表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終兵器マガツキ  作者: 竜世界
第二章 はねつき
6/18

夏祭り

 

 八月二十日


 何だ、これは!!

 今回のゲーム、 ステージ2はねつき も明日が最終日となった。これまで、はねつきたち

の行動を見てきたが、はねつきは 参加者 たちの脅威となるには決定打に欠ける事にお気付

きだろうか? 前回のかみつきは、最初は透明な状態で出現し、 参加者 ならばその段階か

ら見えるが、背後に出現している事に気付けなければ、そのまま大きな口を開けて飛び掛から

れ、食べられてしまう……こちらの方がよほど、脅威であろう。それに対し、今回のはねつき

は例えその赤い瞳で捉えられようとも、逃げ切る術はある……よって最終日となる明日は、何

か仕掛けが控えているとは思っていたが……これは、本当にどういう事なのだ……?

 昨日までは無軌道に行動していた、はねつきどもが一箇所に集まり始め、集まったその数は

200を悠に越えたか……そしてそのまま八月二十日の朝の6時を迎え、はねつきたちが視力

を取り戻す頃だなと思い始めていると……この光景だ!

 私の周りのはねつきどもは一斉に、そのワニのような強靭な顎で他のはねつきの首を、尻尾

を、翼を、胴体を、頭を……とにかく見境無く噛み付いては食い千切り、その肉を飲み込もう

としていると……他のはねつきにその身を牙で突き立てられるという有様だ! 先程も言った


が、そんなはねつきどもが今、200匹いてもおかしくない数で密集している……そして今の

私は はねつき だ。私は今、適当な方向を指定し、ひたすら真っ直ぐ飛んでいる、この見る

もおぞましい ともぐい 状況から少しでも離れる為に……だが、はねつきは真っ直ぐにしか

飛べない……そう、今まさに横からはねつきが迫っているのが判っていても……方向転換する

には、加速を止め、失速し切るまで飛び続け、そのあと 右に旋回 し、それが方向指定とな

り、それからやっと加速出来るようになる……つまり、この迫り来るはねつきの牙からは……

 そんな事を思っていると、そのはねつきは、はねつきである私の腹部に深々と牙を突き立て

食い千切った。そして少しすると、別のはねつきが私の翼を、更にもう1匹やって来て首を、

その私の身体を食い千切っているはねつきに加え、別なはねつきどもが次々とやって来て……

とりあえず、はねつきには 痛覚 があり、こうして痛みを感じる事が出来るのだな……あぁ

また別のはねつきがやって来たか……そして、私の身体の何処かを食べ始めた……身体の至る

所が、焼けるように熱いな……意識が次第に遠くなりそうだが、それでも苦しい……このまま

はねつきに食われ続け、宿主である、はねつきが死亡した場合……引き続き宿主として機能す

るが……一片残らず食われた時は……この、はねつきどもの何れかに《寄生》する事も可能だ

…… 自らを食べ物と一緒に飲み込んだ者を宿主とする ……それこそが《寄生》の 根源 

だからな…… 回数 の消費も無い上に、その相手をこの数の中から任意に選ぶ事が出来るが

…… ともぐい が繰り広げられている、この状況で……どのはねつきが宿主になろうが何も


変わらぬ…… 回数 を消費する事になるが、ここは…… 脱出 だな…… 参加者に反応し

襲い掛かる はねつきどもの群れの真っ只中でだ…… 脱出 の際には、 我が身を晒す 事

になる……そして食われたが最後、 ゲームオーバー だな……だがそれは《寄生》だけなら

の話……そう、 脱出 を果たし人の身体となり、はねつきどもがこの身を食い尽くそうとも

……私は 死亡 しない! 私は このはねつき に《寄生》する前に 能力 を使った……

 片方が死亡した場合、もう片方が本体となる ……夏休み最初の日、はねつきに襲われ空き

家に逃げ込み、窓を突き破り部屋の中にまで入って来た、 このはねつきに 、私は その能

力 を使った後、《寄生》したのだ……そして、今日に至るまで私は、はねつきに狙われる事

無く上空から 参加者 の捜索を続けていた……その間、 もう片方 は 能力 を持たぬか

らと、あまりにも行動が消極的過ぎたものよ……周辺にはねつきがいない日は少しは外出した

が……さて、 脱出 は既に行い……今の私は 人間の姿 だ……上空に放り出された生身の

私の身体の至る所に、はねつきどもの牙が、痛みと苦しみを帯び……この身に襲い掛かる……

手足は食い千切られ、ワニのようなあの顎が我が胴体に上下から牙を突き立て、今にも食い千

切られようとしている……何と恐ろしい……だが叫ぼうにも声が出せそうに無いな……そして

食い千切られたか……もう少しだ……もう少しだ! 鶴木駆[つるぎ かける]よ! こんな

苦痛など……恐怖など……勝利への通過点に過ぎぬ! 貴様は何故、 このゲームに参加 し

た? 貴様は……私は 絶対の存在になる ……その 願い があったからこそ、今こうして


 参加者 としてゲーム内にいるのであろう! 己をそう奮い立たせ、明日への糧とする一方

はねつきどもの不気味な鳴き声と悲鳴が、頭の中に響き渡る……何も見えなくなり、その音だ

けが聞こえるようになった……本当に、このまま死ぬのかと思えてしまう……恐怖の中に寂し

さを伴う気分だ……あぁ、こんな思いを味わう事になると、最初から判っていたのならば……

 何も考える事無く、 夏休み を楽しめばよかったというのか――




「昼と呼ぶには、まだ早い、な……」

 私は自分の住まいの部屋の中で、 今の身体 に 能力が移って来た 事を認識しながら、

そう言った。やっとか……やっと、終わったのだ、な……今日は八月の二十日だったのか……

 長い時間だった……ただ我が身が完全にはねつきに食われる、死を待つだけの時間…… と

もぐい が始まったのが朝6時、私がはねつきから逃げていた時間も含め……今の時刻から考

え、黙って3時間だろうか……実際にはその程度しかない時間も、それが 能力 により、本

当の死を迎える事は無いと判っていても尚、先程までの私にとっては実に長い、長い―― 死

の体験 だった…… ゲームを始める前 でも、あんな思いに至った事など無い……昼になっ

たか……最終日の夜に食べようと思い用意していた、取っておきの アレ を頂くとしようか


 私は冷蔵庫から、期間限定のホールケーキを取り出した。タルトを敷いたレアチーズケーキ

の上にライチ、マンゴー、パイナップルをふんだんに盛り合わせ、あの有名パティシエが手掛

けた数量限定の逸品……先月ネットで予約し、昨日はねつきが一箇所に集まったおかげで、問

題なく受取りに行けた、こうして目の前にある事さえもが信じられない、極上のケーキ……

 そんな事を振り返りながら、私はそのケーキを切り分け、フォークで口まで運んだ時……そ

の美味しさと、今朝の恐ろしい出来事で蹂躙され八つ裂きにされた、そんな荒んだ心が、甘さ

と酸味の世界で満たされるような感覚に包まれ……気が付くと私は、テーブルに涙を1滴、ま

た1滴と零し、気が付くと声を発し、更にもう1滴と、涙を流していたようだ。

「美味い……」

 そして、ケーキを半分くらい食べ終えた頃……私はそのケーキを再び冷蔵庫に仕舞った……

明日の夜にでも、また食べよう。夏休みらしい過ごし方もままならぬまま、終わるかと思って

いたが、これで少しはサマになるというものだ……そう思っていると……

 通信機器に着信が入り、メッセージが届いたので開くと、そこにはこうあった――

