか、ぼん
やりと温かいような、太陽とは違った感触がして……そう感じた直後、悪寒と恐怖が身体の中
を走り抜け、このままこの煙を浴び続けると、気がヘンになりそうだった……この赤い渦は、
かみつきたちが湧き出て来るし、急いでこの渦から離れますか……でもこれで、戻ってみっち
ゃんを追いかけるのが難しくなったし、みっちゃんも今頃、私と違う方向に逃げてるよね……
そして、また分かれ道があって、その片方の道に、またもや赤い渦が……これじゃ合流するの
もう無理だね……とりあえず渦の無い方の道に向かって走ってと……そっかぁ、みっちゃんと
しばらくお別れかぁ……そだね、みっちゃんの無事を祈ろうか……あぁ、手が寂しいなぁ……
ずっとみっちゃんと手を繋いでたから、その感触とぬくもりが無くなったら、一気に不安にな
って来たよ……あ、目の前にかみつきがいる……1匹しかいないから、なるべく離れた所を走
り抜けて……ずっと走ってるから、胸が苦しくなって来たね……そろそろ、どこかで休もうか
な? どこがいいかな、みっちゃん? 何て相談したいけどさ……いないんだよね、隣に……
それに、どこかで休むと言ってもさ、どこも安全じゃないよね? 外にいようが建物の中にい
ようが、あの赤い渦が発生してしまえば、かみつきたちは現れる……ちょっと、お空を見てみ
ようかな……さっきより明るいなぁ……相変わらずの赤さだし……もう太陽の日差しがそのま
ま赤くなったような感じだよ……そう言えば今、何時かなぁ……ねぇ、みっちゃん……今、何
時? 自分の通信機器を見れば済むコトだけど、みっちゃんの声で知りたいよ……みっちゃん
の声が聞きたいよ……あの低めで落ち着いてて、その声を聞いてるだけで安心出来る……長い
黒髪が眩しくて、その輝くような微笑みで、私を満たしてくれる……みっちゃんの声を、聞き
たいよ……ねぇ、みっちゃん……今、何時? あ、ペース配分間違えたかな……足とまぶたが
重くなって来た……一旦、止まろ……うつむきながら私はそう思い、走る速度を落としてると
……あれ? 頭をぶつけたと思ったら、何だか柔らかい……私が顔を上げると、そこには……
「朧月……さん?」
その声の主は、内の高校の制服を着たベージュのポニーテルの女の子で、木製や金属製のバ
ットなどが入った、買い物袋を手に下げながら、私の方に目を向けた後、そう尋ねてきた……
「ま……」
顔を上げた私は、目の前にいるのが誰なのか、すぐに判った。
「まゆちゃん……?」
桂眉子[かつら まゆこ]こと、まゆちゃん。私は引き続き、その名前を呼び……
「まゆちゃん!!」
更にもう一度、その名前を言っては叫んだ。まゆちゃん! こんな所で会うなんて……!!
「朧月さん。私に付いて来て」
そうだね……まゆちゃんに会えて、嬉しいけど……まゆちゃんの言う通り、付いて行こうか
「宵空さんは?」
それから2人で一緒に歩いてると、まゆちゃんが、みっちゃんのコトを聞いてきた。
「さっき……ちょっと手を離して、すぐに繋ぎ直そうと思ったら、そのまま分断されちゃって
……戻ろうにも、赤い渦がどんどん行く先々に現れて、もうお互い何処にいるのかさえ……」
あの時、私が転んでる間に状況が一気に悪化したんだよね……とにかく私は、そう言った。
「玉宮さんは?」
まゆちゃんは急に、めいちゃんのコトを聞いてきた……そういえばまだ連絡が無いけど……
「え、えーと……そう、言われても……」
咄嗟だったので、私はこう答た……でも、めいちゃんも無事なのかどうか……
「朧月さん自身に、怪我や出血、骨折などの負傷は?」
何だか尋問されているような気分になるなー……でも、緊張してると堅い口調になるのかも
「あ、それは大丈夫。今は、ちょっと走り疲れちゃったけど、特に無いねー……」
引き続き私は、まゆちゃんの質問に答えた……さて、そんな風に話しながら歩いてると……
「はい、到着。それじゃあ、入りましょ」
目の前には洋風の立派なお屋敷があり、私はまゆちゃんと一緒に、その入口まで辿り着いた
「まゆちゃん……このお屋敷の中は……安全なの?」
私とまゆちゃんが、お屋敷の中に入り、廊下を歩いてる時に私はまゆちゃんに、そう尋ねた
「いや、全く。でもね、朧月さん……どこにいても、危険だというのなら……」
まゆちゃんは、そう言いながら、ドアノブを手で回し、そのドアを開けた後……
「拠点を決めて、そこが危険になるまで過ごせばいい。ここにいるみんなで協力し合ってね」
そんな風にまゆちゃんが言った。そして、その部屋の中には……
「お、桂ぁ! 無事に帰って来れたか! 武器の買い出し、お疲れさん!」
銀髪で男性らしい髪の長さの氷室新[ひむろ あらた]こと、氷室さんが言った。
「異状無しだ。朧月を保護して来たようだな」
緑髪で眼鏡を掛けた鶴木駆[つるぎ かける]こと、鶴木さんが、まゆちゃんに言った。
「広い部屋の多い建物の中で過ごした方が、部屋にかみつきが発生しても、その部屋の中に閉
じ込めてしまう事だって出来る……とりあえず、お風呂が使えるから、色々洗い流して来なさ
い。そして、赤い渦が現れたら大声で叫んで、かみつきをお風呂場に閉じ込めて上がっておい
で……金属バットも置いてるから、必要な時は使ってね……とにかく、お疲れ様。朧月さん」
まゆちゃんがそう言った途端、私の目から涙が零れ落ち始めて……まゆちゃんに会えたコト
氷室さんや鶴木さんもいて、比較的だけど安全な場所に辿り着けたコト……安心出来るコトが
一気に増えて……零れる涙が止まらなくなって……大きな声で、私は泣き出してしまった……
「お風呂で汗を流す前に、ここで涙を流しちゃうの? しょうがないなぁ……」
まゆちゃんがそう言うと、私の頭と後ろ髪は柔らかい感触で包まれた。私の顔と髪や服は返
り血が付いたままなのに……まゆちゃんの両腕と胸が、そんな私を抱き寄せてくれていた……
「ほら……もたもたしてたら、かみつきがやって来るってば……早くお風呂に入りなさい……
朧月瑠鳴[おぼろづき るな]さん……」
このままずっと、泣き続けてしまいそうだったけど……まゆちゃんが 優しい声で 、そう
言いながら、私の頭を撫でてくれてるし……そうだね、さっさとお風呂に入ろうか……
「おかえり。今のところ、この屋敷内での赤い渦の出現報告はなし、か……」
銭湯のように広い浴場で、私が赤い渦を警戒しながら身体を洗い流し続けた結果……最後ま
で赤い渦は発生しなかった……さて、お風呂から上がったし、 制服 に着替えてっと……ど
こを見ても血が付いてるよ……その後、まゆちゃんが状況報告したし……私も現在時刻を報告