「駆! 今日は夏祭りがあるぞ! 行こうぜ!」

 友人の氷室新[ひむろ あらた]からだった。夏祭りか、昨日までの私なら、ここで……

「すまんな。今日は用事がある、いつも誘ってくれるのは嬉しいぞ」

 と返信していただろう……そして今、私がメッセージを入力し終え、送信した内容は……


「分かった、行こう。先に行って過ごしてろ」

 さて、行く事は決まったものの、夏祭りに出向くなら着て行きたいものがある……だが、何

の準備もしていない私は、地味な私服くらいしかない。しかし、それでも……

 そんな事を考えていると、来客のチャイムがあり、宅配員の姿を確認したので出る事にした

 その荷物の中身には……白い反物に、陶器に塗られるような鮮やかな青の模様が大中小と散

りばめられ、それを引き締める紺色の帯。更には清涼感溢れる絵がプリントされた団扇に、夏

祭りのパンフレットまであり、差出人の名前は 夏祭りお楽しみセット だった。

「 アイツ め……」

 私は新に、次のようなメッセージを送信した。

「白い浴衣を着て、暗くなる頃には出発する。それまで楽しみにしておけ」

 かくして氷室新の待つ、夏祭り会場に向かう事となった私だが、先程のケーキだけではさす

がに不安だな……出前でも頼むか。そうして私が、ピザの注文を終えると、少し前に開封した

 アイツ からの荷物が置いてある場所を振り返り、呟いた。

「まったく……」

 私は、やれやれ……と呆れた感情を溜め息として吐いた後、こう言った。

「随分と気が利くではないか、 ゲームマスター 」



「お、来た来た……おーい、駆ー!」

 私が夏祭りの会場に着いたのは19時頃だろうか? 新の周りには浴衣少女が勢揃いしており

新の隣には桂眉子[かつら まゆこ]、上空から見ていても分かる程の仲良し3人組の、朧月

瑠鳴[おぼろづき るな]、玉宮明[たまみや めい]、宵空満[よいぞら みちる]……皆

が色取り取りの鮮やかな浴衣を着ており、まるで花園でも見ているような気分になるな。

 そして新の浴衣は、瑠璃色がかった鮮やかな紺色の反物に、白い模様が所々に入り、それを

黒塗りの漆のように艶やかな生地の帯で結んでいた……よく似合っているぞ、新。

「あー、惜しいー!」

 朧月が金魚掬いのポイを盛大に破りながら、そう悔しがった。この金魚掬いはポイント制で

金魚自体は持ち帰る事が出来ないが、金魚を掬ったポイントに応じて景品が貰える仕組みだ。

 金魚を持ち帰られる心配が無い為か、色んな金魚が泳いでいるな。

「よいしょ……っと!」

 今度は玉宮が、赤い出目金を引き上げた。結構なサイズで、その分ポイントも高い。

「ほい」

 そして宵空が、黒と言うには青みのある、大きめの金魚を見事掬い上げようと……

「あー!」

 すると思いきや、そのポイは破け、その青い金魚が落下するのを見た、朧月が叫んでいた。


 そして暫くした後……

「ねー、ねー! 今度はあっちの輪投げ! 輪投げやろうよー!」

 朧月瑠鳴、元気な娘だ。そんな賑やかな娘たちが、今では金魚掬いの屋台から離れ、随分と

静かになった。そして、そんな娘たちの姿を、私と一緒に眺めていた新が言う。

「オレたちも……やるか? 金魚すくい?」

 そうだな……私も、あのように楽しめるのならば……

「あぁ」

 私はそう返事をし、金魚掬いを始めた。何を掬っても持ち帰る必要が無いのは気楽なものだ

「うっしゃ! 出目金! 何か色が変というかたくさんある!」

 新が三色出目金を掬い上げた。その金魚は判定表に従い10点だと店主は言った。

「では、私はこの……」

 私は先程、宵空が掬い損ねたのと同じ大振りの青黒い金魚に狙いを定め、見事掬い上げた。

「どうだ! 新!」

 私が歓声を上げると共に、それは16点だと店主が言った。

「負けるか!」

 新がそう叫び、そんな調子で競り合いを続け、私は新と2点差で、その時、私は金色の金魚

に狙いを定め、掬い上げ……る事は叶わなかった。ポイは破れ、新との点差が覆される事も無


く、金魚掬い対決は新の勝利に終わった。

「負けた……か」

 私はそう呟いたが、悔しさなど無かった。この対決は所謂 ゲーム ではあったが、今回の

ように 命を賭けた ものでは無い。今、私が抱いている感情は……

「楽しかったな! またこんな風に遊ぼうぜ、駆!」

 銀髪の新は、実にいい笑顔で私に言った。そう、ただ 楽しかった ……まさにそれだった

 さて、それから暫くして、焼きイカの屋台を見付けた。綿飴やリンゴ飴を持ち歩くような、

趣味は無いが、これを食べ歩くのなら悪くないだろう。

「焼きイカか……」

 私がそう口に出すと。

「お、いいなー。どうする、駆?」

 その答えはこうだ、新。

「よかろう……行こうではないか!」

 そして私と新は屋台に入り、小銭を差し出しながら、こう言った。

「焼きイカをひとつ、お願いしたい」

「焼きイカひとつ!」

「私もひとつ」


 新に続き、女性らしき声が聞こえ、屋台の台の上には小銭を置く指先があり、その手と細い

腕を辿ると、見覚えのある色の浴衣が見え、更にその持ち主を辿ろうと、私が振り返ると……

「何よ……?」

 この場に居る事に文句でもあるのか、とでも言いたそうな表情の桂眉子の姿があった。もう

片方の手には面白い形をしていたであろう、食べかけの飴細工が握られていた。

「お、桂! お前も焼きイカ食うかぁ!」

 新が桂にそう言うと、桂が顔に紅を浮かべ、目を逸らすように、その目を閉じながら答えた

「そ、そうよ……この飴、美味しいけど、口の中が甘くなっちゃったんだから!」

 何やら道連れも出来た、新と桂を二人切りにしてもいいが、それは明日でもいいだろう。

「そう言えば先週、ヘンな化け物に襲われたんだけど……鶴木くんは最近、羽の生えたヘンな

化物に追いかけられているのを見たり、鶴木くん自身が追いかけられたりしなかった?」

 屋台で射的の銃を構え、景品を狙いながら、桂がそう言ったので、私はこう答えた。

「そう、だな……この夏は溜まった書物を読み漁る日々で、あまり外には出なかったな……」

 この夏はずっと空の上で過ごしていたと言っても嘘ではないが…… この身体では 、たま

に外出する程度で、まさに家に閉じ込もるだけの生活だった……今思えば、勿体無かったな。

「ふーん」

 桂はそう言いながら、引き金を引き、弾は景品目掛けて飛んで……行かずに外れたようだ。


「結局あの羽の化物、どういう基準で相手を狙ってたんだろ……」

 桂がそう続けると、これには新も反応した。新も海の一件での当事者と言えるのだからな。

「オレと桂は、どうも狙われなかったんだよなぁ……」

「不思議だねー」

 新に続き、桂がそう言うと再び景品を狙い……今度は見事、当てたようだ。

「あ、やったー!」

  参加者 ではない桂が、何故先程の発言をしたのか疑問にも思えたが、狙いの景品が当た

って何よりだ。この暑い夏に飾るに相応しい、四角い氷の台座に乗ったペンギンの玩具である

 そうだ、先程の新との金魚掬いの時にも頂いた景品があったな……そこまで高得点ではなか

った結果、土産物になるかも怪しい、星座を象ったキーホルダーだが。

 さて、そんな事を思いながら進んでいると、例の仲良し3人組と遭遇し、地元の人に星がよ

く見える場所を教わったと言うので、皆で向かう事にした。

「わぁ……」

 一同がその場所に辿り着くと、あの宵空が思わず声を上げてしまう程、頭上には満天の星々

が夜の空を静かな輝きで満たしていた。

「きれい……」

 あの朧月も、ただ圧倒され、眺めてしまう程の、実に見事な星空だ……