「時刻は2時43分……通信機器も同じ時間だね」
室内にある立派な柱時計と、手元の通信機器の時刻……両方同じだったので私はそう言った
「眠いの? でも寝ている間に赤い渦が発生して、かみつきに食べられちゃうかもよ……?」
窓の向こうを見ても、空は未だに赤いまま……まゆちゃんの言う通り、お屋敷内にも赤い渦
は発生するし、この部屋の中にだって……そんな状況だけど、私の意識は薄れ始めていた……
「朧月さんったら、本当にお疲れみたいだね……仕方ない、ちょっとサービスしてあげる」
まゆちゃんはそう言うと、一旦その場から離れ、毛布と全身サイズの鏡を調達し戻って来て
スタンド型の鏡をソファの前に置いた後、相変わらず淡白というか無機質な口調でこう言った
「はい、これで赤い渦が現われても、直ちに対応が可能。毛布はあるけど枕は……私の胸でい
いか。叩き起こしてる余裕が無かったら、普通に置いてっちゃうから、そこは覚悟してね?」
まゆちゃんがそう言うと私は、まゆちゃんのふかふかの胸の上に吸い込まれるように倒れ込
み、埋めた顔を呼吸の出来る向きにすると、まゆちゃんは毛布を掛けてくれて……ふと思った
「そういえば、まゆちゃんも、氷室さんも、鶴木さんも…… 制服を着てた なぁ」
それは私もだけど、さっきのお風呂上りの時にこの屋敷の服を借りるコトだって出来た……
「でも、 私は有明高校の生徒 何だし、 制服を着るのは当然 だったね」
そんな考えゴトをした後、まゆちゃんの柔らかい胸の感触と毛布のぬくもりが、疲れ切った
私の身体を優しく包み込むと、私の意識はぼやけ始め、やがて眠りの中へと落ちて行った……
「うおっぉおぉおおおお!!! 出やがっ……」
男の人の叫び声が聞こえて、私の頭がソファの上に投げ込まれる感触がしたと思ったら……
「あぁあぁあああああ!!!!」
今度は別の男の人の声が聞こえた……これは、起きなきゃダメだね……私はソファから起き
上がり、叫び声がした場所を目指して廊下を走ってると……内の高校の制服を着て、緑髪で眼
鏡を掛けた……あぁ、鶴木さんだね。鶴木さんを見かけ、向こうも私に気付くと、こう言った
「新が……やられた。赤い渦は部屋の中に納まる程度の規模で、室内のかみつきたちは施錠す
る事によって閉じ込めた……赤い渦の発生した場所が他にも無いか……警戒するぞ」
さっきの悲鳴は氷室さんで、それを目の当たりにした鶴木さんが叫んでた感じなのかな……
「空が赤いのも、大分落ち着いてきたのに……最後まで油断できないねー」
まゆちゃんが歩きながらやって来て、 涼しい顔と声で 、そう言った。
「朧月さん、おはよう。よく眠れた? 現在時刻は……5時11分っと」
まゆちゃんは通信機器を見ながら、更にそう言ったけど……あ、れ……?
「さて、窓の見える部屋に行きますか。出来れば6時くらいの空模様を確認したいなー」
あ、うん……そだね。こんな感じで、驚くほど冷静な、まゆちゃんに対して……
「新……すまん。だが、私が部屋に入った時には……もう……。こんな、事が……」
そうだよ……鶴木さんは氷室さんと本当に親しかった……その悲しみを何とか堪え、冷静に
対処した鶴木さんはすごいよ……でも、まゆちゃんの方は……やっぱり、 おかしい よ……
まゆちゃんはね、教室で氷室さんの姿をぼんやりと眺めてた時、何かの弾みで氷室さんが振
り向いたら慌てて顔を赤くしながら目を逸らしたり、2人切りになった時は、恥ずかしさの余
り、言葉も身体の動きもあやふやになるほど氷室さんを意識してたし……誰がどう見ても 片
思い だったよね? その氷室さんが 死んだ んだよ……? 取り乱して、泣き喚いたって
状況的には許されなくても、その行為自体は誰にも責められない……なのにどうして、そんな
に冷静でいられるの? ねぇ、何も感じないの? 氷室さんが死んだのに……悲しくないの?