「うはー……こんなにきれいな星空を見たのは、生まれて始めてだ」

 新がそう言ったので、私は何を思ったのか、こう言っていた。

「このような夏の夜も、いいものだな……」

 それから言葉を発する者は、ほとんど出て来ず、私を含む6人はただただ、その見事な星空

と、その輝きが織り成す、得も言われぬ程の美しさに圧倒され続けていた……

「夏休みも……来週で終わりかぁ」

 暫くした後、新がそう言い、更に続けた。

「駆、お前はどんな夏休みだった? エンジョイ出来たか?」

 新が昨日までの私なら、返答に困る事を尋ねた。だが、今の私には造作も無い質問だ……

「最悪だった。昨日までなら、そう言うしかなかっただろうな……だが、今は」

 私は、新の方を向き、更に続けた。

「新、貴様のおかげだ。貴様が今日、夏祭りに誘ってくれた……そして、こうして夏祭りに来

て、貴様と一緒に過ごしている、そのように過ごした、そんな数時間だけで……」

 もしかすると、私はこの時、笑っていたのかもしれない……そして、更に口を動かした。

「最高の――」

 夏休みになったぞ、と言おうとしたのだが……突然、すぐ傍で何か大きなものが地面に激突

する音が聞こえ、地面の土と小石が巻き上げられ、降り注いだ。


「きゃあ!」

 朧月が声を上げる。巻き上げられた土はかなりの量だ、これではせっかくの浴衣も台無しだ

「ねぇ、これって……」

 宵空がそう口にし、降り注ぐ土の量も収まってきたかと思い、見ると……そこには――

「こんなに……大きかったっけ……?」

 桂がそう言うと、目の前にはこの場にいる全員が見知った形の化物がいた……星空の明るさ

のおかげで、 それ の全体を確認する事が出来たが……まずは胴体だ、はねつきの胴体は大

型犬くらいの大きさだった、だが目の前にいる それ は縦に長いトラックが後ろに積むコン

テナ部分程度の大きさだった。それにトカゲのような尻尾が伸びてるのでまるで大蛇でも見て

いるような気分になるな……その長い首を、その巨大な翼で羽ばたかせ、ゆっくり引き抜くか

と思っていると……首の力だけで強引に頭を地面から引き抜き、再び地面から、土と小石が巻

き上げられた。そして、土が一通り降った後、そこには、ワニの口のような縦に長い顎が閉じ

られ、歪だが力強い曲線を描き、所々はみ出している牙の一本一本も大きなものだった……

 さて、次は色だ。はねつきの瞳は赤く、頭の半分に迫りそうな一つ目で、それはコイツも例

外ではない……だが、あの恐ろしい程に赤い瞳は、はねつきの血液と同じ金色に、血の滲んだ

ようなピンク色の上側の部分は、まさにその赤い瞳の色で染め上がり、血管なのか模様なのか

定かでなかった金色の線の部分は、分厚い皮膚に覆われながらも金色の光を放ち、脈を打って


いた。そして、夏の青い空に溶け込むように青かった下側の部分の色は、この夜の空に溶け込

む黒い色になっていた……なるほど、今朝の ともぐい はこの為か。

 その時にも言ったが、はねつきは 参加者 を割り出す性能は脅威ではあるが、はねつきの

性能自体はそこまで高いものではない……それは今朝私が、身を以って示した通りだ。そして

「そんな……! 夜になると目が見えなくなるから、襲って来ないって言ってたのに……!」

 桂がそう叫んだ通りだ…… 今までのはねつき は 、夜になると視力を失う ……だが、

 このはねつき は今も、 視力を失う事無く 、我々が見えているのだろう……なるほど、

まんまとやられたぞ……ゲームマスターよ。

 目の前にいる大きなはねつきこそが、このステージ2はねつきのボス。最終日は明日だと言

うのにここで 参加者 を殺しに来る……この一ヶ月近くの間、 夜は襲って来ない という

事前情報と傾向で、 参加者 達を完全に油断させ、 闇 夜に現れ、その不意を 突く !

 さしずめ、このはねつきは、 やみつき と言ったところか……

 さて、少し様子を見るとしよう。場合によっては人目を気にせず 能力 の発動が必要な場

面も出て来そうだ……そう言えば、明日の夜は花火大会だったな……では、果たして私は、そ

の花火を、新と共に見る事が出来るのだろうか……




「そんな……! 夜になると目が見えなくなるから、襲って来ないって言ってたのに……!」

 その情報は誰から聞いた? と後から質問されるような事をマユに 言わせた ものの……

この上側の部分が赤く、その一つしかない瞳が金色で、本当にドラゴンのように巨大な体躯を

した、赤いはねつき……マユに言わせた通り、はねつきは夜に視力を失うが……コイツはその

前提を覆し、こうして目の前にいる……ここはひとまず、誰が 動く か様子見するか……?

「もぅー! いやぁー!!」

 ここで朧月が叫び声を上げ、更に続けた。

「ショッピングの時といい、今週の日曜に海で遊びに行った時といい、何なの! 何でこんな

ヘンな生物みたいなヤツに何度も襲われなきゃいけないの!」

 それが、自分が 参加者 だという事をカモフラージュする為の発言なら見事な演技だぞ、

朧月……もっとも、お前がそんな器用な事まで出来るヤツだとは思えないが……

「今日はみんなで夏祭りを楽しみに来たの! 明日は花火大会があって、みんなで見るの! 

あんたみたいな、ヘンなのに襲われる為に来たんじゃないの! だから、だから……!」

 まぁ、演技ではなく 本音 だろうな。朧月が 参加者 ではなく、唯の一般人ならば、か

みつき、はねつき、そして目の前の妙なはねつきとは本来、遭う事も無かっただろう……そう

やって喚きたくもなるか……さて、朧月は握った手を反対の肩まで腕を曲げて持って行き……

「どっかへ……行ってよぉーーー!!」


 その手を広げながら、腕を外側まで真っ直ぐ伸ばし、何かを追い払うような動作で叫んだ。

「朧月さん……」

 そんな光景を 呑気に 眺めているとマユが思わずそう言っていた……だが一番 呑気に 

しているのは……何故だ、このはねつきは何故、こうも 呑気に 構えている……?

「うぁああーわーーー!!」

 すっかり取り乱してしまった、朧月が泣き叫んでいる……さて、件のはねつきもいい加減、

その大蛇のような太く長い首をもたげ、動きを見せたな。さぁ、何をして来る……すると――

「えぅああわぁー! あ、あ……あ?」

 取り乱していた朧月が正気に戻るほどの、この辺りの地面も空気も、それを聞く者の身体を

芯から震わせる様な、けたたましい吼え声を、目の前のはねつきは発し始めた。

「あ、れ……? えーと……?」

 朧月は泣くのを忘れて戸惑い始めたようだ、泣く子も黙るとはこの事だな……さて、さっき

までその巨体の腹の部分を地面に付けていた、背中が恐ろしいほど赤いはねつきは、その大き

な翼を羽ばたかせ始めていた、こうなると辺りは……

「きゃあ!」

「うぉ!」

「うぅ!」


 玉宮、氷室、宵空の順で言ったが、その巨体の翼が羽ばたくだけで……御覧のように、高校

生くらいでも後ろに吹き飛ばされそうな突風が起こり……赤く巨大なはねつきは上空に飛んで

行った。さて、マユもこうして吹き飛ばされているが……これくらいなら怪我はしないだろう

「助かった……の?」

 宵空がぽつんとそう言い、吹き飛ばされた鶴木が起き上がり、眼鏡の位置を直しながら……

「いや、違う! ヤツが飛び上がったという事は……来るぞ!」

 鶴木が叫んだ。そうだ、あんな巨体になろうとも基本は同じだ……上空を見るまでも無いが

……まるで以前、 はねつきと遭遇し、その性質を知っている 様な発言だな……鶴木駆?

「みんな! 早くここから離れて!!」

 さて、玉宮がそう叫んだ通りはねつきが再び地面に辿り着く頃には全員が避難出来ていたな

 そして、はねつきがさっきのように頭を地面から引き抜こうとすると思いきや……突然、地

面が激しく揺れ出した。こんな時に地震だろうか? いや、違う。妙な声も聞こえている……

これは、はねつきが、まだ頭が地中にある内に、先程の吼え声を上げたのだろう……とにかく

大きな地震と変わりは無く、マユを初めとする、地面の上に立っていた6人は、立っている事

が出来ずに、その場に倒れ込んだ。さて、こんな見通しのいい所で地震が起きても、倒れて来

る物は何も無い。これが街中で起きていたのなら大変な結果になっただろうが……さて、はね

つきが頭から地面を引き抜き、次の行動を起こし始めたようだ。マユにその方向を 見させる


 と……はねつきは素早く、右回りに旋回したかと思うと、同じ速さで左回りに旋回した……

こんなに360度素早く旋回出来るなら、方向転換も容易だろうな……しかも、普通のはねつ

きが右回りしか出来なかったのに対し、左回りまで備わっている……本当にこの巨大なはねつ

きは、通常のはねつきの上位互換であり、最終日前日に現れた事から、このステージ2はねつ

きのボスと言えるだろう……そして、その旋回を終えた次の瞬間だった。

「ね、ねぇ……みんな!」

「か、身体が……!」

 朧月と玉宮がそう叫んでいたが、目の前にいるはねつきが、その巨体を金色の炎で包み込み

全身を燃え上がらせ、その炎は翼が羽ばたく度に、辺りに撒き散らされたが……周りが木など

で囲まれていれば大惨事だろうに、ここだと足元の草や花が、少し燃えるだけだな……

「も、燃えてる……」

 朧月が冷静な声でそう言った。さて、ここで俺はマユに通信機器で現在の時刻を 確認させ

た ……ふむ、もう少しで22時くらいか……さて、こんな全身火達磨状態で、あちこち飛び回

られたら厄介なんてものではないぞ……飛び上がって、地面に激突されただけで……負傷者が

出てもまだ被害が少ない方だ……さぁ、次はどうする? 金色に燃え盛るはねつきよ……

「何か……きれいなキャンプファイアーに見えてきた」

 朧月が随分と呑気な事を言い始めたが、それを責める者はいないだろう……何しろ、あれか


ら20分、問題の巨大はねつきは腹を地面に付け、そのまま何もせずにこの満天の星空の下で、

ただ金色の炎で辺りを照らし続けるだけの存在に 今の所は 成り下がっている……無害と思

って眺めてみると、確かに綺麗なものだ。

「何で……動かないんだろう」

「襲って来ないのかな……?」

 宵空に続きマユがそう言い、氷室もこんな事を言い始めた。

「このまま……逃げても追いかけて来ないとか……?」

「いやー……さすがに、それは……無いんじゃない?」

 玉宮が首を傾げながらそう言った。そして更に20分が経った……

「何か、火の勢いが強くなった!」

「身体も……所々崩れ落ちてきた?」

 朧月に続き宵空がそう言った。崩れ落ちたその肉片は、まるで地面に吸い込まれるかのよう

に急速に溶けていった……そして15分後。

「み、見て!」

「く、首が!」

 マユがそう叫び、鶴木が言った。大蛇のようなその首が、根元からもげたかと思うと、それ

が落ちた時には地面に振動を与えた後、青紫の煙と豪快な音を立てながら、このはねつきには


頭蓋骨があったのだと判るくらいの速さで一気に溶けていった……その光景を眺めていると、

尻尾も同じ様に崩れ落ち、そのまま溶け始め、遂には……

「今度は翼だ!」

 氷室がそう叫ぶと、正面から見て右の翼が崩れ落ちたかと思うと、すぐに左側の翼も崩れ始

めた……そして、もう残っている部位は……

「最後は、胴体……本当によく溶けてるなぁ」

 そう玉宮が言った通り、最後には胴体が盛大に音と煙を立てながら溶け、じきに跡形も無く

消えてしまう事だろう……そして再び現在の時刻を確認すると、まだ23時になっていなかった

「えーと……全部溶けて、無くなっちゃったよね……?」

 マユがそう言った。そうだ、この場所に留まっている理由は、もう無い。

「こうなるから……今まで夜に現れなかったのか……?」

 さっき桂が言った事を真に受けて、氷室がそう言った。いや、そうではない、これは……

「んー……」

 玉宮が難しい顔をしながら、唸っていた。

「ねぇ、ねぇ! この後、どうするのー?」

 朧月がいつもの調子でそんな発言をし、この状況に置かれた氷室が口を開いた。

「解散……かな?」


 この一言が、全員の考えを一つにまとめた様だ。

「そうだねー、夏祭りは明日もあるんだし……」

「浴衣も土とかで汚れちゃったー! 布団叩きとかで何とかなるかなぁ?」

 マユに続き、朧月がそう言った。

「じゃあ……」

「今日は帰って、明日仕切り直しだね」

 玉宮に続き、宵空もそう言って、俺が そうさせる までもなく、マユも家に向かって歩き

始めた。さて、状況を整理するとしよう……

 問題の夜型はねつきは、明らかに通常のはねつきの上位互換であり、あの大きなサイズから

して、今回のステージのボスとして用意されていたと考えて間違いない。そして、その性能は

実に驚異的なものだった……マユに双眼鏡ではねつきを 探させ 見付けた時、上空にいるは

ねつきは真っ直ぐに飛び続けるだけで、1匹も途中で曲がったりせずに、止まっているはねつ

きは、必ず右回りにランダムと思われる角度に向きを変えた後、再び直進していた……よって

今回のはねつきが、左右に素早く旋回する機能を飛行中にも使えたのなら、自在に曲がる事が

出来るだろう。そして、地面などに突き刺さる度に、あの吼え声を上げ地震を発生させる動作

はセットだとしよう。何とかその精度の高い体当たりをかわしても、地面や周囲を地震のよう

に揺らしてから頭を引き抜き襲って来る、こんな恐ろしい性能はボスにしか許されない……そ


して、最後に身体が燃え上がったのは……おそらく夜が明ける朝の6時の1時間前に自動発動

するものだったのだろう……つまり、本来ならば現れた後、あの性能で一晩中追い掛け回され

最後の1時間は火の玉となって追い討ちを掛ける……そんな性能をあの巨体に秘めていたわけ

だが……その 能力 とも言える性能は 正しく使われなかった ……それは何故か?

 ここで《寄生》の能力の話をしよう。《寄生》は乗り込んだ対象が生物であり、かみつきや

はねつきのような、動作などの機能を有していた場合、それは 能力 として任意で発動でき

る……今もこうしてマユの中に宿り、俺が意図的に 喋らせる 、 物を取らせる 、 歩か

せる ……それが、いつでも都合のいい時にだけ、 能力 として発動できる。《寄生》して

いる間は 参加者 として自分が持っている 能力 の使用が出来なくなるのが難点だが……

宿主の 能力 が無条件で使える能力なら、使い放題の上に、宿主に知能があれば、普段は 

宿主に行動させる 事無く、 宿主の意思で、宿主自らが行動する 事も可能だ。俺は自分の

目的を伴わない時の普段の行動は マユに任せている 。今回の巨大はねつきは、自らが知能

を持たないが故に、 行動が指定されなかった 結果 、動作しなかった のだろう。さて、

例のはねつきがどのような 動作を行った か……覚えているだろうか?