「まゆちゃん……どうしちゃったの……?」
私は心の中でそう呟きながら、まゆちゃんと鶴木さんの後に付いて行った……
「新……新ぁ。……あら、た。新……」
部屋に着いたけど、鶴木さんは椅子にうなだれて、そう呟き続けるばかりで……痛々しいよ
「鶴木くんはこんな感じだから、朧月さん、空模様の確認お願いねー」
まゆちゃんがそう言うと、私を窓の近くに連れて行った後、ドアの前で部屋全体を見渡し、
辺りを警戒し始めた……ここで赤い渦がドア越しに発生したら最悪なのかな? 私も警戒だね
「あ、鶴木くん落ち着いた? じゃあ、朧月さんの所から、私の周囲を見ておいて」
その後、鶴木さんが私の傍に来たけど……まだショックから立ち直れてない感じの動きだね
「現在時刻は5時35分。朧月さん、空の様子は?」
まゆちゃんが通信機器を見ながら、そう言ったので、私は見た通りに答えた。
「うーん、赤い陽差しがまだ強いなー……この明るさならピークは過ぎてると思うけど……」
早朝本来の空の青さと、 赤く丸い天体 の放つ赤い光が混ざり合い、赤みの方がやや多い
紫色の空模様かな? 赤く丸い天体 の光は直視出来なくもないけど、まだ眩しいなー……
「現在時刻は5時55分。朧月さん、空の様子は?」
まゆちゃんが通信機器を見ながら、そう言ったので、私は答えた。
「さっきは辛うじて赤紫色のお空だったけど……これはもう紫色でいい気がするなー……あ、
まゆちゃん、一応18時から12時間経つコトだし……ちょっとカウントダンお願いしていい?」
赤く丸い天体 はまだ、お空の上ですぐ見付かるけど、このまま赤い光が弱まってくのは
間違い無いよね……あと1時間や2時間で終わるとは思えないけど……一応、やってみる……
「その役目……私が引き受けよう」
鶴木さんが、そう言いながら、名乗り出た。
「じゃあ1分前になったら知らせるねー」
まゆちゃんが無機質な声でそう言った……そうだね、時刻表示を見続けるのも今は危険……
「えと、残り10秒切ったら、カウントダウンお願いします。鶴木さん」
私はそう言った……5分足らずの間に、この部屋に赤い渦が発生しても、おかしくない……
「相、分かった」
鶴木さんがそう答えた後、まゆちゃんが鶴木さんに知らせる時間になり、秒読みは進み……
「……6……5……4……3……」
私は鶴木さんのカウントダウンを聞きながら、 赤く丸い天体 の様子を眺めていた……
「2……1……」
そして誰も0と声を発するコトなく迎えた朝の6時……私は思わず、声を出すコトになった
「何……!? これ……」
外から突然 大きな悲鳴 が聞こえて来た……その悲鳴に応じるように 赤く丸い天体 は
悲鳴が始まると光を強め、それが終わると元の明るさに戻り、また悲鳴が始まると、その赤い
光を一気に強める……そんな明滅を繰り返し……やっとその悲鳴も終わったかなと思った途端
「何とも気味の悪い、おぞましい声だ……阿鼻叫喚とは、まさにこの事よ」
鶴木さんの言う通りだね…… 赤く丸い天体 が上げた叫び声は、この世のものとは思えな
い断末魔で、その時に放った赤い光は一瞬とはいえ、街全体を不気味な赤で一気に染め上げる
尋常じゃない量だった。今では、その光は収まり…… 赤く丸い天体 があった場所には、赤
い煙のようなものが少し漂ってるだけで……そう思ってたら、その煙も……消えちゃいました
「朝日が弱点という事かな……」
まゆちゃんが、そう言った。結局、太陽なのか月なのか、その辺はハッキリしないけど……
「実に奇妙な叫び声であった……朝の雄鶏の代わりを務めるには、恐ろし過ぎる鳴き声だな」
鶴木さんがそう言ったけど……とにかく、これで分かった。かみつきも ヘンなドラゴン
も、今回の 赤く丸い天体 も……痛みを感じれば悲鳴を上げる、というコトは…… 生物