 まず最初に 吼えた 。次に、 飛び上がり 、その後、 突進 し、 頭が埋っている時

に吼えた 。更に 右に旋回 し、 左に旋回 ……そして最後に 燃えた 。

 ……いかがだろうか? まるで 持っている能力を順番に使った とは思えないだろうか?


 しかも、最後に自動発動となるはずだった、 切札 まで発動してしまい、その後、何もせ

ず放置された……これらの行動は《寄生》をしているなら可能であるが、《寄生》をしていた

のなら、あの身体が溶け落ちる状況から 脱出 しないと、あのはねつきと一緒に 死亡 す

るだけだ。……だが、これらを可能とする 能力 が もう1つ ある。それは、対象の 能

力 を取得し、自身の 能力 も条件が変わる事無く発動出来る……そんな、 外部から対象

を乗っ取り自在に操る能力 が存在する……だが、対象次第では余りにも強力な為、一度しか

使えない。 強化 しても増えるのは回数ではなく、対象の有効範囲であり、俺は 弱化 さ

せている……《寄生》を 強化 した方が2回は 同じような事 が出来るからな……だが、

 その能力 を 強化 していれば、ステージ最後のボスと言えども 対象に出来る のだ。

 そう……あの不可解な行動をした巨大はねつきは その能力を受けていた 、ゲームマスタ

ーの隠し玉とも言える、取っておきのボスを、一度しか使えない 能力 の消滅と引き換えに

あの高性能のはねつきを 自在に操縦出来る 状況を……どこぞの 参加者 は手にしていた

 本当に、この上ない機会に その能力 を発動させる事が出来ていた……だからこそ、俺は

一連の行動をした、この 参加者 に問うぞ……

 何故、そのチャンスをこの上なく 無駄な事 に使った……? あの場にいた6人を全滅さ

せる事も可能だったんだぞ……? それを 扱い方がよく分からないので放置しました とい

うのは、あまりにも腑に落ちないぞ……? とにかく、以上が俺の見解だ。


 さて、もうマユは寝てしまっている…… このゲームはステージ3で終わり だ……そして

今回のステージ2のボスはシャレにならない強さを持っていた……だからな、マユ。

 次のステージでは……お前を見捨てる事を迫られる状況が、来るかもしれないぞ……

 さぁ、明日はステージ2の最終日……ボスはもう倒したから、ただの平和な一日で終わる事

も出来るだろう……明日はあまり変な事はさせずにマユの思うままに行動させよう……マユの

おかげで、本来は不自由なだけの、このやり方が、毎日のように楽しいんだ……明日は花火大

会だったな、俺も楽しみにしているよ、マユ。そして、楽しみと言えば……

 鶴木駆[つるぎ かける]。マユが射的をしている時、お前は あまり外出しなかった と

言った上に 羽の生えたヘンな化物に遭ったかどうか という回答を 避けた よな? そし

て、あの恐ろしい性能のはねつきが現れ、上空に飛び上がった時に 突撃して来る事を知って

いた よな? お前の話では、 はねつきには遭った事がない 、そうだろ? そしてあの巨

大はねつきが現れた時、俺は 桂眉子は、はねつきが夜になると視力を失うという話を何者か

から聞いた という情報を 撒いた 。さぁ、明日このエサに喰い付いて来てでもみろ!!

 その時、お前は…… 参加者 で、確定という事になるぞ、鶴木駆。


 八月二十一日



「めいちゃん、めいちゃん」

 んー……この声は朧月さん?

「お昼になるよ。ほら、起きて」

 あー、宵空さんの声まで聞こえてきた……

「めいちゃん、起きないねー……みっちゃんどうする?」

「こういう時はね」

 宵空さんがそう言うと、あたしのおへその辺りからツンツンと、指先などが突いて来る感触

がしてきて、何やら端から端へ行ったかと思うと、そこで折り返し……

「ほら、このまま起きないと……どうなる?」

 宵空さんがそう言いながら、その指先で突く場所を徐々に上げて来て、ここであたしは……

「あ……」

 胸の下側の柔らかい部分の近くまで、突く指が来た事で、宵空さんの行動の意味に気付いた

「わー、待って、待って! 起きます! 起きるってば!」

 夏の夜だからと生地の薄い、おへそ丸出しの寝巻きを着て寝てたんだけど……危なかった。

「ほら、起きたでしょ?」

 宵空さんの落ち着いた低めの声が響いた後、朧月さんが言った。

「みっちゃん、すごーい!」


「私が起きない時は……こうやって起こして」

 あの宵空さん、あなた本当に……これで起きるんですか? 起きる気、あるんですか?

 朝から、いやもう昼かな? そんな時間に、朧月さんに何教えてるんですか……

「お腹空いてきたー」

 朧月さんがそう言った後、宵空さんが言った。

「朝ごはん、適当にお菓子で済ませちゃったからね。でも……」

「そろそろ、いいかな……? 着替えとかしてくるね」

 そう言うとあたしは顔を洗った後、手早く着替え、ピンクのエプロンを上に着て、台所にあ

る大きな鍋の方に向かって行った……え? 今、何処にいるかって? 朧月さんの家で、昨夜

は3人一緒にベッドで寝てたよ? もしかしたら1人以上が 参加者 かもしれない状況で、

2人に挟まれながら、裸同然の下着1枚ですやすやと寝ていたバカがここにいるよ! さっき

起きる時に、ちょっとイタズラされそうになったけど、本当にそれだけだったよ!

 さて、 バカ と言えば……昨夜のあの巨大はねつき……あれは、明らかに あの能力 を

既に受けていた……でも、あんな凄い性能の大ボスは 強化 してないと 対象に出来ない 

し、取っておきの切札を使ったのに……それを上手く活かせないどころか、完全に能力を 無

駄撃ち してしまう何て……さすがに バカ としか言いようが無い……あたしたち 参加者

 の 能力 は 基本的に一度使えば無くなる 。《流浪》は再使用時間に気を付ければ何度


でも使えるけど、これは例外。特に あの能力 は 強化 しても 弱化 していても、その

使用回数制限は1のまま……一度しか使えない、無駄使いは決して許されない切札。それなの

に……さて、そんな事を考えながらも 鍋の中身 の味見が終わりました。昨夜、朧月さんの

家に着いてから、作っておいた……材料は、みんなで浴衣を選びに行った時に買って、それを

この家に運んでおいたのです……それでは御覧あれ! あたしは、テーブルの上で、その料理

を盛り付けると、高らかに、こう叫びました。

「出来たよ! 海の家で食べた時の味を基に、バジルやスパイスも加え、更に一晩くらい寝か

せてパワーアップした……チキンクリームカレー!!」

 一晩寝かせたと言っても、寝る前に冷蔵庫に入れて、お昼には熱々になるように宵空さんに

温め直して貰ってました! そしてさっき、スパイスを加えながら味見をして……完成です。

「いっただきまーす!」

 うん、大成功! 海の家での味がしっかり強化されてるし、朧月さんもガツガツ食べてる!

宵空さんも満足そうな顔してる! あと、ちゃんと 自分のスプーンで自分のを食べてる !

「おっいっしぃーーー!!」

 朧月さんがそう喜んでくれた後、片付けも終わり、今日の夏祭りの事を話し始めたけど……

「浴衣……土で汚れちゃった……」

 昨夜のはねつきが巻き上げた土の量は、それだけでも、とんでもない量だった……特に朧月


さんの浴衣はそれを直撃して、目に見えて分かるくらい土で汚れていたし、あたしと宵空さん

の浴衣だって……そうやって、あたしたち3人が、自慢だった浴衣を抱えていると、玄関のチ

ャイムが鳴り響き、朧月さんが応対に出ると……

「わぁ」

 朧月さんの驚く声が聞こえたと思ったら……

「さぁ、さぁ! 今日もやって参りました! わたくし実演で訪問販売をしております……」

  何か 来た。

「おやおやぁ!? そこにあるのは、汚れてしまった浴衣! 昨日の夏祭りで、転んだりでも

したんですかぁ? でもご安心を! 今回ご紹介するのは、こちらの……」

 その人はそう言うと、あたしと宵空さんと、朧月さんの浴衣を取り上げたかと思うと、裏側

から蒸気の出る、アイロンを取り出したんだけど……何かよくわからない速さと手際のよさで

さっきまで土で汚れていた3人分の浴衣が……

「御覧下さい! このスーパーマジカルスチームアイロンがあれば、この程度の汚れも……」

 気が付くと、そこには新品と間違えそうになるくらい、きれいになった、あたしと、宵空さ

ん、朧月さんの浴衣があった。そう思ってると、そのセールスの人の頭が鷲掴みにされて……

「見付けたぞ。強引な訪問販売をした挙句、法外な請求と契約を迫る、悪徳業者の社長。売物

の性能は無駄にいいが、全て大手販売店からの盗品だというのも調査済みだ」


 警察っぽい人が現れて、その販売員の頭を掴み、その社長さんは何故か、ローニン・クラブ

のラストにあった、辞世の句を詠んでいた……ここまで、露骨にされたら、さすがに分かるよ

 ありがとう。本当に 茶番 だったけど、浴衣をきれいにしてくれたんだね、マスター……

 さて、これで浴衣の心配は無くなったし、あたしは帰って来た時の為の食事を宵空さん、朧

月さんと一緒に作った後、3人揃って夏祭りに出発した――

「んー、そう言えば、誰から聞いたのかハッキリしないなー……」

 桂さんが、鶴木さんと何やら話してたので、あたしが挨拶すると、桂さんが更にこう言った

「ねぇねぇ、玉宮さん。何か私、どこかで、昨夜と日曜の海で遭遇した、あの羽の生えたヘン

な化物が、夜になると目が見えなくなる事を、誰かから聞いたんじゃないかって話を今、鶴木

くんとしてたんだけど……玉宮さんは、心当たりない?」

 そう言えば、昨夜のはねつきが現れた時に、桂さんが真っ先に叫んだかと思うと、確かにそ

んな事を言っていた……ただ、あの状況なら、他の人が発言したのを間違えて記憶してもおか

しくないし 鶴木さんが、ありもしない発言を吹き込んでいる 可能性もある……だって、鶴

木さんも、 有明高校の生徒 だよ? まー、とりあえずここは……

「んー……まずね、桂さん。あなた、本当にそんな事言ったのかな?」

 あたしはこう尋ねておいた。鶴木さんの方からこの話をして来たのなら 決まり だけど。

「どう何だろう……んー、だんだん自信なくなってきたー……」


 桂さんが、そう言っていると、朧月さんの口が元気よく開いた。

「まゆちゃん、こないだのカフェの時も、ショッピングの時の化物の話してたよねー! ねぇ

ねぇ、もしかして怪物とか好きなの? そんな話を自分から、しちゃう何て……」

 こんな事を言ってるけど、朧月さんは、かみつきやはねつきの事で結構、参ってるみたい。

 昨夜はとうとう、その感情が爆発しちゃってたし……さて、ここで桂さんが口を開く。

「えー? この話をして来たのは鶴木くんの方からだよ? あと、朧月さん、宵空さん、あの

時は楽しく食事してたのに、嫌な事思い出させちゃって、ごめんなさい……」

 あたしは、ここで 思い出す という言葉に反応するかのように通信機器を取り出し、時刻

を確認した。花火大会は19時半からで21時半に終了予定……でも、本当の目的は 鶴木さんの

方を見過ぎない為 ……あのね、鶴木駆さん。 バレない 為には、これくらい気を付けて行

動しないといけないんだよ? あなたが 参加者 だという事が、これで 確定 したよ……

「んー……17時半くらいかー。花火大会まで、まだ2時間あるねー……どうしようか?」

 そして、時刻の表示を見ながら、あたしはこう発言した。でも本当に、どうしようかな……

「そう言えば昨日、射的屋さんを見つけたんだけど……みんなは、もうやってた?」

 あ、いいねー桂さん。そんなお店があったんだ。宵空さんも朧月さんも、知らないはず……

「射的……かぁー」

「えー、どこどこ!? 行くー!」


 宵空さんと朧月さんも乗り気だし、あたしたちは桂さんと一緒に射的屋を目指した。

「それにしても桂さんの浴衣、可愛いよねー」

 あたしは目の前にいる、ベージュのポニーテルをした桂さんの、真っ赤と言うには少し鮮や

かさを抑えたやや強めの赤に、所々金色の刺繍がしてあり、白に近い様々な色の花が散りばめ

られ、それを黄緑の帯で結んだ、浴衣を眺めながら……そう言っていた。

「そう言う玉宮さんこそ、とってもピンク色してる!」

 あたしの浴衣は、鮮やかな桃色に白い影絵の桜があちこちにあり、それを浴衣の色との違い

がハッキリと分かる、黄色い感じの桃色の帯で結んでいて……そして、この髪の色もピンク色

のツインテール! この浴衣を見かけた瞬間、もう購入確定だったよ。

「うーん……外した」

 宵空さんがそう言ったので見てみると、的を外したのは朧月さんで、宵空さんは朧月さんの

持つ射的用の銃に手を添えていた……さて、ここで問題です。

 2人の浴衣は片方が、黒をベースに赤い椿が所々で主張をしながら、金色の刺繍が至る所に

施されていて、それを白い絹に金色の刺繍の模様がさりげなく潜んでいる帯で結んでいる……

そしてもう片方は、南国テイストの果物のような鮮やかなオレンジ色に、黄緑や水色の模様も

あったりする賑やかな浴衣を、瑠璃のように鮮やかで落ち着いた紺色の帯で何とか抑えようと

してるけど、とってもカラフル! さて、どっちが誰の浴衣か分かったかな? 正解は……


「当たったー!」

 一言で言うと黒の浴衣を着た、長い金髪でクセ毛の強い朧月さんが叫んでいた。

「かき氷屋さんの暖簾みたいな団扇だね……おめでとう」

 一言で言うとオレンジの浴衣を着た、長い黒髪の宵空さんが、朧月さんにそう言ってました

 意外だったかな? 浴衣を買う時、お互いの好みの浴衣で選び合いしたらこうなりました!