なんだね…… 命ある存在 ではあるんだね……一体どんな構造なのか、知らないけどさ……
「GPSも……復活しましたか」
そんな考えゴトしながら私は通信機器を開き、位置情報の取得が出来たコトを報告していた
「じゃあ6時20分になったら各自、自由行動。まだ、かみつきが残っている可能性があるし」
まゆちゃんもそう言ったし、この部屋の中の安全は確実なものとなった。だから、私は……
「やはり、此度のかみつきは20分も経てば、溶け失せるか……」
鶴木さんがそう言ってたけど、私はこのお屋敷の位置情報画像をメッセージに添付して……
「6時になってヘンな月はいなくなったからGPSも復活したよ! 私は今、まゆちゃんと鶴
木さんと、このお屋敷の中にいるよ! みっちゃん大丈夫? 怪我とかしてない?」
私はそう入力すると、みっちゃん宛てにメッセージを送信した……それから少し経って……
「返信来た!? じゃあ、みっちゃん無事なん……」
私はその言葉を飲み込む結果となった……今、私に届いたメッセージの内容は……
「朧月さん。通話しても大丈夫になったら、返信して。あたしの方は問題なし」
玉宮明[たまみや めい]こと、めいちゃんからのメッセージだった……私はすかさず……
「6時になってヘンな月はいなくなったからGPSも復活したよ! 私は今、まゆちゃんと鶴
木さんと、このお屋敷の中にいるよ! みっちゃん大丈夫? 怪我とかしてない? ……丁度
このメッセージと画像を一緒に、みっちゃん宛てに送信してた。みっちゃんと、はぐれちゃっ
た……私の方は、怪我も出血も骨折もしてないよー。おはよう、めいちゃん」
私は画像が添付されてるか確認し、めいちゃんにメッセージを送信した後……こう発言した
「みっちゃんとめいちゃんにこの場所を画像で教えて、今からめいちゃんから通話来るけど」
私がそう言うと、まゆちゃんと鶴木さんは、何だか驚いた表情をしてたけど……その後……
「うーん、鶴木くん。応対頼める? 6時20分になったら交代してもいいし」
まゆちゃんの提案に対し、鶴木さんは……
「よかろう……」
そう返事をした後、めいちゃんからの通話はすぐに掛かって来たので、まずは私が応対した
「めいちゃん! 私……生きてるよ!! 元気だよ……あ、えーと……鶴木さんに代わ……」
私がそう言ってると、めいちゃんの放った第一声は……
「がふっ!」
いきなり、めいちゃんが苦しそうに息を吐き出したけど……え? これって、 咳 ……?
「めいちゃん! どうしたの……? 怪我してないんだよね!?」
私が驚きながら、そう尋ねると、めいちゃんは今度こそ喋り始めた……
「だ、大丈夫……心配しなくて、いいから……つ、鶴木さんに代わるんだった、よね……?」
めいちゃんがそう言ったので私は、隣で待機してた鶴木さんと通話を代わった。
「玉宮か……随分と具合が悪そうだな……」
鶴木さんがそう言った後、めいちゃんは答えた。
「失敗したなぁ……銃で撃たれた時の止血は上手く行ったと思ったのですが……やっぱり、こ
うも逃げ回ってばかりの毎日じゃ、その傷口も開きますよね……そう言う鶴木さんの方は?」
え? めいちゃん? 防弾ベストで銃弾は防げたって……もしかして、そっちがウソで……
「地の底に落ちた気分だ……1時間ほど前、新がかみつきに、その身を食われて行く様を目の
当たりにした……遺品を探すべく、この通話が終わり次第、その部屋に向かうところだ……」
と、とにかく、鶴木さんがそう言ったので、これに対して、めいちゃんは言いました。
「そちらの場所は朧月さんに教えて貰ったので、あと30分もすれば着きそうですが……桂さん
の様子はどうですか? 代われるような状態でしょうか……?」
めいちゃんがそう言ったので、まゆちゃんの方を振り向くと……
「あ……鶴木くんごめん。これで赤い渦も、夜までは発生しなくなったと思っていたら……一
気にガックリ来ちゃった……私も遺品を探しに行きたいけど……横になりたい気分かな……」
まゆちゃんは、 気分が悪そうな 、 元気の無い声 でそう答えた……あー、そうか……
「先程まで、とても冷静な判断で我々を導いていたのだが、ここへ来て、参り始めたようだ」
そう鶴木さんは言った……まゆちゃんの様子が、おかしかったのは、かみつきの発生する赤
い渦を全身全霊で警戒してたからで……もう問題のおかしな 赤い月 はいないから、今では
緊張の糸とかが、一気に途切れた……要するに、 無理をしていた んだね、まゆちゃん……
「この月光とも見紛う輝きを放つ、制服のボタンひとつが、新の形見の品か……」
めいちゃんとの通話を終え、6時20分になったので、私とまゆちゃんと鶴木さんは、氷室さ
んが、かみつきに食べられた部屋に来ていた。まだ血が新しく、その血溜まりから鶴木さんは
ボタンを拾い上げ、部屋の中でそう言っていた……この血が広がってる場所で氷室さんが……
「朧月さん。私と鶴木くんは、しばらくこの部屋にいるから、玉宮さんを迎えに行ってあげて
……と言うわけで鶴木くん……そのしばらくの間、こうさせてね……」
まゆちゃんはそう言った後、鶴木さんに胸を貸して貰いながら、すすり泣いていた。そんな
まゆちゃんを、鶴木さんは頭を撫でて、何とか慰めようとしてるね……とりあえず、私は……
「めいちゃん……めいちゃん!!」
お屋敷の入口から更に進んだ門の所に、ピンクのツインテールで 有明高校の制服 を着た
めいちゃんの姿が……私はめいちゃんに駆け寄ると、跳び付くように抱き付いて、そう叫んだ
「うん……元気いっぱいだね、朧月さん。ところでね……」
めいちゃんが、そう言い始めたけど……ここで私は言った。
「めいちゃん……本当に……大丈夫なの? あの咳は何……? 本当は、大怪我してて……」
私がそう言ってると、めいちゃんの口が開いた……
「朧月さん。あたしは 銃で撃たれた事になってる んだよ? この通り、無傷でもね……」
めいちゃんにそう言われて、私は思い出した……そうだ、めいちゃんは自分を撃った相手に
一泡吹かせる為に……でも、それをしてるのが、今ってコトは……
「だから、これからお願いする事は……結構大変だけど、聞いてくれるかな?」
勿論だよめいちゃん。この件に関しては協力するって言ったんだから。それはいいけど……
「うん、頑張る。何をすればいいの?」
私はそう答えた。まゆちゃんと鶴木さんしかいない所で、こういうコトするってコトは……
「あたしは銃で撃たれた傷口が開いてるのを、朧月さんに隠してるように振舞うから、朧月さ
んは、それを疑うように接しながらも、私に気付かれまいと振舞って。そして桂さんと鶴木さ
んがいる時、私が体勢を崩したら、そのあたしを支えながら、心配そうに声をかけて叫んで」
めいちゃんが今言ったお願いは、何とか出来そうかな……でも、ここで問題になるのが……
「分かったよ、めいちゃん。他に何かある?」
私がめいちゃんに、そう返事をすると……
「要するに、あたしはかなりの重体で、今日中に死んでも、おかしくないくらい酷い状態だと
桂さんと鶴木さんに思って貰うのが狙いなの……あと、それとね……」
めいちゃんがその後に言ったコトは、あまりにも唐突だった。とりあえず、私の回答は……
「あ、うーん……それは、まゆちゃんに聞けば、分かるんじゃないかなぁ?」
それから私は、めいちゃんをお屋敷の中に案内して、最初の部屋に入ると、まゆちゃんと鶴
木さんがいた。そして、めいちゃんは早速まゆちゃんに……さっきの唐突な質問をした。