「うーん、次はどうしようかなー……」

 桂さんが、そう言ったものの4人でぶらぶら歩くしか思い浮かばず、しばらく進んでいると

ヨーヨーを吊り上げる屋台が見えたので覗いてみると……この間の海の時に、宇宙を着ていた

 高校生 が宇宙を吊り上げていた。あ、つまりね……

「まぁまぁ、みなさん! みなさん!」

 所々に銀河っぽい渦がいくつかある、暗い青のヨーヨーを吊ってたと言う話だったけど……

「ほら、さくちゃん! みなさんですよ! 挨拶! 挨拶!」

 朝比奈真白[あさひな ましろ]こと、朝比奈さんがこちらに気付いた。朝比奈さんは、そ

のとても長い薄めのオレンジ色の髪を、浴衣を着る際によくやる、後ろの方でまとめる髪型に

して、お決まりの位置に桃の果肉みたいな色をした花飾りをしていた……そして浴衣の方は、

浅葱色の持ち味だけで勝負して、他は気持ち程度のデザインがひっそりと施され、それを金色

の帯で結んでいた……そう言えば海の時、以来ですねー。さて、会ったのはいいけど……


「さくちゃんってば! もう……そんなに、そのヨーヨーが気に入ったの……? ほら、こっ

ちを向いて……また、みなさんに……会えたんだよ……」

 朝比奈さんのテンションが、やけに落ち着いてきたと思ったら、さっきまでヨーヨー吊りを

していた、よくて中学生にしか見えない高校生の先輩……朔良望[さくら のぞみ]がこちら

の方を振り向き……あたしたちに驚くと、また顔の向きを元に戻してしまった。

 まぁ、でもあたしも……何て言えばいいのか分からないし……あの海の日の間はずっと、さ

くちゃんさくちゃんと、年上に向かって言ってたし……隠してたのなら、尚更だよ……

「朔良先輩」

 まず、あたしはこう切り出した。まださくちゃんはこちらを向いてくれない……

「先日は先輩とも知らずに、年下扱いをして申し訳ございませんでした……それに、突然みん

なに高校二年生だって発表されて、驚かれましたよね……みんなの自分を見る目が急に変わっ

てしまって、どうしたらいいのか、戸惑いますよね……」

 目の前の朔良さんは、その淡く長い水色の髪を微動だにしない……あたしは更に続けた。

「年下扱いされるのがお嫌いでしたら言って下さい、朔良先輩と呼ばせて頂きます。でも久し

ぶりに、あたしたちに会えてビックリして戸惑っているだけなら……こちらを向いて下さい。

今夜は夏祭りで、この後は花火大会だってあるんですよ……朝比奈さんとあたしたちで一緒に

回って……みんなで楽しみませんか?」


 あたしがここまで言うと、朔良先輩はこちらを振り向き、その目には涙が浮かんでいた。

「ち……」

 朔良先輩が何か言うのかと思うと、その白をベースにした、弱々しい色だけど、赤や青や緑

だけに留まらない、本当にたくさんの、薄い色の花の絵があちこちにある浴衣で……

「が……う……」

 それをオシャレな紫色の帯で結び……

「の……!」

 朔良先輩は、途切れ途切れでそう言いながら、あたしの胸に飛び込んで来た。

「もう……まるで子供みたいですよ……どうしたんですか……? そんなに泣いちゃって……

本当に恥ずかしがり屋さん何ですね……こんな調子じゃ、さくちゃんと呼びたくなってしまう

じゃないですか……? いいんですか、それでも……?」

 スイッチが入ってしまったのか、さくちゃんは泣き止まない。

「わた、し……私は!」

 そんなさくちゃんをとりあえずなだめようと、頭を撫でているけど……大丈夫なのかな……

「さくちゃん」

 朝比奈さんが、さくちゃんに呼びかけると、その声に安心したのか、泣き止んだみたい。

「行こうよさくちゃん。夏祭りはこれからだよ……? みなさんと一緒に……楽しもう?」


 朝比奈さんが、そう言いながら手を伸ばすと、さくちゃんは吸い込まれるかのようにその手

を取り、立ち上がったかと思うと、軽くお辞儀をし、あたしたちの輪の中に入って来た。

「じゃあ、さくちゃんと呼んでも大丈夫なんですか?」

 あたしは朝比奈さんにそう尋ねた。

「さくちゃんはね……年下扱いされるのが嫌いなわけじゃないの……ただ、年上扱いされるの

も、年下扱いされる事にも、慣れていない……だけなの」

 朝比奈さんが一層優しい声で、さくちゃんの方を眺めながら、そう言ってたかと思うと……

「だから、さくちゃんは、ね……」

 朝比奈さんはそう言いながら、後ろに付いて来てるさくちゃんの、更に後ろに回り込み……

「こうやって……やさしく、大事に……わたしが包み込んで、あげるんだー……」

 朝比奈さんはそう言いながら、後ろからさくちゃんを、その両腕で優しく抱き寄せていた。

「何か……ひなちゃんの背中から天使の羽が、見えるような気がしてきた……」

 そう朧月さんに言われてみると、確かにあたしにも……いやいや、見えるわけないってば!

 えーと、そんな感じで歩いてると、焼き鳥屋さんを見付けたから……数分後、あたしの手元

には勿論、宵空さん、朧月さん、桂さん、さくちゃん、朝比奈さんと合わせて6本の焼き鳥が

……と思いきや、朧月さんが2本頼んで、何か二刀流しているから7本だね。ところで……

「氷室さん、見かけないねぇ」


 あたしは焼き鳥をもぐもぐしながら、そう言った。

「鶴木くんと一緒なんじゃない? こういう時に、なかなか顔を出さない人みたいだったし」

 桂さんが、食べかけの焼き鳥を、揺らすように動かしながらそう言った。

「会いに行かなくて……いいの?」

 宵空さんが、焼き鳥を黙々と食べていると思ったら、突然そう言い出した。

「い、いいのよ! この夏は、結構会えたし、一緒に映画も見に行ったし……最後の方で、気

合の入り過ぎたロボットが出て来る、変なアニメだったけど!」

 あぁ、桂さんもあのアニメを……それにしても、分かりやすいね……

「ねーねー、いま何時?」

 ここで2本の串だけを持った、朧月さんがそう言い出し、あたしが時刻の表示を見ると……

「19時30分、丁度……という事は!」

 予定では21時半終了だから、つまり2時間にも及ぶ夏祭り最大のイベントが、もうすぐ……

「さくちゃん! 花火! もうすぐ花火だよ!」

 朝比奈さんがそう発言してから10分が経過。あたしたちの手元にはそれぞれ綿飴があり……

「花火、始まらないねー……」

「遅れているの、かな……?」

 そして今、朧月さんと宵空さんが花火が遅れている事を言ってたけど……1本の綿飴を大き


めに注文して、宵空さんが持っている綿飴を、朧月さんが一緒にはむはむしてる……と、いう

わけで、今度は綿飴が全員合わせて5本しかありません。……さて、花火はまだ始まらないよ

うだし……今まで会って来た人たちが 参加者 である可能性を、考えてみるかな――

 まず、氷室新[ひむろ あらた]と桂眉子[かつら まゆこ]。海に行った時にはねつきが

現れ、 はねつきは参加者をその目で捉えると追い掛けて来る ……そして、氷室さんも桂さ

んも、はねつきに追われる事は無かった……だから、この2人が 参加者 である可能性は無

いと考えていい。次に朝比奈真白[あさひな ましろ]と朔良望[さくら のぞみ]……最初

さくちゃんが有明高校の生徒だと思ってなかったから、朝比奈さん一択だったんだけど……う

ーん、どちらかが 能力 を使っている所を押さえれば決まるんだけど……でも、はねつきが

この2人を追い掛けていたのも事実……さて、鶴木駆[つるぎ かける]は 参加者 と確定

してる……問題なのが、宵空満[よいぞら みちる]と朧月瑠鳴[おぼろづき るな]……本

音を言うと、 参加者であって欲しくない 。だけどこの2人は、はねつきが狙う対象だった

かどうかは、確認する暇が無かったし、そもそもあたし、昨夜はこの2人と一緒に無防備な姿

で同じベッドで寝ていたし、今夜も泊まるんだよ……? 例えば宵空さんが 参加者 で、朧

月さんの目の前であたしを殺す事を避けているなら、朧月さんのいない場所に、あたしを呼び

出せば済む事……宵空さんに呼び出されたら、あたしは行くよ? 何の準備もせずに備えもせ

ずに会いに行くよ? 宵空さんを 参加者 だと疑う前提で行動をするくらいなら、最後まで


気付かなかった事にして、それで次のステージで、宵空さんに殺される結果になっても構わな

いよ? ……さて、熱くなっちゃったね。頭を冷やそうか……時刻は19時50分で、この様子だ

と、まだ始まらないみたいだなぁ。じゃあ、もう少し……

 鶴木さん、さくちゃん、朝比奈さん、朧月さん、宵空さん、そしてあたし……この中で 参

加者 と確定しているのは、あたしと鶴木さんの2名と、さくちゃんか朝比奈さんの最低1名

 最低でもこの夏祭りに3名の 参加者 がいる事になるなー……まぁいいや、 次のステー

ジで最後 だし、いい加減、他の 参加者 たちも動きを見せるでしょう……昨夜のはねつき

のように、マスターも 参加者 たちを殺しに来てた。でも結局、このゲームは 参加者たち

の殺し合い で、 最後に残った1名が勝者 となる。ゲームの最後まで参加者 5名 全員

が生存し、みんなで仲良くゴールしてゲーム終了……これは そんなゲームじゃない 。 参

加者が持つ命 と、 その数 で、 このゲームの報酬 が決まるんだから……!!