「どんな食材があって、冷蔵庫はどこで厨房はどこかって? ……とりあえず、案内するね」
この内容こそが、更に複雑なお願いが来るかと身構えた際に、めいちゃんが言ったコトです
「大きな冷蔵庫ですねー」
私とまゆちゃんとめいちゃんが、冷蔵庫の前に辿り着くと……めいちゃんが、そう言った。
「ねぇ、朧月さん。この中に、あさりが入っていたら、いいと思わない?」
え? めいちゃん今度は何言い出すの……? 呆気に取られた私に、めいちゃんは更に……
「あさりが入ってるといいのになー……そう思いながら、冷凍庫を開けてごらん」
と、とりあえず、めいちゃんの言う通り……そう思いながら、私が冷凍庫を開けると……
「奥の方にパックした袋があるね……昨日はじっくり見なかったから、気付かなかったなー」
まゆちゃんがそう言ってる中で、私はその真空パックを取り出し、中身を確認した結果……
「大きな真空パックの中に、さらに小分けでパック詰めにした、あさりが入っていたよ……」
私は、腑に落ちない表情をしながら、そう言った。
「どれも表面がきれいだなー、これは砂抜きが終わった後ですね……」
めいちゃんは、そう言いながら、今回の料理に使う分のあさりを取り出していた。
「玉宮さん……そのあさりで……一体、何を作るの?」
まゆちゃんは、 困惑した表情 をしながら、めいちゃんに聞いた。
「んー、ヒミツでーす。出来上がってからの……お楽しみ!」
めいちゃんがそう言いながら、他の食材を冷蔵庫から取り出し、食糧庫にも行った後で……
「それじゃあ次は、厨房ですね」
再び、めいちゃんがそう言って、3人で厨房に向かってる最中、まゆちゃんが私に……
「朧月さん……ちょっと」
突然、そう小声で囁いて来たと思ったら……
「今朝の通話での会話を聞いていたけど……やっぱり玉宮さん、銃で撃たれた時に、かなりの
重傷を負っていたんじゃないかな……」
まゆちゃんが、私にそう言ってると……
「げほっ!」
めいちゃんが、ここぞとばかりに咳をした……
「ほら……早速、咳をしてる……」
とりあえず、めいちゃんにお願いされた通りにやろう……私はまゆちゃんに、こう言った。
「で、でも……さっきは大丈夫だって……!!」
何か、それっぽい感じで返せた。そして、まゆちゃんが引き続き、私に囁いた……
「それは……朧月さんを心配させない為だよ……とにかく、怪我の事に気付いていない振りを
しつつ、玉宮さんの容態がおかしいと思ったら、すぐ私に言ってね」
あー、これじゃあ、まゆちゃんも怪しいよ……こうなったら、仕方ない……
「それじゃあ私は、料理が出来るまで、鶴木くんと食堂で待ってるね」
厨房に着くと、まゆちゃんは、そう言い残して去って行き、めいちゃんとの調理が始まった
「ねぇ、めいちゃん」
ここで私はそう言って、めいちゃんに聞くコトにした。
「なぁに? 朧月さん」
めいちゃんが調理を続ける中、そう返事をしたので……私は思い切って、尋ねてみた……
「まゆちゃんと鶴木さん……めいちゃんを銃で撃ったのは……どっち?」
めいちゃんは特に手を止めるコトも無く、こう返してきた。
「それを言っても……その人の前で、不自然な振舞いをしないように……出来る?」
めいちゃんの問いに私は、こう答えた。
「いやー、まゆちゃんも鶴木さんも怪しいなーって……もう、そんな目で見てしまいそうで」
私はそう言った。この2人のどっちかが、めいちゃんを銃で……殺そうとしたんだよね……
「そんな目をしそうになったら、落ち込んだ表情をして切り抜けて。そして、何で命を狙われ
てるのかは置いておくけど、 鶴木さんで間違いない から、引き続きお願いねー」
めいちゃんはそう教えてくれたけど、命を狙われてるのに、軽いなー……まゆちゃんじゃな
くてよかったよ……さて、そうこうする内に料理も出来て、お願いの打ち合わせもした後……
「ところで、この料理には、何か狙いや意味とかあるのかな?」
こっちの方も疑問だったから聞いてみると、めいちゃんはすぐに、こう答えた……
「あ、これはただの気分転換。せっかく、いい食材が揃ってるんだし」
軽いなー……そして、私とめいちゃんはキッチンワゴンに料理を乗せ、食堂まで運んで行き
ました……さて、とりあえず私は……さっきの打ち合わせ通りに行動しようかな。
「あれ? 玉宮さんは?」
まゆちゃんが、そう聞いてきたので、まずは打ち合わせその1から……
「ちょっと先に行ってて、だって……料理の方は、4人分を大盛りで作ってくれたよー」
私はそう答えたけど……それから少し遅れて、めいちゃんがやって来た。
「お待たせしました! 本日の朝ごはんは……あさりのチー……がはっ!」
打ち合わせその2。そう言ってる途中で、咳をするめいちゃんを、私が心配そうな目で見る
「あ、 あさりのチーズリゾット で、バジルやハーブを、たっぷりと使いました!」
そして、めいちゃんが言い直した……次の打ち合わせその3は、大分後になるんだよね……
「時刻は8時16分か……少し遅れた朝食、と言ったところだな」
みんなで、いただきますをした後、鶴木さんがそう言った……とりあえず普通に食べよっと
「美味しいー!! それに味がすっごく上品……チーズもトロットロだし……」
やっぱり、めいちゃんの作る料理は美味しいなー……今日も一日、頑張れそう!! 私が満
面の笑みを浮かべながら、そう言った後……めいちゃんも料理の出来栄えに対し、こう言った
「チーズもオリーブオイルも、上等な品だからねー、あさりも厳選されたものだったみたい」
これで大盛り何だからねー……すっごい贅沢……そんな料理を4人全員が食べ終えた後……
「さてと、お腹も膨れたし、ひと眠りするかな……」
さぁここで、打ち合わせその3です……めいちゃんが、そう言いながら立ち上がり……
「痛っ!」
胸を押さえながら少し、うずくまる……そして、すかさず私が……
「めいちゃん!!」
と叫びながら、駆け寄って……
「めいちゃん! ねぇ、本当に大丈夫なの? やっぱり、どこか怪我をしてるんじゃあ……」
その勢いで、私がこうやって、めいちゃんを心配した後……
「もう……大げさだなぁ、朧月さん。こんなのただの、筋肉痛だって……ごふっ!」
そうやって、めいちゃんが咳をして……
「げふっ! ぐはっ!」
更にダメ押しの2発……ここで私が……
「めいちゃん! めいちゃんってば!!」
そうやって私が叫んだ後、めいちゃんが……
「あー今の咳で、さっきヘンな所に入ったのが取れた……えーと桂さん、寝室はどちらに?」
これで何とか、ボロを出さずに打ち合わせ終了……そう言えばベッドのある部屋どこだろ?
「案内するね……せっかくだし、この屋敷の持ち主が使っていた寝室でいいかな……?」
まゆちゃんが 心配そうな声 でそう言った後……その部屋まで案内してくれるみたい……
「あ、鶴木くんはどうする? ベッドのある他の部屋は、昨日一緒に見て回ったよね?」
そしてまゆちゃんは、そう言いながら鶴木さんの方を振り返ると、そう尋ねた。
「そうだな……私も近くの部屋で眠るとしようか……昨日から一睡もしていないのだからな」
鶴木さんはそう言ったし……とりあえず私が、めいちゃんの傍にいれば大丈夫……だよね?
「あ、着信……もしかして……!!」
それから4人でゾロゾロと歩くコトになった頃……私の通信機器にメッセージが受信された
ので、私は思わずそう言いながら、その送り主の表示画面を確認すると……私は、こう叫んだ
「やっぱり、みっちゃんからだ!」
めいちゃんに通信機器の画面を見せながら、そのメッセージを開くと……