「めいちゃん、めいちゃん」

 またしても物騒な事を考えているあたしに朧月さんが話しかけてきた……そう、例えば朧月

さんが 参加者 で、ここであたしをグサリと刺したりする事だって出来る…… 参加者 が

 まだ人間の時 なら、それで殺す事が出来る……まぁ、朧月さんだから何も考えずに振り向

くけどね。そしてあたしが朧月さんの方を振り向くと……そこには、お面があった。

「めいちゃん? さっきから元気ないよ? どうかしたの?」


 朧月さんは、屋台で買ったと思われるお面を顔全体に被りながらそう言った……あの、待っ

て、それはやめて……朧月さん。赤い鬼の面だけなら問題なかった……でも、でも、更にその

上に…… 鼻眼鏡 も被るのは反則だって! 朧月さん……!!

「わ、わん」

 はい、今の朧月さんの無気力で地味に可愛い、鳴きマネになってない、犬の鳴き声で、あた

し死にました、あたしの腹筋、朧月さんに殺されました。今あたしの頭の中では、鼻眼鏡を掛

け、ついでに金棒を持った、赤い鬼が真顔でわんと吼え始め……

「わおーん」

 遠吠えまで始めちゃったよ……これ、どうすればいいの! 朧月さん!

「あおーん」

 待って……宵空さん待って! あなたまで遠吠えしてくるの予想外! どうしてくれるの!

鼻眼鏡をした赤い鬼が2匹に増えちゃったよ! どうしよう……笑いが止まらない!

「ちょ、待って……っと、待っ……あっははっははっはは!」

 いやー、さっきまでの物騒な気分が、すっかり吹き飛んじゃったよ……今日はそういうのナ

シだって、決めてたのに……夏休みは今週中に終わるけど、ステージ2自体の終了時間は明日

の朝6時……こうして遊んでいられるのも今の内だけど、だからこそ……この夏休みを……今

の 夏祭り を……楽しまなきゃ! ……ところで、この腹筋、誰が止めてくれるのかな?


「あっはっは! わぉ、はっははは、わんって、はっはは――」

 その時、何かが力強く弾けるような音が、辺りに響き渡った。

 あたしはその大きな音に驚いたおかげで、収まりそうになかった笑いも、やめる事が出来て

……時刻は20時5分、ようやく……始まったみたいだね。

「ねぇ、昨日のあのヘンな化物が現れた場所……覚えてる?」

 桂さんがそう言い出した。昨夜あそこの地面はかなり抉られていたけど、おそらく今は……

「なになにー? なんの……お話ですか?」

 まず、朝比奈さんが反応してきた……とにかく、あそこに行くのは名案だと思う。

「ひなちゃんとさくちゃんの知らない……花火がよく見える、取っておきの場所があるの!」

 朧月さんの言う通り、昨日あの場所は星空がよく見えていた。よし、あたしからも一言……

「さくちゃん、朝比奈さん……行きましょう! ここにいる みんな で!」

 あたしたち6人が、昨夜星空がとてもよく見えた場所まで行くと、案の定、抉られていたは

ずの地面はきれいになっていた……これもスーパーマジカルスチームアイロンとかで、どうに

かしたの? マスター。そもそも、ここは地元の人が知る、秘密の場所……見る場所には困ら

ないけど、結構人がいて、マスターが用意せずとも、 最初からあった 場所なのかもね……

「おーい!」

 そのまばらにいる人たちの中に、氷室さんの姿があった。その隣には鶴木さんもいた……桂


さんの言う通り、今日はしっかり、2人で過ごしてたみたいだね。

「けっこう……人がいますねー」

 朝比奈さんがそう言った後、あたしたちは丁度いい具合の場所が目に入り、桂さんは氷室さ

んと鶴木さんの傍に行って……あたしはやっぱりというか勿論……宵空さんと朧月さんの傍!

 さくちゃんと朝比奈さんも近くにいるし、あたしたちは空を見上げ、花火を眺め始めた……

「花火って色んな形が、あるんだなぁ……」

 朧月さんがそう言った。確かに放射状に広がるというルールを守りながらも、それが丸い形

状とは限らないし、どんな形なのか一言では説明できない形状も結構あって、昨日の夜は満天

の星々が支配していた空に次々と打ち上げられていた……本当に、色んな花火が打ち上げられ

その度に地面はその色に染まり、音も凄い……しかも、花火が上がる事で発生した煙が残り続

け、ちょっと大きめの花火が広がれば、まるでその色の大きな炎が、上空に現れたかのような

感覚になるし、赤、青、緑……それに、黄色に白、オレンジに、ピンクや青紫だってある……

 そんな色取り取りの鮮やかな色の花火が惜しげもなく、次々と打ち上がり、夏の夜空をそれ

ぞれの色で、一瞬にして染め上げる……そして今、打ち上がった花火は単発だけど、ひと際、

大きな花火で、その一発だけで空を支配し、辺りからは歓声が巻き起こった。

「今の花火……何色? 青? 緑? 赤かったようにも見えたけど……」

 正解は、最初青くてそのまま赤くなり、最後に緑色になってそのまま消えた、だよ宵空さん


 本当に、数で攻めて来たり、色数で攻めて来たり、大きさで攻めて来たり……また花火が上

がったけど、今度は数と色数の合わせ技……こうなるともう、何色とかそういう話じゃないの

かも……本当に、空の色が次々と変わるし、その度に自分の身体も、その色で照らされる……

これが 花火 かぁ。今回のステージ2はねつきは夏休みが舞台だった……夏休みの始まった

早い段階で、はねつきを見付けて、色々調べたりもしたけど……普通に遊んだ日もあったなぁ

 みんなで海に行った日だって、はねつきに襲われたりもしたけど、何だかんだで色々と楽し

い事がいっぱいあったし、夏祭りの浴衣を買いに宵空さんと朧月さんと桂さんでショッピング

にも行って、昨日と今日の夏祭りだけでも、楽しい事がいっぱいあったし……なーんだ、こう

やって、終わってみれば……

「きれい……」

 さくちゃんが、花火の音にかき消されそうになりそうな声で言ったけど、何とか聞こえた。

「見たか! 新!! 流石の貴様も今のは驚いたであろう! ……私もだ」

 鶴木さんが、そう氷室さんに言ってるみたい。

「ほんと……きれいですねー……」

 朝比奈さんがそう言った次の瞬間、大きな花火が一度にたくさん打ち上がり、色が白いだけ

の量に任せたものだと思いきや……

「えっ……すごい……」


 桂さんが思わず声を漏らし、赤、青、緑、ピンク、青紫、オレンジの色が、一斉に総攻撃で

もして来るかのように、夏の夜の空に鮮やかな花たちを、力強く咲き乱れさせていた。

 あぁ……そうか、そうなんだ。今、あたしは……夏休みを満喫していて……

 そう感じていると、空には一筋の薄い朱色の線が、空の高みを目指していた。そして、その

線が一気に弾け、大きな音を立てながら、夜空に花を描いた時、あたしはこう思っていた……

 あたしは今、まさに――


  夏 を過ごしているんだなぁ。


 その後も、花火は上がり続け……時刻の表示を見たら、まだ21時にもなっていなかった。

 こんな素敵で鮮やかな、みんなとの時間が、更に1時間は続くみたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